修行の成果と師との別れ
「君臨者よ、地に落ちた闇の王国からその手を伸ばせ。『ダークシャウト』」
先生の指先から生まれた小さな光がカメラのフラッシュのように一瞬だけ目映い光を放つ。
それによって出来た先生の影が伸びて私の影と一つになる。
次の瞬間、二次元から三次元に向かって闇が襲い掛かった。
影の噴火とも言うべき足元からのその衝撃に、私はこの一年の修行、その成果を発動させる。
「ピースメーカー起動。モード『鎧』」
瞬間、銀のブレスネットが一瞬で私の全身を包んで、私はあっという間に銀の甲冑姿へと早変わりだ。直後、襲いかかってくる影の衝撃。私の体は軽々と宙に浮かされた。
「ピースメーカー、モード『銃』」
先生に向けて伸ばした右手にピースメーカーが集まり銃の形に変わる。異なるモードを同時に使用できないのがこの最高傑作の欠点だが、いづれ必ず改良して見せよう。
「弾丸『革命者』発射」
銃口から魔力の塊が放たれる。
ピースメーカーのモード『銃』は主言語を唱え引き金を引くだけで詠唱の役割を果たせる機能を持つ。つまり発射されるのは第二級魔法に相当する魔力弾だ。例え相手が戦車だとしても貫通できる威力があるだろう。
だがーー
「スキル『魔力切断』」
先生が手にもった黒い長槍で私の必殺の弾丸を真っ二つにした。そりゃもうスパッと豪快に。
「んな!? 嘘でしょ?」
私は空中で思わず目を見開く。
何気に今の一撃には全力に近い魔力を込めていたのだが、ああも簡単に切り裂かれるとは。せっかく修行で身に付けた自信を早々に無くしてしまいそうだ。
勇者第三位『黒狼』のギンガ。この一年で嫌と言うほどその力を見てきたが、未だにその実力の底がようとして知れない、今世における私の先生。
「隙ありー」
先生の背後からマレアが二本の刀で襲い掛かる。
「ねぇよ」
それを先生は背後を見もせずに振り回した槍で迎撃した。
「うわっ!?」
二本の刀を交差させて槍をなんとか受け止めたマレアだったが、その衝撃までは止められず、そのまま吹き飛ばされた。
その間に私は地面に着地する。すぐにでも攻撃を仕掛けたかったが第二級の魔法を使ったことで立ちくらみに襲われた。
ピースメーカーの補助があったとはいえ、やはり第二級の魔法は相当の負荷が掛かる。……ギンガは?
私が一瞬の不覚から立ち直ると同時に、マーレの杖、その先端についた宝石から眩しいほどの輝きが放たれる。
「重力よ、星の支配者よ。空を仰ぎ見る愚者を天に堕とせ『グラビティレイン』」
先生の足下に魔法陣が出現し、その空間内に存在する全てのモノに重力が牙を剥いた。
ビアンが詠唱に入れた『支配者』は第二級空間魔法の主言語。
本来ならまだビアンに扱えられる魔法ではないが、私がビアンに上げた自信作『宝玉の杖』がそれを可能にする。
『宝玉の杖』は幾つもの魔力石を私のスキル『錬金』で練り合わせて出来た宝玉を、マーレ先生に頂いた夜鶴の木という優れた魔力増幅効果を持つ枝から作られた杖と合体させて作った私の自信作だ。
流石に第二級の魔法を受ければ先生と言えどもキツイのだろう。重力の加負荷に捕らわれた先生の足が地面にのめり込んだ。同時にビアンの魔力石にヒビが入る。
私の杖の補助があってもやはりまだビアンに第二級魔法は早いようだ。
「今よ、二人とも」
魔法を維持するのに背一杯なのだろう。全身に汗を掻き、常日頃の落ち着いた態度を放り投げて、ビアンが叫んだ。
「ピースメーカー、モード『ガトリング』」
右手に持っていた銀の銃が両手で持たなければならない巨大なものに変わる。
このまま即発砲といきたいところだが、このガトリングモード時に自身の魔力を弾丸にしようものなら、あっという間に魔力枯渇で死んでしまう。
だから私はこの日のために作っておいた弾丸を『魔法袋』から取りだし、ガトリングに装填する。
手際よく行い実際五秒と掛かってはいないはずだが、それでも実戦の最中と言うことを考えれば遅すぎる。ビアンが先生の足止めをしなければとても使用できなかっただろう。これも今後要改良ね。
そしてーー
「くたばれギンガー!!」
アドレナリンを全開にして私は引き金を引いた。毎秒百発にも及ぶ魔法弾が現実離れした速度で尊敬する先生へと襲いかかる。
「うおー。日頃の恨みー」
同時にマレアが吹き飛ばされた所から大きく跳躍して、こちらに戻って来る。
宙に滞在するその体が気に覆われ、淡く発光した。
「スキル『気祝』炎氷斬」
手にした武器に様々な特殊能力を付加できるマレアのスキル。それによって炎と氷をそれぞれ纏う二刀。マレアがその二刀を大きく振りかぶり、そして降り下ろす。
炎が一つの斬撃のように、いくつもの氷が弾丸の如く、先生へと降り注いだ。
勿論その間も私の銃撃は続いている。激しい攻撃に粉塵が舞い上がり先生の姿が隠れる。直後、ビアンが持つ杖の宝石部分が音を立てて砕け散った。
今回の宝玉は結構な自信作だったのだけれども…。まぁ、十二歳の子供に第二級魔法を使わせたのだ。改良の必要はあれど、まずまずの成果だろう。
視界が悪く確認できないが、反対方向にマレアが着地したので一旦銃撃を止めた。
魔法で粉塵を払おうか? だがそんなことをしている間に斬り込まれでもしたら一手遅れる。
「…ピースメーカー、モード『剣』」
結局私は待ちを選んだ。ビアンは粗い息で杖に寄りかかっている。無理もない。十二才の子供が英雄級魔法を使ったのだ、幾ら私が作った杖の補助があったとは言え体には相当の負担が掛かっただろう。
私はまだ十一歳だが、勇者として生まれたお陰で常人よりも気や魔力量が多い。何よりもスキルの恩恵があるので疲労は感じるものの、ビアンに比べると余裕があった。
そして最年長、十三才のマレアはまだまだやれそうだ。二本の刀を構え先生が出てくるのを今か今かと待ちわびている。その好戦的な笑みは先生にそっくりだった。
突如、突風が吹き粉塵が晴れる。姿を現した先生は黒い甲冑に身を包んでいた。
「うおー。カッケー!!」
マレアが呑気に叫ぶが、私は頬が自然と引きつるのを止められなかった。
先生が本気で戦う際に使うスキル『魔闘気・黒の甲冑』。気で出来た鎧を纏うシンプルなスキルだが、装着者の身体能力や五感を引き上げる効果もあり、これに他のスキル『身体強化』や『英雄の力』等を重ねかけられたら、その運動性能は人間を軽々と超越する。
勿論超越してこその勇者なのだが、今の私にあの鎧を破れる程の超越が行えるかと問われれば、口では非常に難しいと見栄を張りつつも、心の中では、無・理! と即答するだろう。
つまりこの時点で勝敗はほぼ決まってしまった。
「そんな」
杖にしがみつくビアンも同じ結論に至ったのだろう、絶望的な表情を浮かべる。これでは私達の卒業試験、先生に一太刀入れるを達成できない。
当初の予定では私達の成長を先生が堪能している間に決めるはずだったのだが…。何か、何か他に方法はないだろうか?
そう考えていると黒い甲冑が光の粒子となり、消えた。
「え? 何でスキルを解くんだ?」
甲冑が無くなり素顔を見せる先生にどこか不満そうに言うマレア。元々その気はあったが、先生の元で修行したこの一年の間にすっかりとバトルジャンキーと化してしまったようだ。
しかし今回ばかりは文明人たる私もマレアと同じ気持ちだった。
「まだやれます」
「必要ない」
私の言葉にそっけなく答える先生。しかしこんな中途半端なものが師弟生活最後の修行なんて納得できない。
私の気持ちを察したのか、先生が苦笑する。
「勘違いするなよ。ほら、これだ」
「あっ…」
先生のズボンが破れ、よく見れば太股から僅かな出血がある。つまりこれは…
「合格おめでとう。まさか本当にギンガに一撃入れるとは思わなかった。三人とも凄い成長」
私達の戦いを見ていたマーレ先生が手を叩きなが近づいてくる。普段はあまり変化の無い表情が、今ははっきりとした笑みを浮かべている。その事実に胸が熱くなった。
「お、終わったの?」
体力の限界を迎えたのだろう、ビアンがその場にへたり込む。
「マジかー。もっと戦いたかったな」
マレアは鞘に刀を収めながら、心底から残念そうに言った。
確かに盛り上がっていたので気持ちは分からないでもない。だがあのまま戦えば先生に一撃を入れるどころか、私達の方に死者が出かねなかった。
それでもハッキリとした決着を望む辺り、私もこの一年ですっかりと先生達に情が移ってしまったようだ。
「ビアンがまさか第二級魔法を使うとは思わなかった上に思ったよりも弾丸が強力だったな。それでも捌ける自身はあったんだが、あのマレアのスキルの威力。テメー等隠してやがったな」
先生は腕を組んでムスッとした表情を作る。美人だが獣じみた雰囲気を持つ先生がそんな顔をすると見る方は萎縮してしまうのだが、この一年でその表情が先生なりの照れ隠しなのだと知っている私達は何だかホッコリした。
先生が私達の成長を喜んでくれているのが分かったのだ。
「ギンガ、最後」
しかしそこは年長者のマーレ先生。いつもの言葉足らずな態度を許さず、先生を杖で軽く小突いた。
先生は物凄く微妙な顔をした後、そっぽを向き頭をガシガシと乱暴に掻いた。
「チッ。…あー、なんだ。あれだ。俺から見たらまだまだだが、それでもお前ら…その、強くなったな」
普段は憎まれ口が多い先生が照れ臭そうにそんなことを言う。あっ、今ジーンと来た。それに少しだけウルっともした。
「ちょ、泣くな。それでも勇者か」
「泣いてません。勇者です」
私の表情を見て慌てる先生。その姿に何故か更に視界が滲んだ。ビアンが私を抱き締めて、マーレ先生がそんな私達二人の頭を撫でてくれる。マレアは二人とも泣き虫だなー何て言いながら、少しオロオロしている先生と一緒に優しい視線を送ってくれた。
ああ、何てケーキのように甘くて素晴らしい空間なのだろうか。溶けてなくなってしまうまで、この甘さに浸っていたい。
「あっ、ようやく終わったー?」
そんな素晴らしい空間に、突如信じられない魔力を秘めたトンデモ生物が突撃して来た。
「おっす。ちっす。コンニチワー。そろそろ出番かと思い飛んで来てやりましたとも。ギンガ、貴方の守護天使サンエルちゃんですよー」
背中に生えた四枚の白い翼と頭の上に浮かんでいる天使の輪。女として成熟しているその体はしかしどこまでも神聖で、昇る朝日を見るように、彼女を欲に塗れた目で見るのは難しいだろう。
守護天使。天族が天にとって有益と判断した人間やエルフを守護ないし教え導く時、その天族を指して言う言葉。
主に守護天使が付くのは勇者や聖女と言う話だが、極稀に市勢の中からも選ばれるらしい。勿論先生は前者だ。
「うるせーぞ、サンエル。弟子とのお別れに水を差してんじゃねー」
先生は苛々を隠そうともせずにそう言うが、これは先生の態度が異常なだけであって、普通は人間もエルフも天族には頭が上がらない。事実ビアンは性格的に当然としても、反抗心旺盛なマレアや賢者であるマーレ先生までサンエルの登場に合わせて膝をつき、頭を垂れている。
私? 勿論郷に入っては郷に従っている。相手が生物として格上なのだから魔術師として敬意を持つのに嫌はなく、また別に無理して反抗する理由もないのだから膝を付くくらいどうと言うこともない。
「あはは。怒んな、怒んな。僕は笑顔のギンカが好きだぞー」
そう言って宙を移動し、先生の頭を背後から抱き締めるサンエル。
て、天使と人間の禁断の愛…だと? おっと涎が。顔を伏せておいて良かったわ。
「さて、君達も顔を上げて。やぁやぁカエラちゃん、また随分と成長したようだね。そんなに強いのに創造関連のスキルばかり取るんだから君も変わっているよね」
「申し訳ありません。サンエル様」
勇者はスキル『天の加護』によって自分が望むスキルを獲得することができる。しかしスキルの使用には肉体のエネルギー、つまりは『気』が必要で無限に取れる分けではない。
平均的な勇者で保有するスキル数は大体十前後、ただし効果が強いスキルは容量をその分多く取るので単純にスキルが多ければ強いと言うわけではなかった。
とは言えスキルが多い方が様々な状況に対応でき、かつ掛け合わせることで爆発的な力を発生させることもできるので、やはり一般的にはスキルの数が多い=強者であると考えられがちだ。勿論それも間違いではない。特に勇者は普通の人間には対処できない上級魔族への対応を求められる。シンプルで効果的なスキルが多くあった方が有利なのは事実だ。
それ故に勇者のスキルの修得は大まかに二つに大別される。つまり徹底的に自己を強化する自己強化型か同じ方法で魔力を高める魔力増強型か。
前者なら肉体を高めるスキル一点に絞ってスキルを獲得していくし、後者ならそれが魔力に変わるだけだ。共通するのは無駄に振り分けないと言う一点だろう。
無論、二十四人の勇者の中にはバランス型の勇者もおり、それはそれで様々な場面で活躍しているらしいのだが、本当に勇者にしかできないことをやりとげるのは常に特化型の勇者だけとのことだ。
だから先生も私が出合ったときには既に『身体強化』と『魔力増強』を持っていることを知ると、村に来ていた教師の無能ぶりを口汚く罵っていた。
「んんー? それは何に対しての謝罪なのかな? 僕はまぁ、好きにすればいいと思うよ? ギンガと大喧嘩してまで選んだ君の道だ。実際ギンガはもう納得しちゃったようだしね」
サルエルが先生に向けるより幾分か冷めた声音でそう言った。先生との大喧嘩。それは私が獲得するスキルの方向性を決めて先生に報告した時に起こった。
スキル『錬金』を中心とした創造関連のスキルの修得。それにより様々な特殊能力を付加した道具を開発する。それが私が選んだスキルの方向性だったのだ。
それと言うのも現代魔術師である私は道具の便利さをよく知っている。銃さえあれば子供にだって格闘技の世界チャンピオンを殺害できるのだ。
子供と格闘技の世界チャンピオン。二者の身体能力の差を考慮するまでもなく道具の有用性を疑う者は誰もいなかったし、事実有用だ。
道具を獲得できたからこそ人類はあの地球でもっとも強い影響を持つ種へとなれたのだから。
勿論あの地球とは違い、この世界は事情が異なるところも多い。
最も大きな違いは道具が生み出す有用性を生物の能力が容易く越えて行くことだろう。
弾丸より速い拳。医者を必要としない優れた治癒力。無論そこまで極端な人間は一握りだが、生物として優れていけば行くほど、余計なものに頼る必要がなくなるのは確かなようだ。だがそれがそのまま道具の有用性を否定するかと言えば、私はそうは思わない。
銃より速い拳をさらに強化する手甲。治癒力を高める薬。道具があれば攻撃力、防御力、能力の持続性などを更に高めることができるのは疑う余地もないだろう。
事実、勇者や聖女は教会から一級品、それこそこの世界で最高の錬金系統のスキルを持つ職人達が作り出した武器や防具が無料で支給されるし、どんな職人に対しても望む武具を注文する権利を持つ。
私が錬金関連を中心にスキルを取ると言ったとき、先生はその手の事情を説明して、物作りなら専門の職人に任せて勇者は勇者にしかできないことをするべきだと私を諭そうとした。
先生の言うことは最もだが勇者だから作れる物は必ずあるはずだし、上級魔族との差を埋めるのに必要なことは何も肉体や魔力を鍛えるだけが道ではないはずだ。
私のこの意見と頑なに主張を譲らない態度に当初は冷静だった先生もついにはブチギレて最初の作品で私が先生を納得させられる物を作らなければ、師弟関係は終わりだとまで言われた。
今思い返しても中々の無理難題だったが、私には元現代魔術師として二百年分の経験とマーレ先生の全面的な協力があり、何とかこの最高傑作を作り出して、先生に認めてもらうことが出来たのだ。
先生がサンエルを鋭く睨み付ける。
「おい、サンエル。もうその話は終わってんだよ。カエラに絡むな」
「ええー? 絡んでないよ。酷い誤解だな。でもそんなギンガもラブリー、ラブリー。可愛いったらありゃしねぇ」
「うっせぇ、まとわりつくな。それからお前らもさっさと立て。こんな馬鹿、気にするだけ無駄だ」
先生がそう言っても誰もすぐには立ち上がろうとしない。それほど人やエルフにとって天族は絶対的な存在なのだ。私? 勿論場に合わせているだけだ。
マーレ先生がサンエルへと問いかけた。
「よろしいでしょうか?」
「構わないよー。って、言うかさー。いい加減マーレちゃんは僕にもっと慣れようぜ。会う度に顔を伏せられ膝をつかれる僕のこの疎外感。どうしてくれちゃうんだよ」
「申し訳ありません」
上位者にもペースを乱されないマーレ先生、本当に素敵だ。
「いやいやー。謝って欲しい訳じゃないぜー? でもまぁ、そろそろ行かない? マジでここ最近魔族のクソ共が調子に乗ってるんだよねー。盾の王国が潰されるのは絶対に阻止しなくちゃなんねーし。ふっ、できる女は忙しくて仕方ないぜ。そうだろ? ギンカちゃん」
「うるせぇ」
「アウチ」
先生がサンエルをぶん殴る。そんなコントのような合間を塗って、マーレ先生が私達と向きあった。
「それではそろそろ私達は行く。これからも精進するように」
お別れ会は昨日済ませた。卒業試験、先生に一太刀入れると言うその結果がどうなろうとも終わればお別れと決まっていた。
ああ、何てドラマチックな別れ方だろうか。マーレ先生たらマジ演出家。いけない。また視界が悪くなって来た。そんな私の肩にビアンがそっと手を置き、マレアが元気出せよとばかりに背中を叩いてくれる。
私達は互いに顔を見合わせると、マーレ先生と未だにコントを続けている先生へと頭を下げた。
「「「ありがとうございました」」」
「うん。元気で」
マーレ先生の目に光るものを見つけ、ついに私とビアンは泣き出した。ああ、何て甘い時間だろうか。この瞬間が私の心を溶かして永遠に蝕むように、もっと砂糖をぶちまけて欲しい。
先生もコントを止めて私達の所へ来てくれた。
「基礎は教えた。次会う時までにはそのスタイルをモノにしておけよ」
「後、盾の王国に来てくれると、とても助かる」
先生の後にマーレ先生がどこか冗談っぽく言った。いや、目は結構マジなので、一応声をかけたけど来るのは自由、でも来てくれると本当に助かると言った感じだろうか?
魔族領に最も近い異種族戦争の最前線、盾の王国。
そこでは魔族の侵攻を阻む為に世界各国から強者が集まり、日々天族領内に侵入せんとする魔物を狩っているとのことだ。正直私がこのままずっと勇者として生きていくかは分からないが、戦闘経験を積んでおくのは悪い話ではない。
「考えておきます」
そう答えた私の横でビアンとマレアの二人も大きく頷いた。
「けっ。…来る必要なんかねぇーよ。その前に俺が魔族共を全員ぶっ殺してやる」
先生なら本当にやれそうだ。いつかマイスターを見つけたら先生二人とビアン達、皆で旅をしてみたいものだ。心からそう思う。
「おい、サンエル。行くぞ」
「はいはいー。それじゃあ一緒に魔族狩りと洒落混もうぜー」
サンエルの体が太陽のごとく輝いた。相変わらず信じられない魔力量だ。人間の創造者というのも納得の話だ。
「支配者は管理者に命じその扉を開けるだろう。『ディメンション・ゲート』」
サンエルの詠唱が終わると、私達の前に丁度人をスッポリと覆い隠せそうな光の塊ができた。
「さてさて、それじゃあお先にいくぜー。あんま待たせんなよギンガ」
そう言って光に突撃するサンエル。普通なら直ぐに光を通過して姿を見せそうなものだが、どれだけ待ってもサンエルは出てこず、あの馬鹿げた気配も完全に消えた。つまりこの光は一種の穴であり、この穴の先が盾の王国なのだろう。
「それじゃあ、元気で」
小さく手を振るマーレ先生。その姿に感極まった私は思わずマーレ先生へと抱きついた。ビアンも、そして今回はマレアも。先生はそんな私達を優しく抱きしめ返してくれた。そしてそっと体を離すと光の中に消えていった。
「ふん。それじゃあ俺も行く。…お前達」
私達は誰も決して先生の言葉を聞き逃すまいと耳を済ました。本当はマーレ先生にそうしたように先生にも抱きつきたい。でもそこをグッと我慢する。マーレ先生が私たち三人のお母さんだとするなら、先生はお父さんだ。優しさよりも教えにこそ価値を見出ださなければならない。
先生はただ一言ーー
「待ってるぜ」
そう言って光の中に消えていった。同時にこのあまりにも濃かった一年の記憶が脳裏を何度も過った。
「ねぇ、二人とも」
「なに?」
「なんだ?」
私の声は掠れていた。そして二人の声も。だから私は腹の底から声を出した。先へと進んで行った先生達に届くように。
「強く、なろうね!」
二人は答えず、ただ左右からそれぞれ私の手を握りしめてくれた。私はそれを強く握り返した。
それから一年後、盾の王国に伝説の魔王が現れ、百年にも及び魔族の侵攻を退けてきた盾の王国は滅亡した。
それに伴い私は勇者順列第二十四位から二十三位へと繰り上がった。