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異端を従えし者

 魔将の放った魔法『壮大(グランド)なる反乱(リベリオン)』によって大地そのものが拳を振るったかのような土砂の塊が容赦なく儂の全身に降り注いだ。その衝撃で儂はーー


「え?」


 間違いなく死んだと思ったのじゃが、予想した襲撃はいつまで経っても訪れなかった。儂の体を圧倒的な力で蹂躙するはずの魔法(ちから)。しかしそれらはまるで小雨のように儂の服や肌を軽く叩いただけで地面に落ちた。

 思わず死を覚悟した体から力が抜けていく。見ればあれ程隆盛を誇っていた魔将の魔法が、まるで何万年もの時間を歩み、その結果干からび風化しきった残骸のように見る影もなくなっていた。


「ぬう。これはまさか」


 魔将が何かに気付いたように上空を見た。つられて儂も。そこにいたのはーー


「ひ、ひい。何という、何ということでしょうかぁー!!」


 ウサ耳の悲鳴が解体場中に響き渡る。ウサ耳の横に黒い十二枚の翼を広げた堕天使がいた。それにしても悲鳴を上げながらもキチンとマイクを使って実況しようとするところにウサ耳のプロ根性がかいま見えるかのようじゃ。


 命を拾って気でも抜けたのか、儂がそんなどうでもいいことに感心しておると突然サイレンが鳴り響いた。そしてウサ耳とは別の声がスピーカー越しに響き渡る。


「第一種警戒警報。第一種警戒警報。『武器要らず』、『武器要らず』が現れました。小さなお子様をお連れの方は至急『武器要らず』の目から隠してください。また命知らずな部下や上司をお持ちの方は殴ってでも連れ帰ってください。訓練ではありません。繰り返します。これは訓練ではありません。只今解体場に『武器要らず』が臨戦態勢で出現しました。現時点をもってここから半径三キロ圏内全てが警戒区域へと指定されます。堕天使と言う偏見に囚われず皆さんが理性的な行動を取られることを期待します。あ、後ウサミン。大丈夫だよ。なにがあっても私は貴方を忘れないから」

「ちょっと!? ネコミン何さらっと不吉なことを言ってるの?」


 同僚と思わしき相手からのブラックジョークにウサ耳が涙目になりよる。


「もう、うるさいですねー。こっちは寝起きなんですけど~」


 そしてそんなウサ耳を瞼が半分ほど下がったジトッとした目で睨むのは、儂の従者にして魔族社会において異端の存在、堕天使エイナリン。


 エイナリンの不機嫌さを隠そうともしない態度にウサ耳は可愛そうなくらい震え上がる。


「ひ!? ス、スミマセンでした。エイナリン様」


 魔王の息子である儂にも向けなかった最上級の畏怖と敬意を持ってエイナリンに頭を下げるウサ耳。エイナリンはその謝罪に答えず、スッと自然な動きでウサ耳の傍に寄ると、じっとその顔を覗き込んだ。


「あ、あああの。エイナリン様? 私なにか失礼を? ひゃう!?」


 エイナリンの指がウサ耳の耳を無遠慮に撫でる。


「う~ん。たまにはウサギを飼うのもいいかもしれませんね~」

「ひ、ひい! じょ、冗談ですよね?」


 ウサ耳は気の毒なくらいに顔を青くするがエイナリンは相手をせずに地上へと降りてくる。その際まだ切れていなかったらしいスピーカーから声が漏れてきた。

「こ、これで解体場のメインアナウンサーの座は私のものに」「何でもいいがネコミン。マイクまだ入ってるぞ」「え? 嘘? イヌミン切って、早く切って」「切るって友情をか? ならとっくに切れてるから安心しろ」「違う。マイク。マイクの方だから。友情は不滅だから」「ああ、なるほど。しかし、ふ…」ーーブツン。などと言う声が聞こえてきて、更に悪魔の聴力が客席から「俺ネコミンのファンやめようかな」とか「時代が求めているのはウサミン。だが腹黒ネコミンも捨てがたい」だとか言う会話を拾ったのじゃが、これはまぁ儂にはどうでもいいことじゃな。


「ふん、何のようだ?」


 魔将が地面に下りたエイナリンに苦虫を噛み潰したような顔で訪ねる。それにエイナリンは何時もの捉え所のない笑みではなく、キリッとした、いかにも仕事できますよオーラ満載のすまし顔で答えた。


「従者が主の下に馳せ参じることに理由が必要ですか?」


 そう言うとエイナリンは儂に対して膝を折ると頭を垂れた。


 何か悪いものでも食べたんじゃろうか? 話し方も雰囲気もいつもと違うんじゃが。そう思ったのはどうやら儂だけではないようで、魔力や生まれ持った聴力を駆使して聞き耳を立てていた観客達からざわめきが起こる。


「な、な、な、な、なんとー!? あの魔王様にさえ膝を折らないあの『武器要らず』が! 各種族の王達さえ時には平然とパシらせているとまで噂されているあの『制御不能』が! リバークロス様に膝を折っているー!? 驚愕。これはまさに驚愕だー」


 どこか自棄っぱち風なウサ耳の声に合わせて、客席からも小さくない驚愕の声がいくつも上がる。エイナリンは立ち上がるとまるで魔将から儂を守るかのように儂の少し前へと陣取った。そして周囲を見渡すとーー


「ここでは少し煩いですね。少しだけ主と話します。貴方はそこで待っていなさい」


 まさに傲岸不遜と言った態度で魔将に命令した。


「ふん。従者風情が偉そうに」


 不機嫌そうに腕を組む魔将。しかし文句を言いつつも大人しくエイナリンの言葉通りにするようじゃ。


「ではリバークロス様。結界を張らせて頂きます」

「エイナリンどうしたんだ? 何かいつもと…」


 違うんだが。そう言いかけた儂じゃったが、エイナリンのテメーは黙ってろや~的な視線に口を紡ぐ。アカン。軽く予想はできておったが、エイナリンの奴メチャクチャ怒っておるようじゃ。ここは余計なことは言わんでおこう。


 儂が口を閉ざしたのを確認してエイナリンが指を鳴らす。すると魔力が光となって儂らを囲むようにドームを形作った。形成魔法。無詠唱でありながら信じられない構成(きょうど)じゃ。これなら並大抵のスキルや魔法では、外部から中の様子を覗くことはできないだろう。


「これでよし。後は…。お坊っちゃま。ちょっといいですか~」


 いつもの調子に戻ったエイナリンが儂を手招きする。正直良い予感はしないんじゃが、助けられた手前無視もできん。


「な、何だ?」


 恐る恐る儂が近づいて行くと、エイナリンは儂を容赦なくぶん殴った。視認することも出来ない程の一撃がエイナリンの心中を表しているかのようじゃ。


 エイナリンは倒れた儂を冷めた目で見下ろす。


「ちょっと、ちょっと~。え? このお坊っちゃまが~。何やらかしてくれてるんですかね~。エルディオンのガキに喧嘩を売るとか頭沸いてんですか~? 今のお坊っちゃまが勝てるわきゃないでしょうが~」


 別にまだ負けたわけでも、絶対に勝てない相手だとも思わないのじゃが、エイナリンが来なければ間違いなく儂は死んでいた。その事実があるかぎり何を言っても負け惜しみにしかならんし、そんなことを言えばどんな目にあわされるか分かったものではない。ここはひとまず感情を交えない理性的な弁明を試みるとしよう。


「聞いてくれエイナリン。これには深い理由が。決して好き好んで魔将に喧嘩を売ったわけではないんだ」

「んなもん知ったこっちゃないんですよ~。……と言いたいところですが、取り合えず事情を言ってみてください。それによってお仕置きのレベルを変えますから~」


 お仕置きは確定じゃと? ……嫌じゃな~。エイナリンのお仕置きはマジなやつだとマイマザー並みに怖いんじゃよな。儂はここまでの道筋をなるべく分かりやすく、且つどれだけ自分が巻き込まれた被害者であるのかを精一杯主張し、説明した。


「つまり婚約者の手前格好を見せたくて、奴隷の望むままここまで来たと? 呆れちゃいます~」


 儂の話を最後まで黙って聞くと、エイナリンはそう言って深々とため息をついた。


「話を聞いてたか? 俺の婚約者じゃないからな」

「本当に頭沸いちゃいましたか~? カーサアンユウなら吸血鬼の王の娘でお坊っちゃまの婚約者でしょうがー」

「は?」

「いや、は? って何ですか、はって。言っておきますけどね~。私の方がさっきからハー? てな感じですからね~」


 お前は存在事態がハァ!? といった感じのくせに何がハー? じゃ。儂の方こそ、はぁ。といった気分じゃわい。


「何ですかー? 何か言いたいことでもあるんですかー?」


 儂の内心を見抜いたかのようにエイナリンが鋭い視線を向けてくる。


「いや、それよりも婚約者がいるなら普通俺に一言くらいあってしかるべきだろう。今まで一度もそんな存在聞かなかったぞ?」

「アクエロちゃんが説明したはずですけど~?」

「アクエロちゃんからはそんなこと一言も聞いてない」

「それは可笑しいですね~。ちゃんとお坊っちゃまに魔族関係で必要なのは全部教えたとか言ってましたけど~?」


 む? そうなるとアクエロちゃんは婚約者を必要とは考えなかったと言うことじゃろうか? まさか嫉妬か? ……いや、多分違うの。


「ちなみにアクエロちゃんが教えた魔族の名前を言ってみてください。あの子がどんな基準で教えたのか気になります~」


 エイナリンのその言葉は儂にとっても願ったりじゃったので、儂はアクエロちゃんに教えてもらった魔族の名前を覚えてるだけ口にした。するとほどなくしてエイナリンが頭を抱えおった。


「なんだ? どうした?」

「いえいえ~。納得しただけです~。確かにちゃんと必要、と言うか重要な魔族について教えているんですが~」

「ですが?」

「全部魔王様反発派の面子ばっかりなんですよ~」

「…つまり母さんに友好的な魔族の名前は?」

「一つもありませんね~。……ハァ。あの子ったら。昔から独立独歩なところがありましたが、敵ばかり意識して味方を軽視しすぎるのは良くない傾向ですね~」


 エイナリンは髪の毛をガシガシとかいた。何と言うかその発言は意外すぎじゃ。こやつこそ四面楚歌の状況を進んで作ってその中で悠々と紅茶でも飲んでおるような怪物(きょうしゃ)なのに。


「ん? どうしましたかお坊っちゃま~? 目にも止まらぬ早さで首を切り飛ばされたかのような間抜けな顔をしちゃって~」

「例えが怖いわ! いや、意外だと思ってな?」

「何がですか~?」

「お前が味方の存在を意識するのが。てっきりアクエロちゃんにも周りなんて気にせず好きに生きろ的なことを教えているのかと思ってたんだが」


 初めエイナリンはアクエロちゃんに性的な欲望を抱いているのかと思っておったのじゃが、十年以上も傍で見ておると、どうやら違うらしいと言うことに嫌でも気づく。二人の関係は師と弟子。あるいは親と子のように思え、アクエロちゃんの人格や能力にエイナリンはかなり深く関わっておる。だからアクエロちゃんが時に突拍子も無いことをするのはエイナリンの影響だと今まで思っていたのじゃが、どうやら違うらしい。


 その証拠に儂の言葉に対して、エイナリンはそれはそれは冷ややかな視線を向けて来おった。


「お坊っちゃまは馬鹿なんですか~? それでアクエロちゃんが残酷な死を迎えるような事態になったらどうするんですか~?」

「いや、まぁ。だがお前は……」

「私にできることが他の者にも同じようにできるとは限らないでしょうが~。あらゆる生命には自分に相応しい(かんきょう)があります~。それを見誤るとろくでもないことになりますよ~」

「……肝に命じておこう」


 うう。何じゃろうか? 儂三百歳なのにまるで教師に叱られる小学生の気分なんじゃが。しかし互いの年齢を考えるとそれ以上の開きがあるのじゃから、それも仕方ない事なのかもしれんの。


 素直な反応を見せる儂にエイナリンは満足したように一つ頷いた。


「そうしてください~。お坊っちゃまに何かあるとアクエロちゃんにも連鎖するんですからね~。そう言えばさっきから気になっていたんですけど、肝心のアクエロちゃんは今何をしてるんですか~?」


 あっ、そういえば儂もすっかり忘れておった。と言うかハイになりすぎて誰かに頼ると言う考えが抜け落ちていたんじゃが、アクエロちゃんと協力すればあの魔将(ジジイ)ボコれたのではあるまいか?


「お坊っちゃま~? 何固まってるんですか~?」


 不思議そうに首を傾げるエイナリン。えーと。これは正直に言っても大丈夫なやつじゃよな?


「……アクエロちゃんなら俺の中でまだ寝てる。ほらここ最近忙しかったらしいから」


 エイナリンの眉がピクリと動いた。


「それは私も同じなんですけど~。と言うかお坊っちゃま、結構激しく戦っていましたよね~」

「まぁ、生きるか死ぬかくらいには」

「そうですか、そうですか~」


 エイナリンの纏う空気が僅かに変わる。アカン。これ、正直に伝えたらいけないやつだったかもしれん。


 ちなみにアクエロちゃんは寝起きがとても悪い上に儂の中で眠る時はちょっとやそっとのことではまず起きない。普段殆ど寝ずに頑張っているのだから儂も今まで寝ているアクエロちゃんを起こすようなことは無かったのじゃが、まさか生きるか死ぬかの瀬戸際でも余裕で熟睡しておるとは。呑気と言うか肝っ玉が太いと言うか、どちらにせよ驚かされるわい。


「とりあえずアクエロちゃん起こしてくれませんかね~?」

 

 笑顔が怖いよエイナリン。


「わ、分かった。少し待ってろ」


 儂は心の中でアクエロちゃんへと呼び掛ける。


(あー。メーデー、メーデー、メーデー。こちらリバークロス。アクエロちゃん? ちょっと起きてくれないかな)

(ん? んん。…こちらアクエロ。まだ眠い。オーバー)

(あ、こら。ちょ、)


 とりつく暇もなく念話ならぬ心話を絶ち切られる。顔を上げると目の前には笑顔のエイナリン。


「その、まだ眠いって」


 だから寝かせてあげて、とはとても言えない雰囲気。エイナリンは何故か袖をまくりながらゆっくりと儂に近づいてきよった。


「あの、エイナリン……さん?」


 エイナリンの右手は鉤爪の形をとっていた。何じゃろう。嫌な予感しかしないんじゃが。


「まったく手間の掛かるガキンチョ共ですー。まぁそこが可愛くもあるんですが、やっぱり心配にもなるんですよね~」


 直後、エイナリンの右手が儂の胸を貫いた……かと思いきやアクエロちゃんが儂の中に入る時のような波紋が空間に広がり、水面を思わすそこからアクエロちゃんが引っ張り出された。え? そんなことできんの? と儂が目を見開いておる間に、儂の中からアクエロちゃんが完全に引っ張り出された。


「ふぁ!? んん…エイナリン?」


 エイナリンに肩を掴まれた状態でアクエロちゃんが眠そうに瞼を擦る。


「グッモーニン。アクエロちゃん。よく眠れましたか~?」

「んん。…あんまり」

「それは残念です~」

「…エイナリン何か怒ってる?」


 低血圧なアクエロちゃんもエイナリンが放つ不穏な空気を察したらしい。無表情の中に普段滅多に見せない怯えのようなものを覗かせる。


「そうですねー。とりあえず二人ともそこに正座です~」’


 笑顔なのにまったく笑顔ではないエイナリンに逆らうことはできず、儂とアクエロちゃんは仲良く正座するのじゃった。

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