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やってもうた

「落ち着いた?」


 人通りの多い所を避け、移動した先でようやく泣き止んだ吸血鬼、カーサアンユウへと儂は優しく話しかけた。


「な、何のことだ? 妾は別に落ち込んでなどおらんわ」


 カーサアンユウは毅然とした態度を取ろうと頑張るが、どんなに頑張ろうが真っ赤に染まった瞳では無理があると言うものじゃ。


「ああ、うん。そうだね。……大丈夫。会うことはないと思うけど君の婚約者に会っても今日のことは絶対に言わないよ」

「うう。その一言が妾を傷つけるんじゃが」


 カーサアンユウの瞳に再び涙が溢れる。しもうた。いい人アピールしようと思ったら、逆に傷口を開いてしまったようじゃ。ええい。儂はこう言うよく分からん面倒な女は苦手なんじゃ。


「と、とにかく争いにならなくてよかったよ。それじゃあ。俺はこれで」


 もう、こうなったらさっさと逃げるに限る。まったく泣く子と情緒不安定な女は苦手じゃて。


「待てい」

「な、何かな?」


 立ち去ろうとした儂の腕を背後からカーサアンユウが掴んだ。その手からは決して逃がすまいと言う決意が感じられ、儂の腕がメキメキと音を立てる。


「理由はどうあれ、お主が妾を公衆の面前で剥いたのは事実じゃ」

「…そうだね」


 儂にも言いたいことはあるんじゃが、何が地雷になるか分からんし、一先ずここはカーサアンユウの言うことを最後まで聞いてみることにするかの。


「無論非は妾の方に強くあるが、それでも嫁入り前の女を辱しめたのだ。少しくらい詫びを入れても罰は当たるまい」

「辱しめたって、…いや、そこはいいか。それで詫びって具体的には何をしろと?」


 ここで無茶な要求をしてきたらいくら儂の沸点が三百歳とは言え、瞬間湯沸し器が臨時導入されぬとも限らんので、是非発言には気をつけて欲しいところじゃの。


 そう思いつつ儂がカーサアンユウの言葉を待っておると、カーサアンユウは緊張でもしておるのか、やや不自然な沈黙と妙にモジモジした態度の後、ようやく本題を口にした。


「デートだ」

「は? デッドorアライブ?」


 何じゃ、やっぱり決闘か? 仕方ない。本当はやりたくないんじゃがここはこの小娘、軽くぶっ飛ばすかの。拳を鳴らす儂をカーサアンユウは心なし瞼の落ちた瞳で睨んできおった。


「どんな耳をしておる。デートだ、デート。妾とデートせよ」


 は? それこそどうしてそんな展開になるんじゃ? 若い者は本当に意味不明じゃて。あっ、儂も十二歳じゃった。いやいや、今はそんなことよりもーー


「いや君、婚約者は?」


 いくら儂が魔王の息子とは言え、さっきまで婚約者の為に儂の首をはねようとしておったのに。…いくら何でもいきなり媚を売りすぎてはなかろうか? 怖いわ~。権力怖いわ~。


 儂の質問にカーサアンユウは何故かローキックで応えた。流石に今度はスキルの発動を我慢する親切な儂。


「いいから。妾とデートするのかしないのか、どっちなのだ?」


 強気な言葉とは裏腹に儂の顔色を窺うカーサアンユウの姿はどこか不安そうだった。その姿はか弱い乙女と言った感じで、ほんのついさっき儂を抹殺しようとした覇気など欠片もない。改めて思うんじゃが、……権力怖いわ~。


「…いいけど。俺は自分の行きたい所を回るから、もしそれに文句があるなら付いて来ないでくれ」


 何かもう面倒になった儂は遠回りにオッケーを出した。また揉めるくらいなら連れが一人増えるくらいどうと言うこともないじゃろう。何かあったらその時はしばけば良いだけじゃし。


 儂の返事を聞いたカーサアンユウがニッコリと微笑んだ。


「うむ。妾はお主の後を付いて行くだけで良いぞ」


 何じゃ? その花が咲いたような満面の笑みは。今でも十分に美人じゃが、もう少し育てばシャールエルナールにも迫る感じじゃの。美人…女……ハッ!? いかんいかん。危うく儂の中の欲望エロがハッスルしそうになったわ。しかしこのあらかさまな態度の変化を見る限り、やはり何か企んでおると考えた方が良さそうじゃの。


「じゃあ、行くよ」

「うむ。のう、お主」

「なに?」

「その、手を繋いでも良いだろか?」

「……は?」


 聞き間違いかと思いカーサアンユウの顔を見ると、カーサアンユウは顔を真っ赤に慌てて両手を振って見せた。


「あっ、違う違う。今のはちょっとした小粋なジョークだ。気にするでない」


 などと言い訳をすればするほど、聞き間違いでも冗談でもないと証明しておるようなものなんじゃが。

 正直カーサアンユウは美人じゃし別に手くらい繋いでも良いんじゃが、相手は婚約者持ち。清く正しいエロを目指す一人の紳士(おとこ)としては聞かなかったことにした方が良いじゃろうな。


「それじゃあ、行くよ」


 短く言って歩き出す。……権力怖いわ~。間違っても寝取りなどと言ったものが発生しないように、ここは三百歳の儂が気を付けねばならんの。


 そんな具合に若干の不安を抱きつつも、カーサアンユウを引き連れて出店巡りを再開する儂。結果だけを言うなら何とも意外なことに、カーサアンユウはまったく邪魔にならなかった。


 本人が言った通りカーサアンユウは儂の後ろを付いてくるだけで一切の文句を言うこともなく、時おりしてくる質問も儂の邪魔にならぬよう十分にタイミングを見計らってから話しかけてくる。

 他にも儂が商品を眺めている間に飲物を買ってきてくれたり、まだ儂が見てなく、かつ面白い商品を置いてある出店を教えてくれたりと大活躍じゃ。 

 話してみれば意外に会話も普通におもしろいし、ふーむ。これはカーサちゃん将来は良いお嫁さんになるの。いや、別に好きじゃないけどね。


 そんな風に案外楽しく二人で店を回っておるとーー


「さぁ、お立ち会い。今からとっておきの目玉商品のお披露目だぁ」


 十字路のど真ん中、布を被せられた大きな箱の横で、部下を連れた一人の獣人が手を叩いて行き交う人々の注目を集めようとする。実際その試みは上手く行き儂を含めた多くの者が足を止めた。


 あの箱の大きさ。一体何が入っておるのじゃろうか? 儂、祭りとかで行われるこういうサプライズ的なイベント大好きなんじゃよな。そんな風にワクワクする儂の横でカーサちゃんが何かを思い出そうとするかのように眉を傾げた。


「む? …ああ、どこかで見た顔と思えば。あれは確か生産区でそこそこ有名な商魔じゃな」

「生産区?」


 その言葉に嫌な予感を覚え、儂は改めて箱を観察してみる。詰めれば大人が十人は入れそうな大きな箱。上から布を被せておるので中は分からんがあの形、箱と言うよりはむしろーー


 それに思い立った儂は直ぐにこの場を離れようとしたのじゃが、一足遅かった。


「さぁ、見てくれ。憎き盾の王国の精鋭、純白の守護騎士団と言えば聞いたことのある者も多いだろう。その隊長を含めた部下三名。大量の魔力を持ったその体は生でよし。焼いてよしだよ」


 そう言って箱、いや檻に被せられていた布が外される。中にいたのは白いタンクトップとショートパンツを着せられ、露になった四肢と首に魔法具と思わしきリングを付けられた人間の女じゃった。


 おおー。と盛り上がる周囲。反対に儂の機嫌は急降下。せっかくのお祭り気分が台無しで思わず舌を打った。


「クソ! 何で商業区で人間の販売なんてやってるんだ?」


 基本的には生きた生物の取り扱いは生産区で行われるはずなんじゃが。…ああ嫌だ。初めて生産区に行った時のトラウマが蘇って来そうじゃ。


「何だ、リバークロスは知らんのか? 盾の王国の崩壊にともない、今生産区は大量の家畜や奴隷で溢れておる。そういう場合は自信のある商品をああやって別の区画に持ってくるのだ。同じ商品が並ぶ所よりは目立つから今のように注目を集めやすい。その代わり大したことのない商品を持ってくれば、最悪袋叩きもあり得るがな」


 非常に残念なことに今回は袋叩きは無さそうじゃ。皆が興味有りそうに商品にされた四人の女騎士を眺めておる。


 獣人は檻の鍵を開けて中から一人の騎士を連れ出す。その際カールの巻いた波打つような金髪の女が物凄い抵抗をした。


「止めろ。部下に触るな。連れていくなら私にしろ!」


 人間にしては中々強い魔力を発する女。しかし手足に付けられた拘束具によって動きが鈍り、簡単に仲間から引き剥がされる。恐らくは気や魔力に応じて重力が増すタイプの魔法具じゃな。騎士は何とか立ち上がろうとするが、魔力を練れば練るほど動きを拘束されておる。かと言って魔力を使わない単純な肉体能力ではどう頑張っても体格の良いあの獣人には勝てんじゃろうな。


「た、隊長、私は大丈夫です」


 獣人に捕まった方の騎士が気丈にもそう言って笑って見せる。


 悪魔のスキルでその一言が嘘だと簡単にわかった。いや、スキルなどなくとも分かるじゃろう。事実、隊長と呼ばれた騎士は微かに震えたその声を聞いた途端、魔力を練らずに獣人に飛び掛かった。


「うわああ!」


 獣のような雄叫びをあげながら獣人に殴り掛かる女騎士。魔力なしの動きも悪くない。日頃どれだけ厳しい訓練を自身に課しておるのかがよく分かる洗練された速さじゃ。しかしやはり魔力や気の有無は大きい。また、獣人も商売上慣れておるのじゃろう。女騎士の拳を最小限の動きで避けるとそのまま女騎士の腹に手を置き、傷つけないように明らかに配慮しながら投げ飛ばした。


「隊長」


 他の者が投げ飛ばされた女騎士へと駆け寄る。


「ほう、粋がいいの」


 カーサアンユウのその一言で何故騎士たちが完全に拘束されていないのかが分かった。回りを見れば、皆が旨そうな匂いを出す屋台を囲むような表情をしておった。………正直、気分が悪くなる。


「止めろ! お願いだ。誰か、誰か部下を助けてくれ」


 檻によって部下と引き離された女騎士が檻にしがみつきながら叫ぶ。周囲を見回す懇願の眼差しが、一瞬だけ儂を見た…ような気がした。

 回りにいる者は誰も女騎士の悲痛な叫びに耳をかさない。その目は連れ出された方の騎士に向かっており、女騎士の叫びはまるで籠の中で鳴く鶏のように無視されておる。


 儂は人知れず拳を握りしめた。そう。転生が成功した当初、一世一代の魔術の成功に浮かれて忘れておったが、最も魔力適正の高い魔族と言う種の存在を知りながらも、儂が転生先に勇者を選んだのは今のような種族差による常識の違いについていける自信がなかったからじゃ。


 人間の視点で見ればこの場にいる全員が恐ろしい怪物のように思えるじゃろう。しかし魔族の視点で見れば、やっているのは鶏を持ってきて皆の前で捌いているだけのこと。人間だって同じことを別の種にやっておる。種族が違うとはそう言うことなのじゃ。

 だからこそ儂は転生先に魔族ではなく勇者を選んだ。つまらぬ葛藤に悩まされることのないように。自分が持っている常識とそう変わらないであろう人を。しかし結果はまさかの魔王の息子。無論そのことに後悔はない。マイマザーにファザー。ブラザーにシスター。それにアクエロちゃんを始め、ここで知り合えた皆は魔術師としても一人の魔族にんげんとしても尊敬できる素晴らしい者達ばかりじゃ。ただ時折、ふと顔を見せる魔族と人間の徹底的な違いがキツイ、と言うだけの話。


「さあ、まずは見てくれ。この肉付きを」


 儂が暗鬱な想いに囚われようとも、胸の悪くなるような現実は平然と進んで行く。


 女騎士の首根っこを掴んだ獣人が力任せに騎士の衣服を破り捨てる。そのままその体を周囲の者に見せつけるように高くかざした。


「くっ、そ」


 見世物にされている女騎士が唇を噛み締め、何とか足を閉じようと腿を擦り合わせる。その顔が赤いのは当然じゃが獣人の持ち方が雑だからと言う理由ではないじゃろうな。


 周囲に居る者達から小さく歓声が上がる。それはマグロの解体ショーを見に来た客が、実物のマグロの大きさに上げる歓声に近かった。


 ちなみに女騎士達を性の対象として見ておる者は非常に少ない。これは魔族にとって最も魅力的な性の対象が強い魔力の持ち主だからじゃ。無論、余りにも自分の力量から解離しすぎた魔力の持ち主にはその限りではないが、基本的に魔族は自分と同等かそれ以上の魔力の持ち主に性的な欲求を覚える。


 これは儂も同じじゃ。強い魔力の持ち主は当然じゃが基本的な身体能力もずば抜けておる。もしもそのずば抜けた力で自分より遥かに劣る異性を思いっきり抱き締めようものならどうなるか。とてもではないが楽しむどころではない。そうでなくとも魔力や気が小さな者はどんなに容姿が整っていても、枯れて見えてしまうのじゃ。

 儂にその気はまったくないが、正直存在感だけで言うなら裸にされた女騎士よりも女騎士を掴んでいる獣人の方が強く、自然と目を引かれる。無論、これはあくまでも性の対象として考えたらの話で、食用として見たらまた話は別じゃ。屋台で売られておる肉に自分に近いものなど誰も望んでおらんのと同じで、食べてみたくなるかどうかが全てじゃ。


 そしてあの四人は人間の中ではかなり上位の部類じゃろう。小さいながらもよく練られたそこそこ良質な魔力と気を感じる。そして儂がそう思える時点で、どう転んでもあの者達の運命は決まっておる。


「おい、とりあえず一切れくれ」


 女騎士を最も間近で見ていた魔族が赤い魔力石を三つ獣人に放った。


「へい、毎度。取り合えず肘から先をプレゼンドだ。おい」


 獣人が合図すると助手的な感じの魔族が二魔現れて、獣人から受け取った女騎士を拘束。その右腕を伸ばさせた。


「ひっ!? う、うう~」


 今まで気丈に振る舞っていた騎士の口から小さな悲鳴が漏れた。無理もないじゃろう。獣人が取り出した大きな鉈。これからそれを使われる者があれを間近で見せられたら、泣き叫ばないだけ大したものじゃ。ただし、その精神力がこれから彼女に起こるであろう地獄の中では仇となってしまうかもしれんがの。


「うおお!! やめろ。やめてくれー」


 隊長と呼ばれていた女騎士が檻に体当たりをするが、当然ながら檻はそんなことではびくともしない。第一よしんば檻を壊せてもこれだけの数の魔族を前に、武器も持たない人間の騎士に一体何ができるというのじゃろうか。


 他の騎士達が大人しいのは恐らくそれを理解しておるからじゃろう。ある者は青い顔で俯き、ある者は悔しそうに拳を握りしめておる。そんな中、必死で無意味な抵抗を見せるのは最も強いと思われる隊長騎士一人だけじゃ。


「お願いだ。何でもする。だから、だから部下達だけは助けてやってくれ。サラのお腹には子供がいるんだ」


 サラ、というのは誰か分からんが、恐らくは今腕を切られようとしておる女騎士のことじゃろう。無論周囲はそんな情報に耳など貸さない。釣って食べた魚の腹に卵があったなんて珍しくもない話だからだ。


「熱心に見ておるの。何なら一切れ買って来ようか?」


 カーサちゃんの言葉が耳を素通りする。儂が見てる前で獣人がこれ見よがしに鉈を振り上げた。次の瞬間起こることを思い、誰もが期待に、興奮に、恐怖に口を閉ざす。僅かな時間訪れる静寂。そして鉈はそのまま一切の躊躇なく降り下ろされた。


「あああああ!!!」


 慟哭が上がる。訪れた残酷な結末を思い隊長騎士は泣き崩れ、その場にヘタリ込んだ。その肩を部下の一人が掴む。


「た、隊長。…あれ」


 意思の力を失いつつある瞳で不思議そうに部下を見上げる隊長騎士。次にその瞳が向けられた先にいたのは……儂じゃった。


「な、なんだ? アンタ」


 獣人が驚いたように数歩後退する。そう、鉈は間違いなく降り下ろされた。ただし儂の指の上にじゃがな。


 儂は指で挟んだついでに獣人の手から奪い取った鉈を放り捨てる。そしてこちらを何事だろうかと見てくる魔族達を眺めながら思うのじゃった。


 やってもうた。


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