魔将四位との激突
正面から殴りかかった俺の拳を魔将エルディオンは片手で掴んで止めてみせた。
「何だと?」
シャドードックを粉々にした時とは比べものにならない魔力を込めた拳を軽々受け止められ、俺は思わず目を見開いた。握りしめられた拳が動かない。何て力だこのジジイ。
「それが全力か?」
「は?」
余裕ぶった発言にこめかみの辺りにピキッと来る。
「なめんな」
「遅いわ」
俺が第二撃を放つよりも先に魔将が開いたもう一方の手で殴り掛かってきた。俺はそれを魔将同様左手で軽く受け止めてやろうとしたのだが、魔将の拳に触れた途端俺の腕はバキボキにへし折られた。
「ぐ、おおー!?」
魔将の拳は俺の腕を歪な形に変形させながら、そのまま俺の腹まで到着。腹部で発生したあんまりな衝撃に踏ん張ることも出来ずに吹っ飛ばされる。物凄い勢いで景色が流れこのまま行けばあっという間に背後の壁に激突だ。
「くっ、この……ふざけるな!」
俺は圧倒的な力に対抗するため角と羽を解放。魔力の生成器官を得て溢れ出す大量の魔力を推進力に転換し、俺を後方に飛ばさんとするエネルギーを振り払った。
「ほう。もう生えておるのか。素晴らしく早熟だな」
俺の姿を見てニヤリと笑う魔将エルディオン。その余裕が酷く勘に触る。折られた腕はボロ雑巾のようで、手首は千切れかけ肘からは骨が飛び出しているのだが関係ない。既に魔力が動力となって体を元の形に戻そうと再生を開始しているからだ。さすがに一瞬でとはいかないが放っておけばその内治るだろう。それよりも今はこいつだ。
俺は翼を広げ宙に浮くと上空から魔将を見下ろした。なにやら「ひ、ひい」とか言いながらウサ耳が逃げて行ったが知ったことではない。
「……セット」
指にはめた魔法具に魔力を通す。俺の右手、その指の間に収まるように三本のナイフが出現する。かつてアクエロが俺に献上したこの魔法具はこちらが工夫することで万能に近い応用力を発揮する。
それは昔やっていたようにナイフの中にナイフを仕込むことであったり、あるいはこちらの意思で爆発させることだったりと色々だが、この十年で試行錯誤した結果、俺はついに最良の使い方に辿り着いた。
「増幅しろ」
俺が呟くと途端にナイフの刃が発光し始め、それはあっという間に目映いばかりの輝きとなった。
俺専用の魔力増幅器。個人で僅かに変わる魔力の振動数、普通の魔力媒介は誰の魔力でも増幅できるように設定が緩く、その分無駄が多い。しかし今俺が手にしているこの刃は違う。完全に俺の魔力のみに調整を施されたオンリーワンな魔力媒介。これをいつでも作り出せるようにする為に殆んどのリソースを使い込み、結果この魔法具に以前ほどの応用力は無くなったが、それでもその結果を受け入れて有り余るリターンがあると判断し、事実あった。
「ほう、デュランダルの指輪か。扱いに難しい特Sの魔法具を難なく使いこなすか。カッカッ。やりおる。やりおる」
何笑ってんだこのジジイ。分かっているのか? この間も魔法具によって具現化されたナイフは俺の魔力を増幅し続けている。現段階で既に最大威力の第二級魔法に匹敵する勢いでありながら、魔力の上昇は今もなお続いている。だと言うのにその余裕。ーー許せん。何か知らんがとにかく許せん。
「くたばれジジイ。『星の刃』
直後、俺の手から質量を持った光弾が三つ、魔将目掛けて降り注いだ。
「ふん。土塊から這い上がれ革命者の狂騒。『大地の反乱』」
魔将の第二級の形成魔法が発動。魔力によって形作られた大量の砂が俺の放った光弾を津波の如く飲み干さんと迎え撃つ。瞬きする間もなく激突する二つの力。打ち勝ったのは光弾だった。
「む?」
予想外だったのか眉をひそめる魔将。そのまま風通しのよい体になるかと思いきやーー
「ふん」
魔将は動じることもなく素手で虫でも払うかのように光弾を弾いて見せた。そして俺の方もーー
「下がれ。支配者には触れられない。『風壁』」
光弾に貫かれたにも関わらず小癪にも俺へと迫ってきた砂の海を風の魔法で吹き飛ばす。
「カッカッ。良いの。良いの」
俺の反応に魔将は手を叩いて笑う。心なし最初と比べて目が血走って見えるが、すました顔よりはそちらの方が断然好みだ。
それにしてもいくら魔法の激突で多少威力が減衰しているとはいえ『星の刃』を素手で払うとは。俺の中で警戒と歓喜が同時に跳ね上がる。
「クク」
自然と口角がつり上がる。ああ、良いぞ。良いぞ。もっとだ。もっと見せてみろ。その実力を。王が屈服させるに相応しい獲物であると証明して見せろ。でなければ疾くと死ね。
「セット「重層剣撃」」
指輪が発光し、俺の周囲にいくつもの剣が出現する。本来ならこれを魔力式念動力で操り敵を切り刻むのだが、恐らくそれではあの魔将は倒せないだろう。何よりも小手先の技よりも圧倒的な力こそが王に相応しい。
刀身が一斉に発光し、あっという間に剣は光の塊となった。
「むう」
それを見た魔将からようやく余裕が少し薄れた気がする。
このデュランダルの指輪を使った攻撃の最大の利点は第一級に近い威力の攻撃を連射できることだ。無論消耗もそれなりだが、自分だけの力でこの威力の魔法を使おうと思ったら倍どころではない魔力が必要となる。魔術で再現ともなれば更に負担は大きくなるだろう。
つまり何が言いたいかと言うと、いかに魔将と言えどもこのレベルの攻撃を防ぎきるのは容易なことではないと言うことだ。
「王に逆らう不届き者め。今度こそ本当に終われよ。『星の雨』
刀身の長い剣によって先程の倍にも及ぶ威力に増幅された攻撃が魔将へと降り注ぐ。それは最早光弾ではなく流星。俺の魔力によって作られた剣がその身を燃やしながらエネルギーの塊となって落下する。
「ぬおおおお!!」
それは闘志を込めた雄叫びが、あるいは断末魔の叫びか。どちらにせよ聞いていてとても気分が良くなった。
そして降り注ぐ流星が止んだ時、新たに地面に現れた大穴の代わりに魔将の姿は何処にもなかった。
「クッ、……クク…アーハッハッハ!」
俺は笑った。俺は勝ち誇った。何が魔将だ! まさにザマアミロだ! 会場を見渡せば誰も彼も黙り込んでいた。この王の勝利を称えぬとはけしからん奴等だ。だがそんなことはどうでも良くなるくらい実に晴れ晴れとした気分だった。
「な、なんと言うことでしょうか? し、信じられません。まさか、まさかエルディオン様が敗ぼ……」
「するわけなかろう」
「あ?」
最高の気分を台無しにするそのあり得ない声に振り返ってみれば、大穴から土で出来た巨大な蛇が姿を現した。蛇の頭には五体満足の魔将の姿、その体からは煙が上がり服は大きく破れていたが、本人に目立った外傷はなかった。
「ふん。侮っておったわ。まさかこれほどとはな。カッカッ! 実に実に愉快だ。これなら少しくらい本気を出しても構わんか」
言った途端、魔将の額から角が生え、ただでさえデカかった体が更に大きくなり肌も赤黒く変わる。蛇が魔将の重さに耐えきれなくなったかのように潰れて消えた。
「な、なんとー。エルディオン様が角を解放。これはもう、本当にヤバイのではないでしょうかー。誰か魔王様に連絡をお願いします。繰り返します。魔王様への連絡をお願いします」
上空でウサ耳が余計なことを叫んでいる。煩いので撃ち落としてやろうかとも思ったがよく見れば中々に強い女なので止めておいた。あれはこのジジイを倒したら戦利品として頂くことにしよう。
「あやつめ、勝手なことを。……どうする? 詫びればここまでにしてやらんこともないぞ」
「寝惚けているのか? 詫びるとしたら王に逆らったお前の方だろう」
「良いのか? 魔王様の性格からして必ず貴様を助けに来るとは限らんぞ」
「ゴチャゴチャうるせぇ。死ね」
魔法具を使い光弾を放つ。だが今度は魔法で対抗しなかったにも関わらず俺の放った光弾は奴の体表に容易く弾かれた。角を出す前と比べて身に纏う魔力が異常に上昇している。
「……ああ、そうか。有角鬼族だったな。角を出したこれからが本番と言うわけだ」
確かあの角には悪魔の角や翼同様、魔力を生成する機能があったはずだ。
「魔王様の手前一応手加減はしてやるが、死んでも恨むなよ小僧」
「お前こそ負けたときの良いわけに手加減を口にするのは止めろ。本気で掛かってこい」
魔王、魔王と気にしているが、ウサ耳の要請通り連絡が行ったとしてもここに誰かがやってくる前に勝負は終わっているだろう。当然俺の勝利という形でな。
「ふん。言いよる。ならば行くぞ」
グオオオオ! と魔将は獣のごとき咆哮をあげて馬鹿正直に正面から殴りかかってきた。その速度、五メートル近い巨体とは思えぬ速さだ。
「上等だ」
悪魔の翼を大きく広げ俺も前へと駆ける。そして正面から魔将を向かえ打った。
「ヌオオオ!」
魔将の巨大な拳が迫る。それに対して俺はーー
「支配者よその富を示せ『強化』」
肉体と言う限定された空間を第二級魔法で強化し、魔将の拳に拳を持って応える。直後に右腕を襲う衝撃。互いに魔力の生成器官を解放した状態だが、俺はその上で『強化』の魔法を使っている。これで互角という状況は少々不味いな。
「くう、やりおるわい」
笑いながら第二、第三の拳を繰り出してくる魔将。俺は肉体強度を比べ合うのは不利だと認め、魔将の攻撃を紙一重で躱す。
「どうしたぁ? 逃げているだけでは勝てんぞ」
「……言ってろ」
俺は戦闘中にゴチャゴチャ五月蝿いジジイの隙をつき、魔力『波』を纏った拳を叩き込んでやった。
「おっ? おお?」
俺の洗練された魔力操作により魔将の内部に魔力の振動が送り込まれ一瞬魔将の体が硬直、だがすぐに硬直からの弛緩が訪れる。俺はこの刹那。硬直から弛緩の間に訪れるもっとも肉体が無防備な隙をついて魔力『突』を纏った拳を魔将へと叩き込んだ。
「ぐ、おお?」
手応えあり。殴られた魔将の腹から初めて血が吹き出した。更にここぞとばかりに追撃する。たった今魔将にダメージを与えた『二重の魔撃』をベースに拳や蹴りを雨あられと浴びせてやった。だがーー
「ククク。カーカッカッ!!」
血だらけになりながらも嬉しそうに笑って魔将は反撃してくる。何だこいつ。その気持ちーーとても良く分かるぞ。
「フフ。アッーハッハッハッ」
俺も笑う。魔将の攻撃を捌き、更に反撃を加えながらも笑う。楽しくて。愉しくて。タノシクテ。ああもっと、もっとだ。血に塗れ、死を招き、生にしがみつく。最高の快楽がここにある。
正面から堂々と殴りあっているように見せながら、互いに技巧を尽くす。少しでも自分が有利に、相手が不利になるように小細工を忘れない。血湧き肉踊るこの瞬間、それを楽しむお互いに間違いなく強い共感を抱きながらも、それでも相手を出し抜こうと視線や構えに嘘を仕込む。
当然だ。目指すのは友情ではなく勝利なのだから。勝者は肯定され、敗者はただ屍を晒すだけ。高度な文明を持ちながらも自然の摂理を忘れない。これが魔族。ああ、何て居心地の良い世界なのだろうか。とろけるような陶酔感に浸りながら俺の体は更に加速する。だがーー
「ぐお!?」
一見互角に見えた肉弾戦。しかしついに拮抗は破られた。胸に突き刺さる魔将の一撃。血反吐をぶちまけながら反撃するがあっさり躱され、だめ押しとばかりに反撃が飛んでくる。右ストレート。そう思い捌こうとしたが飛んできたのは右上段蹴り。丸太のような足が視界の外から鞭のように現れ、気付いた時には頬に直撃していた。俺は堪えることもできず無様に地面を転がされる。
「く、そ」
予兆はあった。こうなる少し前からこちらの攻撃が芯を捉えなくなったのだ。経験の差。それが浮き彫りになりつつある。こちらの動きは全て見切られ、逆に向こうの嘘は巧妙にこちらを欺き出した。潔く認めよう、近接戦闘での勝ち目は消えた。ならばーー
「どうした? 終わりか小僧ぉー!!」
倒れる俺を踏み潰さんと魔将が迫る。
「チィ」
俺は腕の力だけでその場から跳躍、踏み潰されるのをなんとか回避する。
「セット「重層剣撃」 付加 革命者よ雄叫びを響かせろ『雷撃』」
空中で剣を具現化し、その刀身に第二級の魔法を流す。俺の魔力増幅に特化した刃はその刀身で雷の威力を高めてくれる。
「行け」
地面に着地すると同時に雷を纏った六本の剣を魔将目掛けて放った。これならあるいは……。そう思ったのだがーー
「ぬるい、ぬるい、ぬるいわー!」
腕で、あるいは体で、雷によって威力を増した剣を弾き飛ばしながら魔将はこちらへと一直線に駆けて来る。一体どんな鍛え方をしたらそんな体を獲得できるのか。まったくもって最高だ。
「革命者は両手を掲げた『炎壁』」
「効かんわ!」
地面から天高く伸びる炎の壁も魔将の足は止められない。だがーー
「む?」
炎の壁によって魔将は一瞬俺の姿を見失う。その隙に俺は上空に昇っていた。ハッ。頭がお留守だぜ、ジジイ。
「君臨者の命により堕ちよ重力『グラ…』」
「ちょこまかと、小賢しいわ!」
直後、魔将を中心に魔力が振動の波となって周囲を襲った。
「な?」
俺はその振動をもろに浴びて吹き飛ばされる。無詠唱? いやこれはーー
「何て雑な魔力の放出だ。しかしそれでこの威力か」
地面を転がった体を起こしながら思わず愚痴った。術とも言えないただ魔力を力任せに放っただけの攻撃。普通はそんなもの体から少し離れたら霧散して消えるものだが、それがこの威力とは。つくづく魔将と言うのはデタラメな連中のようだ。
「エ、エルディオン様。私達を殺す気ですか?」
上空をカトンボのように飛んでいたウサ耳が魔将の近くで叫ぶ。見ればどうやら先程魔将が放った全方位への魔力振動で乗っていた魔法具が壊れたようだ。
「貴様が中におるからだろうが。見てみい、客席には届けておらんわ。第一そんな大袈裟な威力でもない。最も至近距離で受けた小僧がピンピンしておるではないか」
「いやいや。リバークロス様を基準に考えないでください。あの方どう見ても完璧に魔王様の血を引いてますよ」
「たしかにの。失敗したわ。これなら『牙』の連中に譲らず儂等の方が……む?」
俺の変化に気付いた魔将が鋭い目でこちらを見てくる。まったくこの王を差し置いて呑気に会話とは……舐められたものだな。本当に。ああ、本当に!
「殺してやるよ」
俺は極限まで魔力を練り上げる。周囲の物や魔族達への配慮もやめだ。死にたくなければ勝手に逃げろ。巻き込まれたらそいつがとろかっただけの話だ。
「ほう」
俺が生成する魔力の量に魔将は感心した様子で顎を擦る。その横ではウサ耳がぴんと立てていたウサ耳を半分に折り、じりじりと後退していく。
「ひえー。何ですかあれ? 絶対年齢詐称でしょう。あんな十二歳がいるはずないですよー」
「似たようなのが軍のトップをやっとるじゃろうが。ほれ、さっさと逃げんと巻き添えを食らうぞ」
「分かりました。予備のフライを使って実況します」
背中を見せて去って行くウサ耳。
「む? あやつ変なところで仕事熱心だの」
それを見送る魔将。俺はようやく茶番は終わりかと舌打ちした。魔将はそんな俺の態度を気にした風もなく何処か楽しげに問いかけてきた。
「どうやら最大威力の魔法を放つようだが、儂がそんな隙を与えると思うか?」
詠唱に入れば一直線に駆けてくるつもりだろう。溜めの長い魔法は強力だが打つ前や撃った後に隙が多いのが欠点だ。
「邪魔したければすればいいだろう。それごと撃ち抜いてやる」
魔将の攻撃を躱しながら詠唱を完成させ、至近距離で最大威力の第一級魔法を喰らわしてやるぜ。
「ふん。儂の攻撃を躱しながらも詠唱を完成させる自信があるということか。だがの、別に儂は魔法に自信がないわけではないのだぞ」
そう言った魔将の体から魔力が吹き上がった。だがすぐに襲いかかってくるような気配はなく、魔力は魔将の中で更なる熟成を待っている。溜めの構え。それの示すところはーー
「魔法の撃ち合いか」
「怖いか? 下手をすれば即死だぞ」
最大威力の魔法をぶつけ合うのだ。もしもどちらかが一方的に劣っていた場合、その劣っていた方は魔法を放った反動で避けることも出来ず魔法に飲み込まれるだろう。
「ご託はいい。行くぞクソジジイ」
「来るが良い。小童め」
そして俺達はまったく同時に詠唱に入った。
「闇の深淵から皇帝がお前を呼び起こす」
「見渡す限りの大地を我が物に。これぞ皇帝の偉業なり」
互いに皇帝の主言語を使った第一級形成魔法。放出魔法では同レベルの形成魔法に勝てず形成魔法に有利な空間魔法は撃ち合いには向いていないのでこれは当然の選択だろう。
「革命者よ光に背き者よ。時は来た。いざ、光の秩序の崩壊を。汝、全てを飲み干す者なり。汝、光を永遠に損失せし者なり」
「かつて革命者であった者よ。獲得と損失の天秤はどちらに傾いた? あの日流した数多の血に何か一つでも贖えただろうか?」
革命者と言う第二級形成魔法の主言語を入れてくる。二重名詠唱。だが恐らくこのままでは終わらず、必ず向こうも第三級の主言語を入れてくるだろう。
第一級魔法の三重名詠唱。条件は同じ、後はどれだけ力ある準言語を組み込み、魔力を効率良く魔法に流せるかどうか。向こうの出力も大したものだが『術』が大きく勝敗を分ける勝負で俺が負けるはずがない。
「おっおー? 圧倒的な魔力が渦を巻いております。これはいけない。解体場の結界が持つとは限りません。皆様大変恐縮ですが解体場規則第四項に乗っ取り、避難勧告を出させて頂きます。繰り返します。避難勧告を出しました。これより先は生産区組合は皆様の生命を保証できません。この場に残る皆様は自己責任でお願いします。死にたくない方は係員が誘導しますので、落ち着いて避難を開始してください」
こりずに魔法具で空に上がったウサ耳が叫んでいる。だがその言葉に従って避難を開始する者は誰もいなかった。皆が固唾を飲んで俺達の勝負の行方を見ている。ハハ、良いだろう。命を担保に特と見るがいい。魔将の一人が生き絶える様を。
客席の無言の熱狂に俺が気を良くしていると、そこでふと視界に映るものがあった。俺の作り出した魔法の槍に守られるように囲まれた人間達だ。魔将の魔力波の影響か殆どが地に倒れているが一人だけ小さな子供を抱え必死に結界を張り続けている女がいた。
何だ? あの人間共は。あんなところにいれば今から起こる魔法の激突で骨も残らないだろう。
「騎士の誓いを胸に、さあ雄々しく立ち上がれ。汝達こそがこの星の怒れる意思なり」
人間に気を取られたせいで魔将の詠唱が俺より先んじる。
ちぃ、何て下らないミスを。どうでもいい人間のことなど放っておけ。何のために戦っていると思っているんだ。あんな連中関係…、そこで何かが気になった。関係ない?…本当に? 唐突に脳裏に強くて弱い目をした二人の女の姿が浮かんだ。そうだ! そうだった! 一体何の為にここに来たのか、それを思い出す。関係ない…わけないだろうが!? 俺…じゃない儂は一体何をやっとるんじゃ?
ガツン、と頭をぶん殴られたような衝撃と共にようやく肉体の衝動を振り切って儂の理性が復活する。
まさかこの儂が肉体の衝動に理性を引っ張られるとは。儂三百歳なのに。まさに汗顔の至りじゃ。いや、今はそんなことを言っている場合ではない。このまま魔法を打ち合えば確実にあの者達は死ぬ。とにもかくにも、まずは魔法をキャンセルせねば。
とは言え既に二つの主言語を使って魔法をガンガンに起動させている状態じゃ。ここから完全なキャンセルは難しい。何とか別の……防御魔法に変換するしかない。
「さあ? どうしたぁ? ここで死ぬか小僧! 『壮大なる反乱』」
などと考えている内に魔将が魔法を完成させた。大地が殴りかかって来たのかと思う程の大量の土砂。無論魔力で作られたのじゃからただの土と砂のはずもなく、あれに飲み込まれたら只ではすまんじゃろうな。と言うか死ぬじゃろうな。
その時ふとある考えが脳裏をよぎった。今ならまだ間に合う。この第一級魔法をこのまま放てば少なくとも儂は助かる。と言うかもうそれしかないじゃろう。あやつ等には可愛そうじゃがどのみち儂が来なければ死んでいたのだし諦めてもらうしかないの。そう思ったのじゃがーー
目があった。魔将の攻撃で倒れたらしい第二王女を抱き締め、どこか恨めしく、あるいは懇願するように儂をまっすぐ見つめる金色の瞳。よせ! 止めろ! そう叫んだのは儂の中の人間と魔王どちらであったのか。どちらにせよ儂は動いた。……動いてしまった。
「クッソタレがぁ~!!」
現代で鍛えられた『術』を持って魔法に無理矢理介入し、既に一つの魔法として出来つつあったその形を無理矢理変えていく。
「ぐ、おお?」
予想以上の反動に体が悲鳴をあげる。骨が軋み肉が裂け、血が吹き出す。しかしその甲斐あって何とか魔法の変更を可能とした。
「守護の光」
魔法名のみの発動。魔力も殆どが魔法の変更に消費してしまい頼りない守りじゃが、これでなんとかーー
ジュ。
「は?」
苦労して展開した魔法は一秒たりとも時間を稼ぐこともできずあっさりと消失した。なんだ、それ? いや呆けておる場合ではない。何か、何か次の手をーー
しかし第一級魔法と言うとてつもないエネルギーを途中でねじ曲げ、他の魔法に変更したダメージは思った以上に儂の体に深刻なダメージを与えていた。只でさえ全力で魔法を放った後は反動で動きが鈍ると言うのに、これでは……。眼前に迫る巨大な魔法。儂は思考の速度を上げて起死回生の一手を考える。考える。考えーー
「嘘、じゃろ?」
次の瞬間何も出来ぬ棒立ちの儂を魔将の魔法が飲み込んだ。あれ? これ死ーーー