転生先は
うっすらと漂っている自分と言う感覚。つまるところ自我と呼ばれるものを知覚した瞬間、儂はキタァーと思わず叫んでしもうたわ。まぁ、実際口に出たのはーー
「おぎゃーー」
という感じじゃったわけじゃが。何はともあれ異世界転生成功じゃ。ぶっちゃけマジで成功するとは思うとらんかったわ。ひょっとしたら儂、神に愛されまくっておるのではなかろうか?
「おや、もう泣き止んだぞ」
その声に儂は初めて今自分が誰かに抱かれていることに気がついた。まぁ誰かと言うてもこの状況ならまず間違いなく儂の母親じゃろうがな。どれどれ、勇者の母親はどんな顔をしとるのかの。
「おお? なんじゃなんじゃ? この瞳、まるで妾を母親だと理解しておるかのようじゃ」
理解してますともマイマザー。ふむ。それにしても偉い美人じゃの。燃えるような紅い髪と黄金の瞳。それだけでもかなりインパクトがあるのに、頭に二本の角まで生やしておる。いやはや異世界の人間は進化に待ったなしじゃの。
「魔王様。リバークロス様はお乳が欲しいのではないでしょうか」
これこれ、そこのお若いメイドさんや。儂が母親の乳をガン見していたのをバラすでない。大体産まれていきなりお乳ってアンタ………はて? 魔王? 勿論その言葉は良く知ってはおるが、この場には相応しくない言葉じゃの。記念すべき勇者の誕生に魔王の話とは、やれやれ何気に困ったメイドじゃの、こやつ。
「おお、今度はため息をつきおったぞ。見ろ、エラノロカ。まるで既に確固たる自我を持っておるかのようじゃ。これは将来が楽しみじゃの」
「魔王様のご子息様となれば当然かと」
また人の母親を魔王呼ばわりか。おいマイマザー。そろそろガツンと言ってやった方がよいぞ。
「ふふ。ひょっとすれば、この子が妾の後を継ぎ魔王となるやもしれぬな」
「不吉なことを仰らないでください。魔王様には未来永劫我等を導いて頂かなくては困ります」
「そうだな。その為にもまずは世界征服じゃな。天族もその操り人形である人間もエルフもドーワーフも皆駆逐し、この地上を我等魔族のものとしてやろう」
「我々悪魔族も微力ながらお手伝いいたします」
何じゃか人の頭の上で不吉な話をしておるの。ああ、うん。その、なんじゃ? 儂もね、三百年以上生きとるからね。分かるよ。これあれじゃろ? 転生先間違えちゃった。テヘ。見たいな? そんなあれじゃろ?
「やっちゃった」
思わず喋ってしもうた儂に目の前のマイマザー、別名魔王様が目を瞬いた。そして何を思うたのかニコリと微笑むとーー
「うむ。お主は妾とコウリキがヤッた結果生まれてきたのじゃ」
何てことを言いおった。赤子に何てことを言うのじゃ。てか、マイファザーはコウリキと言うのか。なんだか丸いボールに捕まりそうな名前じゃの。
「それにしてもこの年で色に興味を持つとは頼もしい限りじゃ。沢山女を孕ませて、強き子を沢山作るのじゃぞ」
なんじゃ、その子供の兵隊化待った無し感。怖いわ~。異世界怖いわ~。
「ひとまず今日のところはこれで我慢するがよい」
そう言ってマイマザーは服を捲し上げ、露出させた胸を儂の顔の直ぐ近くまで持ってきた。え? これ頂いて良いのじゃろうか? ガッツリ行っちゃって、良いのじゃろうか?
儂が悩んでおるとマイマザーが首を傾げた。
「ふむ。どうしたのじゃ? まだ腹はすかんか?」
「んーん。空いてるよ、ママ」
儂は自分でもちょっとどうかと思う子供風な喋り方で答えたが違和感が半端ない。ええい。生後一時間未満の赤子はどんな風に喋るのじゃ?
やはり儂の演技が不味かったのか、マイマザーの側に控えておるメイドが驚いたような顔で儂を見ておる。
「ま、魔王様。リバークロス様は…」
何故か感極まったような顔で儂を見下ろしてくるメイド。しかしそれよりも気になるのはリバークロスと言う名前の方じゃ。それ、やはり儂の名前なんじゃろうか? レバーを殴られた男が嘔吐しとるシーンが頭に浮かぶので、できれば別の名前に変えて欲しいのだが無理じゃろうか? いや、ものは試しじゃ。取り合えず交渉してみるかの。
「リバークロス。やー…」
「おお、そうじゃ。リバークロス。それがお主の名前じゃ。お主に相応しき名を与えてやりたくて、妾が夜も眠らずに考えに考え抜いた名じゃ。気に入ったかの?」
嫌だから名前を変えてくれと言おうとした儂の言葉に被せるようにマイマザーが言った。くわ~! 流石は魔王。そんなこと言われたらチェンジと言いにくいじゃろうが。いや、頑張るんじゃ儂。ここで引けば一生リバーだかレバーだか分からない名前が付きまとう。そんなの嫌じゃ。ノーと言える儂になるんじゃ。
「気に入ったか?」
「うん。ありがとうママ」
若干凄んでくるマイマザーに反射的にそう答える儂。仕方ないんじゃ。だって魔王様の笑顔メッチャ怖いんじゃもん。逆らってはいけない感が、半端ないんじゃもん。
そんなこんなで儂は無事に転生を果たし、新たな名を手に入れたのじゃった。