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着物女との遭遇

 遥か空高くへと聳え立つ魔王城本丸から出ると、第二移住区を抜ける。その際にチラホラとそこかしこから視線を感じたが無視をする。

 この辺りは魔王軍の一般兵の中でも精鋭よりが住んでおり、魔王城本丸に近づく不審な者を監視しておるのじゃ。ちなみに魔王の子供である儂の容姿は十三歳になる明日まで一部の者を除いて完全な極秘扱いとなっており、お陰でマイシスター達と本丸を抜け出して遊ぶ時、様々な場面で苦労したわい。

 

 儂が目指すのは商業区。間違っても生産区には近づかないように気を付ける。一度マイシスターと生産区を見て回ったことがあったんじゃが、その時にかなりショッキングな思いをして以降行ってはおらん。ひょっとすればこれから先も行くことはないかもしれんの。


 魔王城本丸に住んでおれば自ずと分かることじゃが、この魔王城と言う名の都市は広い。普通の人間なら本丸から商業区まで移動に一時間は掛かるのではなかろうか。まぁ、今の儂なら軽く走っても十分も掛からんのじゃがな。


「おお、確かに賑わっておるの」


 商業区に入るといつもと違う熱気が儂を歓迎した。エイナリンの言っておったイベントとやらが関係しておるのじゃろう。行き交う魔族(ひと)の顔が普段とは違う。どうやら祝い事のようじゃな。


「総合評価A -の装備が安いよ。買うなら今のうちだ」

「ミスリルが大量入荷したよ。このチャンスに買いだめときな」

「武器の強化、修復ならうちに任せな。今なら安くしとくぜ」


 そこいらで活気に満ちた声が飛び交っておる。やはりこう言うのはいいのう。儂は商業区にある数少ない果物屋で幾つか適当に見繕ってもらい、それらを手に賑わう区画を見て回った。


 魔族(ひと)がいつも遊びに来るときと比べて格段に多い。屋根作りの店の間に幾つもの出店が出ており、儂は何か掘り出し物はないかと見て回った。そんな時じゃーー


「のう、そこの童よ」

「ん?」


 研究に使えそうなものはないかと出店の商品を真剣に眺めておると、声をかけられた気がして儂は振り返った。

 するとそこに居たのは黒い着物を着た一魔の女性じゃった。シャールエルナールのように長く艶やかな黒髪じゃがシャールエルナールとは違い目の前の女性には鋭く威圧するような雰囲気はなない。着物を着こなすその姿は良家の子女といった感じじゃな。


「…童って俺のことですか?」

「他に誰ぞおるのか?」

「まぁ、いませんね」


 やはり何度味わっても、この容姿で子供扱いされるのは慣れんものじゃな。

 面白いことに魔族はあまり見た目と年齢を比例して考えない。その代わりその者が纏う気や魔力から大体の年齢を計算できるのじゃ。無論それは儂にも出来て、その感覚が教えてくれる相手の年齢はーー


「失礼ですけど、俺とそう年変わりませんよね」


 恐らくいってもマイシスターと同じか少し下くらいじゃろうな。つまり殆ど同い年のようなものじゃ。


「そうだな。しかし妾の方が年上で間違いあるまい」

「何で分かるんですか?」


 別に数年の年齢の上下などどうでもよいが、確信した風な少女の態度に儂は興味を覚えた。


 女性は着物の袖から取り出した扇子の切っ先を儂に向ける。一瞬、夜を思わす女の瞳が赤く輝いた。


「お主、強いじゃろ」

「強いですよ」

「即答か。気に入った」


 女性の口許が三日月を描くが、それはすぐに広げた扇子によって隠される。

 ふーむ。別にそんなことないですよと謙虚に答えても良かったのじゃが、どうやらこっちの方が女性のお気に召す答えだったようじゃな。

 

 何よりも元現代魔術師最強の称号と魔王の息子と言う破格の体を持つ儂にだって自負の一つくらいある。強いかと聞かれれば、そりゃ強いと答えるわい。


「さて、お主が年下の理由だが簡単だ。そんな強い上に妾と年の近いお主のことを妾は軍で一度も見てはおらん。それだけ強ければまず間違いなく妾の知るどこかの部隊に配属され、話題の一つにもなっておるだろうな。そうなっておらん事実が、お主の年が十三になってないことを証明しているのだ。まさかここにいて魔王軍とは関係ないとは言わんだろうしな」

「随分と自分の目に自信があるんですね」


 そりゃあ儂だって眼力にはそこそこ自信がある。と言うか自然界において相手の力量を見抜く能力は中途半端な力より余程重要じゃ。どんなに強くても自分から進んで捕食者(みずからをかるもの)に突っ込んでいく者は長生きできん。


 そういう意味では強い者ほど眼力が優れておる傾向があるのじゃが、その例に漏れず目の前の少女も只者ではないと言うことじゃろうな。

 ふむ。そう思い改めて観察してみればなるほど、中々強そうじゃ。今まで気づかなかったのはマイマザーやエイナリン、あるいはシャールエルナールとかを間近で見すぎたせいで、この程度のレベルだとまぁ優秀、程度の感想しか持てなくなっておるからじゃな。

 ……アカン。儂、若干基準がおかしくなっておる。早々に直さないと不味いのう。なにせ当然じゃがマイマザー達より弱いからと言って儂より弱いとは限らないんじゃから。

 

 儂が反省しておると女性は広げていた扇子を畳んで、それで自分の鼻先をつついた。


「妾は強い男が好きでな。その手のことには鼻が利くのだ」

「なるほど、ひとまず俺を年下と思った理由は分かりました。それで何の用ですか?」


 気のせいじゃろうか? どことなーく、目の前の女からシャールエルナールと似たものを感じるのう。なんと言うか一見常識人風なのじゃが、関わると非常に厄介そうな、そんな感じじゃて。


「妾達と同じくらいの年齢で巨人族の男を見なかったかの。身長は二メートル程なのだが」

「巨人族の男、…すみません。見ていません。ひょっとしたらすれ違ったりしたかもしれませんが、これだけ魔族がいると知り合いでも中々気づきませんから。流石に巨人族と言うだけでは記憶に残らないですね」

「道理だな。…仕方ない。のんびり探すかの。付いてまいれ」


 そう言って歩き出す女性。儂もそれに続いて歩き出す。当然じゃが女性とは反対方向へ。


「どっちへ行っておるかー」


 今までのお嬢様風な喋り方から一転した叫び声が儂の鼓膜を叩いた。直後、背中に衝撃が走る。


「予想外にお転婆!?」

 

 着物を着た女性、略して着物女から繰り出されたのはまさかの飛び蹴り。ってか、速? 人混みの中いくら儂が油断しておったとは言え、まさか避けれないとは驚きじゃ。じゃが現代魔術師を舐めるなよ小娘。現代に生きる男達の中には女に蹴られて喜ぶ猛者もおったのじゃ。儂にそのような性癖はないが、それでもこの程度のご褒美(けり)になぞやられんわい。


 発動、スキルーー『転生する衝撃』


 次の瞬間背中から儂の体に突き抜けた衝撃(ダメージ)がフッと消え、変わりに着物女が着ておる着物が爆散した。


「へ?」


 空中で目を見開く着物女。その足は未だに足の背中に当たったままじゃ。


「お?」


 何が起こったのかを察した儂は素早く振り返り着物女の全身をこれでもかと観察した。残念なこと…ではなく幸運なことに破れたのは上半身の部分だけじゃった。ツンと尖ったような胸がとても魅力的じゃ。

 威力も大したことなかったようで今更ながらに安心する。ついノリでスキルを使ってしもうたが、強い衝撃が発生しておったら危なかったの。


 周囲ではーー


「なんだ?」

「爆発したぞ」

「何が?」

「少女の服が」

「マシで?」

「マジ。ひょっとしたら例のある一部分を大きくする詰め物のせいかもしれん」

「そんなもの入れるなんて、身体操作が下手くそなんだね」


 好奇心、興味、欲望、様々な感情が着物女に突き刺さる。儂の、と言うか皆が見てる前で着物女の顔が茹でられた蛸のようになりおった。そしてーー


「いやーーー!!」


 着物女は胸を手で隠すと、何とも驚いたことに悲鳴を上げてその場に蹲ってしもうた。


「え?」


 その反応に儂は心底から驚いた。まさか魔族の中にこんなリアクションをする者がおろうとは。親兄弟でも余裕であんなことやこんなことの対象になる者に囲まれておったせいか、物凄く新鮮じゃて。


 着物女の目の端に涙が浮かんでいなければ、もう少しその姿を堪能しておきたいところじゃな。


「ほら。とにかくまずはこれを着て」


 儂は上着を脱ぐと着物女に向かって放った。しかしそれは着物女に届くことはなく、荒れ狂う魔力によって押し戻されてきた。


「フッフッフッ。……よう、やってくれたの。少しでも面白そうな奴だと思った妾が愚かであったか」


 能面のような顔で着物女が立ち上がる。その足下にある影がひとりでに上へと伸びて着物女の体を覆う。そしてあっと言う間に元の黒い着物になりおった。おお、なんじゃそれ。便利じゃの。


「死ねい。愚物が」


 儂が影を使った早着替えに目を奪われておると、一足で儂の懐に飛び込んで来た着物女が手刀の形を取った右手で儂の胸を突いてくる。儂はそれを半身を捻って避けると、着物女の右腕を掴んだ。そしてこのまま取り押さえてやろうと思ったのじゃが、次の瞬間その右手は蝙蝠となって儂に襲いかかってきおった。


「吸血鬼!?」


 思わず舌打ちをした儂は数歩後退しながら詠唱を紡ぐ。


「下がれ。支配者には触れられない。『風壁』」


 儂を中心に小規模の竜巻が発生した。指定した空間以外には余計な被害を出さないのが空間魔法の優れた点じゃな。


「ほう。やはりやりおる」


 儂の第二級魔法を見て、明らかに着物女の気配が変わった。ヤバイ。何か話さないとこのまま殺し合いに突入しそうじゃ。


「何しやがる!? 今のマジで殺りにきたろ」


 一先ず会話の切っ掛けを求めて怒鳴ってみることにした。それにしても幾らなんでも胸を見たくらいで殺しに来るとは…。もう親切に接するのは止めじゃ、止め。


「当たり前だ。妾には婚約者がおるのだぞ? なのにまだ婚約者にも見せたことのない妾の肌をお主はよりにもよってこのような場所で晒し者にした。各なる上はお主の首を切り落として、婚約者に差し出すことで妾の名誉を守るしかなかろう」

「いや、他にも方法はあると思うぞ。少し落ち着け」


 きっとその婚約者も首など差し出されても嬉しくない。…はずじゃ。うん。きっとそうじゃ。そんなサイコな婚約者、誰だって嫌なはずじゃ。


「他の方法だと? 例えばどんなのだ? 言うてみい」

「忘れる。これが一番良いだろ。今のは不幸な事故みたいなものだ。何も無かったと言うことにするのがお互いのためだと思うぞ」


 儂は男と女の仲を平和に保つ秘技『無かったこと』を伝授しようとしたのじゃが、着物女はお気に召さない様子。


「ふざけるな。仮にも夫になるべき者に嘘をつけと申すか?」

「愛があれば嘘の一つくらい許してくれるさ。……駄目かな?」


 着物女は返答の変わりにそれはそれは冷たい視線を投げて寄越した。うーむ。不味いのう。儂、こんな下らない理由でガチバトル何てしたくないんじゃが。しかし同時に元現代魔術師の儂は知ってもおる。争いの原因など大抵が下らないことだと。


「せめてもの情けじゃ。今日一日時間をやろう。別れを告げたい者がおるなら告げてくるがよい」


 あかんわー。これガチの奴じゃわー。いや、待つんじゃ。このままバックレれてしまえば良いだけではなかろうか?


「分かった。それじゃまた」


 儂は軽く手を振ると、さっさとこの場から立ち去ることにした。


「待たんか、愚物」


 そんな儂の足を着物女の殺気が止める。


「何?」


 仕方ないので儂は嫌々振り返った。もう面倒なのでいっそこの小娘ぶっ飛ばしてやろうかとも思うたんじゃが、それは幾らなんでも大人気ないだろうと思い止めておいた。

 

 着物女が言う。


「お主、名は何と言う?」


 人に訪ねる時はまず自分から名乗るもんじゃなかろうか。と思ったのじゃが…名前? ふむ。使えるかもしれんの。

 吸血鬼に悪魔のように嘘を見抜くスキルは無かったと思うんじゃが個人的に保有してないとも断言できんし。やはり偽名を使うよりはこの方法が一番のような気がするのう。


 そして儂は正直に名乗った。魔王の息子、その名を。


「リバークロス」

「なんじゃと?」


 よしよし、この反応。効果はてきめんじゃて。


「お主が……そういうことなら話は別だな。お主に先に手を出した妾が全面的に悪い。この通りだ。どうか許してはくれんか?」


 そう言って着物女は深く頭を下げた。


 お、おお? 何じゃ? 少し怯んだらそこから何とかうやむやにしようと考えておったら予想以上の効果。マイマザー、ヨイショ派の者だったのじゃろうか?


 儂が戸惑っておると、顔を上げた着物女が少しだけ困った風な顔をした。


「駄目だろうか?」

「いや、そんなことはない。ただ状況の変化についていけなかっただけだ」


 状況と言うかお主の態度の変化になんじゃがな。


「そうか。それもそうであろうな。しかし妾の名を聞けばすべて納得するだろう」


 え? もしかしてマイマザーに近い有名な魔族の子供か何かじゃろうか? 儂は慌てて頭の中でこれは知っておいた方がいいとアクエロちゃんに教えられた名前を思い浮かべた。


「改めて、始めましてだな。カーサアンユウと言う。偉大なる王の子よ。末永くよろしく頼むぞ」


「え?」

「ん?」


 まったく知らぬ名につい声が出てもうた。本当に誰だお前? って感じなんじゃが。 

 

 マイマザーに近い魔族の子供で関わり合いになりそうな者の名前は全て頭に入れておるんじゃが、その中にカーサアンユウ何て名は無いんじゃよな。


「…妾のこと。知らんのか?」

「…知らない」


 誤魔化してもしょうがないので正直に告白した。そしたらいきなり腰の入った物凄い良いパンチが着物女もといカーサアンユウから飛んできた。


 勿論、儂はスキル『転生する衝撃』を発動させましたとも。


 すると今度はカーサアンユウが着ておる着物が上半身、下半身、残らず爆散して、生まれたままの姿を儂に晒してくれた。


「………」

「………」


 無言で見つめ合う儂とカーサアンユウ。周囲からは歓声が上がり、カーサアンユウの目尻には涙が浮かんだ。


「……えーと。何と言うか、…御馳走様?」


 それから暫くの間、ガチ泣きをするカーサアンユウを慰めるのに、儂は結構な時間と労力を取られるのであった。



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