開戦
「闇の雷撃」
先制攻撃の為に俺の放った魔法は転移を完了したばかりの天族を大量に吹き飛ばす……はずだった。
「盾構えー!!」
「な?」
姿を現したのは元居た世界で言うところの西洋、そこで作られた全身鎧と似たものに身を包んだ、背中に白い翼を生やした見渡す限りの兵士達。
兵士達は指揮官の号令に合わせて背丈ほどもある大きな盾を構えた。一糸乱れず綺麗に整列するその姿はこの戦いが実戦ではなく式典か何かの最中であるかのような錯覚さえ覚えさせた。
直後、天族の兵士達が構えた盾が使用者の魔力をシールドとして周囲に展開する。
「『悪魔の守り』と同じ魔法具か」
見たところ一つ一つのシールドの強度は『悪魔の守り』のほうが強そうだが同じ魔法具同士が共鳴し合うように互いのシールドの強度を倍々的に高めていっている。そうして出来上がるのは一つの巨大な壁。その硬度はーー
「防がれるだと?」
速度を重視した第二級魔法とは言え、それでも創造魔法を発動したこの状態で一般兵士の張るシールドごときに防がれるとは思わなかった。いや、違う。まだ止められただけで防がれてはいない。俺は負けるものかと気合いを入れ直す。
「うおおお!」
魔法が途切れないように魔力を回す。尽きることのない魔力を動力に黒き雷はシールドの一点にヒビを入れた。だが固い。まだ砕けない。一人一人が人間とは比較にならない力を持つ天族。その天族が数百人も集まり魔力を魔法具で増幅しているのだ。そりゃ固いのも当然だろう。当然だがーー
「今更引けねぇ。とっとと砕けろ!」
こちらは全軍合わせて五千。向こうはここだけで一万。さらに少し離れたウタノリアのところに一万。それだけでもかなりきついのに別の場所には合計五万の兵がいる。何としても五万の兵がやって来る前にここを突破する必要があるのだ。その為にはたかたが数百の天族が作り出したシールドを破れなくてどうする。
(肉体の同期を精神レベルまでに移行。スキルを共有化、発動する。『魔力強化』『魔法効果倍増』『闇魔法強化』)
俺の気持ちに応えるかのようにアクエロがその身に宿す特異性を発揮した。
直後、ついに黒き雷がシールドを打ち破った。地面に落ちた雷は飛び散る水しぶきのように周囲へと襲い掛かる。だがかなりシールドに威力を減衰された。普通の人間ならともかく天族相手にどれだけのダメージを与えられたか………などと考えている暇はなかった。
「放てー!」
俺が攻撃したのとは別の場所から空を覆い尽くさんばかりの矢が放たれたのだ。
「ち、『悪魔の守り』起動しろ」
防御用の魔法具を展開する。俺の周囲を球体状のシールドが守り、さらに『悪魔の守り』自体がその身を大きく変化させて一つの巨大な盾となる。ただの矢ならこれで十分に防げると思うのだが……。
「重い?」
こちらが展開したシールドを貫き、鉄とは比べ物にならない硬度を誇る『悪魔の守り』本体に次々と矢が突き刺さる。この矢の一本一本が強力な魔法具な上に何らかのスキルが発動しているようで本来の軌道を無視して矢が突き刺さってくる。拙い。この質、この量。『悪魔の守り』だけでは防げない。
「下がれ支配者には触れられない『風壁』」
魔力を帯びた風が渦を巻いて矢を蹴散らす。だがそれでも何本かは俺の放った風と『悪魔の守り』を突破して体にまで届いてきた。魔王の鎧を着ているのでダメージはないが、ハリセンボンのようになった『悪魔の守り』はもう使えない。俺は『悪魔の守り』を天軍の中に力任せに投げ込みながら認識を改めた。
正直少し自惚れていたかもしれない。今の俺なら万の軍が相手でも一人でどうにか出来るだろうと。いや、相手が人間の軍隊なら確かにどうにかなっただろう。だがこいつらはーー
冷たい汗が頬を伝う。敵軍の中から指揮官らしき者が魔法で指示を飛ばしていた。
「敵、魔将クラス。繰り返す。敵、魔将クラス。現時点をもって敵個体を最優先撃破個体に認定。円陣組めぇ~! 観測班は敵個体のデーターを本部に送信。転移班、待機している特殊一強部隊の転移を開始しろ。連絡班、私の名において天界に連絡、天将の出陣を要請。そこの悪魔はここで何としても潰せ!」
細かい指示までは思念が暗号化され読み取れないが、全軍に響き渡った大まかな命令は分かった。……ヤバイ。当たり前のことだがこいつら俺のような存在との戦いに慣れてやがる。
指揮官の命を受けて天軍が大きく動き出した。左右に展開して円を描くように俺を取り囲んでくる。当然空中にもかなりの数が上がってきた。
この数相手だ。囲まれるのは仕方ない。まずはできるだけ兵を削りながら先程命令を出していた指揮官を潰す。そう考え、目を凝らして周囲の状況を確認していると巨大な杖のような物を運ぶ部隊が目に入った。
「戦術級魔法具? また結界か?」
だけならまだ良いのだが、万が一にも閉じ込めた魔族に妙な効果を及ぼす類いの物なら拙い。何よりもここに結界を張られればこちらの本隊が盾の王国へ避難するのが非常に困難になる。何としても阻止しなければ。そう考え悪魔の翼を広げる俺に再び大量の矢が襲いかかって来た。
悪魔の守りは既にない。俺は自力で結界を展開し矢を防ぐ。防御に徹すれば矢は十分防げる。しかしこれでは身動きが取れない。かといってダメージを無視して移動するにはこの矢は強力すぎた。
「チッ。…アクエロ、出せるだけの式を放って軍をかき回せ。俺はまず結界と思わしき魔法具を発動前に潰す」
(了解。お前達、行って)
アクエロが式を放つ。骸骨姿の戦士達が、巨大な蛇の群れが、様々な動物の顔をもつキメラが、百にも及ぶ群となって天族へと襲い掛かった。
「式神魔法の出現を確認。魔法強度推定S。対魔法生物隊前ぇ~!」
アクエロのこだわりが具現化したかのような強力無比な魔法生物の軍団。しかしそれにさえ天軍はこれ以上ないほど冷静に対処していく。
式神魔法による混乱は思った以上に少ない。だがアクエロが式神を遠距離攻撃が専門と思われる部隊に積極的に送り込んでいるお陰で、絶え間なく降り注いでいた矢がその勢いを失う。
俺は今の内に移動を開始。結界と思わしき魔法具を持っている者達に襲いかかる……つもりだったのだが。
「突撃ー!!」
そうはさせじと槍や剣を持った天使達が上下左右から襲いかかって来た。
「あとで相手してやるから引っ込んでろ」
今はこんな雑兵などよりも魔法具の破壊を優先する。俺は兵士達の攻撃を躱すと無尽蔵な魔力に物を言わせて天族達を置き去りに空を駆けーー
「魔力ネット展開ー!!」
「な!?」
前方にいた別の部隊が空中に魔法具を展開。魔力で出来た網が行く手に蜘蛛の巣のように張り巡らされる。直感でわかる。これも戦術級魔法具。今の俺なら力付くで破れないことはないだろうが、その為に出来る隙はあまりにも大きい。
仕方なく急停止。止まった俺に蝿のように群がってくる天族。天族。天族。
「うっとおしいぞ!!」
無詠唱で魔法を発動。威力よりも速度を重視した魔法で弾幕をはり、とにかく天族を近付けさせない。同時に魔法具を運んでいる部隊の現在位置を確認する。魔法具は全部で五つ。位置関係は丁度五亡星が描ける配置だ。一番近い所はそれほど遠くない。それこそ今の俺には一歩とそう変わらない距離だ。だがそこに行くまでの進路には数多くの天族が陣取っている。明らかに魔法具を守るような配置だった。
「クソ。面倒な」
つい口に出してぼやいてしまう。そしてついに天族が俺の放つ魔法を掻い潜って来た。
他の兵士よりも防御力の高そうな魔法具をつけた複数の兵士が正面から、残りの攻撃や速度に特化した兵が死角から攻撃してくる。何処に逃げようと別の部隊が待ち受けている。ーーやるしかない。
「我が血を啜れ。血の刃!」
俺の血と魔力を吸った骨が剣を生み出す。無尽蔵な魔力を栄養に極限の切れ味を持った刃が産み落とされる。更にーー
「アクエロ力を貸せ!」
(スキル発動『怪力無双』『英雄の誇り』『神速の剣撃』)
肉体強化に属する上位スキルが三つ発動。同時に剣が大蛇のごとく伸びた。
「くらえ!」
「防ぐな! 躱せ!」
天族の誰かが叫んだ。だが遅い!
蛇のように、あるいは鞭のようにしなる大剣を俺は力任せに振り回す。無尽蔵な魔力により作られた剣。上位スキルの同時発動により強化された上位悪魔の膂力。それらが合わさったとき天族の精鋭達にも対処できない死神の鎌が完成する。一振りでその命を刈り取られていく天族の兵士達。
「よし、このまま……」
斬りまくって魔法具のところまで血路を開く。俺は飛んできた魔法を切り伏せた。
「む?」
散々斬ったというのに気づけばまた別の部隊が俺の周囲を取り囲んでいた。懲りないやつらだ…とは思わなかった。むしろ内心で警戒度を上げた。
さっきの魔法。何よりもこいつ等から放たれる気配。先ほど全滅させた部隊よりも明らかに強かったからだ。新たに現れた部隊を率いているのは眼鏡をかけた一見優男風な男。あれは……間違いない。先程全軍に指示を出していた天族だ。
「私は天軍軍団長ライ・ミラージュ・ノルラスト。若くも恐ろしき悪魔よ。貴様に恨みはない。が、我らの理想の為、ここで消えてもらおう」
天軍の軍団長か。俺と同じでよほど自分の実力に自信があるのかは知らないが標的が向こうから来てくれたのは好都合だ。指揮官の有無は軍の行動に必ず影響を及ぼす。その首、ここで取らせてもらおう。
そう決めたその瞬間。なんとも奇妙な感覚が俺を襲った。
「これは?」
全身の感覚がおかしい? まるで水中で上下の感覚を見失ってしまったかのように、どのように体を動かせばいいのか分からなくなる。
「集団戦闘の最中、私を最優先目標に定めた者に掛かるスキル『訪れる混乱』。そのスキルは簡単には解けんぞ。去らば若く強く、そして勇敢なる悪魔よ」
天軍軍団長が手を上げると四方八方から天族が襲いかかってきた。
防ぎたいのだが体の感覚がおかしい。右に避けようとして左に動いてしまいそうな、そんな感覚。……焦るな。落ち着け。どんなスキルだろうがそれは所詮ただの現象に過ぎない。同じ気や魔力を用いれば抵抗できるのが道理というものだ。魔力と気を総動員して奴のスキルを打ち破れ。
幻想なき世界で磨きに磨かれた魔術操作を駆使して肉体に入り込んでいた天軍軍団長の気を排除、感覚を強制的に元に戻す。それを一呼吸の内にやり遂げた俺は降り下ろされる剣を躱し、襲い掛かってくる槍を砕き、天族を一刀の下に切り伏せた。
首が飛び、胴体が分かれ、地へと落ちていく天族達。俺は血に塗れた剣を天軍軍団長へと向けた。
「次はお前だ」