秘密を暴け アクエロちゃんの寝床
そんなこんなでやって来た儂の部屋。
それにしても今日初めて知ったのじゃが、儂の階層は八十階にあるらしい。今まで城の外に出たこともなく、自分の階層を基準に行動してきたので、何気に高い場所にあったのじゃと驚いたわい。
「それで兄さん。僕の部屋に何のようですか?」
儂は今までベットから食糧庫まで全て揃った一部屋のみが儂の部屋じゃと思っておったのじゃが(実際それでも十分に広いのじゃが)、何とこの辺りのエリアにある部屋は全て儂のものらしい。
最初に聞いた時はそんなに要らんわと思うたのじゃが、冷静に考えれば魔術や魔法の研究に部屋はいくらあっても困らないので、マイマザーには本当に感謝じゃて。ひょっとすればアクエロちゃんもこのエリアのどこかにいるのかもしれんの。まぁ、例えそうでも儂は一向に構わないんじゃが。
「実は以前からこの部屋に来る度に違和感があったんだよ」
儂がこの三年間寝起きした部屋を見回してマイブラザーかそんなことを言う。
「初耳ですけど。……ひょっとして姉さんも何か感じてた?」
「私は別に。ただ強いて言うのなら私も似たような部屋を持っていますけど、それに比べるとこの部屋、何だか少し狭いような気がしますわ」
「そう? 僕にはこれくらいでちょうどいいけど」
それは単にマイシスター達が良い所に住みすぎなのではなかろうか。子供一人が暮らすにはここでも十分すぎる広さなんじゃがのう。
「いや、エグリナラシアの感覚は間違ってないよ。そうだろ? シャールエルナール」
振り返ればここまで黙ってついてきたシャールエルナールが儂の部屋の壁を見て、何やら難しい顔をしておる。
「……これは」
「どうしたんですか?」
魔将と魔王の子供。立場はどちらが偉いのか良く分からんが、少なくとも生物としても魔法使いとしても格上のシャールエルナールは目上として敬うことにした儂。
シャールエルナールは慌てて両手を降ってみせた。
「い、いえ。な、なんでもない。……ような気がしなくもない。……であります」
「は?」
何じゃ? そのはっきりしない物言いは。
「どうやら僕の勘が当たったようだね。破れるかい? シャールエルナール」
「い、いえ。本官はその、なんと言うか、このまま放置でも良いのではと具申したり、しなかったりするのであります」
「シャールエルナール」
マイブラザーが少しだけ低い声を出す。じゃが普段落ち着いた声音のマイブラザーがそういう声を出すと妙に迫力があるの。
「は、はい。であります」
同じように感じたんじゃろうか、背筋を伸ばして敬礼をして見せるシャールエルナール。
「ここはリバークロスの部屋だ。そうだね」
「その通りであります」
そこで儂を見るマイブラザー。一体何なんじゃ?
「リバークロス、シャールエルナールの行動を許可してくれるね?」
正直よう分からんが、ここまで来ると気になるのう。
「いいよ。何をする気かは知らないけどシャールエルナールの行動を許可するよ」
とは言うてもまさか部屋を爆破したりはせんよな? 儂の答えにマイブラザーは満足げに頷いてシャールエルナールを見た。
「だってさ。魔王の子供である僕がやれと言って、この部屋の所有者であるリバークロスもああ言ってる。その上、恐らく君はこの件に関しては誰の命令も受けていないはずだ。さぁ、この状況で君は誰に従うのかな?」
何だかマイブラザーがやたらと嬉しそうじゃな。そう言えばマイシスターの話では秘密を暴く他にも他者への無茶ぶりが好きなんじゃったか? 我兄ながら良い性格をしとるの。
「わ、分かりました。……であります」
そしてシャールエルナールは肩を落として、とぼとぼと壁際まで歩いていくと、そのままごく自然な動作でべりっと壁を剥がした。
「……は?」
「な!?」
目を見開く儂とマイシスター。一瞬シャールエルナールが力づくで壁を壊したのかと思えばそうではなく、何と壊れた壁の向こうに見たこともない部屋が現れおった。
「形成魔法と空間魔法の応用だね。形内空間魔法、別名式神魔法とも呼ばれているアクエロさんが得意とする高等魔法だよ」
基本的にこの世界の魔法は形成魔法、放出魔法、空間魔法の三つに分類されるが、それらを組み合わせることで特殊な効果を発揮する高等魔法が存在する。式神魔法もその内の一つじゃて。
儂は何よりもまずその魔法の余りにも高い技術力に目を見張る。現代で魔術師になれた儂の魔力操作は既に超一流の域じゃが、それでもこの魔法を真似るのは簡単なことではない。それは今まで儂がこの部屋の存在に気付かなかった事実が証明しておる。
儂がどんな絵画にも勝る魔法の美しさに見惚れておると、その間にマイシスターが部屋へと入った。
「な、なんですの? この部屋。こっちの部屋からはリバークロスの部屋が丸見えですわよ」
「え?」
魔法に見惚れておった儂はそこでようやく、そもそもこの部屋何なんじゃろうかと当たり前のことを疑問に思った。見ればマイシスターの言う通り魔法の壁はマジックミラーのようになっており、こちらの部屋からは儂の部屋の全てが丸見えじゃった。
じゃが、そんなことさえ些細に思えるほどの狂気がこの部屋には溢れておった。
「これって……僕、だよね?」
壁にはエイナリンの所で見たのと同じく写真……ではなく画像と言うんじゃったの。とにかくそれが所狭しと張られておった。そしてエイナリンの所と違うのはそこに写っているのがただ一人の人物であるということじゃ。その人物、つまりは儂じゃな。儂の画が壁中に張ってあり、更には儂にそっくりなマネキンまで置かれておる始末。
血の気が引くとはまさにこの事じゃなと、儂は他人事のように思うのじゃった。
「つ、机の上には観察日記がありますわ」
「な、内容は?」
「リバークロスの身体及び精神の日々の変化について詳細に書かれてますわ。とくに身体の変化については事細かに、それこそ男性器の成長具合についてまで書かれていますわ」
「何でそんなデータがあるんだよ!?」
思わず叫ぶ儂。上げたのが悲鳴でなかった事を誉めてほしいくらいじゃわい。
「その理由は多分これじゃないかな」
そんな中一人冷静…と言うかどこか楽しそうなマイブラザーが壁のある一角を指差した。そこにも儂の画がこれでもかと張ってあるのじゃが、他とは違いその画の儂はどれもベットの上で熟睡しておった。ただし全裸で。
「は?」
「まぁ」
目を見開く儂と口に手を当てるマイシスター。言っておくが儂は裸族ではない。寝る時はちゃんと服を着ておる。にも関わらず何故か画の中の儂は全裸。いや、何故かなど考えるまでもなかった。こともあろうか犯人が画の中に堂々と写っておったからじゃ。
「う、嘘だ!」
というか嘘だと言って。画の中では全裸の儂を愛おしそうに撫でるアクエロちゃんの姿。儂は足元が崩れ落ちていくかのような錯覚に襲われた。
「こ、こんなの俺が気付かないわけがない。これは…合成だ」
儂はこれでも他者の気配には敏感なんじゃ。素っ裸に剥かれて気付かないはずがない。そもそもあのアクエロちゃんがこんな危ない女であるわけがない。これは夢。そう夢なんじゃ。アハハハハ。
「その合成と言うのがどういう技術を指してるのかは分からないけど、気付かなかったのはリバークロスが鈍い訳じゃなくて、相手がアクエロさんだからだよ」
「ど、どういうこと……ですか?」
魔術師としての好奇心が儂の意識を無常な現実に引き戻す。
「ここに来る前に言っただろ? 同一に近づくと。既にリバークロスは無意識下でアクエロさんを自分の手足のように思っているんだよ。だから気付かないんだね。寝ているときに自分が自分に触れていちいち起きてたらキリが無いだろ?」
「だ、だからってアクエロちゃんがこんな狂人、いや狂魔染みた真似をするはずがない!」
アクエロちゃんはもっとこう、天使のような子なんじゃ。無表情ながらもどこか愛嬌があって、自分からはあまり話しかけては来ないんじゃが、それでも話し始めると以外とお喋りで、その上常にこちらを気にかけてくれる優しさを持つ、儂のマイエンジェルなんじゃ。
それがこんな狂気にまみれた部屋の創作者であるはずがない。
と、儂は思うのじゃが、マイブラザーはそんな儂の願望を一笑するかのように肩をすくめて見せた。
「それはアクエロさんに失礼だよ。確かに心臓を保有するリバークロスがアクエロさんの主であることに間違いはないけど、アクエロさんにとってもリバークロスはもう他人じゃないんだよ。自分の体を自分で観察したからって何も変じゃないだろ?」
「う、確かに」
言われて見れば儂はアクエロちゃんの事を何も知らん。悪魔王の娘だというのもほんのついさっき知ったくらいじゃし。それは儂にとってアクエロちゃんが都合の良い存在じゃったからじゃ。別に気にしなくとも上手くやれてるじゃん。と、そう勝手に思っておったからじゃ。しかし当然ながらアクエロちゃんは都合の良い機械などではない。生物として当然様々な欲求があり欲望がある。
この部屋はそれに気づこうとしなかった儂への罰なんじゃろうか。儂、まだ三歳児なんじゃがそこまで気にかけるべきだったんじゃろうか?
マイブラザーの言葉は続く。
「それに肉体を細かく把握すると言うのは魔法、体術どちらの面から見ても重要なことだよ。リバークロスの師匠であるアクエロさんがここまでリバークロスの事を把握していると言うことは見方を変えれば頼もしいことでもあるんじゃないかな」
「う、確かに」
先程と全く同じ返答をする儂。あれ? 儂、今頭動いておるかの。
「完全なる理性を持つ者は、それを持たない者からすれば完璧な狂気と何ら変わらなく映るだろう。まだ短い僕の魔生で学んだ数少ないことだよ。僕にはこれがアクエロさんの理性的な欲望に映るけどね」
変態同士気が合うんじゃな。などと一瞬思ったのじゃが、そんなことを言っても致し方ない。ここは一つ魔術師としてもっと建設的な事を考える事にするかの。
そう、つまりはーー
「何でも良いけど、とにかく壁は元に戻して何も見なかったことにしよう」
全て忘れてしまうんじゃ。それがきっと皆が幸せになれる唯一の道なんじゃ。うん。きっとそうなんじゃ。やはり他人の秘密など安易に暴くものではないの。
儂が新たな教訓を胸に三人に視線を向ければ、何故か三人は……あれ? マイブラザーはどこじゃ? それにシャールエルナールは何故急に跪づいておるんじゃ? マイシスターはマイシスターで先程他の二人が一瞬だけそうであったように固まっておるし。
マイシスターの震える手が儂、と言うかその後ろを指差した。
「リ、リバークロス。う、後ろです……わ」
振り向くよりも早く誰かに抱き締められた。鼻孔を擽る甘い香り。誰か? などと考えるまでもなかった。
「ア、アクエロちゃ…」
「リバークロス様。私の部屋に勝手に入られるなんて、嬉しいですけど少し恥ずかしいですわ」
あ、一応恥ずかしいと言う感性はあるんじゃ。
儂がそんなどうでも良いことにホッとしておると、儂を抱き締めるアクエロちゃんの両腕に力が込められる。
そして……そして何もなかった。うん。そうじゃ。きっとそのはずじゃ。何かアクエロちゃんの物凄いドロドロとした部分を見せられた気もするが、きっと気のせいじゃ。
結局その日から儂はアクエロちゃんと同棲することになった。
マイシスターはリバークロスの方が年下の癖にいつも先に大人になりますのね。とか何とかよう分からん理由で拗ねておったが、場が落ち着いた頃に戻って来たマイブラザーはそれで良いんじゃないかなと言って、いつもの笑みを浮かべておった。一つの秘密を暴けたせいか、その笑みはどこかいつもより嬉しそうに見えた。
シャールエルナールは元々儂とアクエロちゃんが同棲しておると思っておったのでとくに意見はなし。ただ事が終わった後でアクエロちゃんの式神魔法を破壊したことをアクエロちゃんに謝っておった。マイブラザーの命令なんじゃし、別に謝る必要もないと儂は思うんじゃが、そう言う問題でもないらしい。
そしてそんな風に儂の魔王の子供としての日常が廻る。アクエロちゃんとエイナリンにしごかれながらも、兄弟三人で共に修行をし、時には今回のようなヤンチャをやった。
マイブラザーとマイシスターが儂を城の外に連れ出そうとして、まだ早いとマイマザーの命令で止めに来たシャールエルナールとガチバトルに発展し、マイシスター共々ボコボコにされたり(ちなみにマイブラザーはバトルになった途端にどこかに消えた)。
その後、命令とは言え申し訳なかったと菓子折り持参で謝罪に来たシャールエルナールをマイシスターが性的にボコボコにしようとするのを止めたり。
あるいはマイシスターが十になった時、誕生日にマイマザーと一緒に寝てみたいと言うので、あまり乗り気ではないマイブラザーを引っ張ってマイマザーの所に行ったら、意外なほど快く了承され、家族揃っての団欒を楽しんだ。
ちなみにこの時に初めて魔王軍として忙しく働いているマイファザーと顔を会わせたりもした。マイファザーは高位の魔族らしく整った顔立ちをしておったが、侍のように寡黙な男じゃった。しかし家族思いの良い男でもあった。あまり儂等に構えないことを謝り、お詫びとばかりに稽古をつけてもらうことになったのじゃが、さすがは魔王の旦那。これがまた強くて、兄弟揃ってボコボコにされた(流石にこの時はマイブラザーも逃げなかった)。
マイファザーとは天族との争いが激化しつつあると言うこともあって、あまり長い時間は一緒に居られなかったのじゃが、家族が揃いマイシスターが大はしゃぎするので、儂もなんだかほっこりした。
そんな風に魔術師としても一人の魔族としても充実した少年期を過ごし、あっという間に十年の歳月が過ぎ去って行った。
そしてその時がやって来る。十三歳。それは魔族として成人する日。同時に儂にとって一つの分水嶺となる年でもあるのじゃが、当然この時の儂にそんなことが分かるはずもなく、ようやくエロも解禁かとただ無邪気に喜んでおった。
それがどれだけ幸せなことだったのか、儂はすぐに思い知らされることになる。