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私はだあれ?

 漂う。漂う。霧散し、消えかけた自分(なにか)が。どうして? どうなって? そんな疑問は出てこない。ただ漂う。漂う。そうして消えていく。そのはずだった。


「驚いたな。またここを訪れる者が現れるとは」


 突然、周囲(なにか)が変わった。ここはどこだろうか? 何か大きなものと一つになっているような安心感。同時にこのままでは自分(なにか)が溶けて消えてしまうのではと言う焦燥感。


 俺は? 儂は? 今どこに居るのだろうか?


「ここがどこか、そんなことを気にしている暇が果たして君にあるのかな?」


 面白がっているようで、その実まるで感情を感じさせない声。機械が人間の振りをすればこんな感じになりそうだと思った。


「あら? 貴方の世界には機械人形がいたはずでしょう。そして私の世界にも似たようなのがいる。それなのに推測になるのは何故なのかしら?」


 機械人形? ああそういえばそんな感じなのがいたような、いなかったような? イメージがふと浮かぶ。あまりに精巧で人間と見分けが付かなくなっていく機械達。恐怖が蔓延る。不安が広がる。人類は自分達に似た機械の製造を禁止した……ような気がする。


「へー。大変なんだな。ちなみにお前も今大変なことになってるぜ?」


 ころころと声が変わる。だが居るのは一人。一人だ。いや……人? なのか?


「誰だ?」


 声を出す。声を出せた。少しだけ霧散しかけた自分(なにか)が戻って来た気かする。でもすぐに霧散して行く。そんな気もする。


「私は始めからそうであるべき者。故に私は誰でもない。この人格もお前が私を認識したせいで発生しているただの反射に過ぎない」


 そうしてまた男? あるいは女? の気配が変わる。性別だけではない。姿形、果ては種族さえも大きく変わる。


 猿が居た。猿が言った。


「それよりもいいのかい? リバークロス。おっと、それともマイスターと呼ぶべきかな?」


 気付けば猿は虎になっていた。虎が言った。


「このままではお前の自我は完全に消え失せる。そうなれば魂は酷く消耗するだろう」


 ふと見れば虎は消えていた。代わりに鳥が居た。鳥は言った。


「消えちゃうよー。消えちゃうよー」


 それだけ言うと鳥も消えた。いや始めから鳥なんて居なかった。見上げればあまりにも巨大な生物が居た。あまりにも巨大な生物は言った。


「そうなれば二度と転生することもできまい。お前はそれを望むのか?」


 そんなことを言われても分からない。ここがどこかも分からない。俺が? 僕が? 儂が? 一体誰かも分からない。ただ無性に眠い。……眠くなった。(なにか)が引かれる。このままではここではないどこかへと堕ちて行きそうだ。


 男が言った。


「奇跡の邂逅は終わりか。元々君がここに来られたのは偶然の要素が大きい。私と繋がったまま肉体との繋がりを極端に弱め、その上で身に余るエネルギーを体に流し込んだせいで流される形でここまで滑り込んで来たのだろう。だが例え偶然であったとしても生物がこの場に来れたという事実は驚嘆に値する」


 女が言った。


「もっとも前に来た生物はどちらも自力で私を認識していたけどね。いや~、あれにはマジで驚いたわ。何? 私も知らない新種の生物の誕生? 新たな時代? 新たな時代が来ちゃった? そう思っちゃったわよ。いやマジで」


 駄目だ。落ちる。ここではないどこか遠くへと堕ちていく。俺は? 儂は? 僕は? 最後の力を振り絞って声に問うた。


「お前は……なんだ?」


 老人が答えた。


「儂は誰でもないぞ。儂は何でもないぞ。故に儂がお前さんの物語に関わることもない。前に来た生物達もそう判断したし、それが正しい。事実儂に主体はなく、主観と呼ばれるものもない。あるとすればそれはお前さん達なのかもしれんが、それもどうでも良いことじゃ」


 そして老人の姿が変わる。 ーードクンーー ああ、何だろうか? 新たに現れた女の姿を見た時、心臓(なにか)が激しく脈打った。


 懐かしい? 女が言った。


「だから私の言葉も貴方の反射でしかない。でもだからこそ言える。マイスター。私、来たよ。貴方に会いに。ここまで来たんだよ? だからお願い。消えないで」


 普段は聞き分けのいいくせに変なところで頑固。久しぶりに見るその顔は別れたあの時のままでーー


「ああ、お主は相変わらずーー」


 そうして儂の意識は落ちていった。


 ……………………………… 

 …………………………  

 ……………………

 …………

 ……


「アンタ、ボーヤなのかい? それとも……」


 ここはどこだろうか? 目の前には大剣を構えた女。周囲には沢山の男女。


 とても、とても静かだ。波のない大海に一人で漂っているかのようなそんな静けさ。このままずっと揺蕩って居たいような居たくないような、そんな不思議な気分。


 もう一度思った。ここはどこだろうか? そして 私? 俺? 僕? 儂? は誰だろうか?


 そんな時だ。どこからか声がしたのは。


(貴方は誰でもない。貴方は私。私は貴方)


 それは酷く抑揚に乏しい声だった。でも不思議と溢れんばかりの情熱を無感の下に秘めている。そう確信させる声だった。


 声は言った。


(さあ行こう、私。何処までも、何処までも。行けるところまで。力の限り飛躍し続けよう)


 何だろうか? その声を聞いていると熱い何かが内側に生じた。


「ちぃ。やる気かい?」


 私、と声は言っているので私はきっと私なのだろう。私の様子を見ていた大剣を構えた女が急に険しい顔つきになった。何だろう? 何だろう? ……何でもいいか。だってこの女、もうーー


 

 串刺しにしちゃったし。



「ぐ、ガッハ。オゲ、がああ!?」


 凄く暴れてる。大剣を振り回して私を叩いてくる。おかしい。一突きで静かになると思ったのに。何か間違えただろうか?


(いいえ。とても上手だった。流石は私。でもこいつ咄嗟のところで急所を避け、腕伝いに流した魔力攻撃をも上手く流してた。魔将は伊達ではないと言うところ)


 よく分からない。でも私? それとも貴方? がそう言うのならきっとそうなのだろう。


(私は私。分けて考える必要はない。それは最後のお楽しみ。……そこまで行けたらの話だけど)


 よく分からないけどつまり私と私は同じ私らしい。


(そう。さあ、その腕に引っ付いているモノにトドメを刺そう。ここには凄い獲物が一杯。とても殺りがいがある)


 私が私の中で嬉しそうに笑う。いや、私は私なのだから私が笑っている。


「クッソ。このアタイがあんたみたいな小娘なんかに……」


 口の両端から血の泡を溢しながら、それでも女は力を失わない瞳で私を睨んできた。小娘と呼ばれることに違和感を覚える。自分の体を見下ろしてみた。黒い鎧を盛り上げている豊かな胸。腰まで伸びる黒金の髪。……何故だろう。自分の姿なのに自分の姿ではないようなそんな感覚。どこも可笑しな所などないのに。鎧だって私のためにこしらえたのだろう、これ以上ないほどに体にフィットしている。それなのに何かが違う。そう思ってしまう。


(心配ない。その体は私の影響が強く出てるだけ)


 私の影響? もう一度私は私の胸を見下ろした。程よく膨らんだ胸。他者と比較すれば大きい部類に入るであろう私の胸。これが私の影響? ……違和感を覚える。


(男の業というのは凄い。そんなところで私との差異を感じるなんて。でもーー)


 ノイズ。ノイズ。ノイズ。……あれ? 私は何を考えていたのだろうか? えーと。えーと。


(腕に引っ付いた女にトドメを刺そうとしていた)


 私の声に私はハッとする。私の腕は未だにか弱い生物(おんな)を貫いたままだった。


(さあ、その女を(しはい)しましょう)


 そうだ。その通りだ。さあ(しはい)を与えよう。私は女を貫いている腕に必殺の意思を込めて魔力を流そうとした。その時ーー


 ゾワリーーと世界が震えた。


 いや、錯覚だ。だがこの場にいるであろう誰もがそう実感したに違いない。それはそれ程までに濃密な殺気だった。その殺気が全て私ただ一人に集束している。まるで殺気そのものが物理的な拘束力を持って私を縛ろうとしているかのようだった。


 私は殺気の主へと視線を向けた。すると私に貫かれている女も同じ方角を見た。そして呟く。


「……我が……王」


 その声に応えるかのように魔法の力を帯びた布の向こうで殺気が更に膨れ上がった。ーー来る。それが直感で理解できた。溢れんばかりの殺意(いし)をそのままに。私のところまで巨大な何かがやって来る。来ようとしている。


 私は驚異を感じ身構えた。


(ああ。来る。来るよ私。さあ覚悟はいい? そこの脆弱な女とは違う。私が今から挑むのは一つの種族の頂点。この世界最強の一角)


 私が私に覚悟を問うのも可笑しな話だと思うが、私の気持ちも私はよく分かった。何故ならこちらに敵意を向ける相手はそれほどまでに巨大な存在だからだ。上手く言えないが魂が相手を同じ頂きに立つ同格の存在だと訴えてくる。


 きっとこの相手との戦いは一度始まれば引くことの許されない死闘となるだろう。


 殺気はこうしている間も高まり続け、生臭い獣の吐息を頬に感じるかのようだ。この獣はもう止まらない。そう確信するほどの獣臭。それをーー


「止めよ」


 奈落の太陽が全て吹き飛ばした。奈落の太陽。そう、その存在は太陽の如く輝いていた。同時に奈落のような底知れない不気味さをも見る者にもたらした。だが何よりも信じられないのはその身に宿す力の大きさだろう。まるでこの世界を飲み込まんばかりの馬鹿げた程に巨大な魔力。私の二倍? 三倍? それ以上? 多くの巨大な魔がひしめくこの場所で周囲をまるで寄せ付けない圧倒的な存在。私が、この『私』が思わず見上げなければならない程のデタラメさ。それはそんな超越存在だった。


「獣人の王よ、場をわきまえよ。これは我が息子リバークロスの試練。横やりは許さんぞ」


 奈落の太陽が放つ言葉に獣人の王とやらが殺気の矛先を変える。その瞬間二つの巨大な魔が奈落の太陽を守るかのようにテラスに出現する。


「例え誰であろうと我が魔王に仇なす全てに死を」


 軍帽に軍服、何よりも鋭利な視線が印象的な女。だが見かけ以上に瞠目すべきはその存在規模(ちから)の大きさだろう。今私が貫いている女とは比べ物にならない。ひょっとすれば獣人の王とやらに迫るのではないだろうか。


「儂としてはその小僧が気に入っていてな。獣人の王よ。ここは引いてはもらえんか」


 そう言ったのはやたらとガタイのいい強面のお爺さんだった。こちらもかなり強い。どちらも見たことがある。……ような気がする。


(……先にあちらを殺るのもいいですね)


 私の意識が奈落の太陽へと向けられる。それに私は驚いた。だってあそこに突っ込むなんて馬鹿げてる。奈落の太陽だけでも信じられないような存在なのに、更にその奈落の太陽を守ろうとしている二つの巨大な魔。それだけではない。奈落の太陽の横にはもう一魔巨大な存在が控えている。あそこに攻撃を仕掛けるのは自殺とかわらーーノイズ。ノイズ。ノイズーー


 それでもいいか。うん。それでもいい。私はただ楽しみたいのだ。この生命を。命のある限り何かに傾けていたいのだ。情熱を。狂うほどの熱狂の中に居たい。居続けたい。だから私は全力を尽くす。例え勝てなくともそんなのは関係ない。一パーセントでも可能性があるのならその一パーセントに向かって全力を尽くすべきだろう。命とはそう言うものだろう。


「……アクエロ様」


 私の殺気(いし)を感じ取った軍服の女が私を見て一瞬だけ辛そうに顔を歪めた。だがそれも一瞬のこと。すぐに鋭利な美貌を取り戻すと、無慈悲な処刑人を思わす鋭い声で言った。


「例え誰であろうとも我が魔王に仇なすものに死を」


 直後、軍服の女の回りに風が渦巻く。その密度、その魔力。果たして私はこれに打ち勝つことが出来るだろうか?


「ふーむ。あの小僧とは拳を合わせた間柄。出来れば先を見たかったがまさか悪魔王の小娘の心臓を得てあまつさえ乗っ取られるとは…。惜しい気はするが致し方あるまいな」


 そう言うお爺さんの額から角が生え、その体が二回りは大きくなる。膨れ上がる魔力。あれを倒すのは中々に骨が折れそうだ。


「よいよい。二魔とも下がれ」


 奈落の太陽が笑みを浮かべて二魔を制する。二魔は反論一つ上げずに周囲を更地に出来るであろう巨大な魔力を抑えた。


「子供の戯れに付き合ってやるのも親の務めよ」


 そう言って奈落の太陽が腰を上げるーーかと思えば、


「おお。そうか。そうじゃったな。務めを持つのは何も親に限った話ではなかったか」


 そう言って嬉しそうに笑いだした。何だろうか? 私は疑問に思ったものの取り合えず攻撃を仕掛け、仕掛け、しかーーノイズ。ノイズ。ノイズーー 仕掛けることにする。


 全身に魔力を込める。それだけで強力な結界の幾つかを踏み砕いてしまったようで、地面が大きくひび割れた。


 途端に周囲が騒がしくなるが、そんなこと私の知ったことではない。魔力を掌に集束して奈落の太陽目掛けて放とうとした、まさにその時ーー


「何をやっていますの?」


 光輝く恒星が舞い降りて来た。燃えるような紅い髪と瞳。それは奈落の太陽にとてもよく似た女だった。ただこちらは奈落の太陽とは違い何処までも真っ直ぐな輝きだ。曲がることを知らないその在り方は、まさに降り注ぐ陽の光そのものだった。


「まったく。リバークロスは昔からしっかりしているようで私がいないとダメダメですわね。そんなだから私はお姉ちゃんとしてとても心配になるのですわよ」


「………………姉さん?」


 せっかく集めた魔力が霧散していく。何だろう。この魔族なんだかーー


 ノイズ。ノイズ。ノイズ。ノイズ。ノイズ。ノイズ。ノイズがあぁあああ! 私をぉおおおお!? ………………? 私は何をしようしていたんだったか。


 首を捻る。すると声が聞こえた。


((しはい)しようとしていた。目の前の太陽を)


 太陽? ああ、本当だ。私の目の前にとても綺麗な太陽がある。何て綺麗なのだろうか。だから私はーー


(しはい)してあげる!」


 そう言って太陽へと襲いかかった。太陽は動かない。動けない? いや違う。動かないのだ。何故? どうして? 時間を無視した感覚の中で疑問が浮かんでは消えていく。


 太陽が両手を広げた。迎え入れるように。抱き締めようとするかのように。やれやれ仕方のない子ねとばかりにその顔は笑っていた。


 瞬間、太陽から思念が届く。太陽は言った。


「弟が姉を支配しようなんて生意気ですわよ」


 意味不明。意味不明。だから私は、私の拳はーーーーー止まることなくその無防備な顔を殴り飛ばした。


 血が上がる。真っ赤な血が花火のように。何かを砕いた改心の手応え。


 声がする。声がする。心の何処かで。その声が泣いているのか、それとも笑っているのか、私には分からなかった。きっと私の中の私にも分からない。何故だかそんな気がした。


 そして私はーー


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