表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/132

因果応報?

 試練の間へと降り立ってきたのは少年が持つ大剣よりもさらに大きな大剣を背負った長身の女じゃった。

 肩が露出した鎧を着ており、鍛え上げられ盛り上がった筋肉とお尻から生えておる虎の尻尾、それに女傭兵と同じように全身に刻まれた傷が印象的じゃ。身に纏う気配は並の魔族など及びもつかない程に強い。強いのじゃがーー


「……王じゃない?」


 目の前の相手は強者。それは間違いないのじゃが、正直言って実力主義の魔族の世界においてその種族を代表する王たる力を持っているかと問われれば首を傾げずにはおれん。


 長身女は一瞬だけ儂に視線を投げると、すぐにマイマザーに向かって頭を垂れた。


「拝謁の栄誉、有り難く存じます魔王様」

「良い良い。それで? 待ったをかけたのはお主の意思か? アナラパル。それともーー」

「我が王の意思です」

「ほう、獣人族の王の意見ともなれば妾も聞かんわけにはいかんじゃろうな」


 マイマザーが楽しそうにアナラパルが出てきた窓に視線を送る。恐らくはそこに居るのじゃろうな。全ての獣人を統べる王が。それにしてもアナラパル。確かアクエロちゃんの覚えておいた方が良いリストに乗っておったの。魔将十三位。それは魔王軍最高幹部のブービーを意味する。とは言えやはり魔将なんじゃから強いことに変わりはないがの。


「ありがとうございます。我が王は魔王様がリバークロス様のために用意された余興がこんな形で台無しにされるのを見るのは忍びなく、それならば我ら獣人族が微力ながら余興の代わりを務めてみせようと仰られております。不躾とは存じますがどうかご一考頂けないでしょうか?」


 ぬぎゃー? 何を言っとるんじゃ? それってつまり余興に格好つけて儂を虐めようと、そういうことかの? いたいけな十三歳に王たる者が何と大人げない。


 そこで儂は思い出す。マイマザー反発派。つまり魔王であるマイマザーに心からの忠誠を誓ってはおらず、隙を見せれば反旗を翻す可能性が高い者達。中でも獣人は傭兵気質で損得感情が強く、互いの利益が上手く噛み合っているときは心配いらないが、そうでないなら平気で牙を向けてくる要注意種族とのことじゃ。


「おお。妾のために力を尽くすその姿勢、獣人族の忠義にはいつも頭の下がる思いじゃ」


 無論マイマザーがその事を知らぬはずがないのに、相手の言葉を額面通りに受け取ったかのような発言をする。うーむ。こういうところを見るとマイマザーもちゃんと為政者やっとるのだと感心するの。


「それで? 具体的には何を見せてくれるのじゃ?」

「はい。私とリバークロス様の対決などいかがでしょうか?」


 は? それ余興というレベルではなかろう。獣人の王は一体何を考えておるのじゃ?


「ほう。魔将であるそなたとか?」

「はい。勿論リバークロス様の資質がいくら素晴らしいと言えどもまだお若く、さすがに一魔ではこの余興は成り立たないでしょう。ですのでそこの勇者と賢者、後はそちらの奴隷も入れて一対五の戦いなどいかがでしょうか? きっと見ごたえのある余興となりましょう。勿論戦いですから死傷者が出るやもしれませんが、それも含めて楽しめるかと」


 マイマザーへの嫌がらせか、あるいは勇者に恨みがあるのかは知らんが、恐らく余興に格好つけて勇者達を殺す気じゃな。いや、考えたくはないのじゃが場合によっては儂もターゲットかもしれん。しかしそんな狙いが見え透いた提案、マイマザーが許すはずがーー


「ほう。よいな、それ。面白そうじゃ」


 乗り気ですか。そうですか。しかし困ったの。人間達を庇いながら魔将と戦うのは少々と言うかかなりキツイんじゃが。


「お母様。そのお話、少しお待ち頂けませんか」


 儂が四面楚歌になりつつある状況に悩んでおると、客席から炎を従えた女神ならぬ悪魔が舞い降りた。


「おお、妾の可愛いエグリナラシアよ。どうしたのじゃ? そんなに鼻息を荒くして。しかし怒った顔もお主は美しいの。さすがは妾の娘じゃ」

「お母様。リバークロスは十三歳になったばかりですわ。たった一魔で魔将と戦うなんて馬鹿げていますわ」


 おお! 流石はマイシスターじゃ。儂のためにマイマザーに意見してくれるとは感動じゃて。まぁ儂、何の因果かもう魔将とは結構戦っておるのじゃが、そこは棚に上げておこう。


「一魔ではない。こやつらも一緒じゃ」


 勇者と賢者を指差すマイマザー。しかしマイシスターはそれでは駄目だとばかりに首を横に振った。


「人間など幾ら居ても物の数ではありませんわ」


 断言するマイシスター。確かにこの場にいる四人の人間よりもマイシスターの方が圧倒的に強いじゃろうが、あそこにおる賢者と勇者は決して侮って良い相手ではないと思うがの。マイシスターのこういうところ、本当に不安じゃて。


「ふむ。では妾の可愛いエグリナラシアよ、お主はどうして欲しいのじゃ?」

「簡単ですわ。私とお兄様も……あ、あら? お兄様? お兄様はどちらに? …………私もリバークロスと共に戦う許可をくださいまし」


 おお。ナイスじゃマイシスターよ。昔は一緒にシャールエルナールにボコボコにされたが成長した今なら二人揃えば魔将にも迫れるはずじゃ。そしてマイブラザーよ、相変わらず逃げ足が早いの。可愛い弟と妹を平気で見捨てるとは、マイブラザーマジ悪魔。


「魔王様、私は構いませんよ」


 そして一番の問題であった当事者(ましょう)も許可をだした。クックック。無知とは怖いのう。マイシスターの馬鹿げた魔力(ちから)を知らぬと見える。儂とマイシスターが組めば魔将最下位くらいどうと言うこともない……わけでもないが倒せないこともないはずじゃ。


「ふむ。妾の可愛いエグリナラシアよ、お主の言い分はよう分かった」

「では認めていただけますのね?」


 マイシスターが満面の笑みを浮かる。勿論儂も浮かべる。クックック。勝った。と思うたのじゃがマイマザーは一つ頷くとーー


「いや、却下じゃ」


 そう言った。


「ホワイ?」


 思わずツッコム儂。マイマザーはそんな儂をキョトンとした顔で見つめた後、肩を揺らして笑った。


「何故ですの?」


 しかしマイシスターは笑えなかったようじゃ。勿論儂も笑えん。理由を、理由をプリーズじゃマイマザー。


「簡単な話じゃ。アナラパルの話を最初に聞いた時、そこにはどうなるか分からん余興としての楽しみがあった。しかしエグリナラシアよ。お主の話にはその魅力がない」

「ど、どう言うことでしょうか? お母様」

「簡単な話じゃ。いかに魔将といえども所詮は番外。お主ら二魔を同時に相手にするのは難しいと言うことじゃよ」


 ここで初めて周囲の魔族から分かりやすいざわめきが起こった。


「お待ちください魔王様。それではまるで私がいかに魔王様の子とは言え、この成人したばかりの二魔に敵わないように聞こえるのですが」

「そう言ったつもりじゃが。何か可笑しかったかの?」

「なっ!? い、いえ。何も……何も可笑しくはありません」


 魔将は俯くとここまで聞こえてきそうなほど強く拳を握りしめた。


「今回の盾の国攻略で十一位と十二位が死に十三位のお主が十一位へと繰り上がったが、十指に入らん魔将は死にやすくて敵わん。余興も良いがリバークロスよ。妾の臣を出来れば殺さないでやっておくれ」


 ひー。超煽ってる。マイマザーこれ、絶対確信犯じゃろ。獣人と仲、超悪いじゃろ。そしてこちらを見る魔将の目が超怖いんじゃが。


 超超づくしに儂が(おのの)いておると、マイマザーが手を叩いた。


「さて、ではこの者達に準備をさせる故、皆の者暫し待つがよい。エラノロカ」

「はい。魔王様」


 エラノロカはマイマザーに頭を下げると勇者と賢者をひょいと持ち上げてバルコニーから姿を消した。恐らくは少年少女に与えたのと同様二人にそれぞれ魔法具を与えるのじゃろうな。


 場に満ちていた緊張感が少し薄れ、弛緩した空気が流れる。そこへマイマザーに要求を断られたマイシスターがやってきた。


「……困りましたわ。困りましたわ。まさかこんなことになるなんて。リバークロス。勝算はありますの?」

「どうかな。幸い今日…というかもう昨日だけど、昨日戦った魔将に比べると劣るようだし、一応は一魔ではないしね」

「人間の一人や二人がなんだと言うのですの?」

「いや、人間も捨てたものではないと思うよ」 

「だと良いのですけど。……貴様等! いつまで呆けているつもりだ!? さっさとこちらへ来い!」


 マイシスターが余所行きの怖い表情を浮かべる。ふーむ。美人に成長したお陰で昔よりも迫力があるの。


「だ、黙れ悪魔が」


 マイシスターの一喝にビビりながらも少年が敵愾心剥き出しで睨んできおった。まぁ当然の反応なんじゃが、これでは先が思いやられるの。


「黙ってヘイツ。……行くわよ」


 賢者妹が少年の手を取ってこちらへとやって来る。どうやら話は少年よりも賢者妹を通して進めた方が良さそうじゃの。


「反抗的な人間ですわね。……気に食わないですわ」


 あ、アカン。マイシスターの目付きがヤバイ感じになっておる。プライドが高いからあの少年のようなタイプとは馬が合わんのじゃろうな。ここに居られるとトラブルになりそうじゃ。……仕方ない。


「姉さん。俺は大丈夫だから姉さんは客席でのんびりしていてよ」

「ですが……」

「いいから。いいから。兄さん? 兄さんいるんだろ!?」


 何処かに居るはずのマイブラザーへと呼び掛ける。予想通り反応はすぐにあった。


「はいはい。分かってるよ。ほら、おいでエグリナラシア」

「あ、お兄様!? もう、いいこと? リバークロス。危なくなったらすぐに逃げるのですわよ」


 何処からともなく現れたマイブラザーがマイシスターの手を取って客席へと連れて行く。儂はそれを手を振りながら見送った。


「分かってるよ姉さん。安心して見ていて」


 とは言え、今回儂は逃げるつもりなど毛頭なく、何気に勝つ気満々じゃった。

 何せさすがにこう何度も魔将を名乗る者達にやられっぱなしでは、いい加減勝ちたくもなると言う話じゃ。それは人間だとか魔族だとか関係のない、元最強の現代魔術師としてのプライドの問題じゃ。


 今度こそ儂は魔将に勝つ。そのためにはーー


「さて、人間の君達に言っておくことがある」


 賢者妹と少年が側までやって来たのを見計らって声をかける。本来なら自己紹介とかをするんじゃろうが、どう取り繕っても儂が悪魔である以上この状況で仲良くなどなれるはずもない。ならば侮られるような態度は取らずに悪魔らしく上から目線で必要なことだけ命令しておくことにする。しかし将来有望そうな少年少女に毛嫌いされても悲しいので、せめてもの抵抗に口調だけは優しくしておくかの。


「……なんだ?」


 ここまで賢者妹に手を引かれてやって来た少年が慌てて賢者妹を自分の背に隠す。何時でも儂に斬りかかれるように全身に気と魔力が満ちていた。


「そんなに警戒する必要はない。あの魔将は俺が相手をするから君達はどこか隅っこで大人しくしていてくれないかな?」

「……何で悪魔が俺達を庇うようなことを言う?」


 うーむ。もう面倒なので人間に仲間意識を持っているから出来れば守ってあげたいんだよ。と言っても良いのではなかろうか? いやーー


 儂は腕を組んでこちらをジーと観察しておる魔将に目をやる。マイマザーの煽りもあるのじゃろうが、魔王の息子に対し敬意の欠片もないあの目。それに周囲の魔族からの視線も厳しいものがチラホラある。やはり当初の設定を崩すのは止めておいた方が良さそうじゃ。


「それは勿論、そこのエルフが欲しいからさ」


 ビクリと小さく震える賢者妹。少年の気が爆発し、魔力が殺意にまみれた。


「死にたいらしいな」


 直後、少年の剣が儂の首めがけて振るわれる。まったく何をやっておるのか。

 この状況で彼女を守ろうとする態度は同じ男として好感を持てるが、若さの為せる業なのか、あまりにも短絡すぎじゃ。万が一この一振りで儂を殺れてもその後どうするつもりなんじゃ。彼女共々殺されて終わりじゃぞ。そしてなによりもーー


「遅い」


 思わず呟くほどその一降りは遅かった。いや人間の、それも十代と言う年齢を考慮すればむしろ速いのかもしれんが、上級魔族の動体視力の前では止まって見えるわ。


 儂が憐れみとも呆れともつかない感情を抱いておると、ようやく刃がやって来たので儂はそれを指で挟んで止めた。


「な!?」


 驚愕に目を見開く少年。うーむ。さすがにここまで力の差があると何か可愛そうになってくるの。いや、戦いの場においてこの手の感情は禁物じゃ。


 儂はそのまま指で少年の剣を潰すと、少年の腹を優しく撫でた。するとーー


「おげーー」


 血や吐瀉物をぶちまける少年。あかん。周囲にお偉いさんが沢山おるので吹き飛ばさずに内蔵に少しダメージを与える方法をとったのじゃが、少年の体が思った以上に柔じゃった。急いで回復魔法をかけてやりたいが斬りつけられた儂が慌てて回復魔法をかけるのはいらん誤解(まぁ誤解じゃないんじゃが)を招きそうじゃの。故にここは賢者妹を信じることにした。


「ヘイツ!? もう、馬鹿! しっかりして」


 少年に駆け寄る賢者妹。大丈夫。お主ならできる。さあ回復魔法で少年を救うのじゃ。


 儂は祈るような気持ちで賢者妹の一挙一足を見守った。


「良かった。これなら直せる」


 少年の容体を調べていた賢者妹はそう言って回復魔法を唱え出した。おお。良かった。回復魔法は何気に難しいのじゃがその年でもう扱えるとは、さすがは賢者妹じゃ。


 内心で安堵しつつも、儂は周囲の視線を気にして身分を弁えない愚か者を見下ろす冷たい上位者(あくま)を演じることにする。


「ふん。愚かなことを」


 儂が呟くと賢者妹がビクリと震え、それから大きく息を吸い込むとゆっくりと吐き出した。

 うむ。非常事態に深呼吸は大事じゃな。儂が賢者妹の理性的な反応に感心しておると、賢者妹は覚悟完了しましたと言わんばかりの挑むような目を向けて来おった。


「お願いです。貴方の言うことを何でも聞きます。どんな命令にも決して逆らいません。ですからどうか彼だけは助けてください」


 ああ、うん。もうね、何て言うかね。自分の立場を悪くしてまで助けようとしておるのにこういう反応をされると、はいはい。儂が悪魔。儂が悪魔。世の中で起こってるすべての悪いことの元凶は儂ですよー。といいたい気分になるんじゃが。


 いやね、そりゃ勿論分かっておるよ? この二人から見たら儂はさぞや恐ろしい化け物なんじゃろうし、その誤解を儂の方が解こうとしていないのだから、そりゃこういう反応になるじゃろうさ。


 それでも、それでもあえて儂は一言言いたい。


「悪魔にだって心はあるんだ!」

「……は? いや、…え?」


 思ってもいなかったであろう儂の反応に賢者妹がどうして良いのか分からないと言った様子でフリーズする。

 ふう。言ってやったぞ。少しスッとしたの。


「いや、失礼。君の献身に胸を打たれたと言うことだよ。よろしい。君がそう言うのならその条件、飲んであげよう」

「あ、ありがとうございます」


 あれれー? 条件を飲んであげたのに賢者妹のこの複雑そうな顔はどうしたことか。

 なんかまるで儂が立場を利用して無理矢理寝取ったような嫌な気分なんじゃが。心配せんでもお主らの恋路を邪魔したりはせんわ。まぁ何にしろこれでこの二人を大人しくさせられるじゃろう。後は賢者と勇者を説得するだ…


「貴様ぁー。俺の息子に何をしたぁー!!」


 突然の怒声に振り返って見れば完全武装した勇者が憎悪に塗りつぶされた物凄い瞳で儂を睨んでおった。


 最近少し思うのじゃが自分でそうとは気付かなかっただけで、前世の儂って物凄い極悪人だったんじゃろうか? 人として良いことをしようとすればするほど、ど壷にはまっておる気がするんじゃが。


「死ね」


 そして黒い槍を構えた勇者が息子とは比べ物にならぬ速度で儂に襲いかかってきた。はは、もういや。ヘルプミーじゃ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ