眷属化と八つ当たり
「け、眷属だと?」
儂の提案に隠しきれない嫌悪に顔を歪める勇者。一方賢者はーー
「喜んで」
心底から嬉しそうに目を輝かせながら即答する。ふむ。賢者の方は問題なさそうじゃが、問題は勇者じゃな。
「嫌なのか?」
「そ、それは……」
儂の問いに勇者は答えにくそうに顔を背ける。
さすがに何でもするとは言いつつも簡単に人であることを捨てることはできんか。まぁある意味当然の反応じゃな。
「私は嬉しいです。是非私をリバークロス様の眷属にしてください」
人とエルフの違いか、賢者の方はむしろグイグイきよるの。
「マーレ。お前……」
「ギンカ。こんなにありがたいお話はない。是非受けるべき」
「ありがたい。だと?」
ギり、っと勇者の歯軋りが大きく鳴る。
「このままでは私達の末路はどう転んでも悲惨の一言。でもリバークロス様の眷属になれれば話は変わってくる。人間やエルフの奴隷という立場から、魔王の息子の眷属へとなる。この意味が分かる?」
「お前こそ分かっているのか!? それは人間やエルフを完全に裏切ると言うことなんだぞ」
あの、勇者さんや? いくら結界を張っておるとは言えもう少し声を落としていただけると嬉しいのじゃが。
「それこそ今さら。ギンカはどうか知らないけど、私はダークエルフになった時点で裏切り者。もう天族の側にはいられない。そして自ら進んで死ぬつもりもない。ギンカは死にたいの?」
「俺は……」
勇者の視線は息子に向かう。あるいは息子という存在がなければ勇者は自死を選んでいたかもしれんの。
「息子を助けたいのならここでリバークロス様の提案を蹴るのは愚かとしか言い様がない。つまりギンカの行動は中途半端。貴方らしくもない。自分の望む全てを手に出来るのは強者のみ。そうでない者は自らの力量で選べる範囲で足掻くしかない。貴方のせいで私まで立場が危なくなる。駄々をこねるくらいなら潔く死んでほしい」
「マ、マーレ。お前……いや、そうだな。お前の…言う通りだ」
賢者の過激な言葉にショックを受けながらも、何とか理性的な判断を下す勇者。感情を読み取れる悪魔の力が勇者の中で渦巻く凄まじい葛藤を教えてくれた。
ギンカは儂に向かって頭を下げた。
「すまなかった。いや、すみませんでしたリバークロス…様。眷属のお話、是非受けさせてください」
はい。儂、悪の大王決定~。良いことしてるはずなのに、この罪悪感の半端なさよ。ああ、もう帰りたい。帰ってマイシスターやアクエロちゃんとほのぼのトークをしていたい。
無論、そんな現実逃避を実行に移すわけにもいかず、儂はいかにも悪魔っぽい顔で頷いて見せた。
「良いだろう。ではお前たちの全てを差し出して貰うぞ」
「分かっている。お前に……いえ、リバークロス様に永遠の忠誠を」
「リバークロス様に永遠の忠誠を」
跪く勇者と賢者。そうして契約はなった(半ギレ)。まずは眷属化が比較的簡単そうな賢者……えーと確かマーレじゃったの。マーレから行うことにした。つまりはこのマーレがアクエロちゃんを除いた儂の一番最初の眷属ということになるの。
儂は儂の魔力を込めた血をマーレの心臓に注入していく。すると多少の抵抗くらいあるかと思うたが驚くほどすんなりと眷属化が終了しおった。
それと同時にマーレの瞳と髪が完全な黒色に変わる。ダークエルフというくらいじゃからてっきり肌も黒くなるかと思えばそんなこともなく、代わりに少し身長が伸び、妖艶さが増した。胸も心なし成長しておるようじゃ。
「凄い。力が溢れる。ウフフ。これが新しい私。ありがとうございます、リバークロス様。この力を持って必ずや貴方様のお役に立ってご覧にいれましょう」
「お、お姉ちゃん」
マーレ妹がものすごく悲しそうな顔をしておるが、そんな顔をされてもどうしようもない。それに眷属化はマーレも言っておったが魔王城で生きていく上で、必ずこの者達のプラスとなるはずじゃ。
儂としてももっと人としての気持ちに配慮してやりたいのは山々じゃが、マーレも言っておったが自分の望む全てを手に出来るのは強者のみ。そして強者や弱者など相対的なものに過ぎん。魔族全てを敵に回してまでこやつ等を守ってやることはできんし、またそこまでの義理もない。これが今の儂にできる精一杯。そう精一杯なんじゃ。だからそんな複雑そうな視線をこちらに向けるのはやめるのじゃマーレ妹よ。
「次はお前だ勇者。いや、ギンカ」
「分かって…ます」
ギンカは一度自分の体を強く抱き締めると次に諦めたように腕から力を抜いた。なんだかなー。まるで女性に無理矢理迫っておるかのようで気分が悪いんじゃが。
「お袋」
「安心しろ。お前を一人残したりはしない」
あまり時間をかけると少年がまた噛みついてきそうじゃったし、何よりも儂のストレスがマッハなので、さっさと眷属化を始めたのじゃがーー
「ぐ、ああ」
メッチャ抵抗が激しい。儂への忠誠を口にしたところでやはりその本心は魔族への敵意と嫌悪に満ちておるようじゃ。下手をすればこのまま死にそうじゃの。ええい。世話が焼ける。
「息子がどうなっても良いのか?」
儂はまさに悪魔そのままに、ギンカの耳元で囁いた。そしてその一言が決定打となる。抵抗がピタリと止まり、その隙にギンカの全身を儂の血と魔力が侵していく。そしてーー
「成功だな」
「ありがとう……ございます」
言葉とは裏腹にメッチャ睨んでくるギンカ。まったく、こんなに貰って嬉しくないありがとうも珍しいの。
何はともあれ眷属化は無事に終了じゃ。エルフと違い人間のギンカは完全な『魔』になるのに時間が必要じゃが、それでも既に半魔と言って良い状態。この調子なら完全な魔族になるのにそう時間もかかるまい。
儂はギンカの息が整うのを見計らって最初の命令を下す。
「さて、ではさっそくお前たちに命じる。俺が戦っている間、そこの二人を死守せよ」
「「仰せのままに、リバークロス様」」
おお、まるで練習したかのように息ピッタリではないか。そしてその後ろで儂を見る少年少女の目も全く同じじゃの。うん、あの道端の塵を見るかのごとき白い目。ぶっちゃっけ、儂が二百歳未満の時だったらこいつら絶対見捨てるの。
儂は溜め息を一つ吐くと結界を解き魔将と向き合った。
「待たせたな」
「驚いたよ。何をするかと思えば人間なんぞを眷属にするとは。……正気かい?」
結界は声を遮断するだけなので中の様子はバッチリ見られていた。まぁそれはこやつ等は儂のモノと言うことを示して、他の者に対する牽制も含んでおるので別に良いのじゃがの。
「俺の物を壊されたら堪らないからな」
そう言って儂は肩をすくめて見せた。
大体こやつが一対一を認めんから眷属化などと言う手段を使うことになって、儂へのヘイトがとどまる所を知らんのじゃろうが。
「ああ。そうかい。ならせいぜい守ってやるんだね」
なのにこの悪びれない態度。儂はゆっくりと魔力を練り始めた。
「別にお前に恨みはないが……」
まったく今日ほど最悪の日はない。これまではスリリングながらも気ままな日々じゃったのに、何故急に魔族との板挟みになりながらも人間の守護者的なことをせなあかんのじゃろうか?
儂の気持ちに呼応するように魔力が吹き荒れる。
「ほう。さすがは魔王様の子と言ったところだね」
そうは言いつつも魔将の顔に浮かぶのは余裕の笑み。番外と言われようとも魔王軍最高幹部は伊達ではないと言うことじゃろうな。
だが今日に限ってはその事実がとても嬉しい。
「このすさんだ気分を晴らすため、八つ当たりさせて貰うぜ」
そうして今日の最悪の出来事を魔将への勝利という結果で塗り替える為、儂は魔王軍最高幹部魔将十一位へと挑むのじゃった。