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三人目の眷族と盾の国の王妃

 マーレリバーをフルフルラとイリイリアに預け、儂は魔王城八十階にある自分のエリアへと戻ってきていた。


 目的は無論盾の王国の王妃に会う為なのじゃが、何となく気が重い。解体場で助けた人間とは以降フルウを除いて会っていない。何度か王妃と例の妊娠していた女騎士が会いたいとフルウを通して言ってきたんじゃが全て無視した。王妃の要件は知らんが、女騎士の方は大方男を助けてやったお礼でも言いたいのではなかろうか(あの後、例の商魔が見つけて連れてきた)。


「ん? この気配は」


 儂は覚えのある気配の接近に背後を振り向いた。すると丁度廊下の角からネコミンが顔を出すところじゃった。ネコミンは儂を視界に収めると儂からは見えぬ誰かへと呼びかける。


「あー。ウサミン。リバークロス様見つけたよー」

「ネコミンお手柄。ほらイヌミンこっち、こっち」

「ああ、分かっている」


 そうしてさらに姿を見せる二人。ネコミンを筆頭にウサミン、イヌミンが儂のもとまでやって来た。


「どうした? お前達」


 獣人トリオ。正直、今から行く所を考えればあまり会いたくない面子じゃの。


「えっとですね、リバークロス様がお供も連れずに奴隷に会いに行くから誰か付いて行けって、フルフルラさんとイリイリアさんに叱られちゃったんですよ」


 儂のハーレムメンバーには念話の繋がりを高め、かつ大体の居場所が分かる魔法具を渡しているので、大方それで連絡を入れたのじゃろう。


「……あの二魔。意外と過保護なんだな」


 普段なら気の利く女は大好きな儂じゃが、何事にも都合というものがあるんじゃよな。


「あの、そもそもリバークロス様ご自身がわざわざ奴隷なんかに直接尋問する必要は無いんじゃないかな~、と私は思っちゃったりするんですけど」

 

 ウサミンが儂の顔色を窺うようにしてそんなことを言ってくる。


「どうしてだ?」


 それに儂は首を傾げて見せた。無論ウサミンの言いたいことはよく分かっておる。儂は魔王の息子で既に魔将の一人。用があるなら奴隷の方を連れてこさせるか、尋問事態を部下に任せるのが一番じゃろう。自分で動いた方が早いと思うかもしれんが、上に立つ者として部下に任せられる仕事は部下に任せることも大切じゃし、大きな組織であればあるほど立場に相応しい立ち振舞いというのも馬鹿にはできん。 

 

 だからウサミンの言うことはもっともなのじゃが、ここはあえてとぼける。


「え? ど、どうしてって、そ、それはその……ネコミンがそう言ってたからです」


 立場上文句とも取られかねない発言をすることを嫌がったのか、ウサミンは逃げるようにネコミンをビシッと指差した。


「ふへ!? ウ、ウサミン、アンタなに言ってんのよ」

「いや、だってネコミン言ってたじゃない? リバークロス様は偉いんだから奴隷なんかとサシで話すのはおかしいって」

「それはそうだけど。ならその部分だけオブラートに包んでよね。私の名前出す必要ないじゃん」

「それはほらネコミンだから」

「理由になってない!」


 いきなり喧嘩、あるはいは漫才? を始める二人。イヌミンが溜め息をついた。


「ウサミン、ネコミン。遊ぶのもいいがほどほどにな。リバークロス様は魔将としての初任務を控えられた身だぞ」

「あっ。その、ごめんなさい。リバークロス様」

「済みませんでした。リバークロス様」


 それぞれ耳をシュンと垂らしながら頭を下げてくる。ふむ。素直なのは良いことじゃな。そう儂が思った直後ーー


「でも、ネコミンが……」

「でも、ウサミンが……」


 と、二人して儂に詰め寄って来よった。直後二人の頭にイヌミンの拳骨が落ちる。


「痛い!?」

「アウチ!?」


 そうして頭を押さえて仲良く蹲る二人。


「「うう~」」


 などと呻いておるその姿はなかなかに可愛らしい。じゃが今はあまりゆっくりしておる時間はないんじゃよな。儂はイヌミンと視線を合わせた。


「ついて来るのは構わないが、来てもやることはないぞ?」

「大丈夫です。これでも拷問官としての訓練は一通り受けていますから」

「ん?」


 何じゃ? 今比較的まともなイヌミンの口からサラリととんでもない発言が出んかったかの。 


「はい。はい。私も訓練受けてます。あまりそういうのは好きじゃないんですけどお母さんが獣人の嗜みだって言って教育を受けさせられました。だから一通りのことはできますよ」

「何よウサミン。そんなの私だって出来るんだから。リバークロス様。拷問は是非私にお任せください」

「何言ってるのよネコミン。私ができるって言ったでしょ」

「ウサミンこそ何言ってんのよ。やるとは言わなかったじゃん」

「あそこまで言ったら言ったようなものでしょ? 私がやるからねネコミン」

「ハッキリ言わないと駄目なのよ。だから私がやるから。分かった? ウサミン」

「私」

「私よ」

「仕方ない。それなら私がやろう」


「「イヌミンがそう言うなら」」


 てっ、漫才か! あっさりと譲る二人に思わず心の中でツッコンでしまう儂。


 ウサミンはわざとらしく悔しげな表情を作った。


「う~。本当は私拷問ちゃんと出来たんだけど、出来たんだけど! イヌミンがやるっていうなら仕方ないよねネコミン」

「本当にその通りねウサミン。私だって拷問くらい簡単に出来たんだけど、出来たんだけど! ウサミンの言う通りイヌミンがそこまで言うなら仕方ないわ」


 ネコミンがやれやれねとばかりに肩を上下させる。イヌミンは特に気分を害した様子もなく、


「そうだな。どうしてもだな」


 とだけ言った。怒っても良さそうなものじゃがいたって平静、イヌミンは悟りでも開いておるのかの? いや、そんなことよりもそろそろ誤解を解いておかないと不味いの。


「勘違いしているようだから言っておくが、俺は奴隷を拷問する気などないぞ」

「「え?」」


 ウサミンとネコミンが儂の顔を見て目を瞬いた。何じゃそのキョトンとした顔は。やれやれ万が一を考えて儂が直接来たんじゃが、この様子では他の者に任せなくて正解じゃったの。ふっ、魔術師は学んでこそよ。青年騎士と老兵よ、お主達の『アレ』は消して無駄な犠牲などではなかったぞ。……あ、思い出すとちょっぴり罪悪感が。王妃と会う時はあの二人と顔を会わせないように手を打っておこう。そうしよう。


「でも、あの、奴隷が任務に必要な情報を持っているんですよね?」

「恐らくな」


 とはいえ王妃が確実に知っているのはドーワーフの王国から盾の王国に物資を運ぶ経路くらいじゃろう。じゃが恐らくそれはもう塞がれておるじゃろうな。出来れば何か有益な情報が出てきて欲しい所じゃが、ドーワーフの真の王国は地元のマーレリバーでさえ最低限のことしか知らされてないのじゃから期待はあまりできん。当然ながら向こうも慎重じゃ。さてはてどうなることやら。


「拷問しなくて奴隷が喋るんですか?」


 ネコミンが不思議そうに首を傾げた。何じゃこの可怖(かわこわ)生物。情報を聞き出すだけなら拷問以外にも普通に色々あるじゃろうが。まったく獣人の王はどんな教育を部下に施しておるんじゃ?


「俺は悪魔だ。嘘なら分かるし、せっかく手に入れたコレクションを不用意に傷つけたくない」

「コレクションですか?」


 ウサミンがとても可愛らしい笑みを浮かべながら聞いてくる。儂は即答した。


「コレクションだ」


 ウサミンの赤い瞳がうっすらと細まった……ような気がした。


「なら確かに拷問しちゃ駄目ですね」


 そう言ってもう一度ウサミンはニパリと笑う。邪気のないとてもいい笑みじゃ。何じゃろ? フルフルラの時といいやっぱり儂少し気にしすぎかの? 支配者の儀の時獣人の王にメッチャ睨まれておったので三人には少し警戒してたんじゃが、ウサミン達を見るになんか大丈夫そうな気がしてきたの。……いやいや、しっかりしろ儂。そんな風に安易に女に気を許して現代で何度痛い目を見たと思うておる。常に最悪を想定し未然に防ごうと対策を取る。うむ。それこそ魔術師としての姿勢じゃな。


「とにかくもしも拷問が必要なら私達に任せてください。異種族に洗いざらい吐かせて見せます」


 ネコミンがドンと自身の胸を叩きながら豪語する。言っとることはアレじゃが意外と頼りになるの。そう思っておったらーー


「「イヌミンが」」


 ウサミンと二人してイヌミンを勢いよく指差しおった。


「……イヌミン」


 何かちょっとイヌミンが不憫に思えて、知らず知らずの内に名前を呼ぶ儂。あれかの? 二人の肉とお菓子食べたの根に持たれておるのかの? 


 それともまさかイジメなのじゃろうか? などと儂がちょっぴり心配しておったら、


「大丈夫ですリバークロス様。あまり見かけが変わらない拷問方法も知っています。獣人の嗜みを信じてください」 

 

 イヌミンがキリッとした男前な顔でそんなことを言った。


「そ、そうか」

 

 うわ。こやつ等マスコットキャラのような耳を生やしておきながら揃いも揃って。大体なんじゃ獣人の嗜みって? 怖いわ~。獣人怖いわ~。


 内心どん引きしながらも儂は三人を連れて一先ずフルウの所まで移動した。



 「リ、リバークロス様? どうしてこちらに?」


 ウサミンがノックもなしにドアを開けると縦ロールの金髪が眩しい、騎士というよりは貴族然とした女が椅子から飛び上がった。銀の甲冑に儂が商業区組合で登録した紋様が大きく描かれている。

 登録して日が浅く今はまだそれほど有名ではないのじゃがその内あの紋様を見るだけで、その紋様を持つ者が儂の庇護下にいる者だと分かり要らんトラブルを事前に防げるはずじゃ。


 まぁ、肝心の儂が侮られでもしたら効果はないのじゃろうが、そうならないためにも魔王軍で成果を積み重ねていかねばな。


 儂は儂の三番目の眷族であるフルウを見た。ちなみにこやつには奴隷管理者というなんとも嫌な役職を与えた(その為に助けたのじゃから文句は受け付けん)。そして王妃に限らず人間の世話はフルウに丸投げ、もとい一任しておる。最初はアクエロにも色々と動いてもらっておったが、あやつは命令を慎重に出さないと何をやらかすのか分からない上に他にもやって貰うことが多々あるので、ここ最近人間の世話に関してはフルウ一択じゃ。


 それにしてもフルウの奴、儂の訪問にやけに驚いておるな? そう思ったのはどうやら儂だけではないようで。


「ん~? ちょーとこれはどういうこどだー? ヘイ、ユー。リバークロス様が来ちゃまずいのかい? 怪しい。そう思うだろ? ネコミーン」

「確かに怪しすぎー。不振すぎー。怖いわウサミン、助けて頂戴」

「オッケー、オッケー。任せてちょうだい。隠し事イコール謀反。つまりは死刑。それではさっそく……」

「やめんか」


 儂はいきなりとち狂ったウサミンとネコミンの頭に拳骨を落とした。


「痛い!?」

「アウチ!?」


 頭を押さえて蹲る二人。


「「ううー」」


 涙目で儂を見上げてくる二人を儂は呆れ混じりに見下ろした。


「何だ? 頭がパッパラパーになる魔法でも使ったのか?」

「ひーん。す、すみません。フルウさんがやけに驚いていたので、解説者時代のノリが出てしまいました」

「わ、私はウサミンの悪ふざけに乗っかっただけなのに」 


 ネコミンが恨めしそうにウサミンを睨む。


「リバークロス様、あの、これは?」


 ウサミン達のノリについていけないフルウが戸惑った様子で聞いて来た。ふーむ。こういう常識人っぽい反応がやけに新鮮に感じるの。最近特にそんなことを思う儂であった。


「そんなことよりも王妃を連れてこい」

「フローラル様を? ここにでしょうか」

「そうだ。他の者は連れてくるなよ邪魔だからな」


 特に青年騎士と老兵は絶対連れて来るんじゃないぞと念を押す。


「分かりました。あの、リ、リバークロス様」

「ん? なんだ?」

「…………い、いえ。すみません。何でも…ありません」


 ふむ? なんじゃろ。やはりフルウの様子が少し変じゃの。そう思ったのはやはり儂だけではないらしく。


「へいへいへい。やっぱりな……痛い!?」


 再び変なスイッチの入ったウサミンの頭にもう一度拳骨を落とす。


「ウサミン。あんた少しは懲りなさいよ」


 今度は流石にのらなかったネコミンが、それはそれは冷ややかな視線をウサミンへと向けた。てっ、いかん。いかん。遊んでる場合ではないの。フルウのことは少し気になるが、何かあるとしてもどうせ王妃達のことじゃろうし後回しでも構うまい。

 

「問題がなければ早くつれてこい。今日はあまり時間がない」

「分かりました。少々お待ちください」


 フルウはそれ以上妙な態度をとることもなく素直に頭を下げると部屋から出ていった。


 そうして待つこと数分。フルウに連れてこられた王妃は少しやつれた感じはあったものの、相変わらず人間にしては美しく、着ている物も簡素じゃが王妃っぽいドレスじゃ。最初見たときに体中に巻いていた包帯も殆どがとれておるし、その姿だけを見たならそれこそ王族や貴族と思われることはあっても、誰も魔族に囚われた女とは思うまい。


 ……よし、ちゃんと着る物にも気を配っているようじゃな。いくらフルウが世話をしていると言ってもまだ眷族になりたてのフルウを魔王城本丸の外に出すわけにはいかんからの。物資の調達とその許可に関してはアクエロが未だに責任者なのじゃ。


 儂は心の中でアクエロを誉めた。するとーー


(照れる)


 何かここに居ないはずのアクエロから返事があったんじゃが、気にすると負けのような気がした儂はあえてスルーした。


「よく来たな。待っていたぞ」


 王妃と特に仲良くなる予定もない儂は、いかにも怒らせると恐そうな尊大な態度で話しかける。


「まずは私の希望を叶えて頂きありがとうございます」

 

 囚われの生活でも艶やかさを失わない金髪を揺らして王妃が頭を下げる。儂はそんな王妃の髪を眺めながら目を瞬いた。


「ん? 希望?」


 ああ、そういえば会いたいと何度も伝えてきたアレか。…アカン。フルウに別件だと伝えるのを忘れておった。さっさと誤解を解いてドーワーフの一件を話さねば。


「身の程知らずにもこのフローラル。リバークロス様に折り入ってお願いがございます」


 王妃がいかにも思い詰めていますといった雰囲気でそう切り出してきた。いやいや王妃さんや。考え事していただけで別に話の先を促していた訳ではないのじゃよ。アカン。これ聞いたら絶対面倒くさい奴じゃ。


「ちょっと、ま…」


 しかし儂が止めるよりも早く王妃は両膝と両手、そして額を床に付けた。かつての主君のそんな態度に後ろでフルウが辛そうな顔をするのじゃが儂の良心的にそう言う反応は上手く隠してくれると嬉しい。いや、マジで。


 王妃は床に額をこすりつけたまま、縋るように言った。

 

「お願いします。リバークロス様。いえ、ご…ご主人様。娘を、イリアを私のもとに返してはいただけないでしょうか」

「は?」


 イリア? 確か小っちゃい方の娘で第二王女じゃったか? しかし返せ? 何じゃそりゃ? 儂は幼女なんぞに用はないんじゃが。


 どういうことなのじゃろうかと表面上はポーカーフェイスを保ちながらも、状況を理解できん儂は取り合えずあれこれ考えてみる。するとなんか後ろの方からーー


「ちょっと聞いたウサミン? リバークロス様、奴隷の娘を人質にとってるみたいよ」

「聞いたよネコミン。拷問の必要が無いってこういうことだったのね」


 そして二人は声をキレにハモらせて、


「「さっすが~」」


 と嬉しそうな声を上げた。いや、誤解じゃからね? 儂そんな外道じゃないからね? そう心の中で言い訳をしておると、


(さっすが~)


 からかうようなアクエロの声が響いてきた。ええい、やかましいわ!


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