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魔将ブービーの実力

「降臨せよ雷を纏いし皇帝。雷鳴を轟かせ、雌伏の終わりを告げる汝の名は革命者」


 俺の放った魔法が魔将を飲み込みはしたが、それで勝ったと思えるほど俺はおめでたくない。油断することなく追撃の魔法を放つべく詠唱を続ける。元々の作戦では俺一人の力で魔将を追い込み、ここぞと言う所でアクエロを投入。不意をつき一気に片付けるはずだったが、アナラパルの奴が予想外の戦法を取ってきたので変更を余儀なくされた。


「第一級魔法かい? 撃たせないよ」


 魔法で結界を張ったアナラパルが俺の放った魔法(ヤミ)から飛び出してくる。ただし俺の方に直進してくるのではなく、何故か俺から見て右方向に大きくジャンプした。何だ? 回り込むつもりか? また妙なことをするのではと警戒を強める。人間共には出来るだけ俺から離れているよう言ったが一応位置の確認をしておくべきか? また不意を突かれても面白くないので俺が色々考えていると、俺の放った闇の中、つまり先程までアナラパルがいたであろう場所から雷の槍が飛び出してきた。意識が高速で動くアナラパルを追っていたので、俺はその不意打ちに対応できない。


「ちっ。アクエロ」

「お任せを。闇よ形なせ、革命者の血涙『(ダーク)(シールド)』」


 アクエロの作り出した闇の盾が雷の槍を防ぐが、その際雷の槍は闇の盾を大きく揺らした。この威力、第二級に匹敵するな。


「アハハ。やるね。でもまだまだ行くよ」


 俺を中心に円を描くように走り回るアナラパル。何を狙っているのかと眉をひそめたのも一瞬のこと、狙いはすぐに判明した。アナラパルが歩いた地面の上に一定の感覚で魔法陣が浮かび上がったのだ。どの魔法陣も一目で強力な魔法を秘めていることが理解できた。


「どういうことだ? これは」


 その信じられない技術に魔術師として驚嘆する。まさかこんなことが可能だとは。確かに魔法陣は使い方によって魔力の増幅や魔術の一時的な保管を可能にするが、その為にはいくつもの面倒な下準備がいる。走り回りながら足元に魔法陣を出現させるなんて一体どうやったらそんな真似ができるのか。まさかこいつーー


「俺よりも優れた魔術師だと?」


 それは今までのようにスペックの差が原因で後塵を拝するのとは訳が違う。積み上げた三百年を否定されるかのような圧倒的な技量差。現代最強の魔術師としての矜持を傷つけられた気分だ。


「リバークロス様。落ち着いて下さい。あれは恐らくあの魔将のスキルです」

「知っているのか?」


 問いながら、なるほどと納得する。スキルなら確かにあの馬鹿げた現象も理解できると言うものだ。それにしてもアクエロの奴、スキルを知っていたのならさっさと教えるよ。そんな感情を思念としてアクエロに送ると、マジメンゴ! と言うまったく反省してない思念が返ってきた。


「詳しいことは。ただ魔法や武器を罠化するスキルを持つ魔将がいると聞いたことがあります。恐らくはあれのことかと」


 思念のやり取りでは明け透けな癖に、表面上の態度ではいつものように礼儀正しく俺を立てるような態度を取る。まさに慇懃無礼を地で行く女だ。だがそれがいいと俺は思う。

 

 アクエロ。悪魔王の娘であり既に俺の一部でもある悪魔おんな。このオレの一部である以上強くなくては話にならん。魔術師として高みを目指す以上、自分の中に足手まといを飼う余裕なんてありはしないのだ。その点で言えばアクエロはまさに文句なしの存在だった。


 だからだろうか。魔将の恐るべきスキルが判明してもまるで負ける気がしないのは。


「……魔法や武器の罠化か。だとしたら狙いは時間差による全方位攻撃といったところか。一つ一つ相手にするのは面倒だ。『式』を出せアクエロ。一気に潰すぞ」

「お任せを」


 アクエロは中途半端に出していた上半身を引っ込めると、オレの中に完全に潜った。そしてそこで詠唱を開始する。


「おっと。させないよ。起動しな」


 アナラパルが指を鳴らすとオレを取り囲むようにして出来た幾つもの魔法陣が発光した。そしてそこから放たれる魔法。どれも詠唱をちゃんと唱え魔力をふんだんに練り込んだ最大威力の第二級魔法に匹敵する威力だ。まともに食らうとダメージは免れないだろう。


「舐めるなよ。『雷帝(エンペラー)権威(オーソルティ)』」


 襲い掛かってくる魔法の雨をギリギリで回避しながら俺は詠唱が不完全な第一級の二重名魔法を魔将に向けて放った。

 出来ればきちんと完成させてから放ちたかったが、世界(システム)と繋がった状態で主言語を唱えた以上、いつまでも溜めてはいられない。


「チッ」


 不完全とはいえ、そこは第一級魔法。迫りくる雷の槍にアナラパルは顔色を変えて跳躍。ギリギリで回避する。だがーー


「あめぇよ」


 標的を逃し地面に突き刺さった雷の槍は、そこでほどけるように槍の形を失いながらも周囲に雷を放ちまくった。


「ぐ? があああ!?」


 跳躍してすっかり躱した気になっていたアナラパルは蜘蛛の巣のように広がる雷の一つに捕まり、感電する。そしてこの俺がこの好機を逃すはずがない。


「君臨者よ。闇を統べる者よ。全ての命に終焉を「(ダーク)(フォール)ちよ」


 俺が放った球体の闇がアナラパルを捕らえた。あの闇に捕まった者は凄まじい勢いで生命力を奪われることになるが、勿論それで魔将を倒せるとは思ってはいない。あの魔法は脱出に中々骨が折れる仕様で魔将と言えども簡単には逃げれないはずだ。一秒でも二秒でも時間を稼いでその隙に第一級魔法をーー


 フッ、とまるで煙のように闇に捕らわれた魔将の姿が消えた。


「なっ?」

「リバークロス様!」


 起こったことが理解できずに一瞬棒立ちになった俺を、俺の体から飛び出したアクエロが前へと無理矢理引っ張った。


「クッ?」


 アクエロに手を引かれながら後ろを振り返れば、ほんの一瞬前までオレがいた空間を大剣が突き刺していた。


「何だ? どうやった?」


 アナラパルは俺の放った魔法の中にいた。あの状態で魔法を使えば絶対に気付けたはずだ。なのに現実にはアナラパルが消えて現れるまでオレは何も感知することができなかった。


 アクエロと繋いでいた手を離し、手品のように背後へと現れたアナラパルと向き合うように体勢を整える。アクエロが言った。


「恐らくはリバークロス様の雷が捕らえたのは魔将本体ではなかったのかと」

「分身? 幻影? ……チッ。これも(スキル)か」


 このアナラパルとか言う魔将。鍛え抜かれた体に大剣と言う装備から真っ向勝負を好む武人タイプかと思えばとんでもない。相手の裏をかくのを念頭においたかなりトリッキーな戦闘スタイルをしてやがる。


 動揺するオレを見るのが楽しいのか、アナラパルは得意気に笑うと、


「冥土の土産に覚えておきなボーヤ。戦いってのは相手の嫌がることしてなんぼだよ」


 そう言って指をパチンと鳴らした。同時に周囲の魔法陣が再び発光。そこから現れたのはアナラパルとまったく同じ姿をした魔法ーーアナラパルの式だった。


「さあ、ボーヤ。覚悟はいいかい?」


 アナラパルが再び円を描くように俺の周囲を回る。その動きに合わせて式も回る。どんどん地面に増えていく魔法陣。それに気を取られた一瞬の隙に本体と式が何度も入れ替わるような複雑な動きをし、あっという間にどれが本体か分からなくなった。


「安心しな。一瞬だ。ボーヤは力を抜いていればいい。恐怖も痛みも与えやしないよ」


 全部のアナラパルが一斉に喋る。その声には勝利を確信した者特有の愉悦が滲んでいた。さぁ、これからお前を喰らうぞと捕食者が牙をむき出しにしている。……まったく何て酷い勘違いだろうか。


「曲芸で粋がるなよ。相手の嫌がることをしてなんぼ? そんなものは王の戦い方ではないな。圧倒的な戦力差による蹂躙。戦いとは詰まるところそれに限るだろうが。……やれ、アクエロ。どちらが捕食者か教えてやるがいい」


(リバークロス様の仰せのままに)


「深淵から蘇れ。我はお前を見つめる者。汝の名は死。我が名は生。さぁ、天地開闢より続く定めの下、生の前に跪け。『無数の死兵』」


 アクエロの詠唱が終わると俺の体に幾つもの闇が生まれた。そしてそこから骸骨の兵士が次から次へと現れる。


「なに?」


 アクエロが詠唱をしている隙をついて分身と共に大剣を振り下ろせる位置まで踏み込んできていたアナラパルが目を見開いた。しかし今さら待ったが効くはずもなく、またアナラパルも止まる気はないだろう。

 

 そうして四方八方からオレめがけて大剣が振り下ろされた。しかしーー


「斬れない……だと?」


 アクエロが作り出した骸骨達は俺の代わりに魔将の剣を全て受け止めきってみせた。


「ちくしょう。何で出来てるんだい?」


 肉のない体とは思えない、いやむしろだからこそなのか。鋼のような骨だ。


 鋼の硬度を持った骸骨達は更に剣を伝うように移動しアナラパルへと組み付いた。


「う、うおおお!?」


 骸骨に押し倒され群がられるアナラパル。骸骨はこうしている間にも俺の体の闇から次から次へと現れている。そうして骸骨達は全てのアナラパルに組み付くと押し倒し、そして噛みついた。


「ぬぐぁー!」


 悲鳴が上がる。オレよりも強いと勘違いしていた強く美しい女を、俺の力で組み敷き喘がせる。その光景のなんと甘美なことか。


「ククク」


 思わず笑いが込み上げてきた。骸骨達はまだまだ溢れてくる。周囲では次から次へと骸骨達の餌食になっていく幾人ものアナラパル。本来なら魔法で追撃をかけるつもりだったが、どうやら必要ないようだ。俺は両手を広げて素敵な悲鳴に聞き入った。俺の中で魔族の血が激しく脈動しているのを感じる。まったくこうして考えると何故人間なんぞに固執したのか。助けてやっても不平不満の感情しか向けて来ないような奴等など今からでも魔物の餌にしてやろうか?


「……悪くない考えだな」


 俺が自分の素敵な思い付きに独り言を溢した直後だった。


(お気をつけくださいリバークロス様。何か妙です)


 アクエロがそんなことを言ったのは。


「なに?」


 俺は大した驚異も感じぬまま、とりあえずと言った体で周囲を見回した。周囲では相変わらずアナラパルを骸骨達が食べている。それだけだ。既に立っているアナラパルは何処にも居らず、ならばこの骸骨達に貪られている哀れな女の一つが本物のアナラパルなのだろう。


「何も問題は無いぞ。どうやらアクエロ。お前の勘ち……待て」


これはどうしたことか。骸骨に貪られていた全てのアナラパルが溶けて地面に落ちる。いや、それだけではなく溶けた体が地面を動き他の体だったモノと合流。そしてそこから更に動いてまた別の体だったモノと合流する。それはまるでスライムが粘液を垂らしながら地面を動いているかのような何とも言えない光景だった。


(リバークロス様。あれを)


 アクエロの思念が示す方向に目をやると、既にかなりの数になった骸骨、そのうちの一体が群れから離れるように俺達に背を向け遠ざかっていく。


「まさか…」


 そう思い追いかけようと一歩踏み出した瞬間だった。足下から信じられないような高密度の魔力が発生したのは。


「な!?」


 まさかと思い足下、いや周囲を見渡せば、いつの間にかスライムのように動いていた元アナラパルの体はとっくに動きを止めており、代わりに地面に一つの魔法陣を完成させていた。


 おいおい、なんて器用なことを。いやそれよりも問題はーー


「まさかこの魔力。第一級だと?」

「リバークロス様! 防御を!!」


 滅多に聞かないアクエロの怒鳴り声。それに合わせて周囲の骸骨達も俺を守ろうとこちらに駆けてくる。だが駄目だ間に合わない。まさか第一級魔法まで罠化出来るとは。俺自身が第一級魔法を扱えるからこそ信じられん。例えブービーだろうが魔将の一人。ほんの少しでも侮ってよい相手ではなかったのだ。

 光が俺を包む直前、一人俺達から離れていった骸骨の姿が一瞬だけブレたかと思えば、次の瞬間には骸骨はアナラパルの姿へと早替わりしていた。


 目が合う。これが年期の違いだと言わんばかりにアイツは嗤っていた。


「テメェ…」


 俺の言葉が文章かたちになるよりも早く、第一級魔法という途方もないエネルギーの塊が俺の体を襲うのだった。

 

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