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リバークロスのお兄ちゃんとお姉ちゃん

 損失が私の胸を支配する。ーーノイズ。ノイズ。ノイズーー あれ? 何だろう? 私は何を失ったのだったか。そんなことすら分からない。ただただ胸が痛かった。


 目の前では太陽が大きく仰け反っている。私の拳を受けたのだ。この圧縮された時間が終わった瞬間、太陽の首は弾けその体は吹き飛んで行くだろう。


 太陽は死んだ。そう確信した。たがーー


 ギ、ギ、ギギキ〰!!


 時間が通常の速度に戻った後、私の鼓膜を異音がこれでもかと叩いてきた。吹き飛ばさんとする力に抗うように太陽の両足が地面を掴んでいる。しかし私の一撃に込められたエネルギーはそう簡単に止まらない。結果、太陽は地面を削りながら滑るように後退して行き、そして、そしてーー止まった。堪えたのだ。私の一撃を。


 大きく仰け反っていた体を戻して太陽が私を見た。


「ぜ、全然効かないですわね」


 そう言って恐らく太陽は笑った…のだと思う。恐らくというのは私の一撃を受けた太陽の顔は皮膚のわずかな動きだけでは表情を読み取れないほどに大きく陥没していたからだ。スラリと筋の通った鼻は原型を留めておらず、歯並びの良い白い歯もその殆どがへし折れていた。元々が輝くような美貌の持ち主だからこそ、顔中を自身の血で真っ赤、と言うよりも真っ黒に染めている今のその状態は無惨の一言だ。だがーー


「何をボケッと見てますの? 貴方の姉はこんな程度で終わるような弱者ではありませんわよ。遠慮なんていりませんわ。気の済むまで掛かっておいでなさいな」


 決して怯まない紅い瞳が煌々と輝く。その気高い光に私の? 儂の? 中で何かがーーノイズ。ノイズ、ノイズーー最高の女だ。あの気高い太陽を(しはい)した時、私はきっとその偉業をなしたことが嬉しくて、嬉しくて、生の喜びに打ち震えることだろう。


(さあ、もう一度。今度はもっと強く。もっと力を込めて)


 私は前よりも強く魔力を拳に込める。素手に拘るのは目の前の(とくべつ)(しはい)するのにもっとも相応しいと思ったから。その感触をこの手に残すことで私はきっと泣きたくなる程、うれしくなるから。だからーーだから? ーーノイズ。ノイズ。ノイズーー


 だから私は駆け出した。太陽の顔は徐々に復元していっているが、その速度は決して早くない。強い魔力によって受けた傷は攻撃に込められた魔力(いし)が残留して簡単には直せないのだ。今の状態でもう一度私の攻撃を無防備に受けでもすれば今度こそ太陽は死ぬだろう。なのに、なのに、なのにーー


「姉の偉大さを思い知るといいですわ」


 そんな訳の分からないことを言って、またも無防備に両腕を広げる太陽。理解不能。理解不能。だから、だから私はーーーーー


「ガッ!? ハッ」


 気付けば太陽を殴らず、その体を持ち上げるようにして片手で首を締め上げていた。


(何をやっているの私。そんな攻撃で彼女は死なない)


 私が私を非難する。煩い。だまーーノイズ。ノイズ。ノイズーーそうだ。こんな攻撃ではこの太陽を(しはい)することなどできない。


 私は開いたもう一方の手に魔力を込める。ふと気付けば頬を熱い何かが伝っていた。そんな私を見て太陽が笑う。それは陽だまりのように暖かい、そんな笑みだった。


「ふふ。流石ですわね。信じてましたわよリバークロス。貴方に私が殺せるはずかありませんもの」


 そう言って太陽が頬を撫でてくる。優しい手つき。ああ。そうだ。そうだ。彼女は私のねえーーノイズ。ノイズ。ノイズーー シコウガウマクマトマラナイ。


「そしてアクエロ。貴方、覚悟はできているんでしょうね」


 揺蕩う意識。気付けば太陽の気配が変わっていた。暖かなたいようから怒り狂う悪魔ごうかへと。太陽は手刀を作るとそれで自身の胸を貫いた。


「え?」


 何をやっているのだろうか? 訳が分からず私はただ呆然と太陽の胸から血が吹き出すのを見ている。私の全身に太陽の血が降りかかった。


 太陽がニヤリと笑う。


「血も精も命の証。だからこそ、よく通りますわ」


 血を媒介に太陽の魔力が私の中に染み込んでくる。私はわらっーーノイズ。ノイズ。ノイズーーいけない。私はそう思った。


「スキル『万物の炎還』」


(あ、ああ~!! く、くく。さ、流石ですお嬢様)


 私が私の中で声を上げ身悶える。だが私には何ともない。ならこの私と苦しんでいる私は別のわたーーノイズ。ノイズ。ノイズーーいけない。急いでこの太陽を(しはい)しなければ。私が私の意思を振り切って太陽を仕留めんと攻撃を繰り出す。その直前、私の腕に矢が突き刺さった。


「……え?」


 そして次の瞬間には胸のど真ん中に黒い矢が刺さっていた。いつ刺さったのだろうか? 刺さるまで全く気付けなかった。


(う、ああ)


 衝撃に思わず太陽を放す私。視線を横に向ければいつからそこにいたのだろうか? 黄金の髪と瞳を持つあまりにも美しい青年が居た。だが何故だろう? 青年のその容姿は輝かんばかりだというのに、よく目を凝らさなければ見失ってしまいそうになる、そんな希薄さが青年にはあった。

 

 私の『眼』には彼は世界に潜む闇に見えた。同時に彼は輝かんばかりの黄金にも見えた。果たしてどちらが本当の彼なのか? 判断がつかない。ただ光と闇を伴ったその姿はまるで闇に黄金が溶けているかのようだ。


 闇に溶ける黄金は言った。


「魔王の弓は任意の対象のみを射貫くことができる」


 それはこの青年に相応しい威厳に満ちた声だった。


(……レオリオン様)


 私の中で私が笑う。追い詰められているはずなのに、このやりがいのある状況にのめり込むように意志が高まるのを感じる。


 直後そんな私を幾つもの矢が貫いた。見えない。視えない。感じない。回避できる気がまるでしない。このままでは私は良い的だ。こうしている間にも全身に矢が突き刺さっていく。何で避けられない? 私は怯んだ。私は平気なのに。とにかく上手く動けなくなる。その隙に太陽が目と鼻の先にまで距離を詰めて来た。


 先程よりは幾分か取り戻した美貌。そこに満面の笑みが乗っていた。


「さて、覚悟は出来ましたの? まぁ、例え出来てなくても関係ないですわね。とびっきりの奴をくれてやりますわ」


 そう言って太陽は強引に私の唇を奪う。


「ん、んん?」


 私は意図せず声を上げる。だが性魔法で体をコントロールされ上手く抵抗できない。抗えない私の中に口移しで熱い何かが送り込まれてくる。いや何かじゃない。血だ。大量の血や折れた歯などが口移しで私の中に送られてくる。その度に私の中が太陽で満たされていく。ーー気持ちいい。子宮がキュンキュン来ちゃうと言うのはこういうことを言うのかと思った。同時に(あれ? 私に子宮なんてあったっけ?)そんな違和感を感じた。そしてーー


(く、あ、ああ!! で、でもこんな程度で私は負けない)


 太陽の熱で焼かれ身悶える私。いや、これは本当に私なのか? だってーーノイズ。ノイズ。ノイ……「もう、しっかりしなさいな」太陽からの思念(ことば)が届く。そして一層強く抱き締められた。それに私は? 俺は? 儂は?


(面白くなってきた。さぁ私。早くお嬢様をしはいして見せて)


 攻撃を受けていることに対する焦燥なんてまるで感じていない、むしろ燃えるような意思を持って私が私に命じてくる。それに私は、私はーー


(黙れ)


 怒りを持って応えた。


(え?)


 虚を突かれたような私…じゃないアクエロの反応。それに私……ではない、俺はここぞとばかりに肉体の主導権を取り戻しに掛かる。くっそ。勝手に人をオネエにするだけならともかく、姉さんに手を上げさせやがって。本気で腹が立ったぞ。


(まさか自我を取り戻した? 外部からの干渉があったとはいえこんなに早く?)

 

 心の中でアクエロの奴が驚愕しているのが伝わってくる。まぁ確かに俺自身結構驚いている。兄さんと姉さんの協力があったとはいえ、あの状態から巻き返せるとは。何か他に切っ掛けでもーー


 マイスター。私、来たよ?


 不意に脳裏に蘇る何とも不思議な体験。あれは極限の状態が見せたただの幻なのか? それともーー。いや、今はそれどころではない。

 

 俺は募りに募った怒りを敵意に変えてアクエロへと叩きつけた。


(言っておくがここまでやったんだ。軽いお仕置きで済むと思うなよ)

(……ふ、ふふ。流石は私の式神リバークロス。私が育てただけはある。でもーー)


 ノイズが走る。ノイズが走る。この期に及んでまるで怯んだ様子を見せない。それどころかアクエロの意思は嬉々として俺の意思を飲み込まんと自我の侵食を続ける。だがーー


「無駄ですわ」

「無駄だよ」


 その度に炎が、あるいは矢が、俺の中のアクエロだけを正確に攻撃する。いくら怯まぬ意志を持とうが物理的な力で劣れば軍配がどちらに傾くかなど論ずるまでもない。徐々に俺の意思がアクエロの意思を押しのけ、肉体の主導権を取り戻していく。


「さぁ、リバークロス。あと少しですわ」


 そしてだめ押しとばかりにもう一度姉さんが唇を重ねて来た。口内に送り込まれてくる大量の血液……と、これは舌? い、いや考えまい。とにかく俺がそれらを全て飲み干すと、今までで最大の悲鳴が俺の中で上がった。


 そしてその隙を逃すことなく、俺は俺の中からアクエロを追い出した。


「ようやく出てきましたわね」


 俺の体から出たアクエロを姉さんが殴り飛ばす。アクエロは上手く腕で受けたものの勢いは消せず、後方に大きく飛ばされた。その際信じられないことに姉さんの顔めがけてアクエロはカウンターのハイキックを仕掛けていた。蹴り自体は兄さんの黒い矢が迎撃して姉さんに届くことはなかったが、想像以上に鋭い一撃だった。下手をすればさっきまで戦っていた魔将のアナラパルよりも体術面では勝っているのではないだろうか?


「姉さん。だいじょ…クッ!?」


 声を出した途端ガクリと膝から力が抜けた。全身に乗し掛かる疲労が凄まじい。ただでさえ創造魔法は限界近い負担を心身に強いるというのにアクエロの奴が余計なことをしたせいで体のあちこちで異常が起こっている。この体でなければとっくに死んでいただろう。それほどの状態だ。


「大丈夫。リバークロスはそのまま休んでていいよ」

「後は私達に任せるといいですわ」

「兄さん。姉さん」


 そう言って兄さんと姉さんが双璧のように俺をその背後に庇う。色々やらかしたせいで今も一部から物凄い殺気を向けられ一秒も気を抜けない、抜いてはいけない状況。なのに俺を守るように前に立つ二人を見ていると、不安も恐怖も何もかもが消えていく。そんな場合ではないと分かっていても体を包む安堵に身を任せて眠ってしまいそうになる程だ。


「とても良い。この状況。アクエロは幸せです」


 その声に弛緩しかけた緊張感が戻ってくる。姉さんに吹き飛ばされたアクエロは無傷のままこちらにゆっくりと歩いて来ていた。その顔はいつもの無表情、しかし頬は隠しきれない喜びに紅く染まっていた。


「引く気はないと、いい覚悟ですわ」


 姉さんの体に魔力が満ちる。アクエロに操られた俺はこれを太陽と感じていたがまさにその通りの力が姉さんの体から迸っていた。その横では兄さんがやれやれと言わんばかりに肩を上下させる。兄さんの魔力は薄く、姉さんとは違い目を離せば見失ってしまいそうな存在感しかない。しかし何だろうか? 兄さんを見ていると何とも言えない不安が忍び寄ってくるかのようだ。


 兄さんはため息を一つついた。


「アクエロさん。僕はね、君のことが気に入っているんだよ。自分の欲求に何処までも正直で、その為ならあらゆる手段と労力を用いる。とても共感するし、見ていて気持ちがいい」

「ありがとうございます。私もレオリオン様のことは好きです」


 アクエロの足が止まる。恐らくだがそこから先に足を踏み出した時が『開始』の合図となるのだろう。


「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ。いつもならここでじゃあ争いは止めないかなと提案するか、あるいは僕がさっさと逃げちゃうんだけど…」

「私はそんな展開望んではいません」

「うん。そうだろうね。それに今回に限り僕もそんな展開は望んではいないんだよ。なんて言うのかな、自分でも少し驚いたことに僕は僕が思っていた以上にお兄ちゃんであるみたいなんだ。だからさ……」


 そこで兄さんの気配が変わる。薄いと思っていた闇がその深さを増す。何処までも何処までも。決して光の存在を許さないよるが訪れる。


「従者風情が僕の弟に手を出すなよ。殺すぞ?」


 それは殺気と言うにはあまりにも異質な、根源的な恐怖を喚起させる破滅の敵意。太陽のように圧倒的な輝きとは無縁。しかし決して滅びることのない闇がその牙を剥き出しにした。


「元々貴方のことはいけすかないと思っていましたわ。従者の癖に私よりもリバークロスに親しいなんて……貴方、生意気ですわよ」


 姉さんの手にはいつの間にか黒い剣が握られていた。黒い両刃のその中心に血が流れたかのように赤い光が灯る。


「躾のなってない従者は今ここで私が焼き尽くしてあげますわ」


 そして真なる太陽が降臨する。まるで生命を宿して鼓動を刻み出したかのように魔王の剣が真っ赤に染まった。その圧倒的な魔力上昇率。ただでさえ俺達三兄弟の中で群を抜いた魔力を持つ姉さんの力を何倍にも高めていく。


 その力はハッキリ言って異常だ。ああして立っているだけで最大威力の第二級クラスに近い魔力が放出されている。ならちゃんと詠唱を行い魔力を練り込めば一体どれだけの魔法げんしょうを起こせるのか。


 圧倒的な魔力ぶつりょうを用いた攻撃。それは戦における唯一無二の必勝法。それを前にアクエロは怯むどころかまるで流れ星を見つけた少女のように破顔した。


「ああ。素晴らしい。ありがとう。ありがとう。貴方達が居るから今日死んでも後悔しない。そう確信できた。さあ生命を燃やそう。全力を尽くそう。それが生きている者に与えられた快楽せきむ。楽しくない生命なんて私はいらない」


 そしてアクエロが拳を構え、その全身を魔力が覆う。いつもの無表情を満面の笑みで崩したその清々しい顔を見れば分かる。こいつは止まらない。例え四肢を切り落とされたとしても張ってでも自分の快楽もくてきに向かって邁進し続けるだろう。


 手足を無くしても突き進み、見る者の心に容赦なく絡み付く。その在り様はまるで心に忍び寄る黒い蛇のようだと思った。それもとびきり巨大な蛇だ。


 そうして黒い大蛇が太陽と闇に溶けた黄金へと挑む。挑む? 分からない。挑戦者はどちらだ? 単純な魔力量なら魔王の剣を持った姉さんが居るこちらが有利だ。だがしかしーー


「クソ。早く、早く」


 俺は意識を体の内部へと向けて少しでも回復を急ぐ。兄さん。姉さん。そして………アクエロ。休んでいる暇などありはしない。何か、何かをしなくては。さもなければーー


「誰かが……死ぬ」


 焦燥感に苛まれながら俺はただただ回復を急いだ。


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