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再会と挑発

 人間とは思えん魔力を発しながらこちらへ突っ込んでくる勇者。解体場に乱入する直前、警備の魔族が王妃達のことをドラゴンに例えておったがとんでもない。勇者(こやつ)こそ天族が創りし最強のドラゴンじゃ。


 もしも野生(せんじょう)で出会っていたなら人間ながら油断ならぬ相手であったろう。


「もっとも、既に牙の抜かれた獣だがな」


 ほんの少しの憐憫を抱いて儂は呟いた。直後ーー


「ぐ、あああ!?」


 勇者の身を縛る魔法具の力が発動し、勇者は悶絶しながらその場に倒れるーーかと思いきや。


「こ、こんなものぉおー」


 お、おおー? 耐えおったぞ? マイマザーが付けた、恐らくは最高品質の魔法具。そして最強レベルに近いであろう闇妖精が居るはずのその(ちから)みに。全身を震わせ、口から泡を、両目から血の涙を流しながらも耐えおった。


「た、例え勇者として失格でも、母親としての誇りだけは、う、う、うううう、うしなわ、ひひ、ひー!?」


 ヤバイ。ヤバイ。ヤバイくらいにヤバイことになっておる。ええい。もう周囲の目に構っておる場合ではない。儂は勇者の首につけられた魔法具を睨み、言った。


「やめろ!」


 瞬間、勇者を苛んでいた力がふと消える。魔法具に居るであろう闇妖精が儂の命令に従った結果じゃ。


「が、ああ」


 痛みと快楽から解放された勇者はたまらずその場に膝をつく。精神が壊れるギリギリまで追い込まれたはずじゃが、しかしその手はいまだに強く槍を握りしめておった。いかんのこれ。体力が少しでも回復しようものなら、すぐに飛びかかって来そうじゃ。


 何はともあれ、まずは誤解を解かねばな。


「お前の息子なら心配ない。この通りだ」


 儂は魔力式念動力を使って少年を手元へと引き寄せた。


「あ、駄目」


 その際に少年の治療をしていた賢者妹が慌てて少年にすがり付こうとするが、儂の魔力で賢者妹の方も止める。だから何もしやせんわい。仕方ないとは言え、あまりの信頼度の低さに泣きたくなるわ。


 案の定、勇者(ははおや)からも大ブーイング。


「は、放せ。私の息子を放せこの悪魔が」

「黙ってみてろ」


 若干イラッとする。いや、落ち着け儂。これは仕方のない反応なんじゃ。儂は悪魔じゃし、それを抜きにしても人間(こやつら)とは戦争をしとるのじゃから、何かする度にいちいちビビられたり、警戒されたりするのは自然の反応。そう、つまりは問題はナッシングなのじゃ。


 そうやって心を落ち着けた儂は少年の傷を直してやる。賢者妹が殆んど治しておったので詠唱は必要ない。息を吸って吐く程度の時間で完全に治癒させてやった。


「ヘイツ? ハァハァ……ゴホゴホ。へ、ヘイツ」


 勇者の呼び掛けに、しかし少年は応えない。目を覚まさずにグースカ寝とる。まったく、もとはと言えばこの小僧が余計なことをしたせいで貯まらなくていい儂へのヘイトがうなぎ登りなんじゃろうが。そう考えると少し腹立ってきたの。


「さっさと起きろ」

「がああ!?」


 軽い電流を流してやるとようやく少年は目を覚ました。また暴れられても叶わんのですぐに勇者の方へと放る。


「へ、ヘイツ」


 勇者はすぐ側に飛ばされてきた息子を抱き締めようとするが、差し出した手を何故か怯えるように引っ込めおった。はて? どうしたんじゃろうか?


「お袋?」


 そんな勇者の反応に儂だけではなく少年も訝しげな顔をする。勇者は少年の視線から逃れるように顔を背けた。


「すまない。俺はもうお前に会わせる顔がない。絶対守ると誓ったのに。負けて捕らえられ、心までへしおられた。俺はもう魔王……様には逆らえない。……すまない。本当にすまない」


 そう言って勇者は息子に対して土下座した。え? なにこの空気? 儂こう言うの苦手なんじゃが席はずしてもいいじゃろうか?


「馬鹿野郎! 何でお袋が頭を下げるんだ!?」


 儂が退散しようか悩んでおると、少年が勇者の肩を掴み顔を無理矢理上げさせた。


「あんたは格好いいよ。あんな化け物に立ち向かって、負けて酷い目に合って、それでも息子の俺だけはと必死に戦うお袋は格好いい。誰が蔑もうが、これからお袋がどんな醜態を晒そうが、俺にとっての勇者はお袋、あんただけだ。アンタが俺の勇者だ。だからこれから先、誰に頭下げることになっても俺にだけは下げないでくれ。こんなになってもまだ俺の為に戦ってくれるアンタを、俺は絶対見捨てない」


 そう言って強く勇者(ははおや)を抱き締める少年。勇者の瞳から涙があふれ何度も開閉を繰り返した口は結局言葉を紡ぐことはなく、ただその代わり力一杯息子を抱き締め返した。


 うーむ。良くできた親子じゃのう。儂もマイマザーのことは尊敬しておるがこんな関係にはなれそうにないの。ちょっとジェラシー……は感じんの。ただ少しだけホッコリしたわい。


「あの、お姉ちゃん…だよね?」


 おお、こっちでも感動の再会が? どうせ儂嫌われものじゃし、こうなったら人のドラマを見てストレス解消じゃな。


「見れば分かるでしょ」

「う、うん。そう……だね」


 おや? なんかこっちはぎこちないの。ひょっとして仲が悪いんじゃろうか?


「魔に堕ち……ううん。反転しちゃったんだね」

「それも見れば分かる話。本題はなに?」


 素っ気ない。素っ気なさすぎじゃぞ、賢者よ。


「本題なんて、ただお姉ちゃんが無事なことが私は嬉しくて」

「魔王様に散々体を弄ばれた。それでも良かったと?」


 えーと。その。家の母親がとんだご迷惑をお掛けして申し訳ありません。……などと心の中で謝っても無意味じゃよな。はー。どうして世の中に戦争なんてあるんじゃろうか。全部戦争のせいじゃな。うん。きっとそうじゃな。


「そんなことない。そんなこと思うはずないよ。ただ私は……」


 言葉が出てこない様子の賢者妹。分かる。分かるぞ。儂も同じじゃ。そもそも謝ってすむ問題でもないしの。うう。気のせいか悪魔の体なのに胃が痛い。


「一つだけ言っておく」

「なに?」


 ふむ。何かの?


「反転した者のことは知識で知っているはず。私もその例外ではない」

「そ、それってつまり……」

「もう姉とは思わない方がいい。貴方を妹と認識出来ても、心がそれについてこない。今までのように私に接していたらきっと貴方は酷い目にあう。それを忘れないで。……これが姉としての最後の忠告」


 そう言うと賢者は賢者妹を置いてこちらにやって来た。なんじゃ感動の再開はなしか。……って、何でこっちにやって来るんじゃ?


「リバークロス様。お初にお目にかかります。マーレ・エルシアと申します。どうか私を貴方様の配下の末席へとお加えください。必ずやお役に立ってご覧にいれます」


 恭しく頭を垂れるとその場に跪く賢者。その言葉に嘘どころか葛藤すらなく、本気で儂の配下になりたがっておるようじゃ。種族が変わるとはこういうことなんじゃろうな、きっと。


「お、おう。よろしく」

「はい。よろしくお願い致します」


 そう言って顔を上げた賢者はほんの微かに微笑んだ。おおう。アクエロちゃんと同じで表情の変化に乏しい者が突然笑うとインパクトあるの。こ、これが儂の配下? つまり儂の好きに……は? い、いかん。紳士、紳士になるんじゃ儂。立場を利用して女を抱いたところで、多分、きっと、恐らくは楽しくない……かもしれない。 い、いや違うぞ儂。そもそも今はそんなことを考えておる場合ではない。


 エロに傾きかけた心を儂が元に戻そうと頑張っておると現実の方からお声が掛かりおった。


「リバークロス様よ。そろそろいいかい? いい加減こっちとら待ちくたびれてるんだかね」


 魔将がマイマザーに向けるのとはまったく違う口調で話かけてきたのじゃ。その言葉に人間勢に緊張感が戻った。


「ヘイツ、俺の後ろに隠れてろ。今度こそお前だけは守って見せる」

「馬鹿を言うなお袋。これからは俺がアンタを守ってやる」


 槍と折れた剣を構える勇者親子。ふーむ。どうしたものか。当初の予定では子供組を引っ込めて勇者と賢者の三人で戦うつもりだったんじゃが、あんなドラマを見せられた後では死亡率が高そうな戦いに参加させにくいの。


「ちょっといいか?」


 良心が痛むので儂は少しだけ頑張ってみることにした。


「何だい? まさか魔王様の子ともあろう者が怖くなって止めたいなんて言わないだろうね?」


 魔将は小馬鹿にするかのように鼻で笑う。

 うわー。この態度。絶対マイマザーの煽りを気にしとるの。まったく大人げない。


「いや、そうじゃなくてだな。俺は多分お前より強いので一対一で戦わないか? そう提案したかったんだよ」


 言った瞬間、周囲の魔族から小さなざわめきが起こり、殺気まで飛んできた。殺気を放ったのはパッと見、獣人族じゃな。やはり魔将ともなると人望も厚いようじゃ。挑発は早計じゃったろうか?


「ほ、ほう。面白いことを言うね」


 魔将は儂の言葉に一見落ち着いて応える。しかしアナラパルさんや? 必死に平静を取り繕っておるところ悪いんじゃが、頬が痙攣して全然笑えておらんぞ。あとこめかみに血管浮かせすぎじゃ。


「だが駄目だね。余興は一対五でやる。これは決定だよ」


 うーむ。何かこれ、挑発でいけそうな気がするの。


「怖いのか?」

「何だと?」


 あ、釣れた。


「負けたときの言い訳が欲しいんだろ? 魔将と言えども所詮は獣人か」

「き、貴様。アタイのみならず獣人のことまで……。言わせておけば。いいだ……」


 よし乗った。何かつい獣人を敵に回しかねない発言をしてしもうた気もするが、それは……うん。もういいや。どうせ儂嫌われものじゃし。悪魔じゃし。 

 とにかくこれで目的達成じゃ。そう思った瞬間信じられないような巨大な魔力の波動が儂等を襲った。視線を向ければそこはあの魔将が出で来た窓。つまりはーー


「こ、これが王か」


 アカンわこれ。ちょっとなめてたかも。今からでも獣人好きをアピールするべきじゃろうか?


「やはり駄目だな。決闘は一対五だ」


 儂が悩んでおるとすっかりと冷静さを取り戻した魔将がそう断言した。

 うーむ。今の一連の流れから察するにどうやら獣人族の王は勇者達の血をご所望のようじゃの。


「分かった。だが少しだけ時間を貰おう。それくらい良いだろう?」

「別にアタイは構わないが」 

 

 アナラパルはマイマザーへと視線を向けた。


「妾は構わんぞ。待つのも一興。訪れる結果(せつな)に想いを馳せる楽しき一時よ」


「「ありがとうございます。魔王様」」


 儂等はともにマイマザーへと頭を下げた。そしてすぐに人間勢を集めるのじゃが、賢者意外の視線が痛いんじゃよな。勇者親子、特に少年は好きあらば儂を殺そうとしとるし。賢者妹は姉の様子が気になって心ここに在らずと言った様子じゃし。こやつ等自分達の状況分かっとるんじゃろうか?


 儂は周囲に結界を張り、盗み聞きを防いだ。


「始めに言っておく。お前等このままだと殺されるぞ」


 少年少女にではなく大人組へと話し掛ける。


「獣人に……狙われてる?」


 先程のやり取りで状況を察したらしい賢者が呟いた。まぁここは魔族だらけなんじゃから自分達が恨みを買っている自覚くらいは、さすがにあるのじゃろうな。


「何か特別な因縁でもあるのか?」

「ない……です。ただ昔から獣人と人間の間には問題が多いので、それが原因かと」

「問題?」

「獣人の毛や牙は使い道が多いですから」

「ああ、なるほど。そう言う……あれね」


 あかん。これは思ったよりもずっと因縁の深い問題かもしれん。今後儂が人間を保護した場合、獣人と敵対することになりかねんの。


「獣共に俺の息子は殺させない」

「意気込みは分かったが、今後、魔王城(ここ)で獣人を挑発する類いの発言はやめろ。いいな?」


 儂はそう言って勇者を睨み付けた。それはもうかなりマジに睨んだ。勇者は反射的に睨み返そうとしてきたが、儂の視線が一瞬だけ少年に向くと大人しく引き下がった。


「くっ。…………分かった」


 悔しそうに俯く勇者。最初見たときはてっきり反抗心なんて完全に折れたのかと思えば、マイマザー以外にはまだまだ噛みつきそうじゃの。元気なのはいいが頼むから儂の立場をこれ以上悪くせんでくれよ。


「正直に答えてくれ。あそこにいる獣人と戦ってどれくらい持つ?」


 儂は一番話が通じそうな賢者へと問いかける。賢者は魔将に視線を向けた。


「私とギンカの二人がかりで五分……です」

「五分か。悪くないな」


 それだけ持つなら儂が戦ってこやつ等は隅の方に避難させておけば良いのではないじゃろうか?


「ただし。それはこちらから仕掛けた場合です。もしも向こうから全力で攻撃してきた場合、状況次第では瞬殺の可能性も」

「む? うーむ。そうか。それなら……」


 やはりこれしかないかの。


「お前達、生き残るためなら何でもするか?」

「当然」

「この子が助かるなら、俺の全てをくれてやる」


 二人はそれぞれ即答してきた。その言葉が真実なのは悪魔の嘘を見破る力で確認済みじゃ。これなら……いけるかの?


 儂は一つ頷くと二人に宣言した。


「良いだろう。ならお前達、俺の眷族となれ」


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