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悪魔との契約

 女騎士からの突然の懇願。ここは断るべきだと分かっておりながら、儂は必死の形相でこちらを見上げる隊長騎士から視線をどうしても外せず、気づけば問いかけておった。


「姫と言うのは、…誰だ?」


 いや、普通に考えたら姫は姫じゃろう。まさか姫と言う渾名な訳もなかろうし。一体儂は何を聞いとるんじゃろうか? と言うかそもそも何故この女騎士やその姫とやらは捕まったんじゃ? そう言えばさっきカーサちゃんが盾の王国がどうのこうの言っておった気が…。


「はい。我等が祖国、盾の王国第一王女マリア・シュバルツ様及び第二王女イリア・シュバルツ様です」


 一人じゃないんかい。あーこれはアカンわ。可愛そうじゃがこの手の要望を全部聞いておればきりがない。


 儂は出来る限り冷たく聞こえるよう努めて言った。


「何か勘違いしてないか? 俺はお前等の飼い主で保護者では無いんだぞ。お前等は俺が楽しむために買った奴隷だ。そんなお前等の懇願をどうしていちいち叶えてやる必要がある?」


 酷い言い方じゃが仕方ない。どこかではっきり線引きしておかんと、いずれこっちの身が危うくなる。地位と力を持つ者が敵側の兵士を守ることに腐心しておる様を、こちら陣営の者はどう見るか。魔王の息子だからと油断していれば、背中を刺されかねんわい。


「心から…。部下や姫を救ってくださるなら心からの忠誠を貴方様に捧げます。ですからどうか! どうか!」


 再び額を地面に擦り付ける隊長騎士。


「隊長」


 他の騎士達はそれぞれ顔を見合わせると隊長騎士の横に全く同じ姿勢で並んだ。


「「お願いします。どうか姫様をお助けください」」


 えー。何じゃこの展開? 何だか可愛そうになってきたの。いや、いかん。いかんぞ。何とか諦めてもらわねば。


「助けてくださいと簡単に言うが、俺がその姫を手に入れたらどの道その姫は俺の奴隷だぞ。まさか手を出すなとか言う気ではないだろうな」


 儂の言葉に隊長騎士が葛藤するのが気配で分かった。いくら姫とやらのことを考えての行動でも、ここで頷けば見方によっては姫を勝手に売り飛ばしたとも言える。

 

 一瞬、隊長騎士の視線が檻の外にいる女騎士に向けられた。


「それでも、…それでも私は姫様に生きていて欲しいんです。姫様はとても素晴らしいお方なんです。殺されて食べられるなんて、そんな最後はあんまりです」


 確かに可愛そうだとは思うよ? 思うんじゃが儂が助けるメリットがなさすぎる。この四人にしろこの後どうするか頭を悩ましておるのに、ここで更に姫二人+女騎士の男を一人追加? ない…いや待てよ? メリット。…ふむ。メリットか。


 儂がふと思い付いた考えを纏めておると、突如カーサちゃんから女騎士達へと殺気が飛んだ。


「黙って見ていれば、奴隷風情が何を生意気な!」

「ひっ」

「うっ」


 隊長騎士を除いた女騎士二名から小さな悲鳴が漏れて、その体が小刻みに震え始める。


「待った。カーサちゃん」


 慌てて儂がカーサちゃんの肩を掴むと、殺気は直ぐに霧散した。しかし振り向いたカーサちゃんのその顔は不満そうであった。


「何故止める? この手の輩には初めに上下関係を叩き込んでおかなければ、お主が苦労するぞ」

「分かってる。でもそう言うことも含めて俺が楽しみたいんだよ」


 ああ、儂のキャラがどんどん危ない方向に。いや、これは仕方ない。良心を痛みから守るための必要経費。そう、必要経費なんじゃ。


「むっ、…そうか。そういう趣味があるのか。……分かった。出過ぎた真似をした妾が悪かった。許してくれ」


 何やら納得するカーサちゃん。今カーサちゃんの中で儂がどんな悪魔(じんぶつ)か、怖くてとても聞けんな。


 儂はせめていい人に見えるように優しく微笑んだ。


「勿論怒ってなどいないよ。むしろ俺のために行動してくれてありがとう」

「と、当然のことをしたまでじゃ」


 何が当然なのかはよく分からんが、この感じなら特に怖がられたり嫌われたりはしてないようじゃの。一先ずカーサちゃんには重ねてお礼を言いつつ、下がってもらう。

 

 ともあれ、さっさとこの場をおさめた方が良さそうじゃな。商魔の目もあるしこれ以上時間をかければ儂の正体が発覚した時、魔王の息子は人間にご執心などと言う噂が流れかねん。

 

「……さて、そこの騎士。さっき心からの忠誠を捧げると言ったな」


 儂は隊長騎士を見下ろしながら言った。


「はい。部下や姫様を助けていただけるなら、我が剣を貴方様に捧げます」

「良い覚悟だ。ところでお前、悪魔のスキルのことを知っているか?」

「はい。『悪魔の契約』ですね。こちらが差し出した代価に応じて様々な制約をかけることができる悪魔固有のスキル」

「そうだ。それでお前は脳と心臓、つまりはお前の『人生』を俺に捧げろ。それを対価にお前を俺の眷属にしてやろう。眷属の懇願なら、まぁ全てとは言わないが少しは考慮するが?」


 うわ、自分で言ってなんじゃが儂って本物の悪魔っぽいな。いや、実際モノホンの悪魔なんじゃが。ちなみにアクエロちゃんは直に心臓を取り出して儂に移したが、あのやり方はかなり乱暴で、普通は差し出す部位にスキルを乗せた血を送り込めば契約は完成する。


「私は……悪魔になるのですか?」

「いずれな。純粋な聖属性のエルフや妖精族と違い属性が中庸の人間族は反転することがないから悪魔になるにしても時間が掛かる。しばらくは半魔という形になるな」


 眷属化だけは単純な力だけではどうしようもない。最低限こちらの力を受け入れられる心身の下地がいる上に相手が心の底で納得して受け入れないと魂の反発が起こり、ただ死んで終わってしまうからじゃ。

 だから眷属化を行う際は言葉や状況を駆使して、対象に魔族になることを受け入れさせる準備をさせる。眷属化させたい相手に報酬を与えるのはその対価として自分が人から魔族になるのは仕方のないことだと思わせる眷族化の常套手段である。

 

 儂が見たところこの隊長騎士は今の状態でも眷属化できそうじゃな。忠義か何か知らんが部下や姫とやらを生かすためなら本当に何でもしそうじゃ。


「……分かりました。私を貴方様の眷属にしてください」

「た、隊長」


 さすがに部下の方は抵抗があるようじゃ。まぁ眷属化すれば今まで敵視していた種族へと変わるのじゃから、こっちの方が普通の反応じゃろうな。


 しかしそこはこの隊長にしてこの部下ありと言ったところじゃろうか。


「わ、私も」

「私も……お願いします」


 暫しの葛藤の後、二人の女騎士も頭を下げてきた。ふ~む。見た感じ二人のうちおっとりした感じの方は眷属化できそうじゃ。逆に目つきの鋭い方は無理そうじゃな。嫌々感が半端ない。あんな精神状態で眷属化を試みたら百パー死ぬじゃろうな。檻の外におる女騎士については除外。今眷属にすれば腹の中の赤子がどうなるか分からん。情に流されてしもうた要因を殺しては何のための行動なんじゃという話じゃしな。


 どのみち今すぐ眷属にする必要もないので、一先ずここは頷いておく。


「いいだろう。おい、こいつ等の言う姫とやらは探せるか?」


 正直ここで無理ですと言われるのが儂にとって一番無難な決着だったのじゃが、商魔からの返答は思ったよりもずっと早かった。


「それなら簡単ですぜ。ちょうど今日の正午から生産区で盾の王国の姫や王妃、並びその護衛達の公開処刑が行われやす。なんでも選りすぐりの魔物と戦わせて、死んだらその場で競りを始めるらしいってんでもう大盛況でさ」


 げ、何じゃその神がかったタイミングは? いや、エイナリンの奴が言っておったイベントとはこれのことか? あやつ、儂がこういうの苦手と知っておるくせに。あの妙に良い笑顔はこういうことか。なんと底意地の悪い。

 

 それにしてもそのイベント悪趣味すぎじゃろ。まぁ元の世界でも国や地域によっては胸糞の悪い現実が当たり前のようにあったし、そんな世界を三百年生きてきた儂には多少の耐性がついとるんじゃが、それでも気分が悪くなるのは止められんの。


「お、王妃様はフローラル様は無事なのか?」

「…ああ。すげえ怪我だったらしいが、本人の生命力の強さと相まって治療が間に合ったらしい」


 儂の眷属になるという話を聞いていたからか、隊長騎士の質問に商魔は普通に答えた。


「で、では王は?」

「そっちは普通に駄目だったらしいぜ。まっ、人間の分際で魔王様に挑めば当然の結果だがな」


 うわっ。その言葉だけで会うことのなかったその王とやらを尊敬できるのう。マイマザーに人間が挑むとか、それどんな無理ゲーと言った感じじゃ。


 王の死を聞いて隊長騎士は目に見えて落ち込んだ。しかしすぐに傍目にも分かるほどの強い意思の光がその両目に戻る。


「お、お願い…」

「分かった。分かった」


 いい加減このパターンに飽きた儂はもう何度となく額を地面に擦り付け、血が流れ初めている隊長騎士の顔を上げさせた。


「可能ならその王妃とかも俺の奴隷にする」


 自分で言っておいてなんじゃが、何か人としてどうなの? と言った感じの台詞じゃな。まぁ、儂悪魔じゃし。もうどうとでもなれじゃな。


「ただしいいか、貴様は俺の眷属になった後、奴隷の管理を行え。相手が姫だろうが王妃だろうが関係ない。俺がやれと言ったことはやれ。できるか?」


 これぞ秘技丸投げ。悪魔のスキルで絶対服従の眷属を作り、そいつに保護した人間の細々とした面倒なことを押しつけてしまえば良いのじゃ。同じ人間だった者なら魔物とは違い細かい配慮もできるじゃろうし、何より部下や上司(ひめ)を助けたいというこの隊長騎士の望みとも一致しておる。我ながら見事なWin-Winな関係じゃな。


「分かっています。お任せください」


 隊長騎士が心なし安堵した様子を見せる。大方自分が管理するなら姫や部下達は酷い目に合わないとでも考えておるのじゃろう。


「よし、なら行くか。正午までもう時間が無い」


 威勢良く言ってみるが、足取りはやはり重い。話を聞く限りかなり強引な手段を使わなければその姫とやらを助け出すのは不可能じゃろう。助け出しても逃がせるわけでもないし、どうせ悪魔の儂は人間に恨まれておるし。はぁ、どうして儂が進んで針のむしろのような状況を作らねばならんのじゃろうか。今さら止める気はないが、それでも割に合わい感じが半端ないの。いっそ良心など捨てられれば楽なのじゃがな。


「……そう言えば」


 檻から出ようとした儂はあることに思い至り足を止めた。振り返る儂に何故か女騎士二人は僅かに怯えた様子。ただ隊長騎士だけが真っ直ぐ儂を見ておった。


「お前、名前は何と言う?」


 アクエロちゃんと言うほぼ同一の存在になりつつある例外を除けば儂の初めての眷属(になる予定)の女騎士へと問いかけた。


「ハッ。私はフルウ・エイネストと申します。その、…貴方様は?」


 女騎士に問われ、さてどう答えるかと暫し考える。商魔の目もあるし適当に偽名を言っても良かったが、これからやることを考えたらそんな些細なこと気にするだけ無駄なような気もして来たのう。


 だから儂は答えた。


「俺の名はリバークロス。……魔王の息子だ」


 そう名乗ったときの女騎士達と商魔の顔は中々見物じゃった。これだけでも高い買い物をした甲斐が……いや、それは言い過ぎじゃな。流石に割りには合わんわ。


 とにかくそんなこんなで儂はカーサちゃんとフルウを連れ(他の三人の女騎士は商魔に預けた)生産区へと急ぐのじゃった。



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