言い聞かせる
最初はアクエロの奴も普通じゃった。ハーレムができて調子にのった儂は朝も夜もなく女体に溺れる日々。そこではアクエロの奴も儂に抱かれる一人の女でしかなかった。
変化が起きたのは全員をこれでもかと抱いて、少し経ったときのことじゃ。
「え? ちょ、ちょっとアクエロ様?」
ウサミンの慌てた声に何事かと思い視線を向ければ、そこではアクエロがウサミンに覆い被さり、あんなことやこんなことをしておった。
まぁ儂も調子に乗ってあんなことやこんなことを女達に要求しておったので、その時は注意するのもなんか違うかのと思い黙って見ておった。
そもそも無表情、無感情に見せかけて好奇心旺盛なアクエロのことじゃ。今までは性に触れる機会が無かっただけで一度触れてしまえば徹底して自分の快楽を追求しようとするのは非常にらしい行動と思えたの。
実際アクエロはこの後、性魔法や上級魔族ならではの肉体変化を用いていかに快楽を生み出せるかの試行錯誤をこれでもかと繰り返す。それを見て儂は、何だかな~。と思ったのじゃが、いくらアクエロとは言え流石にエロについてなら放っておいてもまぁ大丈夫じゃろうと高を括ってしまった。
それが間違いの始まりじゃった。
「くっ、アクエロ殿。もう少し手加減してくれないだろうか? さすがに身が持たない」
「まあまあ。アクエロさんったら。私を殺す気かしら?」
「アクエロ。次、今のと同じことしたらぶっ殺す」
気付けば儂がいない時でもベットの上から喘ぎ声(?)が消えることはなくなっておった。後で聞いたのじゃが、どうも皆、立場上儂の半身とも言うべきアクエロの命令には逆らえなかったようじゃな。そしてーー
「ひー? これ無理。これ無理。ほんと死んじゃう。助けてウサミ~ン」
「あー!? ネコミンが、ネコミンが。どうしようイヌミン」
「これは酷い」
性魔法で大量の魔力を注がれ続けたネコミンが泡を吹いて痙攣し始めた。慌ててウサミンとイヌミンが止めに入るが、アクエロは「大丈夫。まだイケる……多分」と言って聞きはしない。危うくマジバトルに発展しそうだったので、仕方なしに儂等全員でアクエロを取り押さえた。
それにしても本当にアクエロは手加減、もしくは妥協と言うものを学んで欲しい。いや、いまや儂がそれを教えねばならん立場か。しかし一体どうやって?
そんなことを考えておる時にふと閃いたのじゃ。今後アクエロが物理的に暴走した時どのような手段なら止められるのか、そしてアクエロの持つとある特性、というかスキル。それが実際にはどれだけの力を持つのか試すのに丁度良い機会ではないかと。なにせこちらにはお仕置きする名分があり、かつ王達が選りすぐった女がこれだけ居るのじゃから、実験には持ってこいのシチュエーションじゃろう。
そうして久々に魔術師としてのスイッチが入った儂は全員の魔力を結集して隣の部屋に空間魔法を展開。アクエロを封印してみた。儂を含め上級魔族七人分の封印。並の魔族なら入ったらまず出てこれない……どころか死んでしまうほど強力な力場が発生した。正直ちょっとやり過ぎたかもと思わないでもなかったのじゃが、まぁアクエロなら大丈夫じゃろうと構わず実行。何日で出てこられるのかを試すことにした。
その間儂は暴君の居なくなったベットで甘い一時を過ごしながらただ待った。結果としてアクエロは三日程で封印を破り外に出てきた。たった一人で儂等渾身の封印を三日で破る。これにはサイエニアスを初め何気に皆ショックを受けておったの。しかしアクエロの特性を知っておる儂からすればこれくらいはやるかもしれないと予想はしておった。
全力を尽くせたアクエロは一言「楽しかった」とご満悦の様子。怒っている様子はなかったので比較実験をスタート。儂は他の者達に指示を出しアクエロを捕獲。もう一度まったく同じ強さの空間魔法を用いてアクエロを封印してみた。その後にまた夢のような一時を過ごしたのじゃが大量の魔力を放った疲労もあり皆すぐに眠りについた。それが今からほんの数時間前の話じゃ。
つまりアクエロは最初三日掛かった封印を今度は数時間で破ったことになる。一回目に比べてあまりにも早すぎる脱出。皆が驚くのも当然じゃろう。
そうしてアクエロは儂ら全員の視線を集める中、素っ裸のまま儂の前までやって来た。
「お待たせしました、リバークロス様」
丁寧に腰を折る。そう言う態度をとるなら服脱がなきゃ良いのにと思うのじゃが、まぁアクエロじゃしな。
「随分早かったな」
「これくらい余裕です。次はもっと早く破れますよ? もう一度やりましょうか?」
「いや、いい。ご苦労だったな。とても興味深い実験だった」
実際魔術師としては興味が引かれる実験じゃった。しかしアクエロに劣るとは言え、同じような特性を持つ者が敵側に何十人もいるのは流石に厄介じゃな。
「そうですか? それでは」
そう言って両手を広げるアクエロ。何じゃろ? 早く脱出したご褒美が欲しいのじゃろうか? こやつ、こういうところは可愛いんじゃよな。
「ほら、来いよ」
迎え入れるように両手を広げてやるとアクエロは無表情のまま儂の胸の中に飛び込んできた。
うーむ。やはりサイエニアスやイリイリアとは別の抱き心地の良さがこやつにはあるの。そんなことを考えながらアクエロの頭を撫でてやっていると、
「わ、私のポジションが~!? と言うか冷静に考えれば私以外みんな素っ裸って何なんですかこの状況~? 皆お猿さんですか~? 早いところ服着ないといい加減怒っちゃいますよ~?」
愛しのアクエロがドアを爆破してからの登場、さらにそこからのストリップを見せられ呆然としていた保護者が復活したのじゃった。
エイナリンはアクエロと抱き合っている儂を羨ましそうに見つめておる。その目が怖くて儂は一も二もなく頷いた。
「お、おう」
そうして儂らは二度寝に入ったアヤルネを除いて着替えをすることに。まぁ儂の場合は魔王の鎧一つで服もズボンも好みの形を作れるので着替えは一瞬じゃ。
儂はエイナリンに椅子を勧め、話をすることにした。ちなみにアクエロは軍人もかくやあらんと言った感じの早着替えを済ませ儂の少し後ろ、その右隣に控えておる。従者の立場を外されたアクエロじゃが本人いわく従者というのが意外と面白かったので外面は今まで通りでいくらしい。
そしてアクエロに少し遅れて儂の左隣にサイエニアスが付き、イリイリアはお茶の準備を始める。ちなみにウサミン達はーー
「あー、お腹すいた。わっ、このお菓子美味しい」
「ちょっと、ちょっと!? ウサミンそれ私の」
「そうなの? でもネコミンこの間私の魔物肉食べたからこれでお相子だね」
「何言ってんのよ。ウサミン昨日も私のお菓子食べたでしょ?」
「ネコミンこそ何言ってんのよ。昨日私のお肉食べたのネコミンでしょ?」
「は? そんなの食べてない」
「私だって食べてないよ」
「「え? じゃあ……」」
「…………」
「…………」
「…………ゴホン」
「ウサミン。ネコミン。喉渇いただろう? お茶を持ってこよう」
「「イヌミン!!」」
などとフリータイムを満喫しておる。うーむ。見ていて飽きん奴等じゃの。女としても最高じゃし。出来れば獣人と事を構えたくはないの。
その為にも魔王の息子として、また魔将として詰まらん判断ミスをしないように気を引き締めねば。どんな高い立場でも一つのミスで瓦解することもある。儂はここ最近色に狂っていた思考を現実を直視する魔術師としての冷めたものへと徐々に戻し始めた。
「ここ最近では一番見れた顔です~」
その変化を敏感に感じ取ったエイナリンがそんなことを言うのじゃが、儂は相手にはしなかった。
「それで? やらなきゃいけないことってなんだよ?」
「色々ありますけど~。一番はお見合いですね~」
「お見合い? ああ、カーサちゃんとか」
既に婚約が決まっているのでお見合いと言うよりは顔合わせのような気もするが、解体場の時カーサちゃんにはお世話にもなったし、会うのに嫌はない。
「その子です~。ちゃん付けとはずいぶん気に入ったようですね~」
「まぁな」
なにせ儂の癒しキャラ筆頭だったアクエロがいつの間にか最大の問題児に変貌しておる始末。最初の目論みとは違い魔族として生まれてしもうた儂じゃが結果としては悪くないと思っておる。じゃが人間と対立しておる一点のみが最悪じゃ。これからのことを思うだけで儂の良心をガツンと削ってきよる。それ故に癒しキャラはどれだけいても全く困らん。いや、むしろいて欲しい。
「それでお見合いですけどー。今度互いの従者を連れて食事でもしようとのことです~」
「食事?」
少し意外じゃ。食事の必要があまりない上級魔族に食事を振る舞うとは。いや、そういう場だからこそ娯楽として振る舞うものなのじゃろうか?
「そうです。笑えるでしょー? 連絡貰ったときは飯くらい二魔で食えよと思いましたね~」
「よく知らないがそういうもんなんだろ。それよりも従者? ならお前が来るのか?」
「仕方ないでしょ~。嫌なら早くアクエロちゃんを従者に戻してください~」
別に嫌とは言ってはおらんのじゃが。しかしエイナリンだと例え本人が大人しくしておいてもトラブルが向こうからやって来る場合があるんじゃよな。一方アクエロはやらかす時はその規模がヤバイのじゃが、何でも全力で取り込む性分のお陰で従者という役割を与えておる時はその有能さを遺憾なく発揮してくれる。
一長一短というか何というか、まったくもって困った奴等じゃ。まぁ儂としてもアクエロを従者という枠に戻しておきたいのは山々なのじゃがーー
「分かってるだろ? 姉さんが許してくれないんだ」
支配者の儀以降、アクエロを見るだけでマイシスターの機嫌が急下降するようになった。儂もアクエロを御せなかった負い目があるので、マイシスターがアクエロを従者から外せと言えば逆らえないんじゃよな~。
そんな儂の内心を読み取ったかのようにエイナリンが白い目を向けて来よる。
「このシスコンお坊っちゃまが~。情けないったらありゃしないです~」
罵倒のつもりかもしれんが残念ながらシスコンと呼ばれても儂はちっとも堪えない。何故ならエイナリンに言われずとも最近儂はひょっとしたら自分はシスコンなのでは? と思うようになったからじゃ。それくらい今はマイシスターに頭が上がらん。まぁ家族大好きを公言して恥ずかしがるほど若くはないし、シスコンならシスコンで別に構わないのじゃがな。
「ならお前から言えよ。その方が効果があるかもしれない」
「とっくに言ったに決まってるでしょうが~。でもエグリナラシアったら私が言えば言うほど頑固になるんです~。まったくもって可愛い奴ですよ~」
「ん? お前、その呼び方?」
確かエイナリンはマイシスターをお嬢様と呼んでたはずじゃが……あ、あかん。これは知らない方が良い情報じゃな。
「えー。何ですかー? 聞きたいですかー」
「いや、全く。むしろ聞きたくないな」
シスコン呼ばわれを受け入れるほどマイシスターのことは大好きじゃが、それはあくまで弟として。姉のその手の事情など知りたくもない。
「そうですかー。残念ですー。あっ、そう言えばもう一つ報告がありました~。こちらは正直どうでも良いんですけど、ついでに一応報告しておきますね~」
「何だよ?」
このとき儂は少し嫌な予感を覚えた。何故ならエイナリンに限らず魔族のどうでも良いことというのは、儂の良心にクリティカルヒットする話である可能性が非常に高いからじゃ。
「お坊っちゃまの眷族が会いたがってますよー? 住む環境だけ与えてそのまま放置してるでしょー? 他の人間もそうですけどアレどうする気ですか~?」
案の定、考えたくない問題がやって来たわい。どうするかだって? 儂の方が聞きたいくらいじゃ。
「ん?」
ふと視線を感じ、顔をそちらに向ければ先ほどまでやかましく話をしていた獣人三人がピタリと静かになり、まるで夜に光る獣の瞳のような、ゾッとする視線でこちらを見ていた。……が、
「とにかくイヌミンは今度罰ゲームだからね」
「うむ。仕方ないな」
「何で偉そう? 反省ゼロか!」
儂と目が合った瞬間、すぐに今まで通りに戻る。気のせい……とは思わん方が良いじゃろな。やれやれ。聞いたところによると獣人は特に異種族が嫌いなようじゃし、人間を配下に入れるにあたってその辺りのことは気を付けておかねばの。
儂は椅子から立ち上がると言った。
「そうだな、会っておくか。あいつ等はもう人間ではなく魔族。それも俺の眷族なのだからな」
人間ではなく。その部分を強調したのはウサミン達に聞かせるためなのか、あるいは自分に言い聞かせているのか。儂自身よく分からなかった。