王達の思惑 その三
「ハッ! 聞いたか? エルディオン。魔王の奴、自分の息子を魔将に入れたぞ。それも俺達に相談なしにだ」
話があるとか言って部屋にやってきたエルディオンの奴に寛大な俺様は部下から聞いたばかりの報告をさっそく教えてやった。
「別に魔将の選抜にこちらの承認が必ずしも必要なわけではなかろう」
「クックック。笑わせるなよエルディオン。分かっているんだろ?」
今までは常にこちらを立ててきた魔王が、ここに来て自分の周りを自分に心酔している魔族で好きに固め出したのは知っていたが、魔将を独断で決定するのはそれらとは次元の違う話だ。
魔将。それは魔王軍と言う魔族の連合軍。そこに集められた兵達を自分の裁量で動かす権限を持つの者のことだ。その影響力がどれだけ大きいかなど考えるまでもない。仮に鬼、巨人、悪魔からなる軍隊を指揮して、有角鬼族の王であるこの俺様を殺そうと画策する奴が現れたとする。その場合鬼の兵がそんな命令は聞けないと反発しても、他の巨人、悪魔の兵は魔将に従う可能性が非常に高い。無論それで簡単にやられる俺様ではないが、状況次第ではかなりヤバイことになるだろう。
つまり魔将になるということはやり方次第では王を滅ぼせる可能性を持つと言うことになるのだ。
だからこそ魔将の選抜時、魔王は必ず俺様達各種族の王の許可を求め、半数以上が反対した場合はその者の実力がどうであれ、魔将につけることはなかった。
それが今回はどうだ? 完全な事後承諾。ここに来てのこの動き。これが意味するところはーー
「まさか気取った牙の連中が口にしている『真なる魔王』とやら。魔王自身もその気とはな。…いいぞ、面白くなってきた。どこまでも俺様を笑わせてくれる女だ、貴様は。クックックッ」
我の強い魔族が天族という共通の敵を倒すために一致団結した軍隊ーー魔王軍。共闘することはあっても最後にはどうしても自分達の種を優先する俺様達には不可能と思われたこの奇跡の軍隊が成立したのもあの女あってのことだろう。
だがその奇跡の軍も天族を倒すまでの話しだ。天族が消えれば目的を失った魔王軍は自然と消滅し、その後は種族間の関係も昔のように戻るだろうと誰もが思っている。だからこその『最初で最後の魔王』なのだから。
それがまさか本気で全ての魔族の頂点に立つ気とは、そしてその話にこれほどまての現実味を帯びさせるとは。『真なる魔王』まったくもって笑いが止まらんな。
腹を抱える俺様にエルディオンの奴はいつもの呆れ顔を見せやがった。
「笑わせるのはお主のそのわざとらしい笑い方のほうだろうが。何がクックックッだ。アホめ」
「言ってろ。俺様が王らしく格好良くと考えた笑い方だ。魔王の奴もお主の笑い方は面白いと言ってくれたぞ」
「いや、それは完全に言葉通りの意味だろう。つーかそれ、馬鹿にされとるのではないか?」
「なん……ばってん?」
「……は?」
エルディオンがツッコミという仕事を放棄して惚けた顔を見せる。仕方ないので優しい俺様はもう一度言ってやることにした。
「なんばってん?」
「…何を言ってるのかと言いたいのか?」
「クックックッ。その通りだ」
「分かりにくい造語を使うでない」
む? 友とはいえ下僕でありながらオリジナルティーが溢れているようでまったく溢れていない俺様の造語にケチをつけるとはけしからん奴だ。
「ワカメ! 王たる者が何故他の者が考えた言葉の意味になぞ従わねばならん? 俺様が作った言葉こそがこの世界の真実なのだ」
「そうしないと会話が成立しないからだ」
「メッチャ納得」
おやおやこの俺様ともあろう者が、どうやら一本取られたようだな。仕方ない。もう少し下僕共の下等な感性に合わせてやるとするか。
「はーやれやれお主は、もうちょっと王らしくせんか」
「ウケる。じゃなかったウケケ」
「わざわざ変な方に直すでない。…何が面白いのだ?」
「お前が変なことを言うからに決まっているだろうがエルディオン。古き友よ。王らしくだと? なんだそれは馬鹿馬鹿しい。俺様達魔族にとって王とは強き者のこと。強さを除いた王らしさなど糞の役にも立たんわ」
ムカつく奴がいたら、はいドーン! なんか困ったことがあったら、はいドーン! 王とはそんなメチャクチャな存在でなければならない。下僕の顔色を窺うような腰抜けに誰がついていきたがる? 少なくとも俺様は嫌だね。
「ならば牙の言う通り大人しく魔王の下につけばどうだ? 強さという一点において、あやつは紛れもない王よ。真なる魔王と言うのもあながち夢想とは言いがたい。言っておくが儂はそれでも構わんぞ」
おっと、そう来たか! 実は俺様もあの女の尻になら敷かれてやってもいいとほんのちょっぴり考えないでもない。だがーー
「ありえねーな」
「一応聞いておくが何故だ?」
「何故も何も決まってんだろうが! 俺はな~。魔王が、エインアークの奴が……だ、だ、だ、だーーい、好き! だからだ」
「やっぱりの」そんな呟きを溢してこれ見よがしの溜め息をつくエルディオン。つーかこいつ同世代の癖に日に日に老けていくな。今度なんか若返りそうなものでも送ってやるか。人魚の肉とか、またはワカメとか。
「なぁ? もう諦めんか? 魔王はお主にはなびきはせんわ」
「はぁ? 諦める? 笑止千万! あの輝く紅い髪。黄金の瞳。妖艶な肢体。ああ、こうして瞼を閉じるだけで奈落が燃えているかのようなその在り方が目に浮かぶ。いつも思う。いつも焦がれる。あの最高の女を蹂躙し、所有し、喰らい尽くす瞬間を」
欲望が俺の全身を刺激し額から角が飛び出す。自然俺が放つ魔力量が跳ね上がり、周囲に意図せぬ衝撃波を放った。おっと危ねー。部屋に居るのがエルディオンで助かった。雑魚だったら死んでたな。
角をしまう俺様をエルディオンの奴が何とも言えなさそうな顔で見てくる。
「何だよ? 俺に惚れたのか?」
長い魔生だ。男を抱いたことがないわけではないが、やはり俺様は女の方が好きなんだがな。
「……くれぐれも欲に負けて愚かな行動をするでないぞ」
「おいおい。誰に向かって口を利いてやがる。牙の所や獣の所のように過保護になるつもりはないが、俺様だって王張ってる自覚くらいはあるぞ。こんな時期に馬鹿なんてやらねーよ」
一匹の鬼としてはこれ以上無いほど楽しく、一つの種族を率いる王としては何とも頭が痛いことに、どうやら長年争い続けた天族との戦いも最終局面に入ったようだ。これからの百年で恐らくこの世界の勝者が決定するだろう。力を信奉し自由を愛する俺様とはいえさすがにマジにならざるを得ない。そんな状況だ。
「ならば良いがな」
口とは裏腹にエルディオンの視線は厳しい。こいつゼッテー信じてねーな。
「信用しろよ、おい。大体俺もそんな若くないんだ。いまさら女を力ずくでどうこうしようなんて青いことは思ってねーよ」
力ずくで抱いたところでどうせその内飽きる。女を本気で愉しむにはやはり女の協力が不可欠なのだ。何よりもあの最高の女と協力すれば一体どれだけの快楽を生み出せるのだろうか? その瞬間を思うだけで俺様は、俺様はぁーーー!!!
「だが諦めもせんのだろう?」
エルディオンの声が俺様を正気に戻す。クソ! あと少しで色々とイケたというのに。
「当然だ。いずれあの女の方から俺様のモノになりたいと言わせてやるさ」
「ふん。昔の貴様と比べればまだマシか」
「お前、俺様を幾つと思ってやがる? 発情した猿みたいなことはもうとっくに卒業したんだよ」
そりゃ若い頃は見境なしの上に手段も結構強引だったが、さすがに千年以上も生きてれば少しは落ち着く。今はいい女を見ても紳士的な対応だ。だと言うのにエルディオンの奴、若い頃の俺を知っているせいで今一つ信用しねぇ。
よし、とりあえずぶん殴るか。そう思ったその時部屋のドアがノックされた。あん? ノックなんてお行儀の良いことをするなんて珍しい。どこのモヤシ野郎だ?
「父上。お呼びですか?」
現れたのは長身に腰にまで届く長い金髪を馬の尻尾のようにまとめた美女だった。
「おお? 何だ何だ? サイエニアスではないか! 久しぶりだな、おい」
くっそテンション上がる。いつ見ても良い女だ。サイエニアスは俺様に向かって頭を下げた。
「お久しぶりです。王よ」
「ああ、久しぶりだ。今日はどうした?」
「父上に呼ばれました」
「エルディオンに? ……なるぼど、なるほど。そういうことか」
そういえばエルディオンの奴話があるとは言っていたが、こう言うことだったか。
「…お主、何か勘違いしておらんか?」
「みなまで言うなエルディオン。分かってる。分かっているぞ。ついに娘を俺にくれる気になったのだな? うおーしゃー。さぁヤろうサイエニアス。朝までヤろう。夜になってもヤろう。三日三番でもヤり続けよう。俺様はぁー! 君と~! 一つになりたい!!」
魔力放出式脱着! 俺様が着ている服が全て粉々になって消えた。俺様の半身とも言うべき息子的なあれが高く高くそびえ立つ中での仁王立ち。ふっ、決まったな。
「見さらせ、これが俺様だ!」
はい、ここで白い歯をキラリ。これで気になるあの子も悩殺間違いなーー
「壮大なる反乱」
「ぐわーー?」
土が、土が俺様を飲み込んで~。ひげぶー。俺様流されちゃう~!
「父上。相手は王ですよ。よろしいのですか?」
「王? 何のことだ? 儂は性獣を駆除しただけだ。王などここ暫く会ってもおらんな」
「そういえばそうですね。私も久しくお会いしておりません。何処に行かれたのでしょうか?」
何? どうしてイカれたかって? ふっ、男は生まれた時から女にイカれちまってんのさ。つーか、これってーー
「うおりゃああ!」
俺様は魔力を放出して全身にのし掛かっていた土を全て吹っ飛ばす。
「テメーら。これ不敬ってレベルじゃねーぞ。お詫びとしてテメーの娘を差し出せや、ゴラァー」
「駄目だ」
「シャッラープ! 俺様はサイエニアスと一つになりたいの。触りっこしたいんだよ」
「まるで猿じゃな」
「キキィ」
俺様が猿の物真似をすると二魔が物凄い白い目でこちらを見てきた。だがそれがどうした? サイエニアスと一発やれるなら俺は王の誇りなど一旦脇におく。
サイエニアスはさすがエルディオンの娘だけあって強い。そして何よりもムキムキでムチムチだ。いやムキムキと言ってもただのムキムキじゃない。女らしさを失わない筋肉質な体とでも言おうか。胸も尻もデカイんだが下品な感じはまったくなく、バランス。そうバランスが凄い。
そんなサイエニアスと合体できない? そんなの、そんなのーー!
「ぐあー! もう辛抱たまらん。世界中の女はこの俺様のもの~!」
俺様は溢れんばかりのパッションを動力にサイエニアスに飛びかかった。
「壮大なる反乱」
「ぐおーー? 土がー! 土がぁ~!」
こ、こいつ。いくら準言語のみの発動とはいえ、この至近距離で王様に向かって普通魔法をぶっ放すか?
「……よろしいのですか」
「何故そんなことを聞く? お主こそあんな男に言いようにされたくはなかろう?」
聞こえてるぞ、コラ。
「私は種族の繁栄の為にこの身を捧げました。王に身を捧げることが我々有角鬼族の為になるのならいやはありませんよ?」
ふはは。その台詞を待っていたぞ! もう止まらん。その健気な気持ちにつけ込んであんなことやこんなことしちゃうね。俺様再起動。のし掛かる土を跡形もなく吹っ飛ばす。
「その覚悟ぉ~! この俺様がしかと受け取ったー。さぁこっちに…」
「ならばお主は小僧……魔王の息子リバークロスのところに行け」
「え?」
「へ?」
エルディオンの唐突すぎる言葉に俺様もサイエニアスも一旦フリーズ。おいおい友よ、ついに呆けたか?
「あの小僧は紛うことなき天才だ。実際に戦った儂だから分かる。今はまだ儂の方が上だろう。だが早ければ後数十年の内に儂を越えるかもしれん」
おっと、これはスゲー好評価きたな。
「そんなはずはありません! いかに魔王の子供達、その一魔だとは言え百にも届かない若輩者が父上に勝てるはずがありません」
「小僧の実力だけでお主を送るのではない。聞いたな? あの小僧は悪魔王の娘の心臓を得た。それが意味することをお主なら分かるはずだ」
「堕天使……ですか」
その言葉に俺様も少しだけ頭が冷えた。あの堕天使の扱いには流石の俺様も頭を悩ませている。なにせ昔魔族を滅ぼしかけた原因のような女だ。力を信奉する俺様は奴に対する恨みこそ持ってはいないが、王として考えるならこれ以上無い頭痛の種だった。
エインアークが魔王になって五百年。魔王軍結成からの最初の三百年は全ての魔族の力を結集してのまさに総力戦だった。そうしなければ滅ぶ。それほどまでに追い詰められていたのだから当然だろう。にも関わらず小規模な勝利を得たり天族共を撃退するのが精一杯だった最大の原因は間違いなくあの堕天使だ。
俺様としては非常に業腹なことに、あの時代戦況は完全に魔王と堕天使を中心に回っていた。そんな戦いが三百年続きある日唐突に終わった。魔王の旦那とその間に出来た最初の魔王の子供が天族共の汚い罠にかけられ死亡。そして最強の堕天使の誕生。そしてここから全てが変わった。どこか他種族に甘さがあった魔王から完全にそれが消え、周囲の反対を押しきって堕天使を仲間に引き入れる。
後に魔王の英断と呼ばれるエインアークの決断の中でも最大の功罪を持つと言われるその出来事を経て、そこから百年をかけての快進撃が続いた。その結果魔王は勢力図を完全に拮抗した状態へと戻してみせたのだ。
それからの百年は戦力の補充や取り戻した土地の活用に力を入れたりと足下を整えることに専念してきたが、この間天族共も意外なほど大人しかった。やったことと言えば勢力図の境界あたりに盾の王国などというものを作ったことくらいだろう。
どちらも分かっているのだ。何千年と争い続けてきた戦いについに終わりが近づいていることに。多くの者が逝った。大量の血が流れた。勢力図では拮抗しようがもう互いに余裕はない。だからこそだろう。ある程度戦力の補充に目処がついてきたこの頃、堕天使を今のうちに始末するべきではないかという声が多く上がり始めたのは。
俺様もあの堕天使をぶっ殺してみたいと思っていたのでその意見に賛成したのだが、堕天使抹殺が実行に移されることはなかった。魔王の奴が盾の王国を滅ぼしたからだ。
これにはさすがの俺様も驚いたね。なんせ優秀なガキ共が生まれた矢先のことだ。もっとガキ共が育つ時間を作るのかと思いきや、百年の休戦を破る狼煙をほぼ独断で決め、実行しやがった。
こうなればもう堕天使の始末などと言ってられない。天族共は決して侮って良い相手ではないのだ。
魔族の本拠地に居を構えている以上、やろうと思えば堕天使は殺せる。だがそれにはこちらも多大な犠牲を強いられるだろう。予想では魔王の協力なしにあの堕天使を討つのに最低でも二魔から三魔、王の犠牲が出る。無論俺様は殺される気など更々ないがそれでも王として考えるならその損害はあり得ねぇ。
様々な状況や思惑があの堕天使にここでの生存を許す。言ってみれば奴は圧縮された魔法弾のようなものだろう。放つ先を上手くコントロールできれば強力な武器になるが、下手こいて自分たちの周りで爆発させれば多大な犠牲が出る。
だが、だからこそ戦争状態の今求められてもいる。……クソ、頭痛ぇ。何でこんなゴチャゴチャ考えなきゃいけねーんだよ。やっぱその内あの堕天使ぶん殴ってやる。
「そうだ。悪魔王の娘はあの堕天使が唯一執着してる存在。小僧が死ねば悪魔王の娘が死ぬ以上、あの堕天使は必ず小僧を守る形で動く。これは既に実証されておる」
サイエニアスの言葉をエルディオンが首肯する。無論、解体場での出来事は俺様の耳にも届いている。
「なるほどな。今でさえ魔将入りの実力を持つのにこの先さらに育ち、堕天使を従えた状態で仲間が増えれば……」
「魔王軍のパワーバランスが大きく変わるだろう。これはもう間違いないと儂は見ておる」
「ふん。今の世代が少し豊作過ぎたか」
かくいう俺の娘も中々のものだ。魔王との約束で長男のレオリオンにくれてやることになっているが、正直あのガキはあまり好かん。小僧のくせして得体が知れないというか、不気味な感じだ。それに引き換えあの次男は中々良い。はっきり言って好きなタイプだ。
色狂い。素敵な名前ではないか。やはり雄として生まれた以上、気にくわない奴はぶっ殺して気に入った女は抱いてこそだろう。縁ができればその内互いの女を交換しながらの乱交でもやりたいものだな。おお、そうすれば自然とサイエニアスも抱けるし、良いこと尽くしではないか。まぁ、性については千差万別。独占欲の強いタイプだとこの手の戯れはできないが、試しに誘うくらいは良いだろう。
何よりもあの堕天使を形の上だけでも従えているのだ。小僧の動向に注意を払っても払いすぎるということはない。
「一つ聞くがあの小僧才能はともかく将としての資質の方はどうなんだ? エルディオン。お前確か偽の…とまでは言わんが、少なくとも操作した情報を流してたろ。つまり不安があるんだな? 小僧の実力ではなく、その思想に」
「……まだ分からん。好色なだけの可能性も普通にある」
「ふん。つまりはそうではない可能性も普通にあるわけだ」
あの小僧が本当に色に狂っているだけなら場合によっては下僕という名の友人にしてやってもいいが、これが異種族平等論者だと話は変わってくる。
ハッキリ言ってこの時期にそんな奴を育てている暇はないし、何よりも他の有能な下僕共につまらん影響を与える前に殺してしまった方がいい。だがーー
「ああ、この辞令にはこんな意味もあるのか」
魔王が初めて独断で決めた魔将。ここで魔将就任を反対するだけならともかく、小僧は危険、始末すべきなどと言えば、こちらにそんな意図などなくとも魔王の独断に苛烈な報復をしたと周りに取られかねない。
既に魔王に本物の忠誠を捧げる魔族も多く出ている中そんなことをすればどうなるか。それでなくとも同じ種族である悪魔共はあの魔王の為ならどんなイカれた命令も遂行するだろう。せっかくの魔王軍を二分する……だけならまだしも、最悪ケチをつけた側が一方的に切り捨てられかねない。
この五百年、いや二百年の間に魔王はそれだけの力を得たのだ。
悪魔を率いる者として悪魔王がいるにはいるが、魔王への押さえにはならんだろうな。元ライバルなどと言われても所詮は姉妹。これまでのようにここぞという局面では姉である魔王に味方するに決まっている。
どう考えても今魔王と正面から対立するのは無策ってレベルじゃねー。俺様としてはそう言う無茶も嫌いではないが、王として考えるなら論外だな。
「クックックッ。あの小娘が本当に信じられないほどいい女になったもんだな、おい」
有角鬼族の王であるこの俺様がおいそれと手出しできない存在。だが、だからこそ焦がれるというものだろう。
「魔王の考えがどうであれ、我らも手をこまねいているわけにはいかん」
「なるほどな。だからこそのサイエニアスか」
「そうだ。この子に見極めてもらおうと思っている」
「つまりスパイせよと?」
自分の体が戦略の道具にされるというのに、サイエニアスの奴はいたって平然としてやがる。まぁ、こいつは以前から自分の体は有角鬼族の為にとか言ってやがったからな。……あー、どうして昔経験豊富な女と未経験、どちらが価値が高いかと聞かれたときに経験豊富と答えなかったのだ俺様の馬鹿馬鹿。そしたら俺様が練習と称して直々に色々経験させてやれたのに。
大体魔族は長寿なのだからいちいち相手が初めてかどうかなんて気にする奴は殆んどいない。それこそ牙のところが煩いくらいだ。だが質問されたときは、だからこその稀少さ、つまり価値が生じるのでは? と考えてしまった。未経験は一度で終わるが経験は結局積めばいいからな。贈り物として考えるならこちらの方が希少さという価値があるのは間違いないだろう。……なんて正直に応える必要なかったぁあああ!!
「いや、悪魔は感情を読み取り嘘を見抜く。お主は心の底からの忠義を小僧に誓ってもらう」
俺様がサイエニアスを抱けなかったことを悔やんでいる間も二魔の話は続く。
「しかし私の心は有角鬼族のために」
「別に我々を裏切れとは言わん。我々の不利益にならんところでそうしろと言っているのだ。小僧にも最初にそう言っておけ。お主に従うが種と小僧を天秤にかけたときは種を取ると」
「それで良いと言うでしょうか?」
「恐らくは大丈夫だと思うぞ。あまりそう言うことに五月蝿いようには見えんかった」
クッソー! こんな良い女が自然と手に入るとは運の良い小僧め。自分の場合だと王として当然だと思うが、他の者のそう言う話を聞くとメッチャ悔しいな。女を寝取られた感じがする。クソが! 興奮するじゃねえか。時には現実の女よりも頭の中の幻想の方が燃える。これも性の醍醐味というやつだろう。届かない女を思って別の女を抱く。今日は女共を集めて朝までコース決定だな。
「そういうことだ。いいなグランヘル」
ん? 何の話だっけ?
「好きにしろよ。俺様が抱けないならもう知らん。…と言いたいところだが、サイエニアスは魔将就任の祝いとして渡すんだろ?」
「まあの。できれば伴侶という形にしてやりたいが、既に牙のところが先約を入れている以上、贈り物という体裁を取らざるを得んな。牙のところのお嬢ちゃんは問題ない。あの小僧も見た感じ恐らくは大丈夫だろうが……場合によってはお主にはキツいことになるかもしれん。それでもやってくれるか?」
「分かっています。カーサアンユウも優秀な少女と聞きます。彼女を立てつつリバークロス様を支えていきます」
サイエニアスの返答に迷いはなかった。こりゃもう贈り物コース確定だな。あーあ、勿体な。
「ふん。話はまとまったようだが贈り物ならもっと数をつけろよ。王としての俺の体裁が悪いだろうが」
「無論他にも魔法具などを送るが、あの小僧が満足できる程の女となれば……あまり数を揃えるとこちらが痛いぞ?」
「あ? あー、確かにな」
魔将入りするほど生物として飛び抜けた小僧だ。普通の女なら送ったらすぐに壊されるかもしれん。人間を囲ってる時点でそう言う嗜好があるのかもしれんが、どちらにせよこちらが簡単に壊れるような弱者しか送れないと侮られるのはムカつく。
「仕方ない。俺の女から何魔か送るか。経験豊富も居た方がいいだろう」
「む? しかしお主の女を減らすとお主の守りが」
「馬鹿か。元々俺に護衛なんていりゃしないんだよ。実際女達も俺様の護衛よりも実働部隊として活躍してるじゃねーか」
「それはこの百年の話だ。分かっているであろう? これからは違う」
「そうは言っても面子は大事たぜ。つーか、ここのところただでさえ悪魔共が調子に乗ってやがる上に、半端な贈り物をして有角鬼族が侮られてもしたら俺様ブチギレる自信があるぜ」
「お主は、まったく」
エルディオンは呆れたように溜め息をつくが、強く反対はしない。当然こいつも長い魔生で舐められないことがどれだけ重要なことなのか学んでいるのだ。
「ならば父上、アヤルネとマーロナライアを連れていきます」
「あの二魔か。多少惜しいが……しかし頷くか?」
「勿論命令とあれば。それにマーロナライアは百年前に伴侶をなくしましたが、ここ最近はまた恋でもしようかなと言っておりましたし、アヤルネは性格があれですから、こういう機会でもないと多分一生一魔で生きていくでしょう。良い機会です」
ヒデー言われようだな、おい。心配しなくとも相手が居ないなら俺様が貰ってやるのに。無論良い女限定だがな。
「ふむ。分かった。グランへルもそれでよいな?」
「馬鹿か三魔じゃ少ねー。俺様だったらキレるぞ」
「上級魔族三魔だぞ? 文句は言わせん」
「俺様が言うわボケ! 王の面子舐めんな! 俺の女から後五魔は出す」
「ダメじゃ。せめて二魔にしろ」
「はー? ふざけん…」
「壮大なる……」
「おーし。分かった。分かったー。俺様チョー納得しちゃうよー。お前の娘含めた三魔と俺様の女から二魔。早速準備に入りやがってくださいこの野郎ー」
下級魔族なら腰を抜かすレベルの魔力を全身から放つエルディオンに俺様は半ば自棄糞気味に叫んだ。クソ。俺様王なのにこの扱い。ムカついたのでこの日から一週間、俺様は女達と部屋に引きこもってやった。