マーレの選択と強化
「さて、どうするか」
魔王であるマイマザーからの勅命、盾の王国周辺に在るとされるドーワーフの真の王国、その調査にいざ向かおうとした儂はいきなりある問題に直面することとなった。
「如何されましたか?」
そんな儂に護衛のサイエニアスが不思議そうに聞いてくる。マイマザーから魔将としての初任務を授かり、謁見の間から退出したばかり。本来なら部隊編成に周辺地理の確認。その他にも部下としてやって来る者達の最低限の人となりの把握や持っていく魔法具の選択などやることは山のようにある。
じゃが任務の性質上準備に時間を掛ける訳にはいかん。マイマザーは恐らくは既に手遅れと読んで魔将なりたての儂にこの仕事を振ったのじゃろうが、儂は間に合う可能性も僅かだがあると思うておる。
そうでなくとも物事は最初が肝心。多少色に狂っていても魔族には有益な存在。そんな評価を得るためにも本来なら細骨粉砕の意思を見せて望まねばならんところ……なのじゃが。
「ん? あー。それがだな」
サイエニアスの問いに儂は頭を掻きながらマーレを見る。マーレは儂の視線の意味が分からずに少し困った顔をする。マイマザーの前ではほぼ完璧なポーカーフェイスを貫き通したマーレじゃが、儂のことになるとこの様じゃ。
恐らくそれはダークエルフとなったマーレの心の拠り所が主である儂にしかないことに端を発する、言わば刷り込みに近い精神状態のなせる業なのじゃろうが、例えそうと分かっていてもこんな可愛い反応を見せられれば、男ならばそりゃあ庇護欲をそそられるというものじゃろ。
「とはいえ聞かないのは論外だな」
いくらマーレが可愛くともそれで判断を鈍らすほど儂も若くはない。盾の王国のごく一部のものしか知らないであろうドーワーフの真の王国。じゃが考えてみれば儂の手元にそのごく一部の人間が普通におるんじゃよな。
「マーレ。実はだな、俺は何人かの異種族を奴隷にしている」
「? はい。……あの、それが?」
奴隷が居ると言ってもマーレは驚かない。まぁ、これで驚かれたら逆に儂の方が驚くんじゃがな。しかし問題はこれからじゃ。
「その中には盾の王国の王妃がいる」
「えっ!? フローラル様は生きて? ならひょっとしてマリア様やイリア様も?」
「ああ、二人とも俺の手元にいるぞ」
「……そうですか」
「驚いたか?」
「はい。多少」
そう言ってマーレは何かを考えるように少し俯いた。
「それで今からお前をフルフルラとイリイリアの所に預けて俺は王妃達の所にいく。王国の場所はお前が知っているとのことだが、賢者として生活していたので盾の王国暮らしの方が長いのだろう? お前の知らない情報を何か持っているかもしれないからな」
ドーワーフの真の王国が故郷のマーレじゃが、賢者になれるほどの類い希な魔法の才能を買われ、幼い内から盾の王国で英才訓練を受けていたそうじゃ。そのせいでドーワーフの真の王国について知っているのはその役割と場所くらい。緊急時においての対応は国の者の指示に従えとしか聞かされてないそうじゃ。
恐らくは空間魔法による転移がメインだと思うのじゃが、それでも逃走経路やその手段が事前にハッキリ分かっていればかなり大きなアドバンテージになったのじゃが、流石に最前線で戦う者にそのような情報は与えてはいないか。
もしも王妃がそれらの情報を知っていたら、何としてでも聞き出さねばな。
「……私も立ち会いましょうか?」
「む? ああ。そうだな…」
儂は頭の中で二つの利益をそれぞれ天秤に乗せた。正直マーレの申し出はありがたいし、普通に考えるばそうした方が良いのは分かっておる。じゃがな~。
「……いや、お前が盾の王国の者達と会うのは、少なくとも今はまだ止めておいた方がいいだろう」
勇者や賢者。人間の国ではさぞかし持て囃されたことじゃろう。しかしそれも自分を守ってくれると言う利益があってこその話。負けた今となっては、その感情がどのように変化しておるかなど容易に想像がつくと言うものじゃ。
無論全員ではなかろう。中には頑張ったと言ってくれる者もおるかもしれん。しかしそれはやはりごく一部の例外と考えるべきじゃ。高く積み重なった気持ちほど反転したとき恐ろしい刃となるもの。マーレと盾の王国の者達がどのような関係を築いていたかは知らぬが、せっかく魔族としてやっていけそうなここで余計な刺激を与えたくはない。
「私は平気です。リバークロス様のお役に立てます」
マーレが静かながら強い口調で言った。その表情には隠しきれない焦りが見えた。今は儂の配下という立場でも元は敵。何らかの功績を上げて自分の居場所を早く確立したいのじゃろう。儂も解体場と支配者の儀でやらかしたから気持ちはよく分かる。……ふむ。何じゃ、こんな所でもこやつに共感を覚えるの(無論マーレの方が遥かに立場は悪いが)。
しかしだからと言って何でも希望を聞いてやるかと言えば話は別じゃ。
儂はあえて突き放すように言った。
「なら俺の指示通りに動け。それが俺のためだ」
「……ッ! わ、わかりました。出すぎたことを言い。申し訳ありませんでした」
シュンと項垂れるマーレ。ああ、しもうた。別に怒ってはいないのじゃが少し演技が上手すぎた。何せこれでも儂、元は俳優じゃしな(好きな映画監督が近くで撮影していたのを見に行けばタイミングよく通行人役を募集。手を上げたら運良く選ばれた)。
ここは一つフォローを入れておくかの。儂はマーレの頬に触れるとそっと俯くその顔を上げさせた。
「言い方が悪かったな。俺はお前が心配なんだ。分かってくれるな?」
そう言って笑いかける。自慢ではないが今世の儂は容姿にかなり自信がある。なんせ母親と父親がどちらも絶世の美人じゃからの。当然儂の見てくれもかなり良い。まぁアクエロとの一件のせいでマイファザー譲りの自慢の黒髪と瞳に何故か黄金色が混じってしまったのじゃが、オッドアイというのもこれはこれで悪くはない。ほれ、マーレの奴も儂にうっとりじゃ。少し露骨なやり方かもしれんが、マーレの立場や精神状態を考えれば遠回しな言葉などよりもこういう分かりやすい言葉や態度が必要じゃろう。
マーレは頬に添えられた儂の手に軽く触れると、
「リバークロス様」
と言って嬉しそうに微笑んだ。やれやれ。可愛いが手の掛かることじゃ。まるで雛鳥の世話でもしておるかのようじゃな。じゃが自分に懐いている雛鳥が可愛いのも事実。儂はマーレの頭を優しく撫でてやった。すると、
ジーーーー!
「………………」
「………………」
無言の熱視線。儂は黙ってサイエニアスの頭も撫でてやった。そしたらーー
「だ、だから違います。そういう意味ではありません」
サイエニアスが真っ赤になって叫んだ。だが儂はそんなことは気にすることもなく、気の済むまで二人の頭を撫で続けるのじゃった。
そんなこんなを経て儂はマーレを連れてイリイリアとフルフルラのもとを訪れた。サイエニアスは魔将として儂に与えられることになった兵をまとめ、出発の準備をしておくよう指示を出したのでここにはおらん。
アクエロの方にも念話で連絡を入れておいたので二人でうまいことやってくれるじゃろう。アクエロはどうしようもない問題児じゃがその有能さについては疑う余地はないからの。
これで準備に関しては心配ないじゃろう。早ければ今日か明日には出れるはずじゃ。
無論儂も魔将として軍団長と顔を合わせておく必要があるのじゃが、それは移動中でも出来る。今はフルフルラとイリイリアにマーレを預け、盾の王国の王妃から話を聞くことの方が重要…なのじゃが、
「この者をですか?」
輝くような真っ白な髪に瞳。着ているドレスまで純白な処女雪を思わす美女フルフルラはマーレを見るとその眉を僅かにしかめた。
うーむ。マーレの紹介を終えたらさっさと王妃の所へ行こうとしてたのに、何だか雲行きが怪しいの。
取り合えず儂はフルフルラの態度には気付いてない振りをして紹介を続ける。
「そうだ。マーレ・エルシアだ。今日からお前達に付ける。面倒を見てやってくれ」
儂の言葉にしかしフルフルラは直ぐに頷かなかった。それどころかーー
「少し問題ね。イリイリアさん」
「そうですね。フルフルラお姉様」
などと言い出す始末。
ちなにフルフルラの言葉を受けて頷くのはフルフルラと同じような白い髪と瞳の美女イリイリア。
フルフルラが腰にまで届きそうな長髪に対してイリイリアの髪は肩の辺りで切り添えられおり、雰囲気もフルフルラの淑女然としたものとは違い何処か鋭さを帯びていた。服はどちらもお揃いの白いドレスで名前を呼ぶ度にお姉様という単語が出てくるのじゃがこの二人に血の繋がりはないらしい。
そんな二人が向けてくる不躾な視線をマーレは怯むことなく正面から受け止める。儂はそんなマーレの肩を抱いてやった。
「マーレは元はダークエルフで今では俺の眷族だ。こいつを軽んじることは俺が許さん」
そうはいっても無論君達のことも大切なんじゃよ~。決してマーレだけの味方じゃないんじゃよ~。……と続けたくても続けられないのが上に立つ者の悲しいところ。しかし初めに儂が確固たる態度を示しておかなければマーレの身に危険が及ぶ可能性があるかもしれんからの。暫くは積極的にマーレを庇わねばならんじゃろうな。
ふぅ。これがギンガじゃなくてダークエルフのマーレで良かったわい。
「失礼しました。リバークロス様」
「失礼しました」
二人は焦った様子もなく、優雅な物腰で頭を下げる。
「しかし決してリバークロス様の眷族であるマーレさんを侮ったわけではありませんわ。ねえ? イリイリアさん?」
「勿論ですわ。フルフルラお姉さま。だってこの子、こんなに可愛いですもの」
イリイリアはマーレの背後に回ると後ろから手を回しマーレを優しく抱き締めた。
「あっ」
マーレは小さく声を上げたものの抵抗はしない。それに気を良くしたイリイリアの手がマーレの体をまさぐる。
「ふふ。カチカチに緊張しちゃって可愛いわ。ねぇ? フルフルラお姉さま」
「そうですねイリイリアさん。この子とっても可愛いわ。リバークロス様。何故この子を抱くとき私達も呼んでくださらないのですか?」
「……その内呼んでやる」
無論、儂はマーレにもギンガにも手を出してはいないのじゃが、手を出しておることにしておいた方が二人の立場としては良いじゃろう。……ギンガはスゲー嫌がりそうじゃがな。
「ふふ。お待ちしておりますわ。楽しみねイリイリアさん」
「そうですね、フルフルラお姉さま。この子まだあまりリバークロス様のご寵愛を賜っていないのか、とってもピュアな感じがするんですもの。……そそるわ」
マーレを後ろから抱いておるイリイリアがマーレの頬に鼻を擦り付けるようにして匂いを嗅ぐ。儂はマーレからイリイリアを引き離した。
「二人に言っておくがコイツは俺の女だ。俺のいない所で変なことをするなよ」
この二人はとにかくコンビネーションが凄いので要注意じゃ。何のコンビネーションかと聞かれたら想像に任せるとしか言えんし、何が凄いって聞かれたらもうとにかく凄いと答えるしかないくらいに凄いのじゃ。一体何度『それ』にしてやられたことか。儂としては嬉しい『それ』もマーレにとっては別じゃろう。しっかりと釘を指して置かねばな。
フルフルラがクスクスと笑う。
「リバークロス様は若いだけあって独占欲が強いのですね。イリイリアさん」
「どうやらそのようですねフルフルラお姉様。でも私は良いことだと思いますわ」
「勿論私もそう思いますわ。強い男に求められるのは女の本懐ですもの。そう、強いと言うことはとても大切ですわ。そうでしょうイリイリアさん」
「その通りですわ、フルフルラお姉さま」
互いの名を呼びながらも二人して真っ直ぐに儂を見てくる。その視線でこれが儂に対しての言葉だと気付かされた。
「何が言いたい?」
「ではリバークロス様、失礼ながら申し上げますわ。魔物を支配するには支配する側にも相応の強さが求められるものですわ。マーレさんはダークエルフとしては強く、魔法具次第では上級魔族にも引けは取らないのでしょうが、ここにいる魔物を従えるに必要なのは生物としての強さ。それがマーレさんには少しばかり足りませんわ。そうでしょう? イリイリアさん」
「ええ。その通りですわフルフルラお姉さま。でもダークエルフがここまでの力を持っているというのも凄い話だと思いません? 流石はリバークロス様の眷族ですわ。そうですよね? フルフルラお姉さま」
「ええ。まったくイリイリアさんの言う通りですわ。流石はリバークロス様ですわ」
「さすがですわ」
そう言って二人は左右から儂に抱きついてくる。フルフルラの豊かな胸。イリイリアの形の良い胸。その谷間がハッキリと見えた。
「そ、そうか。…ゴホン。それなら…うん。仕方ないな」
鷹揚に頷きながらも儂の視線は二人の谷間を行ったり来たりする。仕方ないんじゃ。だって儂男の子なんじゃもん。
しかしそれにしてもフルフルラもそうならそうと思わせ振りな態度をとらずに最初から言ってくれたら良かろうに。お陰で勘違いで怒ってしもうたではないか。それとも儂が些細な態度や言動を気にしすぎなのじゃろうか? ……いや、評価と言うのは一度決まると変えるのに苦労するもの。ある程度功績を積むまでは過敏すぎるくらいで丁度いいんじゃ。それは儂に限った話ではなく眷族となる者に対しても同じこと。
じゃから今回は儂ではなくフルフルラが悪い。うむ。間違いないな。というわけでお仕置きをせねばの。そうして儂が左右の二人に手を伸ばしかけたときーー
「り、リバークロス様。私頑張りますから」
マーレが必死な顔でそう訴えてきた。
「そういう問題ではないのよ。ねえ? イリイリアさん」
「そうですねフルフルラお姉さま。残念だけど、努力以前の問題なのよ」
取りつく間もない二人の反応にマーレは唇を噛み締めて悔しそうに俯いた。ふーむ。さて、どうするか。……あれをやってみるか?
魔術師としては一度くらいやってみたかったのじゃが成り行きで眷属にしたこともあって控えておったんじゃよな。しかしマーレも意外なほどやる気があるし、聞くだけ聞いてみようかの。
「生物としての強さの問題。解決できる方法はある」
「本当ですか?」
マーレが物凄い勢いで顔をあげた。
「ああ。ただしこれをすればもう後戻りはできなくなるがな」
「それはどういう意味でしょうか?」
後戻りと言うたが既にダークエルフになったマーレじゃ。今さら天族側に戻ることはできない。しかし今ならまだ儂の眷族を止めることは出来るんじゃよな。さて、これをどうやって説明するか。
とりあえず儂は順を追って説明することにした。
「まず初めに言っておくが、俺はお前を眷族にして幾つもの制約をつけたが基本的には体をそれ以上弄っていない。だから本当に最低限の強化しかできていない」
「それはどうしてでしょうか?」
「お前達が本当に俺に仕える気があるか分からなかったからだ。本気で強化するには相応の魔力や手間を割く。それだけやって嫌々働かれでもしたら困るからな」
というか流石にそんなことになれば儂もキレる。だから放置しても痛くない程度の労力しか割いてないのじゃが、マジで強化すればかなりの能力向上が望めると思う。
「では、眷族として最大限強化していただければ……」
「魔物くらい従えられるだろうな。だがこれをやればお前は本当に俺から逃げられなくなるぞ?」
「今なら逃げられるのですか?」
あれ? それ聞いちゃう? サイエニアスといい、結構ストレートに聞いてくる者が多いの。若いというか何というか、発言にはもっと慎重にならんといつか痛い目見るぞ。
「今のままの状態なら俺が死んでも精々俺が与えた力が消えるくらいですむ。その時に魔族として功績を積んでいれば他の誰かに仕えることも、あるいは自立することも出来るかもしれない。だが最大の強化、つまり本来のお前の器を大きく越える眷族化を施せばお前はもう一人では生命活動を維持できなくなる。つまり俺の死ぬ時がお前の死ぬ時となるわけだ。その覚悟がお前にはあるか?」
マーレは即答しなかった。それにフルフルラとイリイリアの瞳が細められる。部屋の温度がクングンと下がる。じゃがマーレはそれを気にすることもなく、一度瞑目すると十分に熟考したであろう時間をかけてから聞いてきた。
「リバークロス様。リバークロス様は私をずっと側に置いてくださりますか?」
「お前が裏切らない限り、俺がお前を捨てることはない」
儂が即答するとマーレは嬉しいのか悲しいのかよく分からない、そんな泣き笑いの顔をして見せた。そしてーー
「どこまでもお供します」
洗練された動作で跪くのじゃった。やれやれここまで来たら儂も腹を括るかの。
「ああ。付いて来い」
儂はそう言ってマーレに笑いかけた。マーレは照れたように儂から視線を外すと、立ち上がっておずおずと聞いてきた。
「あの、それで、……強化は何時してもらえるのでしょうか?」
「ん? ああ。今からでも出来るが。……言っておくが結構きついぞ?」
何せ自分の器を超える魔力を注ぎ込んで生物として無理矢理レベルアップするのじゃ。楽なわけがない。
「……覚悟はあります。お願いします」
「そうか? なら行くぞ」
そうして儂はマーレの肉体に収まりきらないほどの大量の魔力を注ぎ込んだ。
「く、んっ! あ、あああ!!」
自分の力量を遥かに越えた力にマーレが溜まらず絶叫する。ふーむ。眷族を本格的に弄るのは初めてじゃが、どうせやるなら最強を目指したいところじゃな。
身体能力強化。魔力生産量増加。肉体、及び精神強度強化。
「ヒ、ヒイイア!? あ、あぁ、わ、わわわたひ、わた」
む? いかん一気に上げすぎたか? 取り合えずこの辺りで済ませて後日安定したらまた強化するかの。……いや、でももうちょっとくらい。ここを弄るとどうなるんじゃろうか?
瞬発力強化。持久力強化。気の生産量増加。並列思考獲得。
「あ、ああはあは!? 私が、私がふえふえはえええ!?」
おっと本格的にいかん。いや、じゃがやっぱり気になる。もうちょっとくらいなら大丈夫なはず。ここをこうすると?
動体視力強化。気及び魔力攻撃による耐性獲得。毒物に対する耐性獲得。精神攻撃に対する耐性獲得。思考速度の加速を体得。
「いやあああ、世界が、世界がふえふえふえ。あはあはははは」
あ、これは本格的にアカン。よし、ひとまずはこれくらいにしておくかの。後は儂の魔力で生命体として安定させてやれば良い。何か苦しそうじゃしその間に味わう感覚は全部快楽に変換しておいてやるか。
「イ、ヒーーー!? あ、ああなに? 何? 何? 何か急に。……こ、これってまままさか……嘘? 嘘? う…あ、あああ!?」
よし。これで完成じゃ。ふう。久しぶりに魔術師としていい仕事したの。他の者の眷族に負けないくらい強くした自信があるんじゃがどうじゃろうか?
感想を聞きたかったのじゃが流石に疲れたようで、マーレは床に倒れて荒い息を繰り返しておる。その肌は白から褐色へと変わり、黒髪が銀色へと変化しておる。ふむ。いかにもダークエルフっぽくなったの。
「成功だな。どうだ?」
まだ答えられんかもしれんが手応えのあった仕事の成果を早く聞きたい一心で聞いてみる。ちなみにマーレの心配はあまりしてない。既に生命活動に必須なレベルで儂の魔力の影響を受けておるマーレじゃ。聞かなくとも心身ともに大丈夫なことが自ずと把握できた。
マーレはまだ立てないのか、地面に横たわる体を震わせながら、それでもなんとか仰向けに姿勢を変えると、トロリとした表情で儂を見上げた。
「あ、ハァハァ、……う、ふ、ふふ。さ、最高です」
トリップしたような顔で何とかそれだけを口にするマーレ。うーむ。魔術の成果を見るのはもう少し落ち着いてからになりそうじゃな。
「そうか、それは良かった。おい。マーレに着替えの服を持ってこい」
儂が命じるとイリイリアが頭を下げて部屋から退出した。
もう一度マーレをよく見てみる。……うむ。惚れ惚れするくらい良い出来じゃ。基本能力も跳ね上がったしこれならギンガと殴りあっても負けないじゃろうな。まぁ、向こうは勇者だからスキルを使われるとどうなるか分からんがな。
「ハァハァ……り、リバークロス様」
「ん? 何だ?」
「私が真に生まれ変わった証としてリバークロス様に新たな名を与えて頂きたいのですが」
…名前か。まぁ、そういうのも良いかもしれんの。何よりもせっかく魔族になったのにいつまでも人間の名を名乗らせておくのも問題かも知れんしの。
「ではリバーの名を与える。今日からお前はマーレリバーだ」
我ながら安直かなと思わんでもないが、こう言うのは分かりやすい方がいいじゃろう。その内ギンガも……いや、あやつは保留じゃな。呼ぶ度に無言でメッチャ嫌がりそうじゃ。
「マーレリバー。ふふ。それが私の名前」
壊れたように笑うマーレ…ではなくマーレリバーを見て、ちょっとやり過ぎたかもと反省しないこともない儂であった。