乱入開始
解体場とやらに足を踏み入れる。最初に処刑と聞いてどんな陰湿なことが繰り広げられているのかと思えば、血が染み込んでいそうな赤黒い砂の上で繰り広げられるそれは、処刑とは近くて遠い、闘技場さながらの死闘であった。
「善なる君臨者よ、どうかその慈悲を示したまえ。悪しき者を打ち払い、心清き者達を救いたまえ。『光となる叫び』」
全身に包帯を巻いた女から発せられる目映い光が人間を丸呑みにできそうな巨大な黒い犬の全身を焼く。
シャドードック。妄執が重なり合い生まれるというアンデット族の恐るべき猟犬。どれだけの魂を喰ったか、あるいはどれだけの時間生にしがみついたのかで強さが大きく変わると言うが、あのシャドードックの大きさはかなりの年月生きた、恐らくは最大級のものじゃろうな。
「スキル発動『一刀両断』」
「スキル『乾坤一擲』」
「スキル『枝分かれ』」
包帯を巻いた女の前に陣取る三人がそれぞれ光に焼かれたシャドードックにスキルを浴びせる。
まず最初の『一刀両断』とやらを発動させたのは全身甲冑姿の騎士。破れた兜から覗くその顔はかなり高齢の男だった。その老兵から放たれた剣は深々とシャドードックに突き刺さるとそのまま前足を切り飛ばした。怯むシャドードック。その首に次の瞬間穴が開いた。その原因は『乾坤一擲』とか言うスキルを発動させた、こちらは結構年若い騎士じゃな。その騎士が投擲した槍がシャドードックの首に大穴を開けたのじゃ。
ふむ。中々の威力じゃな。しかし武器を手放してどうやって戦いを続行するんじゃろうかと思えば、何と少し放たれた所に大量に武器が用意されておった。死合いを盛り上げるためなのじゃろうが、わざわざ処刑する相手にここまでするとは。しかしその甲斐あって観客は大盛り上がりじゃ。
最後は『枝分かれ』とかいうスキルを使った女騎士の攻撃。騎士と言うたが肘や膝、後は胸に最低限の防具しかつけていないその格好は騎士というよりはまるで傭兵のようじゃ。そんな女傭兵の全身はえらく傷だらけで顔にも左目を縦に割るように大きな傷があった。
女傭兵が投擲した二本の刃が成長と共に別れていく枝のように分裂していき、不自然な軌道でシャドードックの全身を切り裂く。その見事な連係攻撃にさしものシャドードックもたまらずに横転する。
「うわっ。やったー」
そう言ってはしゃぐのは包帯女の少し後ろに庇われるようにして立つ二人の女の内の一人。どう見ても五歳かそこらの子供であれが第二王女? ではその第二王女を慌てて抱き締めて下がらせたのが第一王女と言うことじゃろうか?
「ひ、姫様方! 良かった。ご無事で、…本当に良かった」
儂の腕から降りたフルウがその二名を見た途端、人目も憚らず泣き始めた。ふむ。どうやらあの二人が姫とやらで間違いは無さそうじゃ。とすると一人だけ別格の魔力を放っておるあの包帯女が王妃と言うことかの。
王妃達御一行はそのまま危なげなくシャドードックを倒した。
「うおおおー!」
シャドードックにトドメを刺した青年騎士が槍を掲げて雄叫びを上げる。それと同時に観客からはブーイングが上がった。どうでもよいのじゃが、あの青年騎士消耗しすぎではなかろうか? ひょっとしてさっきのスキルの影響? どういう形式でこの仕合だか処刑だかが行われているのかは知らぬがこれで終わりとはとても思えん。あんな様子で大丈夫なんじゃろうか?
と思っておれば、やはりと言うべきか新たなシャドードックが三体現れおった。その三体がまたでかい。先程倒されたシャドードックを儂は最大級と表現したが、どうやらそれは儂の見識不足だったようじゃの。こっちが最大級じゃ。……たぶん。
先ほどの戦闘を見るに王妃達が全員無事に勝てるかどうかは微妙なところじゃな。その勝敗がどうなるか分からない絶妙な演出に大盛り上がりの観客。それとは反対に明らかに怯んだ様子を見せる人間勢。
「ひ、姫様!」
「あ、こら」
戦況の悪さを見てとったフルウが勝手に王女達の元へと駆け出した。いやいや装備もない人間が言ってもどうしようもあるまいに。
「ひゃう!?」
儂が呆れておると突然フルウが小さく痙攣して、その場に倒れた。……何なん? まさか心臓ショックとかそう言うんじゃないよな?
「…カーサちゃん。これは?」
儂は恐る恐るカーサちゃんに聞いてみた。
「麻痺毒じゃな。奴隷を傷付けずに動きを封じる際に最も多く使われる機能じゃ。お主の命も無いのに勝手に動いたのでリングが反逆行為だと判断したのじゃろう」
「凄い高性能だね」
変な病気とかじゃなかったことに安堵しつつ、儂は倒れたフルウを抱き起こした。フルウは小刻みに痙攣を繰り返しておるが、その瞳はちゃんと儂を捉える。ふむ。気絶はしておらんか。それにしてもどうやって反逆行為だと判断したのじゃろうか?
「ケケケ、高性能だなんて。いやーそれほどでもありませんよ」
「ん?」
突如リングが発光したかと思えば、そこから黒い羽を生やした小人が出てきおった。
「お初にかかります。偉大なる王の子よ。私はクラヌイと申す者です」
礼儀正しく腰を折る小人をカーサちゃんが珍しげに見つめる。
「ほう、闇妖精付きのリングであったか。あの商魔中々の物を持っておったようじゃの」
「闇妖精、これが」
天族側の妖精族。魔族側の闇妖精族。確かどちらも面白い種族固有のスキルを持っておったな。
「妖精や闇妖精は取り付いた物に特殊能力を付加できるんだったか」
「その通りです。偉大なる王の子よ。我々闇妖精は力こそ他の魔族に劣るものの、補佐をやらせれば右に出る者はいないと自負しております。必ずや偉大なる王の子のお役に立ってご覧に入れますので、どうか今後も御身のお側に置いて頂けないでしょうか?」
なんかメッチャ自分を売り込んできた。そういえば妖精族も闇妖精族も数が少なく力も弱いので、種の本能で強い者の保護下に入りたがるんじゃったか?
「…お前がフルウをこうしたのか?」
別に怒ってはいないが一応確認しておく。クラヌイとやらは自慢げに頷いた。
「その通りであります、偉大なる王の子よ。今はただの麻痺毒ですが、偉大なる王の子が望まれるなら様々な毒を注入できます。激痛を与えることも。ケケケ。狂うほど発情させることも可能ですよ」
うーむ。見かけは可愛らしいのにえげつないことを言うなこやつ。よく見れば目の下に隈があるし、…寝不足なんじゃろうか?
「う、ひ、姫…様は?」
動かない体で必死にフルウが儂の腕を掴む。言われて視線を向けて見ればーー
「ひ、姫様ー! お逃げくださいー」
何か青年騎士が三頭おるシャドードックの一体に踏み潰されるように捕獲されておった。あーあ。疲労が激しそうなスキルをあんな序盤で使うからじゃな。青年騎士は僅かに動く上半身を必死に振って、逃げろと言葉だけでは足らずに手振り身振りを使って叫んでおるが、この状況で何処に逃げろと言うのか。
老兵と女傭兵はそれぞれ力を合わせることで一頭を受け持ち、包帯女…ではなく王妃が一人でシャドードックと戦っているのじゃが……おお? あの王妃一人であのレベルのシャドードックに勝ちそうじゃぞ? 老兵と女傭兵にしても危なげない戦い方じゃし、青年騎士以外は何とかなりそうじゃの。と思ったらーー
「おおっと~!? ここで更にダークナイトが追加だぁ~。人間側の奮戦も素晴らしかったが、ついにここまでかー? 今まで数多の生物を串刺しにし、血の雨を降らせてきた闇の騎士団が憎き盾の象徴どもに迫るぞぉ!」
そう言って客席全てに届く声、と言うよりもマイクを使った放送をしておるのは、手すりのついた円盤の様な物に乗って解体場の上空を飛んでおるウサギ耳を生やした獣人であった。
そしてそのウサギ耳の言う通り、解体場に更に十体にも及ぶダークナイトが現れおった。遠目にもまだ幼い第二王女を除いて人間全員の体が強張るのが分かった。
そしてそれが決定的な隙となる。
「きょーれつー。ダークナイトの出現に気を取られたか? 王妃を守る二人の騎士が吹き飛んだー」
シャドードックが鞭のように振るった尻尾を躱せず、老兵と女傭兵が共に吹き飛ばされる。二人を吹き飛ばしたシャドードックは追撃せず、もう一頭のシャドードックと戦っておる王妃の方へと向かった。一体のシャドードック相手に優位に戦いを進めていた王妃もこれには堪らず後退を余儀なくされるが、後ろには娘である姫二人。
「お母様、私も戦います」
第一王女が気丈にもそう言うが王妃は首を縦には振らなかった。
「だ、大丈夫です。あなたはイリヤを守っていてあげて」
空間魔法で光の結界を作り出してシャドードックを阻む王妃だが、どう見ても長く続きそうにない。
その時、麻痺毒に侵されているとは思えない力強さでフルウが儂の腕を掴んだ。
「お願…い、お願い、しま…す」
上手く舌が回らず、口の端から唾液を垂らしながらも、それでも必死の懇願を見せるフルウ。儂はそんなフルウをカーサちゃんに預けることにした。
「カーサちゃん。悪いけどフルウを見ていてくれないか?」
「本気で行くのだな?」
「一度決めたことだからね。今更止められないよ」
「……武運を祈っておるぞ」
ここで止めようとしないカーサちゃん、マジ良い女。婚約者がいなければ放っては置かなかったのに、何とも惜しい。
儂はカーサちゃんに軽く手を振ると魔力を纏い跳躍した。そして自身を砲弾と変えて丁度王妃の結界を破った二匹のシャドードック、その内の一体の上に落下。妄執にまみれた哀れな魔物を踏み殺した。
それによって直後に解体場を襲う轟音。大型の生物を解体する場所だからか、降り立った赤黒い地面は思った以上に硬かった。
「あ、貴方は?」
儂の行動によって一時の静寂が訪れたその最中、目を大きく見開いた王妃が訪ねてくる。遠目には見ておったが近くで見ると王妃は中々に良い女じゃった。包帯によって大半が隠されているにも関わらず強烈に主張してくる美貌。何よりもフルウとは違いギリギリ守備範囲に入るその強さ。現金なことに少しだけやる気が出た儂はせいぜい格好良く見えるよう不敵に笑い、そして答えた。
「俺の名はリバークロス。魔王の息子にして今日からお前達のご主人様だ」