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嬉しくないマイマザーのプレゼント

 何時かはこういう日が来るとは思うておった。儂が転生を果たした今世の種族である悪魔は魔族の一員として人間の創造主である天族と争っているのじゃ。ならば当然人間と敵対するのも自然な流れじゃし、元の世界でも戦場で幾人もの同族をこの手にかけた経験がある。ましてや今の儂は人ではなく悪魔。人が動物を狩るように異種族を手にかけたところで、それは自然の摂理と言うものじゃろう。


「この二人を、ですか?」


 だからここでマイマザーに問いなおすことに意味はない。いや、むしろ命令に不服ありと取られかねん不味い態度じゃ。


「そうじゃ。どうした? 妾の可愛いリバークロス。何か問題でもあったか?」

「いえ、ただ……」


 儂は改めて目の前の少年と少女を見た。少年の方は銀色と言う人間にしては珍しい髪の色をしておる。恐らくは生まれもった強力な魔力の影響なんじゃろうが、若いのに鍛え込まれた体をしており、やや目付きは鋭いが将来はさぞや色男になるじゃろうな。少女の方は綺麗な青い髪と瞳、そして若いながらもよく育った胸の持ち主で、エルフの成長速度は知らぬが、きっと後十年か二十年も生きれば女の魅力に溢れた妖艶な美女に成長するに違いない。


「魔王様は人間とエルフ、それもこんな年端も行かないような連中が俺の相手に相応しいと?」


 まぁ、そんなこと言うても肉体の年齢だけで言うなら儂の方が年下なんじゃろうが、魔族と人間では成長速度も違うからの。と言うかなんで儂こんなこと言うとるんじゃろうか? 予定ではこれ以上悪目立ちをしないよう、マイマザーに忠実な所をアピールするつもりだったのに。


「ふふ。お主の言いたいことは良く分かるぞ。妾とて無論そのような者達がお主の相手になるとは思うてはおらん。言うたじゃろ? これは余興じゃ、余興。お主へ渡すプレゼントをより彩るためのな。エラノロカ」

「はい。魔王様」


 そうしてまたエラノロカが鈴を鳴らす。すると今度はマイマザーがおるバルコニーに鎖に繋がれた女が現れた。


「お、お袋」

「姉さん」


 少年と少女が連れて来られた女達を見て声を上げた。


 連れて来られた女は二人。一人は褐色の肌と銀色の髪の人間で、コルセットのような下着にロンググローブとニーソと言う格好をさせられている。首には鎖のついた首輪がつけられ、それをエラノロカの配下と思わしき悪魔が引いていた。


 もう一人は青い髪と瞳のエルフ。姉さんと呼ばれていたことからあの少女よりも年上なのじゃろううが、発育は妹に劣る。じゃが身に秘めた力はどちらも人間とは思えぬ程強く、あの王妃を凌駕していた。


「勇者第三位ギンカ・アイタス。確か『黒狼』とか呼ばれておったか?」


 マイマザーが問いかけたのはそのギンカ・アイタス本人。何気ない質問であったにも関わらず、ギンカはビクリと身体を震わせて視線を逸らした。


「は、はい。そ、そうだ。……です。魔王、様」


 美人だが一見気の強そうな見かけとは裏腹に、ギンカの体はマイマザーの質問一つで震え上がっていた。


「お、お袋?」


 そんな勇者の態度に少年が大きく動揺する。


「そしてこちらがエルフの賢者。名をマーレ……なんじゃったかの?」

「エルシア。マーレ・エルシアです。魔王様」


 答える声はしっかりとしておりそこに怯えの色はない。じゃがそれがそのままこのエルフの不屈の闘志を表しておるのかというと、そう言う訳でもない。賢者マーレの声音には魔族がマイマザーに向けるのと同じ感情がハッキリと浮かんでおった。


「……姉さん」


 少女が悲しそうに顔を伏せる。しかしこちらは少年とは違い大きな動揺はないように見える。恐らく可能性として考えておったのじゃろう。よく見れば賢者マーレの瞳は点滅するかのように時折黒へと変わり、青い髪の中には幾本か黒く染まったものが混じっていた。


 確かエルフの髪は基本的に金と緑と青の内どれかで、時折魔力の性質上変わった色のエルフが生まれることはあっても、黒い髪や瞳の者だけはいないと言う話じゃ。

 何故ならばエルフにとって瞳や髪が黒く染まるのは属性が反転した時のみ。つまり天に属する者から魔の眷族への変化を意味するのじゃ。


 あのエルフはもう半分ほど魔族の仲間となっており、完全に属性が変わるのも時間の問題じゃろうな。


「どうじゃ? リバークロス。元々は盾の王国を潰すついでに捕らえたのじゃが、昔から女好きだったお主のために妾がじきじきに調教してやったぞ。魔族の女ならお主なら望めばこれからいくらでも抱けるじゃろうから、ちと変わったものを用意してみた。嬉しかろう?」


 いえ、ドン引きです。ーーと、言えたらどれだけ良かったじゃろうか。


 身に付けておる下着などがやたらと高級感に溢れておるから若干悲惨さが薄れてはおるが、それでも人を鎖で繋ぎ、それを見せられるのは気分が悪い。


 しかしだからといってこの状況で胸糞の悪いことは止めてくれ。などと言えるはずもない。マイマザーに悪意はないのじゃ。そしてここにはマイマザーに心酔し、かつ儂が魔族にとって有益な存在となるか、あるいは魔族の害となるかを見極めに来ておる多くの魔族(おえらいさん)がおる。解体場の時と同じノリで動けばいかに魔王の子と言えども命に関わるじゃろうな。


「どうした? 何を固まっておる?」


 マイマザーが片目だけを大きく見開いて問いかけてくる。アカン。時間を掛けすぎた。悪魔に嘘は通じん。ここは言葉巧みに乗り切るしかない。


 かつて儂を修羅場へと導いた多くの愛人(こいびと)達よ。どうか儂にこの場を乗り切る弁舌の力を貸してくれ。


「いえ、少し驚いていました。確かに(悪い意味で)凄い贈り物だと思います。ですがすでに婚約者を始め、素晴らしい従者達と(名目上は)奴隷まで手に入れています。ここでそんな(色んな意味で)凄い二人を送られても面倒を見きれるか少し不安ですね」


 ふう。言い切った。咄嗟にしては中々じゃな。儂にその二人を押し付けるのは止めてよね。面倒を見切れないよ? と言った儂の意思はマイマザーにちゃんと伝わったじゃろうか?


 儂の言葉を聞いたマイマザーは一つ頷いた。


「なんじゃ。そんなことを心配しておったのか? 構わん。構わん。妾の贈り物だからと遠慮することはない。遊ぶだけ遊んで飽きたら捨てて良いぞ。ああ、その際は他に迷惑が掛からんようにキチンと処分するのじゃぞ? 妾としては捨てずに食べることを進める。これほどの魔力を待つ人族は滅多におらんからの、さぞ旨かろうな」


 そう言ってマイマザーは鎖を引き勇者と賢者を引き寄せた。そして大きく舌を出し、顎から額にかけて二人の顔をそれぞれ一度舐めた。マイマザーに唾液の線を引かれ唇をかんで耐える勇者と極力無表情を保ちながらも、頬が赤くなるのを止められない賢者。どちらにも共通するのはもはや完全に反抗心がへし折られておることじゃろうな。


 やれやれ。分かってはおったがマイマザーマジ悪魔。人間を何だと思っておるのじゃ? ……なんとも思ってないんじゃろうな、きっと。


「ほら、お主等も挨拶をせい。あれが妾の子で今日からお主等の主人じゃ」


 そうしてようやく二人の視線が儂を見て、ついで大きく見開かれた。ーー何じゃ?


「なっ!? 話が違うぞ。何だあの化け物は? 約束ではお前の息子はまだ十三歳でそれに私の子が勝てば子供達だけは解放してくれるのではなか……あ、あああ!?」


 突然ギンカとかいう勇者は全身を痙攣させ、その場に倒れこんだ。恐らくはフルウの時と同じ、あの首輪の効力じゃろうな。


「失礼なことを言うではない。妾は何一つ嘘をついてはおらん。妾の子、リバークロスは今日で十三歳。お主の子が勝てば約束通り解放するとも」

「……あれが十三歳」


 賢者の方が黒く染まった瞳で儂をじっと見てくる。何となく手を振って見たら小さく振り返してきた。うーむ。きっと魔族化の影響なんじゃろうが、勇者の方とは違いえらい順応しておるの。クールビューティー風なのにその可愛らしい仕草。こやつ中々やりおるな。


「む? おお。こやつが気に入ったか? リバークロス」

「ええ。まぁ」


 可愛いと思ったのは事実なので嘘ではない。


「そうか。そうか。では後で存分に楽しむがよい。しかしその前に余興と儀式が先じゃな。さて、リバークロスよ。そこの二人の血を持ってお主の『支配者の儀』を始めようではないか」

「ま、待て。私が、あ、あああ!?」


 うお、あの勇者大丈夫じゃろうか? ヤバイくらい泡吹いておるんじゃが。その上痛みと快楽を交互に与えられておるようで、色々と可愛そうなことになっておるんじゃが。


 しかしそれでも勇者はマイマザーの足元にしがみつく、その度に快楽と苦痛に苛まれ、喘ぎ、そして果てる。そういう仕様なのか勇者が着ておる下着は濡れておる部分が妙に目立つ。それでも勇者はマイマザーに懇願とも脅しとも取れる言葉をやめようとはしなかった。


 ……ヤバイの~。あんなガッツ見せられたら、たださえ少年少女と言うだけでやりにくいのに、この二人をサクッと出来なくなるではないか。


「へっ。何が魔王の子供だ。ようはでかいなりしたガキだろうが。俺がぶった斬ってやるぜ」


 そう言って大剣を構える少年。ちなみに二人とも完全武装じゃ。正直全然気にならなかったのじゃが、よくよく見ればかなりよい魔法具じゃな。恐らくは解体場の時と同じく、これも演出なのじゃろうな。


「待ってヘイツ。手を出したら……駄目よ」


 賢者妹が少年を止める。


「へっ。どうせこのままなら俺たちは終わりだ。なら、やるしかないだろ」

「それは、そうだけど……」


 なにか手はないかと考えておる様子の賢者妹。儂はそんな賢者妹を指差した。ってアカン。ストップじゃ儂。それを言ったらまた面倒事がーー


「母さん。あのエルフも欲しいのですが」


 理性の声を降りきって気づいたら儂は言っておった。


「ん? 何じゃ。こっちよりもそっちの方が良いのか?」


 猫を持つかのように賢者の首根っこを掴み持ち上げるマイマザー。そうですと頷いた次の瞬間に賢者が爆散しそうで怖いんじゃが。


「いえ、両方欲しいです」

「む? うーむ。そうじゃの……」


 マイマザーが考える姿勢に入った。ふー。一先ず逆鱗に触れるようなことはなかったようで安心したわい。……と儂が油断した次の瞬間ーー


「おいおい。黙って聞いていればこの悪魔どもが、誰の女に手を出すって? させねーよ馬鹿」


 そう言って少年が人間にしてはまぁ強いかな? といったレベルの魔力を纏った。ーーって、気持ちはわかるがマイマザーの言葉の最中に割り込むではない。死にたいのかこの馬鹿者が!

 

 マイマザー自身は少年の言葉に何の反応も見せなかったが、観客の魔族の中から幾つか殺気が飛ぶ。そこいらの魔族とは比較にもならないその強い気に少年と少女は瞬く間に真っ青になった。言わんこっちゃない。しかし気を失わないだけでも大したものじゃな。


「黙ってヘイツ」


 少女が震えながら震える少年の口を押さえる。


「おま、だってなー」


 少年も恐ろしいのじゃろうが、女の手前意地があるのじゃろう。ふてぶてしい態度をやめようとはしない。

 うーむ。若さゆえの傲慢さもあそこまで貫ければ大したものじゃ。やはり儂としては何とか助けてやりたいが、その為にはまずあの少年のお口にチャックをせねばな。


「別に私は貴方の女じゃないでしょう。それよりお願いだから黙っていて」

「う、わ、わーたよ。だが俺は必ずお前を守るぜ」

「…………馬鹿」


 そう言ってどちらからともなく黙り込む二人。何気にこの状況でそんな空気を作れるこの二人、大物ではなかろうか?


 何はともあれナイスじゃ賢者妹。褒美に保護に成功したらその微妙な距離感の彼氏と好きに乳繰り合わせてやるぞ。


「……殺しますか?」


 マイマザーに、エラノロカがボソリと訪ねるのを悪魔の聴力が捉えた。


「ん? …そうじゃの。では殺すのは男の方だけで良いか」


 マイマザーが儂の要求を聞き入れた。これで賢者妹は問題ない。後は少年の方なんじゃが。さて、どうしたものか。


「待って。私が欲しいなら言う通りにするから。ヘイツを助けてあげて」


 賢者妹がマイマザーに叫ぶ。他人事ながら上位者に自分の意思を通そうと奮闘する者を見ると手に汗握るの。震えながらも懸命に彼氏の助命を願う賢者妹に対しマイマザーはーー


「ではリバークロス。今度こそ始めよ」


 一顧だにしなかった。うう。嫌じゃなー。ここでまたあの男も助けたいと儂から言い出さなきゃ駄目なのかの? もしもどこかでマイマザー、あるいは周囲の魔族(おえらいさん)の琴線に触れたらと思うと緊張で吐きそうなんじゃが。


「はぁ、はぁ。……お願いだ。……ん、んん!? はぁ、はぁ。な、なんでもするから。だから私の息子を殺さないで」


 マイマザーの足にしがみつき必死に懇願する勇者。その目がふと儂の方へ向いた。目があった。うう。もう儂、泣きそうなんじゃが。


 しかしここまで来たら言わないわけにはいかん。


「あの母さん。ついでにあの男も貰っていいでしょうか?」

「む? まさかお主……。クックック。中々業が深いの。まさかそこまで色に狂っておるとはの」

「いや、違いますよ?」


 反射的に否定してしもうたが、この際そう思わせたほうが良かったじゃろうか? いや、その場合後が怖すぎる。次からプレゼントとか言って人間のマッチョマンを渡されるようになっても困るし。と言うか嘘が通じない状況でそう思わせるのは難易度が高すぎじゃ。


「俺は気に入った女には好かれたいんですよ。あの男を助けてやると感謝されそうですからね」


 そういった途端、微かな殺気が飛んできた。それはすぐに消えて誰が放ったのか儂に悟らせなかったが……。はい、やってもうたー。少なくとも今の儂の発言を危険視する誰かがおり、そやつに儂は目をつけられた。ちくしょー。せめてそやつが取るに足らん小者であることを願うのみじゃ。この場にいる時点で難しいけどね。


「ふーむ。まさかあの程度の娘まで守備範囲だったとはの。では余興は止めるかの」


 驚く程あっさりとマイマザーはそう言った。いや、当然か。マイマザーは儂を喜ばせたいのであって、別に困らせようとする意図はないのじゃから。お偉いさんの誰かに目をつけられはしたがこれでーー


「お待ちください魔王様」


 一段落と思いきや、場外からの待ったが掛かる。まさかの展開に儂がドキリとしながら声の出所を探すと、何とも最悪(ゆかい)なことに、声の出所と思わしきところは客席の上、王が居ると思われる魔法具(カーテン)の向こうからだった。


「ふふ。これは面白い。発言を許す。意見があるのなら姿を見せよ」


 そして魔法具(カーテン)の向こうから飛び出した人影が試練の間へと降り立つのだった。


 はー。まったくもって最悪の誕生日じゃな。

 

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