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やっぱりこうなった

 儂の御主人様発言の後、再び訪れた静寂。おお? 王妃にのみ言ったつもりが、魔族の聴力と静寂が手伝って殆どの者に聞かれたようじゃぞ?


 そう思ったのは決して勘違いではなく、それを肯定するかのようにウサ耳が上空で叫びおった。


「な、何と言うことだー。皆様、お聞きになられたでしょうかぁー? ヒートアップした馬鹿野郎の乱入と思いきや、まさかその乱入野郎の正体は、十三歳未満ゆえに今だ公式の場に現れたことがない最後の魔王の子供。あの魔王様の懐刀『死蝶華』エラノロカ様に生後まもなく天才と言わしめた魔王の麒麟児、リバークロス様の登場だぁー」


 うおおおお! と物凄い大歓声が場を揺らした。おお? 儂、と言うかマイマザーは相変わらず人気じゃの。これなら案外すんなり話が通るのではなかろうか。


「さてさて、本来ならここで噂の麒麟児への取材を敢行。もしもこれで騙りなら魔生捨てたとしか思えないぞ馬鹿野郎ー。ってな感じでやりたいところではありますが、本物だった時、後が怖いのでその辺はノータッチで行かせてもらいます。本物と仮定して問わせてもらうぜリハークロス様。聞き間違いか。いや、きっとそのはず。しかし問わずにはいられないこの性分。今、そこの盾の連中を奴隷にすると言いませんでしたか?」


 儂の周囲にゴルフボールにプロペラがついた様な物が幾つか近づいてくる。ひょっとしてカメラかあるいはマイク的な役割の魔法具じゃろうか? だとしたら普通に喋ればここにいる全員に聞こえると言うことで良いのかの? どうしよう。物凄くマイテス、マイテスとやりたいんじゃが。


 い、いや、ここでそんなことをすれば今一格好がつかん。最悪今から戦闘になるんじゃから威厳は必要じゃよな。……よし。ウサ耳よ、これがマイク的なものだと信じるぞ。


 儂はなるべく威厳が出るよう、キリッとした表情を作った。


「聞き間違いではない。こいつらは俺が貰う」


 普通に喋ったはずのその言葉は客席中に響き渡った。ふぅ。どうやら恥を掻かずにすんだようじゃわい。


「まさかの展開来たぁー。盾の象徴の処刑のその最中、魔王の息子が反則ごめんの待ったをかける! これは一体どうなるんだぁ~!? 処刑は中止なのか? しかしそれはいくらなんでも横暴と言うものではないだろうか? そうだろ? みんなぁ~!!」


 ウサ耳の言葉に賛同するように「そうだ、そうだー」と客席からの大ブーイング。このままいけば野次ではなく魔法が飛んできそうな雰囲気じゃて。ふーむ。やはりマイマザーの人気だけで乗り切るのは難しいようじゃな。


「しかし待て。落ち着けお前達~。煽っておいてなんだが責任問題が発生した場合私が困る。それに魔王の麒麟児とまで呼ばれるリバークロス様のことだ。何か深い理由があるはずだ。キレるのはそれを聞いてからでも遅くはない。そうだろー?」


 ウサ耳の言葉に少し落ち着きを取り戻す観客達。はぁ、ここで魔族の誰をも納得させられる理由があれば良かったんじゃが、残念ながらそんなものはない。だから当初決めておいた理由でごり押すしかないの。


「理由か、それなら簡単だ」


 儂は魔力を放つとそれで王妃を掴まえて、儂の所まで持ってくる。それを見ている観客達の中からどよめきが起こった。このサイコキネシス的な魔力の使い方はかなりの高等技術。強い魔力を持つ者なら人を吹き飛ばす魔力を放つことは容易いが、対象を壊さない出力調整と一から十まで手動で魔力をコントロールし続けなければならない高レベルの魔力操作の二つを平行して行うのは難しい。特に現代で鍛えられた儂とは違い、魔法というシステムに生まれた時から頼っている者達なら尚更じゃ。


 とは言え、難易度がそのまま威力とイコールと言うわけではないのがこの技術の面白くも困ったところじゃ。そもそも相手を傷つけないように出力を絞っておるわけじゃから当然王妃が抵抗すれば簡単に振り払われてしまう程度の拘束力しかない。この注目されている状態で人間にあっさり術を破られでもしたら儂、いい笑い者ではなかろうか?


 王妃から見れば所詮儂はただの悪魔じゃし。抵抗しない理由がない。あれ? そう考えると儂、いきなり行動をミスってはおらんかの? 格好をつけておきながら内心ではそんな風にビビリまくりながらも、ミスらないように慎重に術を行使する。しかし突然の事態に混乱しておるのか、あるいは絶望的な状況の中、儂の存在に僅かな希望を見出だしたのか、王妃は抵抗することなく儂の魔力に運ばれて儂の下までやって来た。


「なるほど、美しい」


 儂は腕に抱いた王妃に対して必要以上に体を密着させると、なるべくキザっぽく、そういうことが大好きな魔族にんげんに見えるように振る舞った。

 

 王妃の顔に軽く触れ、指を使って上を向かせる。包帯で顔が半分隠れておるが金色の瞳と髪は強い魔力により微かに発光し、整った容貌と相まって人間とは思えないほどに綺麗じゃった。包容力のある胸といい、これは思ったよりもずっと良い女じゃの。


「何を…」


 儂の行動に眉をひそめる王妃。儂は王妃に最後まで言わせることなくその唇を無理矢理奪った。


「ん? んん!?」


 王妃が儂の腕の中で必死に暴れるが所詮は人間の腕力。……くっ、許せ。これも演出なんじゃ。儂はホント~に仕方なく。やりたくはないんじゃが、あくまでも演出上必要と思い王妃おぬしの口に舌を突っ込んどるんじゃ。

 儂は申し訳ないと思いつつも、せっかくじゃからそのまま暫く王妃の中を堪能した。


「……や、やめなさい」


 やがて我慢の限界に来たのか、王妃の体から攻撃的な魔力が溢れ始めた段になってようやく儂は王妃の口から舌を抜いた。両腕を未だに儂に縛られた状態で王妃は唾液にまみれた自身の口を肩を使って必死に拭う。

 うーむ。当然の反応なのじゃが、こうまで嫌がられるとやっぱり傷付くのう。とは言えここで傷付いた顔なぞするわけにはいかん。儂はむしろ王妃のその態度をいかにも楽しんでいると言わんばかりの邪悪な笑みを浮かべてみせた。


「ふっ。思った通り人間にしては中々の味だ。気に入った。お前を俺の女にしてやろう」

「な、何をバカなことを言っているのですか」


 ふむ。力強い良い声じゃ。抱き心地もよいしギリギリ守備範囲から一つ繰り上げじゃな。


「馬鹿なこと? 果たしてそうかな」

「この身は祖国と夫に捧げたもの。それが例え髪の毛一つだとしても悪魔などの好きにはさせません」

「ほう、例えばお前が俺の女になればここにいる者達が助かったとしてもか?」


 その言葉に唇を再び拭おうとしていた王妃が動きを止めた。


「な、何を言っているのですか?」

「お母さま! 駄目です。悪魔の言葉に耳を貸してはいけません」


 これから脅迫せっとく、と言うところで第一王女とやらが叫んでくる。ええい。お主は隣におる第二王女おこさまの耳と目を塞いで大人しくしておれ。その無垢な瞳がこっちを見ていたら儂の罪悪感が半端ないじゃろうが。


「娘はああ言っているが、……どうする?」

「私に人間を裏切れと仰るのですか?」


 え? そこまでの話……なのかもしれんが、ここまでやった以上納得してくれないと儂が困るんじゃよな。


「俺の女になれば結果としてそうなるかもな」

「私……は…」


 王妃の美貌が苦悩に歪む。即決できるような簡単な問題ではないことは分かるよ? 分かるんじゃが、周囲の視線が痛いんじゃよな。


「さっさと決めろ。ああ、決断の前にまだ幼いお前の娘の顔をよく見ておくといい。意地をはるのは勝手だし、お前達にはその覚悟もあるのだろう。だがあの幼いお前の娘はどうかな?」


 自然と王妃の視線が二人の娘、特にまだ幼い第二王女へと向けられる。儂は王妃の耳元にそっと口を近づけた。


「死は残酷だ。あんな幼い子が一体どんな罪で魔物に蹂躙されなければならない? 全てはお前の返答一つで決まる」


 そう言って儂はいかにも悪魔っぽく王妃の頬に舌を這わせた。


「くっ、この……悪魔」


 唇を噛み締める王妃の瞳から涙が一粒こぼれる。あ、アカン。やり過ぎたじゃろうか? でもここで良い人なんて思われても面倒じゃし。しかしこれでは儂が女の弱味につけ込む極悪人のようじゃな。


 涙を見せた王妃はそのまま俯いて中々顔を上げようとしない。このまま泣き崩れられたらどう収拾をつけようかと不安になったのじゃが、そこは一国を背負う片割れ。俯いていた顔を再び上げた時、そこには強い光が宿っておった。それはフルウが儂に向けた目によく似ておった。


「……本当に娘達は助けてくださいますか?」

「ああ。約束しよう」

「オルト達もでしょうか?」 


 オルト? 誰じゃそれ。


「護衛のことを言っているならそちらも約束しよう」


 と言うかそれ以外は約束できん。しかし儂の言葉に考え込んだ王妃を見るに、どうやら護衛のことで合っていたようじゃ。良かった。これで捕まっている国民全員を助けろとか言うお馬鹿さんじゃったら、フルウには悪いが救出は諦めるしかなかったの。


「……分かりました。貴方のものになります」

「お、お母様!?」


 第一王女が甲高い悲鳴を上げる。叫びたい気持ちは分からんでもないが、頼むから暴れんでくれよ。脚本なんて元々ないんじゃが、それでもこれ以上アドリブが入るのはごめんじゃ。そう思って内心ビクビクしておると意外なことに第一王女は拳を握りしめながらも感情を押さえ込んだ。  


 おお、中々優秀じゃ。そしてそんな姉を不思議そうに見上げる第二王女。アカン。良いことをしておるはずなのにあの無垢な仕草に何故か儂の良心が痛みよる。


 儂は努めて王女達を視界から外した。


「と、言うわけだお前達。悪いがこいつらは貰って行くぞ」


 さあ、本当の問題はここからじゃ。周囲の魔法具で今のやり取りをバッチリ聞いておった者達は、儂がそう宣言しても暫くの間誰も何も言わなかった。しかし木葉に落ちた雨水が重力に従ってやがては地面へと落ちるように、その時は訪れた。


「ふざけんな、てめー」


「何様だぁー。魔王様のガキだからって調子に乗るなよー」


「組合は何やってやがる~。あのガキを早く叩きだせー」


 もうね、何て言うかね、これ以上ないほどの大大大ブーイング。これだけの人数に罵られるのってそれだけで精神的にグサッと来る。来すぎて逆に達観できそうなくらいじゃ。やれやれ十二歳の少年に何と大人げない連中なのじゃろうか。


「み、皆さーん。お気持ちは分かりますが、リバークロス様に対する行動は全て自己責任でお願いします。生産区組合はリバークロス様に対して行った行為で発生した、いかなる不利益にも補償は致しません。繰り返します補償はしませんからねー」


 何だかあのウサ耳も大変そうじゃの。魔族は人に比べて明文化された法は少ないが、だからこそ力関係によって生じる群のルールにはうるさい所があるからの。魔王の息子である儂にどう接して良いのか、さぞかしやりにくいことじゃろうて。まぁ、儂としてはそのやりにくさに助けられておるので、儂が同情するのは筋違いかもしれんがの。


「リバークロス様。貴方が本物の魔王様の息子なら魔族の中から女なんて選びたい放題でしょう。お願いですからその人間は諦めて頂けませんか?」


 説得を試みてくる間はまだ安心じゃな。


「断る。俺はこいつが欲しい」


 腕に抱いた王妃を見せびらかせながら、もう一度口づけをした。ここで重要なのはあくまでも人間ではなく女を欲しがっていると思わせること。何せ今戦時中のようなものじゃし、人間好きと思われるか、女好きと思われるかで儂のこれからが大きく変わりそうじゃ。


 儂が口付けをすると王妃からものめっさ嫌そうな感情が吹き出した。うーむ。この感情が読める悪魔の能力、便利なんじゃがこういう時無駄に傷つくの。儂の行為に周囲からはやはりブーイングの嵐。……アカン。もう泣きたい。


「いやいや、リバークロス様。聞こえてますよね、楽しみを邪魔された皆さんの怒りが。悪いことは言わないから今からでもその人間を置いて帰ることをお奨めしますよ。いや、ホントにね」


 儂だってできればそうしたいわ。じゃがもう引っ込みがつかんのじゃわい。


「くどい。俺はこの女を手に入れると決めた。邪魔をするのならここにいる全員を倒すまでだ」


 って、アカーン。あんまりな状況についイラッとして自分から喧嘩を売ってしもうた。


「おおっと~? いくら魔王様の子供とは言え、まだ支配者の儀も受けてない小僧がこの台詞。これはさすがに大言壮語が過ぎるのではないでしょうかー? ここには歴戦の戦士も山のように来ていると言うのにそんな彼等を前にその発言はヤバイ。ヤバ過ぎですよー。これはどうなる? と言うか責任どうなる? 私はあくまで中立、中立ですからねー」


 会場はまさに一触即発。そこかしこから殺気が飛んでくるが、中には面白がっているようなものや、実力を見極めようとしているものもある。最悪の想定よりは理性的な反応じゃが、その分最悪の結果が出たら簡単には覆りそうもないところが何ともヤバイのう。


 恐らくは上位者の指示を仰いでいるのじゃろう。儂はウサギ耳が魔法具で誰かと連絡をとるのを黙って見る。


 その間も周囲からはブーイングの嵐。ああ、なんか胃が痛くなってきたの。これも全部あの時フルウに関わったせいじゃな。儂は無意識に腕に抱く王妃を強く抱きしめていた。


「んっ」


 王妃は一度ビクリと大きく反応したが、それ以降は儂から顔を背け極力反応しないように努めておる。


 抱き寄せたのは無意識の行動だったのじゃが、なんだか嫌がる女に無理矢理悪さしとるようで気分が悪いの。儂はため息を付くと王妃を解放した。


「あ、あの……」


 儂の機嫌を損ねたのではと王妃が不安そうに儂を見る。事ここに至っては儂に頼るのが娘達を生き残らせられる最後の可能性だと認めたのじゃろう。

 素直に言うことを聞きそうじゃし、取り合えず何があっても良いように指示を出しておくかの。


「娘達と護衛を集めて一ヶ所に固まれ。急げ」

「は、はい」


 娘達の下へと駆けていく王妃。そんな王妃に駆け寄る二人の王女。特に第二王女がお母さんと言って抱きつくところなど感動ものじゃな。……周囲で儂に対する罵詈雑言が飛んでなければ。


「え、えーと。皆様お静かに。ただ今生産区組合の決議が出ました」


 ウサ耳の言葉にピタリと野次が止む。さて、どうなるか。まさかここでいきなり儂を反逆者扱いして殺そうとはせんじゃろうが。もしそうなるようなら……どうしたら良いじゃろうか? いやいや、儂まだギリギリ十二歳じゃし。魔王の息子だし。流石にそれはない。……ない、はずじゃ。


 最悪の結果が出ないことを祈りながらウサ耳の言葉を待つ。演出か何か知らんが溜めすぎじゃ。早く言わんか。


「魔王の息子、リバークロスに告げる。奴隷が欲しければ力を示せ。繰り返します。奴隷が欲しければ力を示せ。な、なんとー。ここから先はリバークロス様対生産区が誇る処刑魔達との闘争だー。本当に良いのか、これー? 相手は十二歳だぞ? 私は中立、私は中立ですよ魔王様ー」


 ウサ耳が半泣きで叫び、今までブーイングの嵐だった観客は一転して歓声を上げた。


 やれやれ、やっぱりこうなったの。まぁ、戦うことは覚悟しておったし、反逆者と認定されて上位魔族のリンチを食らう展開に比べればむしろ最良と言っても良い展開じゃ。

 それにしても本当に何で儂がこんな苦労をしなければならんのじゃろうか? 儂は取り合えず八つ当たりの意味も含めて一番近くにおったシャドードックを殴り飛ばした。


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