心臓の譲渡
「や、やってしまった」
全身を炎に包まれているアクロエちゃんを見ながら儂は愕然と生まれ変わってからこれまでの人生を振り返った。ま、四日分しかないんじゃがね。
この世界の法律では悪意なく魔法で同族を丸焼きにした場合はどうなるんじゃろうか? 儂、0歳児じゃし、なんとかならんかの?
「って、考えてる場合じゃない。い、今助けるよアクエロちゃん」
いかん。いかん。あまりのことについ現実逃避をしてしもうた。儂が慌てて火を消そうと魔力を練ろうとしたその時ーー
「素晴らしい」
アクロエちゃんを包む炎が一斉に消え去った。後、アクロエちゃんの来てた服も消え去った。
「このアクロエ感服いたしました。お坊っちゃまこそ、私の生涯の主に相応しい。どうかこの私の心臓をお受け取り下さい」
「し、心臓?」
なんじゃろ? アクロエちゃんがやけにハイテンションな気がする。それにしても心臓を受けとるとは? あれか? 忠誠心的なやつなのじゃろうか?
「ちょっと。ちょっと。これはなんの騒ぎですか~?」
儂が内心で首を捻っておると悪魔焼身ボヤ騒ぎを聞き付けたエイナリンがやってきおった。エイナリンは波打つ金髪が眩しい美人で、アクロエちゃんと同じく儂付きとなった堕天使じゃ。
「そもそもアクロエちゃんは何で裸なんですかー? いくらお坊っちゃまが優秀でも子作りには早すぎますよ~」
確かに儂の息子が立派な一人立ちをするには、まだまだ時間が必要じゃろうて。
「いいところに来た。聞いて。聞いて」
無表情にピョンピョン跳ねるアクロエちゃん。凛とした雰囲気を纏う彼女が兎のように跳び跳ねるその姿はーー
「「超可愛い」」
「「ん?」」
目と目が合う儂とエイナリン。エイナリンはフッとニヒルな笑みを浮かべて、親指を立てた。
「気が合いますねお坊っちゃま」
「エイナリンこそ、若いのに中々見所があるね」
「またまた。0歳児が何言ってんですかー? 大人舐めてるんですかー? そんな悪い子はお仕置きしちゃいますよ~」
そう言って、いつの間にか靴底の厚そうなブーツを脱いだエイナリンが儂の体を足で優しく押して床に倒す。そして儂の腹を足の指でこちょこちょしてきおった。
「エイナリン。お坊っちゃまに失礼」
「またまた~。アクロエちゃんも悪魔ならお坊っちゃまの感情が読み取れるでしょ? メッチャ喜んでるじゃないですか~」
そう言ってエイナリンが更に儂の腹を足の指でこちょこちょしてきた。な、何と言う屈辱。儂はこれでも三百年以上を生きた偉大な魔術師じゃ。それがこんな小娘に。く、悔しい。でも仕方ないのじゃ。この位置、黒いストッキングに包まれたエイナリンの足の付け根、普段はスカートに隠されているはずのその場所が丸見えなんじゃもん。儂だって男の子なんじゃもん。
「…確かに喜んでる」
ああ、止めて。そんな目で儂を見ないでアクロエちゃん。アクロエちゃんの無表情はこの状況だと凶器なのじゃ。今はその冷たい顔がダメなのじゃ~!
「ですよねー。天才と言う話ですけど、こっちの方も早熟のようです~」
「でもそれならば、私は今裸。どうですか? お坊っちゃま」
言いながらアクロエちゃんがエイナリンの横に並ぶ。うひょー。丸見え。丸見えじゃて! あっそ~れ、チッパイ最高! チッパイ最高!!
「うわーすごい喜んでますよ。この年でこの反応って、お坊っちゃまが大きくなったら私たち確実に孕まされちゃいますね~」
「それも私たちに与えられた指命。お坊っちゃまの子供ならきっとすごい悪魔になる」
「えー。何受け入れちゃってるんですか。やめてくださいよ。私まだ処女なんですけどー」
「私だってそう、だから選ばれた」
そ、そんな選考基準が? マイマザー、いや、魔王様。一生付いていきます。
「悪魔の親心です~。でもいくら魔王様の命でもそれだけは従えませんよ~。私を孕ませたかったら、お坊っちゃまが自力で頑張ってくださいねー」
エイナリンの足が腹から下に降りてくる。ダメじゃ~。そこはダメなんじゃー。
「好きにすると良い。私はリバークロス様に心臓を捧げると決めた」
「え? マジですか~? いくらなんでも決断早すぎです~。もう少し時間をおいてお坊っちゃまがどんな悪魔になるのかを確かめてからでも遅くはないですよー」
儂ならきっと将来は髭が似合う立派な魔術師になっておろうて。
「必要ない。お坊っちゃま…ううん。リバークロス様こそ私の主」
やはりどうもレバーを殴られる大男の姿が頭に浮かぶのう、その名前。などと、儂がまたどうでもいいことを考えておるとーー
「リバークロス様。私の心臓、貰って頂けますか?」
儂を抱えて同じ目の高さまで持ち上げたアクロエちゃんが真剣な表情でそう言ってきた。そんなこと言われても、正直何のこっちゃ? という感じなんじゃが、アクロエちゃんの真剣さに負けてつい頷いてしもうた。
「分かったよ。アクロエちゃんの心臓は僕がもらう」
「ありがとうございますお坊っちゃま」
ニコリと初めて無表情を崩したアクロエちゃん。超可愛い。そしてアクロエちゃんは儂をそっと下ろすと、何を思ったのか次の瞬間ーー
「セイ」
と言って自身の胸を手刀で貫いた。
「ええぇ~!?」
そう、まさにええぇ~である。とにかくええぇ~である。 え? これ儂が悪いの? 心臓あげると言うから、じゃあ頂戴と頷いちゃった儂が悪いの? 美人のお願いにノーと言えない儂が悪いの?
パニック。ただひたすらのパニックである。そしてそんな儂に構わずアクロエちゃんはそのまま心臓を引きずり出した。当然胸からはドパドパと血が流れてますね、はい。
「だ、大丈夫?」
絶賛ドン引き中の儂は何とかそれだけを口にする。そんな儂の口に向かってアクロエちゃんはーー
「せや」
と言いながら、心臓を突っ込んだ。
「んーー?」
ムリムリ~。そんな大きなの入らない。0歳児の口に入らないー。
しかし、嫌じゃ嫌じゃと暴れる儂に構わず、アクロエちゃんは儂を床に押し倒すと心臓や胸から血をドパドパ儂の体の上にこぼしながら、手に持った心臓を更に喉の奥に押し込んでくる。
あ、儂、もうダメじゃ。
そうして儂は白目を向いて意識を失う直前、自らの血にまみれてニコリと微笑むアクロエちゃんを見上げて思ったのじゃ。悪魔って怖いんだなーーと。そしてそこで儂の意識はプツリと途絶えた。