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才能の片鱗

 何か儂、魔王の麒麟児扱いになってもうた。

 

 人よりも成長の早い魔族でもさすがに生まれた直後に言葉を話すのは異常らしい。


 まぁ、そりゃそうじゃろうて。


 オギャーと生まれて来た赤子が皆流暢に喋りだしたらドン引きじゃし、そんな赤子可愛くとも何とも無いじゃろうしな。


 もしもこれが人間の両親ならば、下手をすれば化物だと大騒ぎされたあげく捨てられてしもうたかもしれんの。ちょっと中身が三百ン十歳なだけでそれはあんまりではなかろうか?


 そう考えるとひょっとしたら魔王の子として生まれたのはラッキーじゃったかもしれんの。あの魔王ならちょっとやそっとのことでは動じんじゃろうし、何よりもあのオッパイが最高じゃ。


「何を笑っておられるんですか? お坊っちゃま」


 そう言って儂をヒョイと抱き上げたのは儂付きとなった二人の魔族の内の一人、無表情と綺麗な黒髪がチャームポイントの凛とした悪魔、アクロエちゃんじゃ。


「アクロエちゃんは今日も可愛いね」

「ありがとうございます。でもお坊ちゃまの方がずっと可愛いですよ」


 アクロエちゃんはそう言うと儂を地面に下ろした。儂、生まれてまだ四日目なのじゃが普通に二足歩行が可能で自分でもビックリじゃわい。


 これは儂が転生者と言うのもあるのじゃろうが、それ以上にこの体が凄まじい。


 何せいくら儂が転生者と言ってもまだ首も据わっていない赤子の体。動き回るには暫くの間は魔力で体を支える必要があるかと思うておったが、何と普通に筋力のみで活動が可能じゃった。首? ブリッジしてその上に人が乗ってもびくともしなさそうなほど頑丈じゃったわ。


「さぁ、お坊っちゃま。今日も魔法を勉強しましょうね」


 アクロエちゃんが悪魔族らしく生後四日の儂にそんな無茶を言ってくる。


「アクエロちゃん。今日は何するの?」


 じゃが現代最強の魔術師であった儂にとって、この世界の魔法を学べるのは幸福以外の何者でもない。儂の異常性に気づき直ぐ様儂に相応しい教育を考え実行したマイマザー、マジ魔王様。


「今日は実際に魔法を使ってみます。昨日の説明を覚えてますね?」

「うん、覚えてるよ」


 何せ昨日聞いた話はとても興味深く、そのせいで年甲斐もなく眠れぬ夜を過ごしてしもうた。


「魔法を使うには必要な魔力を練りながら詠唱を唱えるんだよね?」

「そうです。賢いですよお坊っちゃま」


 アクロエちゃんが無表情に頭を撫でてくる。生まれ変わってよかったと思える瞬間じゃな。儂はアクロエちゃんの掌の感触を満喫しながら、幾つかの疑問を口にする。


「ねぇ、アクロエちゃん。何で魔法を使うのにわざわざ詠唱を唱える必要があるの?」

「それはですね、お坊っちゃま。この世界の法則に働きかけるために必要な手順だからです」


 そう、この点が面白い。儂の居た世界では詠唱はあくまでも己の内に働きかけるもので、ぶっちゃけるとただの暗示じゃった。


 それがこの世界ではどうじゃ。必要な魔力を集め、定められた詠唱を唱えるだけで効果や範囲などが決められた特定の魔法が発動する。それはまるでスイッチを入れたら光る電球。あるいは引き金を引けば放たれる弾丸じゃ。


 居る。確実にこの世界にはおるぞー。魔法を科学のように広めた者が。神のごとき存在が。昨日はその存在のことを想い、興奮でろくに眠れんかったは。


「お坊っちゃま?」


 アクロエちゃんの声にハッとなる。いかんいかん。思わず考え込んでおった。


「ねぇ、それじゃあ詠唱を唱えないと魔法は使えないの?」

「いえ、そんなことはありませんよ。無詠唱と呼ばれる技術があります。ただこれは大変高度な技術なので、実戦レベルで使おうと思えば普通の魔族なら早くて五十年。才能のある者でも三十年から二十年程の修行が必要となります。しかしお坊っちゃまならひょっとすれば十年以内に使えるようになるかもしれませんね」

「少し試してみていい?」


 儂がそう言うとアクロエちゃんは目を瞬き、表情は変わらぬものの、どこか微笑ましそうに儂を見た。


「構いませんよ。では私に向かって炎の魔法を放ってみてください」

「え? そんなの危ないよ」


 突然なにを言い出すのじゃ、アクロエちゃん。ひょっとしてそういう趣味があるのじゃろうか? 儂も決して嫌いではないが、この体には些か早すぎやせんかの?


「大丈夫です。それに私に意識を向けてもらった方がお坊っちゃまの魔力の流れが良く見えますので、適切なアドバイスが可能になります」


 あ、真面目な話じゃった。


「で、でも何かあったらどうするの?」


 儂、こう見えても元の世界では最強の魔術師じゃったのじゃが。まぁ、魔術師自体ほとんど居なかったので、半ば自称になっておったが。それでもあの世界で魔術師になれる事実こそが儂の天才さの証明じゃろうて。


「お坊っちゃま。私は教育係ですがお坊っちゃまの護衛もかねているのですよ。いかにお坊っちゃまの才能が素晴らしいとは言え、今日初めて魔法を使う者にどうこうされる者がお坊っちゃまの護衛と言う大任を魔王様から任せられると思いますか?」

「た、確かにそうだね」


 言われて見れば納得じゃ。儂は魔術師じゃから今日初めて魔術を使うわけではないが、それでもアクロエちゃんは魔王と呼ばれる存在が実の子供の護衛を任せる程の悪魔じゃ。心配する必要なんて全くないのじゃ。


「それじゃあ行くよ」

「はい。ドンと来てください」


 無表情に自分の胸を叩くアクロエちゃん。その姿は凛々しいくせにどこか可愛くて、アクロエちゃんがバリバリの現役悪魔だと言うことを思わず忘れてしまいそうじゃ。

 しかし悪魔族と言えば魔族の中でも鬼や巨人と並んで最上級種族。その身に内包する力は人とは比較にならん。故にアクロエちゃんがどんなに可愛く凛々しかろうが、手をぬく必要はないのじゃ。


 ちなみにマイマザーは悪魔族の出身で当然儂も種族は悪魔じゃ。つまりアクロエちゃんは儂の先輩さんじゃな。


 さぁ、行くぞ先輩。儂の三百年。受けてみるがよい。


 儂はアクロエちゃんに右手を向けると、体内の魔力を活性化させる。そしてさらにそれをコントロールして一つの流れを作り出す。


「え?」


 アクロエちゃんが驚愕の声を上げる。じゃが気持ちは儂も一緒じゃ。何と言う、何と言う凄まじい体なのじゃ。人間であった頃には様々な行程を経てようやく僅かな魔力を生成していた。それが今はどうじゃ? 呼吸をするかのような容易さで、次から次へと魔力が溢れてきよる。


 これならば行ける。遥かなる魔術の深奥へと。今だかつて誰もたどり着いたことのない、見果てぬ高みへと。


 儂が練り上げた魔力が物理的な威力を伴って体の外に放たれる。

 

 ……む、いかんのう。魔力が強力過ぎて練り込みが甘くなっておる。その内この体での独自の練り方を研究する必要があるようじゃ。あまりにも強い魔力に体が自然と浮きおるわ。


 じゃが強力な魔力のコントロールに四苦八苦する。魔術師としてこれほど嬉しいことがあろうか? この感覚を味わえただけでも転生した甲斐があったと言うものじゃ。

 

 魔術の第一工程である生成が終わり、集束にも問題はない。次はいよいよ変換、そして放出じゃ。


「ゆくぞ、アクロエちゃん」

「お坊っちゃま。貴方は…」


 何故かうっとりとした表情を浮かべておるアクロエちゃんに向けて、儂の右手から巨大な火の玉が放たれる。


「おおー!」


 それは人間であった頃なら死ぬ寸前まで生命力を注ぎ込んでも放てるかどうか分からない、そんな凄まじい威力じゃった。会心の魔術の出来に思わず儂は喝采を上げた。じゃがーー


 アクロエちゃんに向かって真っ直ぐ飛んでいく炎。それに対してアクロエちゃんは……アクエロちゃんは……何もしなかった。


「おおー!?」

 

 何と、あっさり炎に巻かれるアクロエちゃん。その姿は哀れ、焼却炉に放り込まれたお人形さんのようじゃ。これはまさかーー


「やべ、殺っちゃった?」


 生後四日の赤子、魔法の勉強中誤って教師を火だるまに。思いがけぬ光景にそんな不吉なフレーズが儂の頭の中を駆け巡るのじゃった。


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