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生産区を取り仕切る者 

 儂の拳を受けたシャドードックはまるで爆弾でも食らったかのようにバラバラに四散した。


 まだ小さかった頃とは違い成人体型の儂の拳はなんの工夫もないままに下手な魔法よりも威力がある。最大級のシャドードックだろうがなんだろうが、中の上に届くかどうか程度の魔物など、最早儂の敵ではないわ。


 開始の合図も待たない儂の行動に、しかし周囲から上がったのは歓声じゃった。こやつら基本的にお祭り好きと言うか、血が好きなんじゃろうな。おお、怖や。怖や。


 さて、残るシャドードックは一体なんじゃが、こやつ青年騎士を捕らえたままお座りをして動こうとせんのじゃよな。あれか? 演出ですぐ殺さないように仕込まれているのじゃろうか? ふーむ。アンデットの癖に賢いワンちゃんじゃの。どれ、殺すのは可愛そうじゃし手加減してやるかの。


 そう言えば王妃達は大丈夫じゃろうか? 見れば捕らわれて動けない青年騎士を除いて全員が王妃の下に集まっておった。

 老兵も女傭兵も無事なようじゃし、あの二人と王妃が固まっておれば、何があっても逃げるくらいはできるじゃろうな。


「ぐ、がぁ!?」

「ん?」


 空気を求めて喘ぐような声に視線をシャドードックに戻せば、青年騎士が苦悶の表情で歯をくいしばっておった。


 状況の変化にシャドードックがどういう判断を下したのかは分からぬが、どうやら青年騎士を捕らえておる脚に力を込め始めたようじゃな。青年騎士の顔がヤバイくらいに赤くなりよる。このまま放っておくとかなりグロい事になりそうじゃ。まぁそれより先にシャドードックがそうなったんじゃがの。


 真っ赤な花火が解体場に弾けて地面に落ちた。


 儂の動きにまったく反応できないシャドードックの目と鼻の先に踏み込んだ儂がそのままぶん殴った結果じゃ。


「え? あ?」


 未だに真っ赤な顔をした青年騎士が焦点の合ってない目で儂を見る。

 儂はそんな青年騎士の首根っこを掴むと、王妃達めがけて青年騎士をぶん投げた。どうやら青年騎士は老兵が受け止めたようじゃが、そんなことよりも気になることがあった。


 ……おかしい。死ぬかどうかのギリギリでぶん殴ってワンちゃんを上手いこと見逃してやるつもりだったんじゃが、結果は見ての通り凄惨の一言。戦いの最中に居るのじゃから殺すつもりのない敵を殺してしもうたからとそれで動揺するほど(わか)くもないが、魔術師として自分の力がコントロール出来ていないのは大問題じゃ。しかしはて? ……どうしてミスったんじゃ?


 儂が首を捻っておると黒い騎士団がやって来た。王妃達を絶望させたダークナイト達じゃ。人が考え事をしている最中に襲いかかってくるとは……。普段の儂からしたらあり得ないほどイラッとした。


「串刺し皇帝に捧げる贄となれ『掲げる(ダーク)(ランス)』」


 ダークナイトの足下のみならず、客席と王妃達の場所を除いた解体場中の地面から幾万もの黒い槍が飛び出し黒い騎士達を串刺しにした。

 出現した槍の数に比べ、実際にダークナイトを刺した槍はほんの僅か。明らかなオバーキルなのじゃが数多の槍に貫かれ晒し者のような醜態をさらす騎士達を見ると酷く胸がスッとした。血が流れないのが非常に残念だと思う。……思う? いやいや、思っちゃ駄目じゃろ? 何じゃ? これは一体どうしたことか。暗示を使ってもいないのに思考が暴力的な方向へと流されておる。ストレスか? 原因はストレスなのじゃろうか?


「おおっと。これはすごいぞー。解体場が魔法の槍で覆いつくされたー。皇帝の主言語を使った第一級形成魔法。エグリナラシア様もそうだったが、普通その年で扱える魔法ではありません。魅せた! 魅せた~!! これぞ魔王の血の真価。しかしこちらもこれで終わりではない。真打ちの登場だー」


 ウサ耳の言葉が終わるや否や、物凄く大きな足音が聞こえてきた。ドン。ドン。ドン。


「皆様ご存じのことでしょう。この解体場で時に繊細に、時に激しく、数多の生物をバッラバラにしてきたこの解体場のチャンピオン。イッコちゃん、満を持して登場でーす」


 直後、「ウオァー」とここにいる数万もの観客達の歓声をかき消すほどの雄叫びが響き渡った。そして程なくして大型生物専用と思われる入り口から一つ目の巨人が姿を現すのじゃった。


 一つ目。巨人族が産み出した魔物にして、成長した個体なら一体でも小さな国ぐらい落とすと言われておるかなり高位の魔物じゃな。


「ウオオオオオ!!」


 咆哮と共に手に持っておる棍棒を振り回し、一つ目は解体場を埋め尽くす儂の作った魔法の槍を打ち壊そうとする。そうしないと中に入ってこれないんじゃから当然の行動じゃな。しかしーー


「グ、オオ?」


 棍棒は槍に触れた途端弾き返され、一つ目はその勢いで数歩後退した。ふふん。第一級という大量の魔力を注ぎ込んで作った儂の槍が簡単に壊れるわけがなかろう。同じ主言語を唱えてもいかにうまくシステムを活用するかでその威力は大きく変わる。そしてシステムを活用するに欠かせないのが魔力操作じゃ。自慢になってしまうが、同程度の魔力で同じ魔法をぶつけ合ったら、大抵の者に勝てる自信が儂にはある。まして魔物なんぞに儂の槍は破れんわい。


 儂は王妃達を囲んでおる槍を残して他の槍を魔力を使った念動力で持ち上げた。万にも及ぶ槍が一斉に浮く光景は自分で起こして起きながら中々に壮観じゃわい。儂は持ち上げた幾万もの槍を一つ目へと放った。


「ぐおおおー」


 雄叫びを上げて降り注ぐ槍を迎撃しようとする一つ目じゃが、棍棒ごとあっさりと貫かれ、あっという間にハリセンボンみたいな姿になって生き絶えた。それを見ても暗い感情は湧いては来ない。あるのは魔術師として必要なことをやったと言う冷徹な感覚だけ。……ふむ。いつも通りじゃな。とするとさっきのは何だったんじゃろうか?


「イ、イッコちゃーん!! これは予想外! これは予想外だー!! まさか一つ目をまるで問題にしないとは~。恐るべきは魔王の血か? それとも麒麟児と呼ばれるその才能か? どちらにせよこれで終わりなのか生産区組合。…と言うか終わっちゃても良いんじゃないでしょうかね、はい」


 最後だけ小声になるウサ耳の発言に観客から再び野次が飛び始める。どうやらこの程度では消化不慮のようじゃな。ーーふっ。何か知らんが儂もテンション上がってきたし、ヤると言うのなら、とことんヤっても良いんじゃぞ?


 などと、やはりどこか儂らしからぬ好戦的な思考を抱いたとき。それはやって来た。と言うか降って来た。

 轟音。血によって練り固められた解体場の地面が大きくひび割れ、砂煙が上がる。ひび割れた地面の中心に超重量の何かがおった。目を凝らす。目が合った。瞬間大気ごと体を裂かれたと思う程のプレッシャーが儂を襲った。


「ふん。まさかその年で一つ目を一蹴とは。さすがは魔王様の子と言ったところか」


 ツンツンと尖った白髪。目や口や頬に走る傷がえらく似合っておる強面。その体は筋肉ではち切れんばかりに盛り上がっており、身長もかなり高い。一応儂、長身の部類に入るんじゃがそんな儂より二回りくらいはでかいの。


「お? お!? おっお~と~!? まさか、まさかの展開が続き、ここで更にまさかが続く~。皆様聞いてそして驚いてください。エルディオン様の登場だー!!」


 今までで最大の歓声が儂の鼓膜を襲った。エルディオン。確かアクエロちゃんが教えてくた、覚えておいた方が良い魔族リストのかなり上の方にのっておったの。


 その正体はたしかーー


「皆様当然ご存じでしょう。エルディオン様は生産区を取り仕切る鬼族角派をまとめ上げる我らが偉大なるボスにして魔王軍最高幹部『魔将』のお一人。その実力はあの殲滅のシャールエルナール様に続き堂々の第四位。轟く者エルディオン。このお方を前に、さぁどうするリバークロス様ー」


 儂の記憶を肯定してくれるウサ耳に感謝しながら、さて本当にどうするかと儂はエルディオンとやらを観察する。エルディオンは儂や周囲の視線を一顧だにせず、儂が放った槍の所まで行くと地面に突き刺さっておる魔法の槍を一つ抜いた。


 何じゃ? まさかそれを使って攻撃してくるつもりじゃろうか? なら今の内に魔力操作で爆発させてやろうか。あの槍は儂の魔力の塊じゃからそれくらい造作もないのじゃが。


 儂だけではなく会場中の魔族が魔将エルディオンの一挙一足に注目する中、エルディオンは大きく口を開けるとーー


 ガリ。バリボリ。ガリ。


「は?」


 儂はその光景にあんぐりと口を大きく開けてしもうた。


 ーーゴクン。


「ふん。なるほど、旨いな。年を考えると信じられん構成(あじ)だ」


 ええー? いやいや、信じられんのはお主の方じゃて。なに? 何なの? 普通食べるか? いや、確かに物質化したとはいえ、元は魔力なんじゃから取り込めたらそりゃあエネルギーになるかもしれんが、エネルギーを吸収するにはそれなりのプロセスが必要で、そんな簡単に他人の魔法を取り込めるはずがないのじゃが……。


「どうした? かかってこんのか?」


 そう言って儂を見る魔将は至って平然としており、腹を壊しているようには見えなかった。


「……あんたとやりあう理由がない」


 って言うか、魔将は反則じゃ。魔将はヤバイ。過去シャールエルナールと戦った時の苦い気持ちが甦ってくる。


「ならばその奴隷どもは諦めるか? それに理由ならあるだろうが」

「何のことだ?」


 王妃達以外に戦う理由? これはあれじゃろうか? ここまでやった以上ケジメをつけなければならないとか、そう言うあれじゃろうか?


 やだな~。儂そう言うの苦手なんじゃよな。しかしそんな儂の心配をよそに魔将が口にしたのは思いもよらぬ言葉であった。


「気づいておらんのか? 貴様、笑っているぞ」

「…………は?」


 何のことかと儂は自分の顔に触れてみる。すると間違いなく頬がつり上がっておった。ええー、何じゃそりゃ? 何でこの状況で儂笑っとるんじゃろうか? まさかストレスで変な性癖に目覚めたとか? おのれストレス恐るべし。


 などと考えている間にも異変がまた一つ起こった。ドクン。ドクン。ドクン。あの魔将が出てきてから突然儂の心臓が異常に高鳴り出したのじゃ。まさかこれは……恋?


 ドクン。ドクン。ドクン。


「何てバカなこと考えてる場合じゃないか」

 

 可笑しい。絶対に変じゃ。この自分を見失いそうな感覚はかつてエイナリンとガチバトルをした際、暗示を使ったときの感覚に似ておるが、今回儂はまだそんなものを使ってはいない。ならなんじゃ? あと考えられるのはーー


「俺に何かしたか?」


 今日の儂は確かに少し変じゃったが、それでもここまであらかさまではなかった。こいつじゃ。こいつが姿を見せてから一気に体調が変化した。


「何を戸惑っておるのかは知らんが、その感覚は貴様の体が臨戦態勢に入っただけであろうが」

「は?」


 いやいや、お主こそ何を言っておるんじゃ? さっきからずっと儂は臨戦態勢、というかバッチリ戦っておったろうが。


「ふん。それとも何か? 確実に勝てると分かっている者としか戦えず案外ビビっておるだけか? 中々骨がありそうな小僧と思い出張ってみれば、これはとんだ儂の見込み違いだったかな?」


 またもや何を言っておるんじゃこやつは。儂がどれだけ現代で死線を潜ってきたと思っておる。命がけの勝負などやり慣れておるわ。と、そこまで考えてふと気が付いた。この体になってから命がけの勝負は初めてではなかろうか? 大抵は負けても死なないと分かっているものか、あるいは負ける気が全くしないものばかり。


 事実死なないまでも負けたらヤバイと思ったエイナリンとのバトルでも儂はかなり好戦的になったの。……ふーむ。しかしやはりあの時とも何かが決定的に違うんじゃよな。


 いつまでたっても動かない儂に魔将エルディオンが訝しげな顔をする。


「どうした? 何故なにも言い返さん。まさか本当にビビっておるわけではなかろうな」


 そんなわけはないが、何か言い返すのが面倒で儂はやはりだまっておる。


「貴様……いや、そう言えば今夜だったか? 貴様が支配者の儀を受けるのは。ならばあるいは今まさに『種の目覚め』の最中なのか? …カッカッ。だとすればこれは面白い」


 うるさい。黙れ。さっきから何をゴチャゴチャ言っているんだこいつは? ……何だか今度は酷くイライラしてきおった。支配者の儀? …そう言えば何故マイマザーは十三歳を成人と定めたんだったか? なにかこの年が基準となるような何かがあったような……。


「面白い。貴様の『目覚め』。それがどれ程のものかこのエルディオンが直接確かめてくれよう」


 そう言って腰を落とす魔将エルディオン。何じゃ? 儂と殴り合う気なのか?


「ぷっ。ク、アハハ」


 それを見た儂はつい笑ってしもうた。可笑しくて。おかしくて! オカシクテ!! 儂はただ笑う。しかしはて? 何が可笑しいんじゃろうか? まぁどうでも良いかそんなこと。


「アッハッハッハ! クァーハッハッハ!!」


 腹を抱えながらふと辺りを見渡せば、あれほど騒がしかった周囲が完全に静まり返っていた。どうしたんじゃろうかと少しだけ気になったが、すぐにどうでもよくなった。


 ああ、体の内から信じられないような力が溢れて来る。この充足感。この途方もない快楽。儂が儂の中に溶けてしまいそうじゃ。


「おい、ジジイ……」


 気付けば儂は口を開いておった。えーと、何を言うつもりだったかの? 停戦の提案? 妥当な落とし所の模索? いやいや。違う。違う。そうではない。そうではなくて叫んでおるのじゃ。儂の……俺の中の魔王()が、(おれ)に楯突く目の前の愚か者をーー


「ぶっ殺せってなーー!!」


 そうして俺は魔将第四位に殴りかかった。


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