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外出の終わり

「さて、時間もないですし、小言はこれくらいにしておきますかね~」


 アクエロちゃんと共にこってりと絞られた後、エイナリンが結界の外を見るような仕草をした。現代最強の魔術師であった儂にも作り出せないほどの高度な結界。内と外を完全に隔てているこの結界(かべ)をエイナリンがどうやって見通しているのか非常に気になった。


「そろそろ結界を解きますから、アクエロちゃんはお坊っちゃまの中に引っ込んでいてください~」

「? 何で? 私も今の話に出た魔将(ジジイ)に用がある」


 アクエロちゃんの声には不穏な響きがあった。どうやらエイナリンに叱られたうさを魔将で張らす気のようじゃな。


「いやいや~。ここはもうおとなしく引くべきですよ~。分かってますかー? お坊っちゃまはここ百年の間もっとも多く魔族を殺した国の象徴をただ良い女という理由だけで殺さずお持ち帰りしようとしているんですよ~。これ、普通の魔族がやっていたらとっくにぶっ殺されてますからね~」


 まぁ、分かってはおったが、こうして改めて言われると情に流されて儂、とんでもないことをやらかしたの。


「リバークロス様が望まれたなら文句を言わずに差し出すべ……痛い!?」


 アクエロちゃんの頭に拳骨が落ちる。エイナリンはそのままとても良い笑顔で、グリグリとアクエロちゃんの頭頂部に拳を擦りつけた。


「まったくこの子は~。肝心なときにグースカ寝てたくせに何を口だけ威勢の良いことを言ってるんですかね~? 身の程というのは弁えないと大変なことになると昔から言っているでしょうが~。今の貴方達にそんなこと言う力があるとでも思ってるんですか~?」

「痛い。痛い。……うう、ごめんなさい」


 おお、何気に傲岸不遜を地で行くアクエロちゃんが折れるとは。……やはりエイナリン、恐るべしじゃな。


「とにかく現在アクエロちゃん……ではなくお坊っちゃまの立場は非常に危ういです~。幸いなのは魔将と殴り合いをして最低限の力を示せたことですね~。勝てれば文句なしだったんですけど、そこは仕方ないです。むしろ大健闘ですよ~。まぁ最後のアホな行動で大減点ですけどね」

「見てたのか?」

「当たり前じゃないですか、でなければあんなタイミングで普通助けられませんよ~。あの状況ではお坊っちゃまが独力で周囲を黙らせるのが一番だと思い静観してたんです~。まぁ難しいとは思ってましたが、アクエロちゃんの心臓を使えばもう少しいい線いってたと思いますよ~」


 エイナリンの言う通り儂にはまだ切り札がいくつかあった。じゃがあの時の儂はそんな当たり前の事すらまったく思い浮かばなかったんじゃよな。


「その、何か変に興奮して失念してたというか、我を忘れていたというか」


 エイナリンのこちらを観察するような瞳に、儂はつい必要のない言い訳を口にしてしまう。


「そうみたいですね~。お坊っちゃまも十三歳。本格的に悪魔としての本能が目覚め始めたんですよ~。元々魔王様が十三歳を成人に定めたのは、その年齢になる頃にはどんなに遅くても生まれもった種の力を引き出せるようになるからです~。性を知らなかった子供が肉の快楽を知るように。種の目覚めを迎えた魔族の中には性格が変わる者も多いですからね~。あの様子からてっきりお坊っちゃまはイケイケ君になるのかと思いきや、存外変わりませんね~」


 それは既に儂が三百年分の理性を培っておるからじゃろうな。でなければあの感覚に引きづられて確かに性格が大きく変わっていたかもしれんの。


「リバークロス様。『種の目覚』おめでとうございます」

「そう言われても実感ないけど、ひとまずありがとうアクエロちゃん」


 儂としては目覚めと言うよりもまるで精神まで年頃の少年に若返ってしまったかのような感じじゃが、まぁ何とかコントロールしていくしかあるまい。


「すぐに実感出ますよ~。個体によって特徴は様々ですが今までよりも好戦的になったり、肉を好んで食べるようになったり、性に溺れたりと色々です~。中には奇妙な行動に走るようになる者もでますが、アクエロちゃんに妙なことをすればその日がお坊っちゃまの命日ですから気を付けてください~」

「あ、やっぱりそんな感じなんだ」


 肉体の変化に伴い性格が変わるのは珍しくないが、魔族のように強い力を持つ生物じゃとその幅も広そうじゃな。そう言えばマイシスターもある日を境に急に肉を食べるようになったの。最初は食べ過ぎではないかと思うほど食べておったが最近はそれほどでもないし、儂も二度と我を忘れんように気を付けねば。


「勿論肉体面でもどんどん強くなっていきますよ~。お坊っちゃまは才能だけは凄いですからあと数十年もすれば魔将の下の方にはアクエロちゃんの力なしでもあるいは届くかもしれませんね~」

「それ誉めてるのか?」


 だとしたら嬉しいのじゃが、エイナリンの本心はよう分からん。

 エイナリンは捉えどころのない、いつもの笑みを浮かべた。


「さぁ、どうでしょうかねー。…おっといい加減外がじれているようです~。あのガキは昔から鷹揚ぶってる癖に気が短いんですよね~。短気を起こされる前にそろそろ出ますよ~。さぁアクエロちゃんもさっさとお坊っちゃまの中に戻ってください~」


 エイナリンがアクエロちゃんの背中を儂の方へとグイグイ押してくる。儂としては別にウエルカムなんじゃが、わざわざアクエロちゃんを隠す必要あるんじゃろうか? 分からんので聞いてみた。


「何でアクエロちゃんを隠すんだ?」

「アクエロちゃんがお坊っちゃまの従者になっているのは知られてますけど、心臓を捧げたのはごく一部の者しか知りません。ですから今夜見せた方が演出として効果的です~」


 言いながらもエイナリンはアクエロちゃんの背中を容赦なく押して儂の中へと押し込んだ。


「では結界を解きます~。私はなんちゃって従者を演じますからお坊っちゃまが主導でちゃんと場を納めるんですよ~」


 儂としてはもう全部エイナリンにやってもらいたかったのじゃが、そう言われては仕方あるまい。それにしても自分でなんちゃって従者と言うとは、分かってはおったが儂に対する忠誠心ゼロじゃな。


 エイナリンが指をパチンと鳴らすと周囲を覆っていた光のドームが一瞬で消失する。


「ようやっと出てきおったか。待ちくたびれたぞ」


 結界の外は儂らが籠る前と何も変わっておらず、避難勧告が出されていたのも関わらず、客席にすら目立った変化はなかった。


「従者に事情を説明してたものでな」


 魔将はエイナリンに話しかけておったようじゃが、あえて儂が答えた。


「ふん。従者のう」


 魔将の視線が一瞬儂を見て、次に大人しく俺の傍らに跪づいているエイナリンを見る。最初なんでこんな態度をとっているのか不思議じゃったが、儂を立てることで少しでもアクエロちゃんの立場を良くしようとしておるのじゃろう。エイナリンマジおかん。


「お主のそんな姿を見るとは意外だな。お主の関心は悪魔王とその娘だけに向くものだと思っていたぞ」

「貴方にもいずれ分かりますよ。お坊っちゃまの価値が」


 エイナリンの発言に客席がざわめき、魔将が顎をさすった。


「ほう、それほどか。いや、確かに凄まじかったのは認めよう」


 何やら感心しておるが、エイナリンの言う儂の価値ってきっとアクエロちゃんの心臓を持っていることなんじゃよな。無論そんなことを知らん魔将はエイナリンが儂個人の才能に惚れ込んだように思ったじゃろうな。エイナリンの馬鹿げた影響力は今さら論じる必要もないじゃろうし、この流れのままここを脱出じゃ。


「さて、俺はそろそろ帰るが。約束通りそこの奴隷はもらっていくぞ」


 逃げる前にちゃんと目的を果たさなくてはな。でなければ何のためにここまでしたのかと言う話じゃわい。


「ふむ。まぁ、構わんが。……そんなに女が好きならついでに儂の娘を貰わんか?」

「は?」


 突然何を言っとるんじゃ? こやつは。


「どうだ? 儂の娘だから少なくともそこの人間なんぞより余程抱きごたえのある良い女だぞ」

「マジで!? …い、いや。会ったこともない女を勧められてもな」


 会ってみたら人の形をして無かったとかなら困るし。まぁ有角鬼族とかならそんなこともないじゃろうが、とにかくこれ以上面倒事を増やすのはごめんじゃ。儂はやんわりと断った。


「ならば会ってみれば良いだろう」


 しかしエイナリン効果が強すぎたのか、それとも純粋に儂の実力を見込んだのか、魔将は簡単には引き下がらなかった。その時ーー


「いくら魔将とはいえ、それは勝手が過ぎるぞ」


 カーサちゃんかフルウを小脇に抱えたまま解体場に飛び込んできた。


「ほう。誰かと思えば『牙』のところの娘か。大きくなったの」

「戯言を。お主から見たら妾も童にすぎぬじゃろうに」

「そうだな。だがお主が種の目覚めを迎えてから会うのは初めてだろう。…ふむ。内気な小娘が随分と変わったようだな。見違えたぞ」

「当然だ。妾は王の子ぞ」

「その王の子がなんのようだ?」

「リバークロスに勝手な提案をするではない。種族会議で『角』が長男。『牙』が次男で話はついたはずだ。リバークロスは妾の…」


 そこまで言ってカーサちゃんが気まずそうに儂を見る。ああ、そう言えばカーサちゃんはまだ儂がカーサちゃんの婚約者であることを知らないと思っているんじゃったな。まったく、最初に名乗った時にそう言えば良かろうに。女心は何百年生きても謎のままじゃな。


 儂はカーサちゃんの横に並ぶとその肩を抱いた。すると面白いくらいにカーサちゃんの体がビクリと跳ねた。


「まぁ、そう言うわけだ。俺にはすでに可愛い婚約者がいるからな。せっかくの話だが断らせてもらおう」


 おお。カーサちゃんが面白いくらいに真っ赤になりよる。可愛いのう。可愛いのう。


「別に正妻にせずとも側室でも愛魔でも何でも構わんぞ。儂はお主の血を我等有角鬼族の中に取り入れたいだけじゃからな」


 こやつ、さらりと酷いことを言うの。それともこれが普通なんじゃろうか? もう少し魔族の恋愛観について勉強するべきじゃな。今みたいに交渉で出されたときに対応に困ってしまう。取り合えず無難に返しておくかの。


「興味はないが一応考えておこう。では約束通りにんげ…奴隷共を貰っていくぞ」


 儂の返答にカーサちゃんは少しだけ不満そうに、魔将はそれで良いとばかりに頷いた。


「良いだろう。持って行け。お主の力はそれに値する」


 ようやく許可が出たので人間達へと近づく。儂が近づくと人間で唯一意識を保っておった王妃がとても複雑そうに儂を見上げ……倒れた。


「やれやれ、最後まで手の掛かる」


 儂は泣きながら王女達にすがり付くフルウを見ながらため息をついた。そしてひとまず全員の怪我の具合を調べ、治療を施してやった。


 こうして軽い散歩のつもりだった、儂のやたらと中身の濃い外出が終わるのじゃった。

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