男を助ける理由は?
「俺は女が好きだ!」
エイナリンとアクエロちゃんの視線を集めながら、儂は必死に頭の中で言い訳を組み立てる。嘘をついてはいけないと言う縛りかある以上、先ずは儂の女好きを全面的に前へ出して行くしかなかろう。
ぶっちゃけ儂は聖人君子ではないので最悪縁も所縁もない男の一人や二人見捨てても構わんのじゃが、さすがに何もせずに見捨てるのは儂の中の人間性が咎める。だから結果がどうなろうと一応の努力をせんわけにはいかん。
「お坊っちゃまがエロエロなのは知ってますよ~。ねー? アクエロちゃん」
「女を侍らせるのは強者の権利。支配者であらせられるリバークロス様には当然の嗜み」
おおー。アクエロちゃんは分かっておるの。これで儂を自分好みに魔改造しようとしなければ最高の女なんじゃが。まぁ良い。儂の方こそいずれアクエロちゃんを儂好みに調教してくれるわ。
ふっふっふ。そうしてやかては究極に都合の良い悪魔アクエロちゃんの出来上がりじゃ。普通なら良心が痛くて出来ないことも合意の上なら怖いものなしじゃな。まぁ問題は儂の方が逆に魔改造させられるかもしれんことじゃが、魔術師としてその程度のリスク、ドンと来いじゃ。ああ、見える。見えるぞ。アクエロちゃんが儂の言う通りに、あんな姿やこんな姿をしとる姿が。
などと、儂が邪なことを考えておるとーー
「ええ~? 女の尻ばかり追いかける支配者なんて格好よくないですよ~。もっとストイックな方が良くないですか~?」
「リバークロス様がお尻を追いかけるんじゃない。お尻の方からリバークロス様に迫ってくる。それなら格好いい」
「う~ん。まぁ表現はともかくそれなら確かにギリギリセーフです~。でも現実にはお坊っちゃまがお尻追いかけてますよね~」
「今だけ。直ぐにお尻の方からリバークロス様を放っておかなくなる」
「どうですかねー? ……ああ。でも確かにお坊っちゃまは地位もあるし力もそこそこですからねー。もう少し成長したらさぞ有象無象にモテることでしょうね~」
などと、二人は気心の知れた女同士でガールズトークに花を咲かせ出した。おや? 何か知らんがこれなら儂が余計なことを言わずとも有耶無耶になるのではなかろうか?
「別に成長を待たなくても今からだってモテモテになれる」
「え? まぁ可能性がないとは言いませんけど、えらく確信してますね~。……あ~。ひょっとしてアクエロちゃん性魔法使うつもりでしょう」
「そう。あれで奴隷を快楽漬けにすればもうリバークロス様なしではいられない。これで晴れてリバークロス様は女に追われるモテモテ男」
「怖いわ!」
気配を消してやり過ごすつもりが、自分からツッコンでしもうたわ。
「と言うか何でアクエロちゃんが性魔法何て使えるんだよ!」
「あ~。お坊っちゃまその言い方誤解してるでしょう~。性魔法は二者をそれぞれ陰と陽に見立てて魔力や気を循環させることで互いに足りない部分を補い合い、生物として完全な生を目指す魔法のことですよ~。治癒魔法も広範の意味においては性魔法に分類されてるんですけど、困ったことにお坊っちゃまみたいなエロエロ君はすぐにエッチな方に考えちゃうんですよね~」
エイナリンがそう言って呆れたような半眼を儂に向けてくる。
「し、知ってるしそれくらい。悪魔は魔力が強い者が多いから中には性魔法で相手の魔力を無理矢理吸収する者もいるんだろ。そうして他者の魔力を完全な主食にした者を淫魔と呼ぶんだろうが」
「おおー。そういえば魔法の勉強だけは熱心でしたねー。でもそこまで知っていて勘違いするなんて、このお・エ・ロ・さん」
エイナリンは笑いを堪えるように口元を押さえると、もう一方の手で儂の額をツンツンと小突いてきた。
ちなみに回復魔法は式神魔法と同じく放出魔法と形成魔法の複合魔法で使うのになかなか高度な術的要素を必要とする。当然儂は使えるし知っておったのじゃが性魔法と言う魅惑の響きについノリでツッコンでしもうたわ。
「そ、それはその……」
楽しそうに儂の額を小突いておるエイナリンになにか言い返してやりたいんじゃが言葉が見つからん。大体性魔法なんて言われたらそっち方面を最初に考えるのは男として何も間違ってはおらんじゃろうが。それは悲しい男の性なんじゃ。仕方のないことなんじゃ。
「……とにかくそれはダメだから。快楽漬けとか禁止だから」
言い分けを諦めて話を戻す儂。二人は同時に首を傾げた。
「どうしてでしょうか?」
「何でですかー?」
うーむ。悪ぶっているのではなく素で聞いているところが人間との決定的な違いじゃな。
「言っただろう。俺は女好きだからな。女には感謝されたいんだよ。男もそのための小道具だ。同じ人間に良くしてやっている方が感謝されるだろう?」
自分で言っておいてなんじゃが完璧な理屈じゃな。これなら性別を問わず人間を保護してもなんの問題もあるまい。しかしそう思ったのはどうやら儂だけらしくーー
「別にそこまでする必要ないんじゃないですかー? っていうかその理屈でいくとやっぱり生殖器はチョン切っておいた方がいいですよねー」
「何でそうなるんだ? そんなことをする奴に感謝しようとは思わないだろ?」
「いやいや女性に感謝されたいと言うのは百歩譲っていいとしても、それで他の男に女を寝取られたら普通に本末転倒でしょうが~」
「寝取られるなんて支配者らしくないです。むしろ寝取ってください。残酷に、容赦なく、片端から。そんなリバークロス様を私は見てみたい」
無表情ながらも何やら興奮しておる様子のアクエロちゃん。その瞳孔が黒く染まり瞳が銀色に輝き出す。アカン。心臓を持っとる儂には分かる。これ変な妄想しとる時のアクエロちゃんじゃ。何とかしてアクエロちゃんをクールダウンさせねば。儂は慌ててアクエロちゃんが言って欲しそうな言葉を言った。
「無論気に入った女は王妃だろうがなんだろうが手に入れてやるとも」
寝取りは好きにはなれんが、いいなと思った相手を欲するのは当然の欲望じゃからこう言っても嘘にはならん。なによりも手に入れると言う部分を儂は保護すると言う意味で使っておる。それを聞いた相手が勝手に意味を履き違えても、それは儂が嘘を言った訳ではないのでばれることはない。
「大体二魔とも少し大袈裟に考えすぎだ。本当に取られたくない女の傍には男を置かないが、そうでないのなら少しくらい人間の自由意思を尊重してやってもいいだろう」
更に人間達の待遇を少しでも良くし自由恋愛を認めてあげようとする儂。まったく我ながらなんて優しいんじゃろうか。ここまでやったんじゃから万が一の時は諦めてもらうしかないの。
「つまりそれは~、捕まえた男が同じ境遇の女を襲うのはありと言うことで良いんですね? さすがお坊っちゃま。鬼畜です~。道理で男女を分けなかったわけですよ~。何日で関係が変化するか見る気なんでしょ? そうなんでしょー?」
「え?」
あっ……しもうた。確かにその可能性があったか。と言うか冷静に考えればむしろ性については魔族よりも同じ人間同士の方が問題を起こしそうじゃな。ああ、やっぱり最初に男女を分ける指示をしなかったのは失敗じゃったな。
「いや、勿論それもなしだから」
「え~? 言ってることがメチャクチャですー。自由意思の尊重はどうなりましたか~?」
法やモラルを根底に置いた自由意思が期待できるのは、それらに重きを置く社会で一定の教育を受けた者だけ。そうでなければ欲望のままに行動するのも確かに自由意思となる。まったくエイナリンめ、普段は細かいことを気にせんくせに、こう言う時だけ嬉々として口を挟んできおって。ええいもう面倒じゃ。
「そうだな。冷静に考えたらやはり俺の女の傍に男を置くのはよくないな。アクエロちゃん。ちょっと行って男女別にして来てくれないかな」
「性差によって待遇は分けますか?」
「え? う~ん」
ここはやはり儂が保護する名目上差別化するべきじゃろうな。
「女の方はできるかぎり不自由のない形で。欲しければ個室くらい与えてもいいよ」
「男の方はどうするんですか~?」
ああ、エイナリンの奴なんて良い笑顔をするんじゃ。前々から思うておったがエイナリンの方が儂なんぞよりよほど悪魔しておるの。
「男の方は生活できれば細かいことはどうでもいい。ああ。でも俺が女共に感謝される小道具なんだから心身に問題を起こすような極端な扱いは駄目だから。最低限の衣食住に不自由しない程度には気を配ってあげて。……こんな感じでどうかな?」
一応は主人でありながらアクエロちゃんにお伺いを立てる儂。情けないことにここでアクエロちゃんがやっぱり男は不要ですなんて言い出したらどういう態度を取れば良いか悩むのう。
「リバークロス様のお心のままに」
儂がドキドキしながらアクエロちゃんの反応を待っておるとアクエロちゃんはそう言って従順な態度で頭を下げた。その反応を見るからに一先ずは安心のようじゃが、アクエロちゃんの本心は分からない。……気を付つけておいた方が良いじゃろうな。何せアクエロちゃんは心臓を持つ儂でさえ時折何をしでかすかまったく読めんところがあるからの。
しかし何はともあれ一先ずこの場は収まりそうじゃな。はー。やれやれ無駄に疲れたの。
「エイナリンお茶…いや、いいや。自分で入れる」
「ちょっと、ちょっとー。私だって従者なんだからそれくらいやってあげますよ~」
気まぐれな従者はそう言うとお茶の準備に取りかかった。まったく命令してもやらない時はやらないくせに。本当になんちゃって従者じゃよな、こやつは。
「ではリバークロス様、私は言いつけを実行して参ります」
「ああ、うん。頼むよ」
一礼して部屋から出ていこうとするアクエロちゃん。その後ろ姿を見送りながらやっぱり儂も付いて行った方が良いんじゃないかと若干不安になる。でもなー。儂があんまりこう言うことで動くと支配者っぽくないとアクエロちゃんが不機嫌になるんじゃよな。
アクエロちゃんがドアを開けるようとする。止めるなら今のうちじゃよなー。何て考えながらアクエロちゃんを見ておると、アクエロちゃんがドアを開けるよりも先にドアの方が独りでに開いた。
おや? と儂が思うておる間にこちらの許可を求めもせず、また一切の遠慮を見せることもなく儂の部屋に入ってくる二人の魔族。
「あ、良かったですわ。まだ居ましたわね」
女として成熟しきった体。燃えるような髪と瞳。彼女が姿を見せただけで部屋の光量が増した気がする。いや、華やいだと言った方が良いじゃろうか? ただ眩しいだけではない色香をこの十年足らずですっかりと身に付けたその人物ともう一人の登場に、儂は少し驚いた。
「姉さん? それに兄さんも。どうしたの?」