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王達の思惑 その二

「あの小娘のガキが魔将入り~? それでアンタはガキに抜かれて十二位に降格~?」


 胸糞の悪い気分にさせられた支配者の儀から数日、やけに神妙な顔でアナラパルがやって来たかと思えば、その報告に私のこめかみの辺りで血管がぶちギレた。直ぐに再生したが王たるこの私に傷を追わせるとはいい度胸だ。


「申し訳ありません。全ては私の不徳の致すところです」

「喧しい!」


 慚愧に堪えないと言ったその顔を容赦なくぶん殴る。魔将だなんだと言われても私から見たら少し頑丈なだけなか弱い民だ。堪えることも出来ずに無様にぶっ飛んでいった。


「アンタのせいってのは分かりきってんのよ。アンタさぁ。自分の立場理解してるわけ? 分かってるの? 獣人の魔将はアンタだけ。なのにアンタはいつまでたっても番外。私がそのせいでどれだけ肩身の狭い思いしているのか分かってんの? ねえ!?」

「申し訳ありません」


 私の打撃で顔を大きく膨らませ、それでもアナラパルはしっかりとした足取りで戻って来て再び跪く。


「謝って済む問題じゃないじゃん。分かってんの? アンタは獣人の面子をぶっ潰したのよ。どうしてくれんのよ?」

「…申し訳、ありまけん」


 そんな言葉が聞きたい訳じゃないのにアナラパルは同じ言葉をオウムのように繰り返す。腹が立つ。とっても腹が立つ。


「だいたいあの小娘も小娘よ。元々魔将はまだ若いあの小娘を補佐するために各種族からの精鋭を付けてやっていたのが始まりなのに、いつの間にかどいつもこいつも小娘に骨抜き。挙げ句のはてには今回の通達だ。これは明らかに今までとは違う。他の種族に……何よりも私達にまるで配慮しない小娘の独断。それが当たり前のように通ってる。どういうこと? 何なわけこれは? まさか全ての魔族が本当にあんな小娘に魅せられたとでも言うの?」

「アタイの! …私の気持ちは王のものです」


 遠慮するような、あるいは言い淀むかのような、その言い方に再び血管がぶちギレだ。


「んなの当然だろうがぁ」

「ぐう」


 頬をぶん殴る。吹っ飛んでいくアナラパル。私は軽く移動して飛んでいった先で待ち構えると、アナラパルを掴み床に叩きつけた。


「そんあことぉ!」


 そして無防備なその顔を殴って、殴って、殴りまくった。


「言われなくてもぉ!」


 次に無防備なその体を蹴って、蹴って、蹴りまくった。


「分かってんのよぉおお!」


 最後に全身を踏んで、踏んで、とにかく踏みまくった。


 アナラパルは一切抵抗しない。何その顔は? それで謝ってるつもり? そんなことしたってね~、アンタが悪いってことに変わりはないのよ。アンタが、アンタがもっと強ければ。そしたら、そしたら私はーー


 ガチャリ。その時いきなりノックもなしにドアが開かれた。


「おかーさん呼びまし……間違えました-」


 ガチャリ。私の返事も待たずにドアが閉じられた。


「………………」

「………………」


 私とアナラパルは閉じられたドアから互いの顔へと視線を移し、その後もう一度ドアへと視線を向けた。


 ドアが再び開く気配はなかった。私の血管が三度ぶちギレだ。


「待たんかぁ~!!」


 ドアを蹴破ぶり廊下に出る。ドアの残骸が宙に舞う中、周囲を見渡せば既に近くには誰もいない。


「ひーー!? お助けー」


 廊下の向こう、既に豆粒になりかけている娘の姿があった。つーか、母親から脇目も降らずに逃げ出すってどういうことだ? 頭に血が上る。どいつもこいつも私をなめやがって。


 私の怒りに応えるように私の両足と両腕が膨れ上がっていく。


「逃がすかよ」


 四肢で地面を掴み、獣のような前傾姿勢を取る。そして爆発。私の腕力と脚力に負けて床が爆ぜ、景色が物凄い速度で後ろへと流れていく。私はダッシュで逃げ出していた娘にあっさりと追い付くと、その足首を掴んだ。


「痛い?」


 無様に転倒した娘を引きずったまま来た道を逆走する。


「あばば。削れちゃう。おかーさん。私削れちゃうんだけど、これ」


 娘が何か言っているが無視する。娘の足首を掴んでいる手に力を込めた。メキメキと骨が軋むような音が出た。


「あいたた。千切れちゃう。足が千切れちゃう~」


 娘が何か叫んでいるが、やはり無視する。私は大きく息を吸い込むと、娘の足を掴んでいる方の腕を大きく振りかぶった。


「何逃げてんだ、こらぁー!!」


 そして元居た部屋の中へと娘をぶん投げた。


「ひえー?」


 かなり頑丈な設計で作られたはずの床を大きくへこませながら、娘は床と天井を何度もバウンドしてようやく止まる。


「間違えたって何を? 場所を? それともまさか母親わたしを?」

「な、何を言っているの? 私お母さんの子供に産まれて超幸せ。ほんと感無量」

「そりゃそうだよな! ああん!?」


 私が握り拳を上げて見せると、娘はウサ耳と体を丸めて頭を庇った。


「ひー。無理です。無理ですってば。お母さんに殴られたら死んじゃうよ」

「私が実の娘を殴るわけがないだろうが-。馬鹿にしてんのか? ああ!?」

「ひー。してない。してない。むしろ崇拝してるし。お母さん超ラブだし」

「ラブと崇拝、どっちかはっきりせいや」


 私は娘の背中に回り込むとその背に乗って首を絞め始めた。私は普段力を温存するために子供体型を取っているので、ここだけ見るとどちらが親でどちらが子供か分からないかもしれない。それがまた生意気だ。私は娘の首を絞める腕に力を込めた。


「きゃー? やばいやばいアナラパルさん助けてー」

「王よ。ウサミンお嬢様をお離しください」

「テメーは他人の家族の会話に口を挟んでんじゃねー」


 アナラパルの腹を容赦なく蹴り飛ばす。………この手応えは?


「ぐっ!? うう」


 先程までとは僅かに違うアナラパルの反応。取り繕っているが魔力を込めていない攻撃でこれほどのダメージを受けるとは。……ちっ。やっぱりあのガキ殺してやろうか? 私は先程まで私を支配していた熱が急速に薄れていくのを感じた。


「ちょー? 何てこと言うんですか! お母さん。アナラパルさんも家族でしょ」

「その通りだけど。それが何よ?」


 私は冷めた気持ちで娘を睨んだ。


「ええ? 何で急に冷静? いや、その、その……お母さん愛してる」


 そう言ってわざとらしい愛想笑いを浮かべる娘。私はその顔をジーとこれでもかとガン見した。


「もう一回」

「え? あ、はい。お母さん愛してる」

「もう一回」

「お母さん愛してる。ラブマックス。マジマックス~」


 そう言いながら変なポーズを取る娘。正直意味が分からない。これがジェネレーションギャップとか言うやつだろうか? ムカついたのでぶん殴ってやろうかと思ったが、あざといポーズが中々に可愛いかったので許してやろう。


「よし。いいだろう。私も愛してるぞ娘よ」


 そう言って座布団がたくさん敷き詰められている上座に移動する。そしてお気に入りのそれに腰を下ろした。 


「ああ、怖かった。もうカッカしすぎだよお母さん」

「うるさい! それよりアンタ、魔王の息子を知ってるな?」

「え? どっちの方…って、このタイミングだと当然リバークロス様のことだよね? 勿論知ってるよ。解体場に飛び込んできた時の話はしたよね? 本当に凄かったんだから」


 勿論その話は聞いたし部下に調査もさせた。結果は極めて黒に近いグレー。支配者の儀の時もどこかわざとらしかったし、最初の眷族に人間を選んだ。異種族平等論者。その可能性大。ハッキリ言って私は殺した方がいいと考えている。


 だがそれは今口に出すことではない。そう、今ではないのだ。


「どう思った?」


 だから私は獣人を統べる者として娘に問いかける。返答がどうあれ、こいつには辛いことを命じなければならない。それでもこれは必要なことだと思うから王として私に躊躇いはない。……そう、躊躇いなどあるはずがない。


「どう思ったってリバークロス様のこと? そりゃ凄い魔族だと思ったよ」

「容姿については? 生理的嫌悪とかそういうのはないんだな?」

「へ? いや、普通に格好いい魔族だったよ。気品に溢れたレオリオン様とは違って少しワイルド風な感じで、もうファンクラブとかできちゃってるんだよ。へへ、実は私も入っちゃいました」


 そう言って娘はポケットから手の平サイズのカードを取り出す。そのカードは映像を録れる魔法具で、カードの中ではあのムカつくクソガギが角の所の魔将と戦っていた。


「そりゃ、良かった。近々アンタをあのガキに魔将就任のお祝いとして渡すから、準備をしときな」

「へ? ああ、分かり……ええ??」

「うっさい!」

「あ、ごめんなさい。……じゃなくて! どういうこと? お母さん私には自由恋愛させてくれるって言ってたじゃん」

「いつの話だ。そろそろ二百も間近だってのに男を作らなかったアンタが悪い」


 チャンスは確かにくれてやった。なのにそれを無駄にしたのはコイツの勝手だ。私の知ったこっちゃない。


「そ、そんなー? でもほら。私仕事があるし、結婚はちょっと」

「仕事? ……ああ例のお遊びね」

「解説者はお遊びなんかじゃありません。様々な面白おかしなことを誰よりも間近で、お給料を貰いながら野次れる素晴らしい職業なのです。お母さんとはいえ私の仕事を馬鹿にすると……」

「どうすんの?」

「え?」


 私の質問に娘の動きがぴたりと止まる。


「だから馬鹿にするとどうすんのって聞いてんだけど?」

「え、えーと肩揉んじゃおっかなー」

「じゃあ、さっさと揉めよ!」

「は、はいー」


 娘は物凄い速度で駆けてきて私の背後に回る。まったく、育て方を間違えたか?


「王よ。あのボーヤに女を送るなら私をお使いください」

「ん? うーん。却下」


 正直私もどちらを送るか最初は少し迷ったが、やはり現状を考えると馬鹿娘一択だろう。


「し、しかしお嬢様は獣人の将来になくてはならない方です」

「えー。い、いや~。そんなことないですよ~」


 照れで力加減を間違えたのか、今までとは比較にならない力が肩を揉む手にこもる。並みの魔族なら肩の肉が潰れていただろう。それだけの圧力が私の肩に掛かった。……悪くない。


「確かに私のガキだけあってこいつは強い。優秀な身体能力を持つ者が安定して生まれてくる反面、飛び抜けた強者が生まれにくい私達獣人の中で数少ない魔将入りの可能性のある子だ」

「ならばこそ王よ。不甲斐ないこの身こそをお使いください」

「駄目だ」 

「何故でしょうか?」 


 チッ。しつけぇーな。


「いいか、恐らく天族との決着は近い。娘は確かに強くなるだろう。あと三百年、いや二百年もすればお前を越えているかも知れない」

「ならばこそこの身を…」

「馬鹿かお前。将来的な戦力? ああそれも重要だろうさ。だがこの時期にもっとも必要なのは即戦力だ。その点で言えば娘の価値はお前に遥かに劣る。将来強くなる……かもしれないを理由に、現在既に強い者を手元から外すなんて普通に考えてあり得ねーだろうが」

「しかしウサミン様を差し出すのはどうかと…」

「ムカつく話だけどね、あのガキの動向にはそれだけ注意が必要なんだよ。今の話と矛盾するかもしれないけど戦争が長期化した場合、あのガキの重要度は間違いなく跳ね上がってくる」


 恐らく時期的に考えてもあのガキの世代までが天族との戦争で使える最後の主戦力になるだろう。魔王の子供達を筆頭に各種族の王達に生まれた力持つ子供達。最後の最後で大当たりを引いたとどいつもこいつも喜んでやがるが、ことはそんなに単純な話じゃない。


「私ら獣人を差し置いて魔族において最も力を持つとか言われている例の三大種族。悪魔族、巨人族、そして鬼族。その中でも悪魔族がここ最近力を持ちすぎてやがる。凄くムカつくけどこの流れを無視するのは後々不味いことになる気がする」


 まだ天族という目の前の敵も倒してないのにその後のことに気を取られるのはあまり良くない。だが先のことを考え道を示すのが王の役目なのだ。


「だからウサミン様を?」

「それもあるがな。…おい娘!」

「は、はい。何々?」

「お前、間近で見てあのガキの行動をどう思った?」

「え、えーと。人間なんかのために凄いことするなー。と思ったけど?」

「そこだ! あいつさー。ぶっちゃけ人間好きじゃない?」

「え? で、でもお母さん。皆の話ではリバークロス様は物凄い好色なだけだって」


 不思議そうに首を傾げるその頭をぶん殴ってやろうかと思った。どうして情報に多く触れているような仕事(こと)をしていながら気付かないのだろうか?


「馬鹿かアンタは。それは意図して流された情報だ。牙のところの連中や殲滅が関わってんのよ」

「シャ、シャールエルナール様が?」

「あいつに様なんてつけんな」


 私は肩を揉む娘の指を一本へし折った。


「ひー。ご、ごめんなさい」


 泣き真似をしているが指は既に元通り。魔力を込めなかったとはいえ、なかなかの修復速度だ。成長はちゃんとしているようでその点は満足する。


「あー。それにしても思い出しただけでも腹立つ。我が魔王に仇なす者に死を? 私に向かってなんつー口を利きやがる? ムカツクことに昔より遥かに強くなってやがるし。やっぱあのとき殺せなかったのが悔やまれるな」


 そういえばあのとき邪魔したのもあの魔王(こむすめ)だったわね。


「大体あの小娘も小娘よ。横やり入れるなとか言っておいて自分達は入れまくってんじゃないのさ。なんなのあれ?」


 私は再度燃え上がり始めた怒りを、殺気として娘に放った。


「お、落ち着いてお母さん。文句なら魔王様に言ってよね」

「言ったわよ。そしたらあの小娘、ぬけぬけと家族は特別だとか抜かしやがったわ」

「さ、さすが魔王様。格好いい」

「あ?」


 やばい。今の発言、血管がまたぶち切れそうになったわ。私のガチの殺気を感じ取ったのか、娘が心底から震え上がったとばかりに大きく身震いする。


「い、いえ、何でもないです」

「…ふん。まあいい。それより今はあの小娘、そのガキの話しだ」

「それです。どうしてわざわざ私を嫁がせるんです?」

「どちらに転んでも言いように一つでも多くのパイプを作っておきたいからよ。それと出来ればでいいんだけどアンタに探って欲しいこともあるわ」

「ええー? さすがに旦那様を欺くのはちょっと。やっぱり奥さんになるなら誠実でありたいし、旦那様にも誠実で居て欲しいというかなんというかぁ~。いやいや束縛したいわけじゃないのよ? でもそれでもやっぱり私も女だし、大切にして欲しいというか何というか~。…あっ子供は何人作ろう? 強い魔族ほど中々子供が出来ないって話だし、その分やっぱり頑張らないといけないのかな? やだ私ったら。頑張るなんて…きゃ! 恥ずかし」


 う、うぜー。なんだこのテンション? こんなだから二百年たっても男を作れずに女同士で群れることになんのよ。つーか旦那様ってーー


「……アンタ何か勘違いしてない? 群れのナンバー二は牙のところの娘になるわよ。アンタはあくまでも贈り物って形だから。どんな待遇になるかは向こうのさじ加減一つ、どんな目に遭っても逃げてくんなよ」

「ちょっと、ちょっとお母さん? 私一応獣人の王の娘ですよ? 扱い酷くない? それ」

「うっさい。元々そう言う約束が出来てるところに私達が割り込むんだから、これしかないのよ。アンタは支配者の儀を終え、最年少の魔将入りを果たしたガキへの贈り物よ。牙の所の娘が気に入らなくても、ちゃんと立てとけよ」


「ああ、立ちくらみが」

「ウサミンお嬢様」


 この程度でふらつく軟弱な娘を素早く回り込んだアナラパルが支える。まったく、相変わらず過保護な奴だ。


「とにかくアンタは普通に向こうで生活してあのガキが許可を出した時にでも戻ってきて、どんな生活をしているか私に言えば良いだけだから。簡単だろ?」

「どこがですか? リバークロス様の性格次第では私地獄を見ることになるんですけど?」

「この世界には実際に薄汚い異種族共のせいで地獄を見てる同胞が数多く居るんだぞ。それに比べてお前は何だ? 獣人の王の娘でありながらこの程度のことも満足にできないのか?」

「そ、それを言われると…。ああ、もう分かりましたよ。これでも私プリンセスですし? リバークロス様はタイプだし? いっちょ一肌脱いでやりますよ」

「ウサミン様」


 なんかアナラパルの奴が感極まったと言わんばかりの顔をしているが、私の娘ならこの程度の決断当然してくれなくては苦労して産んだ甲斐がないというものだ。


「ふん。最初からそう言えよ。いいかい? アンタは特に調査とかはしなくて良いからね。悪魔は感情を読み取り嘘を見抜くやっかいな力を持っている。だから普通に生活してろ、普通に」

「何も気にかけなくて良いの?」

「そうだな。あくまでも自然に聞ける範囲で構わないからあのガキが人間の女と魔族の女をどのように扱っているのか、そこにどのような差異が存在するのか、その情報は欲しいな」

「母さん。それって…」

「必要なことだ。無理そうならアンタはあのガキに抱かれていれば良い。一魔だけと言うのもなんだから、アンタのお友達でも一緒に連れていきな。それなら少なくとも寂しくはないだろ?」

「ええー? ウサミン、イヌミンを? それって、それって。グッフッフッフ」


 突然怪しげな笑みを浮かべ始めた娘。こいつらはいつも一緒の癖に仲が良いのか悪いのか、本当によく分からない。っていうかーー

 

「あ、ヤバいかも」


 ここ最近少し無理をしすぎた。その反動が今になって一気に来てしまった。この馬鹿娘がいらんところで力を使わせたせいだな。本当にこの馬鹿娘めが。


「お母さん?」


 その馬鹿娘が首を傾げる。……クソ、駄目だ。


「……っち、スキルが解ける」

「ええ? それってーー」


 娘が、ウサミンが大声を上げて私を見てる。大きく見開いた瞳は何だか怒っているようだ。いや、ようではない。怒っているのだ。だって私は大切な娘を悪魔のガキなんかに売り飛ばす最低の母親だもん。怒って、ううん。嫌って当然だよね。私は何だか泣きたくなった。


「う、うう。何よ、何よ。私が悪いって言うの? 私が……」


 言葉が詰まる。もう、なんなの? 気持ちを上手く言葉に出来ないよ。


「あ、あのお母さん?」


 娘が困惑した様子で私に話しかけて来るが、恐る恐ると言ったその様子はまるで自分よりも強い猛獣に接するかのようで、ああ、私お母さんなのに怖がられてるんだなって、そう思った。そしたらもう何だか限界だった。


「う、う、う……うえーーん! 皆酷いよー! 私頑張ってるのにー! どうして、どうして、分かってくれないのー?」


 ドスン。ドスン。足踏みしただけで床に大穴が開いていく。酷いよ。頑丈に作ったって言ってたのにそれも嘘だったの? もう何を信じて良いか分かんないよ。誰か助けてよ。


「お。お母さん落ち着いて。また床を全部踏み砕いちゃうよ?」

「うえーーん! 娘の癖に私よりも床の方が心配なんだー?」

「あわわ。そんなことないよ。そんなことないから」

「王よ。お心をお沈めください」

 

 強くて良く通る声。その声はいつだって私の心を落ち着かせてくれる。


「ヒック。ヒック。ご、ごめんなさい。アナラパル。私また貴方に酷いことして」


 たくさん殴った。たくさん蹴った。きっとアナラパルだってこんな私のこと嫌いになったでしょ?


「そんなことはありません。王のご期待に答えられなかった私が悪いのです」


 なのにアナラパルはいつもと同じように笑ってくれる。たくさん酷いことしたのに。嫌われて当然なのに。ねぇその言葉は本当? 信じたいよ。信じたいけど…怖いよ。だからつい聞いてしまう。 


「怒ってない?」

「無論です」

「本当に?」

「無論です」


「……………」

「……………」



「うえーーん! なら何で抱き締めてくれないのー? やっぱり怒ってるんだ。ごめんなさーい!  嫌わないで、アナラパルーー! うえーーん」

「ああ、アタイとしたことが、本当悪かったよマレイアシナ様。どうか許しておくれ」


 そう言ってアナラパルは私を抱きしめてくれた。えへへ。嬉しいな。嬉しいな。


「ねぇ。ねぇ。また昔のようにマレイアシナって呼んで?」


 王としての責務なんてなかった、何処までも自由だったあの頃のように。


「そ、それはできないよ。あんたはもう私達の王なのだから」

「私、王なんてもうやりたくないよー。責任が重くて苦しいよ。何も背負うモノのなかったあの草原ころにもう帰りたいよ。ねぇアナラパル。私は何時になったらあの頃に帰れるの?」

「す、すまない。本当にすまない。アタイにもっと力があれば。アンタが常時狂化なんてものを発動させなくてすむのに。アタイが、アタイが弱いから」


 アナラパルは痛いほど強く私を抱きしめてくれた。えへへ。嬉しい。嬉しいな。でもどうしてアナラパルは泣いてるの? お願い泣かないで。私はアナラパルを抱き返した。


「そんなことないよ。アナラパルは強いよ。昔から私のヒーローなんだから」

「何だい。こんだけ負けといてまだそう言ってくれるのかい?」

「負けた回数なんて関係ないよ。アナラパルいつも言ってるでしょ? 勝負は……」


「「目的を果たした者の勝ち」」


 そうして私達は笑い合う。昔のように。王でも魔将でもなかったあの頃のように。


「ウサミンもごめんなさい。私お母さんなのにお母さんらしいこと全然してあげられなくて」

「ううん。私、全然気にしてないよ? だってお母さんは私達獣人の希望なんだから」


 母親として至らない私をいつも娘は笑って労ってくれる。それが嬉しくて、嬉しくて。だから私は頑張れるんだなって、そう思わせてくれる。


「うん。私頑張るから。もう誰の皮も剥がさせないし、牙だって抜かせない。皆を鎖になんか絶対繋げさせないんだから。私が皆を異種族共から守ってみせるよ」

「私はどこまでもマレイアシナ様に…アンタについて行くよ」

「私もですよ。そのためなら男の一魔や二魔、この体で見事手玉に取ってやりますよ」

「二魔ともありがとう。本当にありがとう」


 感謝の言葉を伝えながらも私はつくづく実感する。私達は弱い。でも本来獣は群で狩りをするものだ。例え一魔一魔の力では劣っていても、私達には誰よりも固い結束の力がある。この絆がある限り私たちは絶対に負けない。そう信じてる。


「あの…」

「ん? どうしたんだい? アンタ達」


 気付けばいつの間にか部屋の前に沢山の仲間達が集まっていた。皆は私が壊したドアから中を心配そうに覗き込んでいた。


「いえ、王の泣き声が聞こえたので」

「王が心細くないか心配で」

「王、大丈夫-?」


 不安そうに、心配そうに、あるいは戯けるように、皆が私に声をかけてくれる。


「みんな。嬉しい。ありがとう。こっち来て。ねぇ一緒にお昼寝しようよ」

「またかい? アンタは本当に昼寝が好きだね」


 アナラパルが苦笑する。その言い方が昔のように親しげでまた私は嬉しくなった。


「いいでしょ。いいでしょ」

「仕方ないね」


 そう言ってアナラパルは服を脱ぎ始める。私も大喜びで服を脱ぎ捨てた。こんな布きれは邪魔なだけだ。私達には立派な毛皮があるんだから。私やアナラパルの体からそれぞれ毛皮が生える。私からは真っ白な雪のような毛皮が。アナラパルからは黄色に黒い線が入った綺麗な毛皮が生える。


「わーい。アナラパル大好き」

「ふふ。本当に困った王様だよアンタは」


 我慢できずに抱きついた私の頭をアナラパルは優しく撫でてくれた。


「お母さん。私もお母さんのこと大好きだよ」


 娘も服を脱ぎ毛皮を纏って私を抱き締めてくれる。


「「「王。私達もお慕いしております」」」


 皆が部屋に入って来る。男も女も老いも若きも関係なく服を脱ぎ、互いの身を寄せ合った。……暖かい。皆の香りがする。あの草原の匂いがする。異種族共に追いやられる前、何処までも自由で、ただ笑って過ごせた草原の匂いがーー


「ありがとう皆。大好きだよ」


 そして私は眠りにつく。目が覚めたらどうか異種族共が皆死に絶えていますようにといつものように祈りながら、皆のぬくもりに抱かれ、私は眠る。


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