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シャールエルナールとの遭遇

 儂は叫びながら背後を振り返った。そこに居たのは詰襟の軍服…と思われる服と(魔王軍に軍服があったとは知らなかった)、軍帽を被った一人の女じゃった。


「悪魔……族?」


 儂等にはないが悪魔の尻尾が女の後ろで猫の尻尾のように揺れておる。髪は腰にまで届くほど長い艶やかな黒髪で肌の露出が殆どない女のそれがせめてものお洒落のように見えた。


「貴様等……」


 カツン、と鉄でも仕込んでいるのか、女が履いているブーツがやけに高い音を立てる。魔法陣が描かれた白い手袋。それを装着した女の手がゆっくりと儂等…と言うか儂を指差した。


「十秒やる。今出てきたエリアに何の用だったのか答えろ。さもなくば……」


 直後、女の洗練され尽くされた刺すような魔力が儂の全身を貫いた。な、何じゃ? こやつ。アクエロちゃんクラス? いや、まさか……それ以上?


 儂の力量不足で正確な上限は測れんが、少なくともアクエロちゃんと同等以上。エイナリンと比べるとどうじゃろうか? エイナリンの方が勝っておるような気もするが……少なくとも今の儂が敵う相手ではなかった。


「面白いことを言うねシャールエルナール。さもなくば……何なんだい?」


 そんな危険な相手を前に、あのマイブラザーが前へと出る。なんじゃ? なんぞ変な物でも食べたんじゃろうか?


 訝しむ儂とは逆に女の反応は劇的じゃった。


「レ、レオリオン様? 何故ここに?」


 シャールエルナールと言う名前らしい女はマイブラザーの顔を見た途端、身に纏うあまりにも鋭すぎる雰囲気をあっという間に霧散させた。


 動揺のせいか、尖った耳がピクピクと動いておる。


「兄さん、知り合い?」


 荒事にならなさそうな雰囲気に思わずホッとする。まったく、本当に魔王城(ここ)は化物揃いじゃて。改めてそう思っておると、その化物が何故か儂を驚愕の表情で見てきおった。


「に、兄さん? ではまさか貴方様は?」

「私の弟のリバークロスですわ」


 何じゃ? マイシスターも知り合いなのか。それなら声をかける前に気付くべきじゃろうに。見かけとは裏腹に意外とおっちょこちょいさんなのかの。


 そのおっちょこちょいさんが物凄い勢いで跪いた。


「魔王様のご子息とは知らず何というご無礼を。愚かなる本官をどうかお許しくださいであります」


 本官? また濃ゆそうなのが現れたの。後、口調変わっておらんか?


 まぁ、この態度を見る限り、どうやらマイマザーの忠臣と言った所じゃろうな。何にせよ、エイナリンの奴程に儂を困らせることが無さそうで安心じゃわい。


「大丈夫。気にしてないよ」

「いえ、それでは本官の気が収まらないのであります。本官は魔王様に身も心も全て捧げました。そんな本官が魔王様のご子息様を指差し、あろうことか威圧するなど、あってはならないことなのであります」


 いや、許してくれと言うたのはお主じゃろうが。何じゃろうか? この非常に面倒な相手に絡まれてしもうたような感覚は。


 ……いやいや。決めつけるにはまだ早いの。きっと真面目なだけなんじゃ。ほら、あんなに真っ直ぐな瞳で儂を見ておるではないか。きっと話せば分かるはずじゃ。うん。きっとそうじゃ。


「いや、だから気にして……」

「拷問を」

「は?」

「愚か者には相応の罰が必要であります。どうか本官を拷問してください」


 そう言って儂の足元に額を擦り付けるシャールエルナールとか言う女。え~、何なんじゃ? こやつは。初見の雰囲気が壊れすぎじゃろ。後、人の話聞かなすぎじゃろ。正直相手にしたくないのじゃが。それと拷問って、普通に怖いわ!


「仕方ありませんわね」


 マイシスターがドン引きしておる儂の横をすり抜け、シャールエルナールの髪の毛を掴んで無理矢理その顔を上げさせた。


 これこれマイシスターよ。髪は女の命じゃぞ。何をやっとるんじゃね? 


 そんな風にマイシスターの乱暴な行動に儂が眉をひそめておるとーー


「あぁあああ!!」


 上がる悲鳴。儂は決定的に出遅れた。


「何をやっとるんじゃー!?」


 儂はマイシスターを蹴り飛ばした。手加減する余裕は無かったので怪我をさせたかもしれんが、今回ばかりはマイシスターの自業自得じゃ。どう考えても炎を纏った指を無防備な女の両目に突っ込むなど正気ではない。


「あいたた。リバークロス。貴方、さっきから姉に対する敬意が足りてませんわよ」

「黙れよバカ姉。これどうする気だ?」


 見れば両目は焼けただれ、収まるものを無くした眼窩からは煙がもくもくと上がっている。初対面で儂の心身を貫いた鋭利な美貌はすっかりと焼け落ちていた。うう、これは流石に身内と言えど擁護できぬわ。


 マイブラザーが震える儂の肩に手を置いた。


「落ち着いてリバークロス。大丈夫だよ、ほら」

「え?」


 マイブラザーに言われて見てみれば、シャールエルナールの口からはいつの間にか悲鳴ではなく、押し殺した女の喘ぎ声……というか嬌声のようなものが漏れておった。


 え? 何故に? いやまさか本当に喘いでおるわけではない、……よな?


 まさかの反応に思わずフリーズする儂。そんな儂の目の前で、抉られ、そして焼かれたシャールエルナールの両目が再生し始めた。


 その速度は凄まじく、瞬き程の時間であっという間に治りおった。皮膚とかならまだしも、目のような繊細な器官でその再生速度は正直異常じゃった。


「これが彼女のスキル『忠誠の証』だよ。あらゆる痛みが快楽に変化され、快楽の分だけ肉体の再生能力が上がるんだ」

「その上その女、罰を与えられるまでしつこく付きまといますのよ。もしこれから先似たようなことがあったら、さっさと罰した方が良いですわよ」


 何それ? どんなMなの? 究極のMなの? 儂がポカンとしておるとシャールエルナールは妙にモジモジと両足を擦り合わせながら、紅くなった顔をこちらに向けた。


「んっ! ほ、本官は、ハァハァ。す、全てを魔王様に捧げた身。魔王様の為にこの身が傷つくのは喜び以外の何者でも、あっ!? な、ないのであります。ハァハァ」

「ふん。とんだ変態ですわね」


 まったくじゃな。儂は心の中でマイシスターの言葉に大きく頷いた。


 それにしても……儂は両目が再生し鋭利な美貌を取り戻したシャールエルナールを改めて見てみる。黙っておればクールビューティーと言う感じなのに、なんと勿体無い。


 そんな思いで儂がその美貌をじっと見つめておると、マイシスターが突然何を思ったのか、跪づいたままのシャールエルナールの口に指を突っ込んだ。


「ん? う、ううー!?」


 マイシスターはシャールエルナールの口に突っ込んだ指を傍目にも分かるほど激しく動かした。シャールエルナールの美貌が苦しそうに歪む。しかしマイシスターはお構いなしじゃ。


 そのまま暫くシャールエルナールの口内を好き放題いじると、次にマイシスターはシャールエルナールの口から舌を引っ張り出した。


 まさかそのまま引き千切ったりはせんよな? と儂がハラハラと見守っておると、マイシスターは親指と人差し指でシャールエルナールの舌を執拗に擦ったり、あるいは爪を立てたりして弄んだ。


「あ、あぁー!? う、あ」


 苦しいのじゃろうか? シャールエルナールがよく分からない声を出す。今やマイシスターの指はすっかりとシャールエルナールの唾液にまみれており、シャールエルナールの口からは唾液が溢れて地面へと落ちた。


 …………え? というか何じゃこれ? そろそろ止めていいんじゃろうか? 


 儂が悩んでおるとマイシスターが唐突に指を離した。思わず安堵の息を吐く儂。気のせいか微妙にエロかった気もするが、とにもかくにも引き千切るとか無くて良かったわい。そう言うのはやはりスキルが有るとか無いとかの問題でもないからの。


「エグリナラシア様?」


 シャールエルナールが顔を真っ赤にしてマイシスターを見上げる。その表情は気のせいか妙に熱っぽいような……。それ、どういう意味の表情なんじゃ? 呼吸が荒いのは口内と舌を弄ばれたからじゃよな? それ以上の理由はないんじゃよな?


 マイシスターは濡れた瞳で自身を見上げてくるシャールエルナールをじっと見つめたあと、すっかりと唾液にまみれた自身の指をペロリと舐めた。


「まだお仕置きは終わってませんわよ。後で私の部屋に来なさいな」


 そう言ってシャールエルナールの全身をねぶるように見つめるマイシスター。儂は取り合えず頭の中でエイナリンをぶん殴っておいた。


「いや、ちょっと待てい」


 このままではアカン。マイシスターが道を踏み外してしまう。そう考えた儂は断腸の思いでマイシスターの頭に手刀を降り下ろした。


 マイシスターよ、目を覚ませ! そう思っての行動だったんじゃがーー


「んっ!」


 と、何か妙に艶っぽい声を出して儂の手刀をマイシスターの代わりに受けるシャールエルナール。いや、一体いつの間に儂とマイシスターの間に入って来たんじゃ?


 儂はシャールエルナールを叩くまで、まったく気付く事が出来なかった。


「リバークロス様。偉大なる魔王様のご子息様同士でそのような真似お止めください。もしも何かご不満がありましたら、全て本官にぶつけるよう、お願いするであります」


 ここは通さないとばかりに両手を広げるシャールエルナール。その後ろではマイシスターが得意気に腕を組んでおる。

 

 マイシスターは……まぁ、今は置いておくとして。問題はこやつじゃ。ただ隙だらけの格好で両手を広げておるだけなのに、それだけで後ろにいるマイシスターが手の届かない遥か先におるような感覚。


 はっきり言ってレベルが違う。


 正直儂は今の時点でも自分がかなりの強者だと思うておったが、そんな自信は今日一日で粉々に砕け散ったわ。


「一体……お前は?」


 儂の呟くような声に忠誠(ドえむ)女は綺麗な敬礼を返して見せた。


「これは申し遅れました。本官は魔王軍魔王直属軍将ーー通称魔将の一魔、シャールエルナールと申します。リバークロス様の噂はかねがね。本官のことは奴隷と思い、お好きにご利用くださいであります。魔王様の意思に反しない限り本官はレオリオン様を初め、魔王様の血統に盲目的な忠誠を捧げます」

「魔将……おま…貴方が?」


 魔王軍の一員でありながらも指揮系統に組み込まれていない各種族の王達を除けば、魔王軍における最高位の存在。


 王との間にどれ程の力の差があるのかはまだ分からないが、この世界の弱肉強食のピラミッド、その頂点に近い所におる存在なのは間違いないじゃろう。


「ハッ、その通りであります」


 背筋を伸ばすその姿は先ほどまでの醜態が嘘のように凛々しい。うーむ。見かけだけなら中々好みなんじゃが、中身がアレ過ぎて手を出しづらそうじゃの。


 儂好みの大人な雰囲気のシャールエルナールにちょっぴりとエロ心が沸いてしまう。ハー、これで中身がまともなら。儂が肩を落としておると、残念美人が聞いてきた。


「それでレオリオン様方はアクエロ様にどのようなご用事でしょうか? アクエロ様はただ今このエリアにはいらっしゃらないのであります」


 そりゃ、アクエロちゃんはエイナリンの階層に残って説教をしておるからの。


「実はアクエロさんが普段どんな生活をしているのか興味があってね、巣をちょっと見せてもらおうかと思ってきたんだよ」


 特に隠そうとは思わないのか、それともシャールエルナールを信頼しておるのか、マイブラザーがあっさりと答えた。


「それは、……そうでありますか」


 一瞬何かを言いかけたシャールエルナールは儂の顔を見て言葉を切った。無断で巣に入れて良いのかどうか、一瞬どちらに忠を尽くすか悩んだのかもしれんが、儂がおったので良いと判断したんじゃろうな。


「しかしレオリオン様。アクエロ様は今この階層には殆ど来られておりませんが、それでも宜しいのでしょうか?」

「え? どうしてですか」


 予想もしていなかった言葉に思わず儂が問い返す。シャールエルナールはそんな儂を不思議そうに見た。


「いえ、本官はアクエロ様は心臓を捧げた主と共に暮らしていると聞いたのですが…失礼ですが、それはリバークロス様のことでは?」

「……は?」


 アクエロちゃんが共に暮らしている? 儂と? なんじゃ、それ。儂も初耳なんじゃが。


「リバークロス? そんな話、私聞いていませんわよ?」

「まぁ、アクエロさんはリバークロスのものだし、別に不思議ではないけどね」


 何やら不機嫌になるマイシスターと妙に物分かりの良いマイブラザー。


「いや、誤解だから」

「そうなのでありますか? アクエロ様に頼まれて本官たまにエリア内の点検を行っておりますが、少なくともアクエロ様がここに住んでおられないのは事実であります」

「え? じゃあどこに?」

「やっぱり、リバークロスの所じゃありませんの?」

「いや、だから居ないからね」


 マイシスターよ、何故そんなに儂を疑うんじゃ。うーむ。意外とマイシスターは将来嫉妬深い女になるかも知れんの。


「ふっ、面白くなってきたね。これこそ秘密の醍醐味だよ。行くよ二魔とも。それとシャールエルナールも付いてきて」


 秘密の匂いに興奮でもしたのか、嬉々として歩き出すマイブラザー。


「兄さん。アクエロちゃんの巣は漁らせませんよ」

「本官もですか?」


 釘を刺す儂と、不思議そうな顔をするシャールエルナール。まぁ、子供の探検に保護者でもないのに大人が誘われたら不思議に思うじゃろうな。と言うか、そんなに気軽に魔将に命令していいのじゃろうか?


「大丈夫。アクエロさんの巣は探らないよ。それよりも調べる必要性がある所を思い出したんだ。そこでシャールエルナールの力を借りたいんだ」

「レオリオン様の頼みとあらば、本官に嫌はありません」


 あっさりと引き受けるシャールエルナール。ふむ。先ほどの言動と言い、最高幹部の割には本当に腰の低い……いや、それほどマイマザーに心酔しとると言うことかの。


「それでお兄様、どちらに行きますの?」


 マイシスターの問いにマイブラザーは何故か儂を見た。そして言うのじゃ。


「リバークロスの部屋だよ」

「「え?」」


 重なる儂とマイシスターの声。何じゃろうな? 非常に嫌な予感がするのじゃが。


 そしてこの後、儂は世の中には知る必要のない秘密がある。そんな知りたくもないことを知る羽目になるのじゃった。



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