道程
魔王城を出発した儂らはまず始めに山を幾つか越えた先にある転移門を目指した。
転移門は空間転移の為の魔法具で入り口と出口にそれぞれ設置する必要があるのじゃが、空間が乱れた場所でも比較的高確率で繋げることが出来る優れものじゃ。
ちなみにこの転移門から魔王城までの道には魔王軍が誇る最強クラスの魔物達が放たれ、それらを下位の上級魔族よりもよほど強い力をもった自我持つ魔物達が統率しており、万が一にでも転移門を逆利用された時に備えておる。
この魔王城周辺を守っておる自我持つ魔物を守護獣といい、山を通る者は魔王軍から通行許可書を与えられるか、あるいは守護獣に敵でないと顔を覚えられた者と一緒でなければ最悪魔族であろうと襲われかねない。
当然儂らはマイマザーである魔王から通告の許可が出ておるので山を通るとき守護獣が姿を見せることはなかったのじゃが、その代わり山の中に居る間中、終始鋭い視線が儂らに付きまとい、連れてきた魔物達が萎縮するわ、ウサミン達が半ば野生化するわ(どうやら獣人の本能でどちらが上か白黒つけたがっていたようじゃの)で、少しばかり行軍に遅れが出た。
それらを除けば後は何事もなく全員無事に転移門へと到着。そのまま盾の王国に最も近い転移先へと移動する。
面倒じゃが盾の王国に直接転移は出来ん。何せ盾の王国は現在もっとも天族領土に近い魔族領土となっておるため、転移門を逆利用されないため盾の王国周辺には転移門は設置されてはおらんのじゃ。
そのため一番近い転移先でも盾の王国まではかなりの距離がある。
行軍の傍ら儂は専ら五人の軍団長と話をした。特に経験豊富な軍団長統括デカラウラスとその補佐となったウタノリア。そしてシャールアクセリーナの三人からは軍を用いた戦い方の抗議を受けた。
地上と空中で敵味方が入り交じる立体的な戦場での動き方。一騎当千の兵士をどうやって一般兵で止めるか。逆に一騎当千の兵士をどうやって最大活用するか。現代で幾つもの戦場を経験した儂じゃが、魔法じみた近代兵器を投入した現代の戦場と比べてみても、こちらの戦場の方がかなり戦い方に幅があり、儂は三人の話に聞き入った。
ちなみに移動には魔物が用いられ、儂や有角鬼族の五人と軍団長はドラゴン。ウサミン達はグリフォン。そしてマーレリバーはまだ若いフェンリルを使っておる。
魔族領内と言うこともあり移動中特にトルブルが起こることもなく旅路はいたって順調。魔王城を出発して五日目には盾の王国へと辿り着いた。
そこで儂は一日兵を休めることにした。
「大丈夫か?」
魔族の精鋭部隊ということもあり、行軍中は取る必要のなかった食事を歓迎の証として振る舞われ、それを皆で食べて部屋へと戻る帰り道、儂は一人黄昏ておるマーレリバーを見つけた。
「リバークロス様」
マーレリバーは儂に気付くと弱々しい笑みを浮かべたが、すぐに視線を眼下へと戻した。
今儂らがおるここは盾の王国の王城。王国で一番高い所に作られたこの城からは盾の王国中が一望できた。
陽が落ち、闇が満ちた世界の中で町の明かりが夜空で瞬く星のように輝いておる。上級魔族の超視力はそんな町で楽しそうにはしゃぐ幾人もの魔族の姿を捉えていた。
そしてそれは儂の眷族であるマーレリバーも同じことで、眼下を見下ろすその視線はジッと夜の町を謳歌する魔族一人一人に向けられていた。中には儂らの視線に気づいてこちらを見返して来る者もおったが、儂らが王城に堂々と居るせいか特に危険視されることもなく、目が合った者達はすぐに視線をそらしてそれぞれの日常へと戻っていく。
「……不思議。まだ一年も経っていないのに、何だか知らない場所のよう」
儂に、というよりは独り言なのじゃろうな。白昼夢でも見ているかのような茫然とした顔でマーレリバーが呟いた。
一人にさせてやるべきか悩んだのじゃが、今の儂はこやつの主。他人行儀ではこの先やっていけんじゃろうなと思い、聞いてみる。
「辛いのか?」
「どうでしょうか? マーレならそう感じたかもしれません。でも私は……。リバークロス様。私の現在の精神状態はどうなっていますか?」
問われた儂はマーレリバーとの繋がりから感じる肉体の反応を調べてみた。その結果はーー
「いたって平静だな」
「そうだと思いました。だって私はマーレリバーですから。……ここは良く知っている場所に似ていたんですけど、どうやら私の勘違いだったようです」
そう言って眼下の光景から視線を外したマーレリバーは儂を見て微笑んだ。それは何かを吹っ切ったような、悲しくも眩しい笑みじゃった。
「……明日は朝早くから出発だ。問題が起こらなければ明日のうちに目的の場所に辿り着けるだろう。必要ないかもしれないが、寝れるなら寝ておけ」
もう大丈夫じゃろうとマーレリバーを残して部屋に戻ろうとする儂。そんな儂の服の裾をマーレリバーが掴んだ。
「あの、リバークロス様」
「なんだ?」
「そ、その。今日は一緒に寝ては、だ、駄目でしょうか?」
「……眷族になったからと言って別に強制はしないぞ?」
何せ儂、既に極上のハーレムを築いておるからの。乗り気ではない女を抱く必要なんてまったくないんじゃよな。
「いえ。わ、私がそうしたいんです」
褐色の肌を真っ赤にして、マーレリバーは消え入るような声でそう言った。無論儂としては別に断る理由もないので微かに震えるその肩を黙って抱き寄せた。
「あっ」
儂の体に身を寄せるマーレリバー。その心音が凄いことになっておる。儂は軽い口づけを交わすとマーレリバーの肩を抱いたまま部屋へと戻った。
そうして夜が静かに更けて……「な、何で元エルフがここにいるんですか!?」「別に良いだろう」「駄目ですよ。作られた三種族なんか…」「やかましい」「ふぎゃああ!?」「ウ、ウサミーン。どうしよイヌミン。ウサミンがお星さまになったんだけど」「惜しい奴をなくしたな」「……うるさくて眠れない。殴ろう」「こら、アヤルネ。短気を起こすな」「あらあら。まあまあ」「殴り合い? なら私も混ぜて」
「「「「「「お前は引っ込んでろ」」」」」」
そんな風に騒がしく夜は更けていった。
翌日。
「え? 父さんがここの責任者?」
結局睡眠時間を殆ど作れなかった儂は朝早くからマーレリバーを連れてドラゴンの様子でも見ることに。そこで一足先に出発の準備をしておったサイエニアスから、思いがけずマイファーザーについての話を聞くことになったのじゃ。
「はい。今は魔王城に一時的に戻っているそうですが、今日には戻ってくるそうです」
「入れ違いか。タイミング悪いな」
どこかですれ違ったか、あるいは儂が魔王城を出た時には既に戻っていたのかもしれんの。
「出発を一日伸ばしますか?」
「まさか。どのみち帰りにはまた寄るんだ。その時で良いだろ。準備を急げ。マーレリバー、ここらか先の道案内は任せたぞ」
「お任せください」
そう言うマーレリバーは昨日よりも心なし儂との距離が近い。何となくそんなマーレリバーの顔をじっと見つめてみると、マーレリバーは恥ずかしそうに儂から視線をそらした。
「ま~た、マーレリバーさんを構ってるんですか?」
朝っぱらからやけに不機嫌そうな声を出すのはウサミン。その後ろには昨日夜を共にした者達がおった。流石は上級魔族、ほとんど寝ておらんじゃろうに皆タフじゃの。
「まだ怒っているのか? 確かに昨日は俺もやり過ぎたがお前達を早く仲良くさせようとしてのことだ。分かってくれるな?」
まぁ、実際はマーレリバーがいるとウサミンの反応がいつもと違って面白かったから調子に乗っただけなんじゃが、何事も建前と言うのは大切じゃからそう言っておく。
「……分かってますよー。お陰で私達とっても仲良しですもんね。マーレリバーさん」
「……そうね」
どう聞いても納得してなさそうな不機嫌そうな声のウサミン。逆にマーレリバーは昨日の情事でも思い出したのか真っ赤になって儂の背後に隠れおった。
ふーむ。それにしてもウサミンの奴、人間の眷族であるフルウと普通に接しておったから大丈夫じゃと思ったんじゃが、元エルフを同じベットに連れ込んだだけであそこまで拒絶反応を見せるとは正直思わんかった。
そう言えば飼い犬も甘やかせば飼い主よりも偉いと勘違いして同じベットで寝ようとすると吠えてくるとか聞いたことがあったの。
獣人なりの拘りでもあるんじゃろうか?
「ガハハ。朝早くから修羅場とは。さすがは色狂いと呼ばれるだけはある」
「デカラウラス。リバークロス様に失礼ですよ。おはようございますリバークロス様。何かトラブルでしょうか?」
眼鏡の奥でウタノリアの瞳が細められ、ウサミンは罰の悪そうな顔でそっぽを向いた。
儂はウタノリアの問いに首を横に振る。
「いや、何でもない。俺の女が他の女を抱いたことで少しヘソを曲げてるだけだ」
「お、俺の女?」
儂の一言でウサミンの顔が不機嫌顔から一転して真っ赤に染まる。クックック。チョロイの~。思った通り、やはりこういう何気ない一言が弱点か。イヌミンは別としてネコミンとウサミンが異性との関係に慣れてないのは既に分かっておるし、この様子だと後二、三回はこの手が使えそうじゃな。
正直不機嫌の理由が獣人の拘りだとしても、イヌミンとネコミンが怒ってないのに何故ウサミンだけ怒っているのか意味不明じゃ。しかしそれでいいのじゃ。女は意味不明でも許されるのじゃ。だってオッパイついておるからの。
大体現代でハーレムを作った時もしょっちゅうどうでも良いことで修羅場になったし。一回なんか危うく死人が出るところじゃった。
それに比べ今世は身分があるのでハーレムの維持が楽で良い。不満があっても今みたいに少しすねる程度。それを宥めるだけで極上の女達が抱けるならお得すぎじゃろ。
「あら、何だか楽しそうですわね。そう思いませんこと? イリイリアさん」
「そうですねフルフルラお姉様。リバークロス様達が楽しそうで何よりですわ」
白いドレスを着こなしたその姿は早朝の霧が形を持ったかのよう。純白の美女が二人、儂の元までやって来た。
「イリイリアさん。フルフルラさん」
儂の背中から顔を出したマーレリバーが二人を見た途端にしまった、とばかりに顔をしかめた。そんなマーレリバーを見て二人がクスクスと笑った。
「ああ。良かった。やっぱりリバークロス様と一緒にいたのね。部屋に戻って来ないので心配したのよ? ねえ? そうでしょイリイリアさん」
「全くですわねフルフルラお姉様。マーレリバーさん。私達とっても心配したのよ」
「あ、その。……ごめんなさい」
申し訳なさそうに頭を下げるマーレリバー。それを見てまたクスクスと笑う二人。ちなみに軍事行動中は出来る限り単独行動は控えるように言ってあり、いくつかの班に別れて行動することになっておる。
まぁ班と言ってもいつものメンバーとあまり変わらんのじゃがな。まずウサミン、ネコミン、イヌミンの獣人三人組。次にサイエニアスとマーロナライアとアヤルネの有角鬼族の三人。そして最後がフルフルラとイリイリアの最年長コンビに最年少のマーレリバーを入れた三人じゃ。
危険地帯ではないといえ、確かに班員に何の連絡も入れなかったのはマーレリバーの落ち度。まぁ、儂にも原因がかなりあるんじゃがな。
仕方ないので儂が取り成そうと思ったらフルフルラが最年長に相応しい、落ち着いた淑女然とした笑みを浮かべた。
「冗談ですわ。良いのですよ。貴方はリバークロス様の眷族なのですから。私達などよりもリバークロス様の都合を優先して。ねえ? イリイリアさん」
「まったくもってその通りですわ、フルフルラお姉様。ただ次からは連絡の一つくらいして欲しいところですけど」
「本当にすみませんでした」
しゅんとした様子で頭を下げるマーレリバー。儂は庇う意味も含めてその頭をこれでもかと撫でた。
そこにアンデットの王子でもあり軍団長でもあるカクカクカクロウがやって来る。
「カラカラ。カラカラ。何だ、魔将殿。随分と早いな。それに凄まじい力をもった美女を何魔も侍らして。ああ、死ねば良いのに」
いやいや、気持ちは分からんでもないが、儂一応上司じゃからね? 朝っぱらから何ちゅうことを言うんじゃ。そう言う言葉は心の中だけにしまっておいて欲しいものじゃな。
「何、こいつ?」
ほらみい。普段は眠たげな顔ばかりしておるアヤルネの目付きがヤバイ感じになったじゃろうが、狂犬モードに移行しつつあるじゃろうが。
(あの状態のアヤルネは好き)
(お前は黙ってろ)
事あるごとにアヤルネを挑発して殴り合う儂の中の狂犬が要らんことを言うので暴走する前に黙らせる。
儂はサイエニアスに目配せをした。サイエニアスは頷くと背後からアヤルネを持ち上げ、そのままマーロナライアへと押し付けた。
「あらあら。アヤルネは相変わらずヤンチャさんね」
マーロナライアは自分の胸に飛び込んで来たアヤルネをそのまま抱き締める。
「だって……」
「アヤルネ。いつも言っているだろう。軍事行動中は不必要な問題を起こすな」
「……了解」
サイエニアスのやや厳しい声にアヤルネは拗ねたようにマーロナライアの豊かな胸に顔を沈めた。
儂のために怒ってくれたのにあれではちょっと可哀想なので、儂はカクカクカクロウを軽く睨み付けた。
「お前もだ。細かいことをあまり言いたくないが、任務中はもう少し発言に気を付けろよ」
「カラカラ。カラカラ。これは失礼、魔将殿。それにしても慕われておるようで……。はぁ羨ましい」
「お前にも部下がいるだろ。その、……ゾンビと骸骨が」
軍団長でありアンデット族の王子であるカクカクカクロウの後ろにはカクカクカクロウと同じ骸骨といかにも私死んでますよと言わんばかりの顔色の者が付き従っておった。
「カラカラ。カラカラ。言っておきますが、この二魔は強いですよ?」
「だろうな」
わざわざ言われずともサイエニアス達にも勝るとも劣らない力をあの二人から感じる。そもそもの話、アンデット族の王子であるカクカクカクロウのお供が弱いわけがなかった。
「部下は容姿で選ぶのではない。志で選ぶのだ」
そんなイミフなことを言ってやって来たのは巨人族の王子であり軍団長の一人ウケンロウスじゃ。
ウケンロウスの後ろには二人の美男美女が付き従っており。女の方が「流石はウケンロウス様。その通りでございます」と、小さく手を叩いた。姉さんと言うものがありながら何女を連れて歩いとるんじゃこやつは。
「「チッ」」
またしても儂とカクカクカクロウの舌打ちが重なる。思わず互いの顔を見る儂とカクカクカクロウ。ウケンロウスは何故舌打ちされたのかと訝しげな顔をしておった。
「ガハハ。仲良きことは素晴らしきだな。そうは思わんか。ウタノリア」
デカラウラスが腹を抱え、ウタノリアは中指でズレてもいない眼鏡の位置を直した。
「そうですね。それには同意です。ですがここから先は魔族領外。我々が気を引き締めなければ」
「ガハハ。お主は相変わらずかたいな。見よ、この若くも頼もしい者達を。連れてきた兵達も精鋭そのもの。何があろうと問題などないだろうよ」
「油断は禁物です」
「分かった。分かった。ガハハ。それでリバークロス様。出発はいつにしますかね?」
「準備が終わり次第すぐだ。順調に行けば昼過ぎくらいには目的の場所にたどり着けるだろう。可能性は低いがドーワーフが居れば戦闘もありえる。全員気を引き締め直しておけよ」
「「はい」」
「「了解」」
それぞれの言葉で返事をする仲間達。そこでシャールアクセリーナが儂から軍団長に話でもあったのかと青い顔でカッ飛んで来て、シャールアクセリーナが纏った風にネコミンが吹っ飛ばされる。マーレリバーも危なかったのじゃがフルフルラとイリイリアが庇って事なきを得た。マーレリバーに関しては仲間と上手くやれるか少々心配だったのじゃが、どうやら二人に任せて大丈夫そうじゃな。
そうして儂は「ね、ネコミーン」と叫ぶウサミンの声を聞きながら、たまたま集まっただけだと教えてシャールアクセリーナを安心させた。
そしてそのまま出発の準備は大した時間も掛からずに終わり、儂らは盾の王国を後にするのじゃった。