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秘密を暴け 浸入エイナリンの階層編2

 あ、儂終わったかもしれん。


 開いたドアの隙間から顔を出すエイナリンの瞳を見たとき、儂は真剣に死を意識した。


「で、もう一度聞きますけど~。そんなところで何してるんですか~?」


 エイナリンがゆっくりと部屋に入ってくる。ワイシャツとズボンというラフな格好で、シャツの下には何も着ていないのか、一つしか留められていないボタンのお陰でよく見える鎖骨や胸元が艶やかじゃ。


「エイナリンこれは、その……」

「まったく~。妙な気配がするかと思えば私の可愛い妹達に何してくれやがるんですかー。お坊っちゃま、いくら魔王の息子でも上等こきすぎですよー」


 ひー、目が怖いー。今さらっとマイマザーを呼び捨てにしたし、こいつはヤバイ匂いがプンプンじゃて。


「君臨者の名の下に、炎よ爆ぜよ『フレイム・ボム』」


 巨大な火の玉がエイナリンを飲み込み、激しい衝撃音と共に壁が壊れ、天井にまで届く巨大な炎が部屋の中を暴れまわった。おお~。大した威力じゃて。


「って、何やっとるんじゃ~!?」

「いいから、逃げますわよ」


 叫ぶ儂の手をとってマイシスターは一目散に部屋から駆け出した。


「いやいやいや、謝った方がいいんじゃないかな?」


 流石にこれはやり過ぎじゃろ。儂等、住居不法侵入のみならず傷害まで起こしてしもうた。不法侵入の方はまだ子供+主従関係のコンボで何とかなるとしても、これはアカンじゃろ。


 そう思い、逃げるのを止めようとする儂にマイシスターが怒鳴る。


「上位の魔族にとって下位の者に自分の巣に侵入されるのは自らの実力を軽んじられる屈辱的なことなのですわ。捕まれば場合によっては冗談ではすまない目に合わされますわよ」


 な・ん・じゃ・と~? 聞いておらぬぞ、そんなこと! てっきり年齢的にも笑って許される子供のイタズラ程度のことに考えておったのに、まさかの事態じゃ。気づいた時には既に一線は踏み越えられていたのじゃ。と言うかそれならーー


「ねぇ、じゃあ何でやったの? 何でこんなバカなことしたの? それ、洒落になってないよね? ある意味前回以上の大ピンチだよね?」


 マイマザーは何だかんだで肉親じゃ。確かに折檻は激しかったのじゃが、何処かで死にはしないという安心感があった。じゃがエイナリンの奴は別じゃ。奴は怒らせると何をするか分からない。そんな怖さがある。


「男が今さら細かいことをグチグチ言うんじゃありませんわ。苦難の時にこそ笑って全力を尽くすのが高貴な魔族の嗜みですわよ」

「言ってることは格好いいけど、僕被害者だからね? その辺捕まったら本当によろしくね?」


 魔族のお仕置きは本当に怖いんじゃ。なんじゃか儂、ガチで泣きそうなんじゃが。


「捕まらなければ何の問題もありませんわ。そうですわよね、お兄様?」


 返事はない。ただのしかば……


「って、いねー。屍どころか影も形も見えねー」

「まさかお兄様、私達の為に残って堕天使の引き止めを?」

「絶対違うから。絶対僕達が囮だから」


 あのマイブラザーがこんな時にそんな格好いいことをするはずがない。そんな確信が儂にはあった。


「まぁ、お兄様ったら何て素敵な悪魔っぷり。リバークロスもちゃんと見習うのですわよ。貴方変に大人びているくせに妙に甘いところが目立つので、姉としてちょっと将来が心配ですわ」

「奇遇だね。僕も姉さんの将来が心配だよ」


 そう言って曲がり角を曲がる。出口までもう少し。そのはずじゃったんじゃが。


「フフ。二魔ともお互いの心配だなんて笑えますー。ここは自分の心配をするところですよー」


 廊下のど真ん中、わざわざ持ってきたのか、椅子に腰掛けキセルを吹かしているエイナリンの姿があった。


「くっ、先回りとは。リバークロス。こうなったら二魔の力を合わせるしかありませんわ」

「いやいや、ちょっと待ってよ姉さん。ここは話し合おう」


 エイナリンの横には灰皿をもって跪く種族不明の女。銀色の髪に黒色の瞳。だがその視線は誰ともぶつからぬよう、静かに伏せられていた。


「何を言ってますの? あれに話なんて通じるわけがありませんわ」


 マイシスターは戦る気満々じゃが、エイナリン一人でも手に余るのに、その横には今までこの階層で出会った女の子達とは明らかに雰囲気の違う相手が控えておる。まともにぶつかって勝てるとは思えなんだ。


「姉さん。何でも力で解決しようとするその癖、直した方がいいよ。大抵のことは話し合えば解決するんだから。ねぇ、そうだよね? エイナリン」


 言葉は理性持つ者の特権じゃて。それに儂等は従者の契りを結んだ間柄、誠心誠意謝ればきっと許してくれるはずじゃ。そうじゃろ? エイナリンよ。


「何ですかー? お坊っちゃま。今、お坊っちゃまとお嬢様へのお仕置きを考えているんですから邪魔しないでくださいよ~。うーん。二魔方とも魔王様に後ろを沢山可愛がられたらしいですから、私は前にしますかね~。お坊っちゃまは玉を潰すか、食べるか……悩みますー。でもやっぱり頂いちゃいましょうか。普段は食べないんですけど、たまには良いかもしれませんね~。玉だけに。そしてお嬢様の始めては私が頂いちゃいましょう。魔王の息子の睾丸と魔王の娘の純潔。わ~、今夜はごちそうですよ~」


 いつもと変わらない調子で、とっても良いことを考えたとばかりに微笑むエイナリン。その姿にとてつもない狂気を感じ、儂の全身が総毛立った。


「ふっ、……殺るぞ姉さん。」


 決意は一瞬じゃった。話し合い? 世の中には言葉の通じぬ奴もおるんじゃ。じゃから戦争が無くならないんじゃ。

 儂が言葉の無力さを噛み締めておると、その横でマイシスターが魔力を練り上げていく。


「了解ですわ。リバークロス」


 マイシスターの荒々しい魔力に負けぬよう、儂も魔力を練り始める。


「あれ~? もしかして私に勝てるとか思ってます~? 良いですね~、儚い抵抗。大好物ですよ~」


 そして儂等に対抗するようにエイナリンの体からほんの僅かに漏れる魔力。……あ、駄目じゃこれ。分かってはおったが、これは三歳児の手に負える相手ではない。じゃが今さら逃げるわけにもいかんし。


「『我が声が炎の女王を呼び覚ます…」


 あ、いかん。ボヤボヤしていたらマイシスターが詠唱に入ってしもうた。ええい。こうなればもはや成り行き任せじゃ。人生なんてそんなもんなんじゃ。


「『降臨せよ雷を纏いし皇帝…」


 この世界に確立されている魔法という名のシステム。魔術とは違い魔力をシステムに捧げ、決まった単語(ワード)を口にすることで発動する、誰かの手によって作られた奇跡(ぎじゅつ)


 その中でも種類と威力を決定する、主言語と呼ばれる重要な単語がある。


 種類とは即ち放出魔法、形成魔法、空間魔法じゃ。そして威力を決定する単語とは、例えば放出魔法なら下から民、君臨者、女王と言う形になる。使われた名に応じて必要となる魔力も変わり、君臨者までならともかく、女王の名を使った上級魔法は触媒を用いない限り人間には不可能な魔力量を要求される。


 また、女王の名の後に君臨者の名を詠唱に使うことで、さらに威力を上げることもできるのじゃ。二つの主言語を用いた詠唱、これを二重名詠唱と言う。


「幾万の炎を従える汝は美しき君臨者…」


 以前儂に使った時と同様、当然のようにマイシスターは二重名詠唱を唱える。

 正直儂等兄弟の中でも桁外れの魔力量を誇るマイシスターとは違い、上級名を使った二重名詠唱は三歳のこの体には厳しすぎるのじゃが、そうも言っておられん。


「雷鳴を轟かせ、雌伏の終わりを告げる汝の名は革命者……」


 革命者の名を詠唱に出した途端、ここではない何処かに大量に魔力を奪われ、儂は強烈な目眩に襲われた。


 主言語を使い詠唱を行っているにも関わらず途中で魔力が足りなくなった場合、魔力をシステムに吸われて死ぬか、魔法が暴発するか、運良く発動しないか、あるいは発動した後に魔力が尽きて死ぬか、の四つに分けられるのじゃが、アクエロちゃんの心臓を持っている儂にはよほどの魔法を使わない限りあまり気にする必要がない。


 とは言うてもやはり自分の魔力が大量に失われるこの感覚はなんとも言えんものがあるの。


「さぁその命にかしずく者達よ。汝の主は誰ぞ? 汝の忠は何処に? 幾万の赤き世界にて己が価値を示せ』」


「さぁ我と共に立つ者よ。我が背を追え。我は先を歩く者。幾万の戒めを引きちぎり、新たなる地平に剣を突き刺そう』」


 しかしその甲斐あって、儂とマイシスターが放とうとしておる魔法のこの強力さよ。エイナリン、これを前にどう動く?


「あ、これ片付けといてください~。あと大丈夫とは思いますが、しばらくこの辺りは誰も近づかないよう改めて厳命しておいてくださいね~」

「…………畏まりました」


 従者と思わしき者に手に持っていたキセルを手渡すエイナリン。エイナリン自身は動こうともせずに椅子に腰かけたままじゃ。


 うおーい。幾らなんでも余裕ぶっこぎすぎじゃろ。そう思うておるとエイナリンと目が合った。


「あ、やっと終わりましたか~。若いんですからもっと早すぎるくらい早く出しちゃってもいいんですよ~?」


 従者を下がらせたエイナリンは足を組んだままやはり動こうとしない。何なんじゃ、その余裕は。正直このまま撃っても倒せる気がまったくせんのじゃが。


「リバークロス。余計なことは考えない。行きますわよ」


 同じ不安を抱えているじゃろうに、マイシスターに迷いはない。マイシスターのこう言う所は素直に見習うべき点じゃな。


 そして儂等は同時に練りに練った魔法を解き放つ。


「『王炎の覚醒(キングフレイム・アウェイク)

「『雷帝の権威(エンペラー・オーソリティー)


 火山の噴火を思わす炎と、巨大な雷の剣が真っ直ぐにエイナリンへと放たれた。


「はい。スキル発動です~『在りし日の残骸』」


 エイナリンが指を鳴らすと、炎と雷の剣が途端に遅くなった。いや、速さは変わってはおらぬ。距離が開いた? いや、儂とエイナリンの立ち位置は何も変わっておらぬ。何じゃ? この儂等の魔法だけ別の時間の流れにおるような奇妙な違和感は。


「はい到着~。ふふ。お坊ちゃま達に相応しい、可愛らしい魔法ですね~」


 エイナリンに儂等の魔法が届く頃には、渾身の魔力を込めて練りに練った当初の威力などどこにもなく、蝋燭の火のように吹けば消えるような弱々しい残骸いりょくと成り果てていた。エイナリンはそれを片手で適当に払う。


「ど、どう言うことですの?」


 さすがのマイシスターも動揺を隠せないでおる。まぁ、それは儂も同じなんじゃが。


「ふふ。驚きました~? 私のスキル『在りし日の残骸』は対象を一時的に過去に送れるんです~。あ、過去と言っても昔の自分がいるとか、そう言う過去じゃないですよ~。あくまでも相対的な過去。まぁ、私との距離がメチャクチャ遠くなったと考えて貰えればいいですよ~」

「そんな? 少し距離が離れた程度で私やリバークロスの魔法があんなに減衰するなんてあり得ませんわ」


 マイシスターの声には強い焦燥があった。桁外れの魔力量を誇るマイシスターだからこそ、魔法を完封されたことに対する動揺は人一倍激しいのかもしれぬ。


「そう考えるのはお嬢様がまだまだお若いからですよ~。過去から現在へと続く時の経過、そこに使われるエネルギーを舐めてはいけませんよ~。あんなにも輝いていた日々がふと気づけば跡形もなく、手元に残るのは在りし日の残骸だけ。その残酷さが分かりますか~?」


 そう言って微笑むエイナリン。その笑みが一瞬だけ子供と手を繋いでいた写真の中のエイナリンと被りよる。……う~む。ピリピリと嫌な感じじゃ。どうにかして逃げられんかの?


「生憎と過去を振り返るほど年を重ねていませんの。今の私が見ているのはお兄様やリバークロスと共に歩む未来だけですわ。女王の名の下に、炎よ爆ぜよ『フレイム・ボム』」


 マイシスターから人どころか家だって丸呑みにできそうな巨大な炎の固まりが放たれた。しかしそれもエイナリンに辿り着く頃には野球ボールのように小さくなりおった。


「ふふ。無駄ですよ~。私のスキルにはどんな攻撃も通じません。過去から現在へと辿り着いた時、そこにあるのは最高に輝いていた始まりの、ただの残骸だけなのです~。と言うわけで、えい!」


 デコピンで火の玉を消すエイナリン。しかしマイシスターも簡単には諦めない。


「くっ、これならどうです? スキル『万物の炎還』」


 マイシスターのスキルが発動する。エイナリンの周囲は既に魔法の余波でマイシスターの魔力が通っておる。突如として激しく燃え始める大気。じゃがそれもーー


「ふふ、これが何ですか~?」


 エイナリンに近づけば近づく程に炎は目に見えてその威力を減衰していき、エイナリンにたどり着く頃には無力に等しいただの残骸のこりびとなっていた。


「さて、次は私の番ですね~。覇王よ眠れ。『グラビティ・フォール』」


 途端、儂とマイシスターに重力の超負荷がのし掛かる。……ふーむ。いかんのう。勝てる気が全くせんわ。


 気持ちは同じじゃったのじゃろう。地面に膝を付きながら、マイシスターが悔しげにエイナリンを見上げる。


「くっ、もはやここまで。……分かりましたわ。この身は貴方の好きにしなさい」

「姉さん?」


 突然何を言い出すんじゃこの姉は。いかんぞー。エロとは男と女が合意の下でやるもんじゃ。無理矢理な上に女同士なぞ、儂は断じて認めんぞー。憤慨する儂に気づかず、マイシスターは話を進めていく。


「ただしリバークロスは私が無理矢理連れてきただけですわ。この子はこのままここから帰しなさい。良いですわね?」


 エイナリンをキッと睨んだ後、マイシスターが儂を振り返る。


「こんなことなら、早く貴方かお兄様に抱かれておくべきでしたわね。純潔などといったものにさほど思い入れはなくとも、少し残念ですわ」


 ちょ、何じゃその遺言みたいな台詞は。儂、そう言う言葉に弱いんじゃからマジ止めてほしい。後、マイシスターの後ろでニヤニヤと笑っておるエイナリンの顔がマジ邪悪過ぎて、この期の展開が怖いんじゃが。


「盛り上がっているところ悪いんですけど~。まだお若いお嬢様にとっても良いことを教えてあげます~」


 ほら来よった。こやつ、悪魔よりも悪魔らしい堕天使じゃの。


「何ですの?」


 ああ、そんな無垢な顔で問いかけて。マイシスター逃げんるんじゃ。そやつは悪魔じゃ。いや、儂等も悪魔じゃが、そう言う意味の悪魔ではなくて…。ええい、とにかく逃げるんじゃ。

 

 儂がハラハラと見ている前でエイナリンはマイシスターの髪を鷲掴みにすると、自分の顔とマイシスターの顔が同じ高さになるまでマイシスターを持ち上げた。そして見せつけるように大きく舌を出すと、マイシスターの顎から額にかけてゆっくりと舐め始めた。


「ん、や!」


 エイナリンの舌が唇や鼻を通るとき、マイシスターが暴れ出すが、エイナリンが軽くマイシスターの髪を掴む手に力を入れただけで、容易く抵抗を押さえこんだ。


 そうしてマイシスターの顔に唾液の線を引いたエイナリンは恥辱に燃えるマイシスターの瞳を正面から見つめ、言った。


「敗者に選べる未来なんて存在しないんですよ~。当然お坊っちゃまの睾丸は生で食いちぎってやりますし、お嬢様も今後私なしでいられないくらいその可愛い体を苛め抜いてあげます~。あ、もちろん性的な意味でですよー」


 そう言ってマイシスターの服を引きちぎるエイナリン。マイシスターは目を閉じ唇を噛むことで屈辱に耐えておる。


 ……やれやれ、じゃな。


 確かに非は虎穴に無策で飛び込んだ儂等にあるのかもしれん。じゃがのエイナリンよ、普段勝ち気ながら笑みの似合うマイシスターにそんな顔をさせるとは、お主は少々やりすぎたようじゃな。


 儂は転生してからこの方、どこか子供と言う状態に甘えていた精神を一旦完全に止める。そして魔術師として例え世界を敵に回したとしても、ただひたすらに力を追った時代(じぶん)を思い出す。


 まぁ、つまりはマジになることにした。


「おい。それくらいにしとけよ」


 全身に掛かる重力の超負荷を魔力の放出で相殺しながら立ち上がる。同時に生まれてすぐに与えられた心臓をゆっくりと動かし始めた。

 儂の……いや俺の体から今までとは比較にならない魔力が溢れ出す。


「はー? 何か言いましたかー? お坊っちゃま~」


 その魔力の波動を受けてなお、エイナリンの笑みは崩れない。無力な昆虫を弄ぶ子供のような顔で俺を見下ろしている。


「黙れよ。従者風情が口の聞き方がなってないぞ」

「子供だろうが何だろうが、力のない者が粋がったところで実力が全ての世界では滑稽に映るだけですよー」


 良いことを言う。魔術師として全くもって同感だった。ある一点を除いては。


「俺に力がないと?」

「あると思ってるんですか~?」

「試してみるか?」

「勿論いいですよ~。私は従者ですからね。お坊っちゃまの気の済むまで何度でもお相手してあげますよ~」


 やはり引く気はないか。正直少し泣きそ…いや、違う。今の人格(おれ)はそんなこと考えないんだ。もっと理性を押さえて攻撃性を高めるんだ儂。じゃなかった、俺。


「上等だ。ボコボコにした後、たっぷりとお仕置きしてやるよ。もちろん性的な意味でな」

「イヤーン。私始めてなので優しくしてくださいね~」


 そう言って妖艶に微笑むエイナリン。自らの勝ちを疑っていないこの女を屈服させられたら、どんなに気持ち良いだろうか。攻撃性を剥き出しにした意識に悪魔(わかさ)の衝動が追い付いてくる。こいつは絶対にヤる。そう決意した俺は自分のものではない、もう一つの悪魔の心臓を完全に目覚めさせた。


 悪魔王の娘ーーアクエロの心臓。


 過去に一度だけ使ってみたことがあるが、その時はあまりに強すぎる魔力に俺の体が耐えきれず危うく死にかけた。それ以来普段は活動を意図的に止めて、俺の魔力が枯渇しそうな時にのみ動かしていた。


 正直、今なら耐えられると言う自信があるわけではない。だって俺まだ三歳だし。しかしこれを使わなければ勝算は0だろう。


「いくぞぉーー」


 気合いを入れ、心臓の活動を押さえていた全ての術を解く。そうして完全に目覚めたアクエロの心臓から魔力が俺の全身へと駆け巡る。あれ? これ俺死んだかも。そんな激痛の後、何かが俺の中から飛び出す感覚と共に俺は心臓の魔力を一時的にではあるが、制御下に置けたことを実感する。


「どうだ!? 見たかコラァ~!!」


 高い魔力の高揚感で若干ハイになりながら、俺はエイナリンを睨み付けた。今のオレが纏う魔力は先ほどまでの比ではない。これなら少なくとも一蹴されることはないはずだ。


 子供から敵へと変貌したはずのオレを、しかし何故かエイナリンはうっとりした表情で見つめてくる。


「素敵ですー。そんな大きな物を生やすなんて、これは予想外ですよー」

「は? 何を言っているんだ? お前は」


 何故奴は突然猥談じみたことを言っているのだろうか? 焦らなくとも俺の大きいのものなら、この後のお仕置きで沢山見せてやるのに。


 その時、ふと両耳の上と背中に違和感を感じた。


「ん? 何だ?」


 手を伸ばす。何だか耳の上辺りに硬くて太いモノがあるぞ。これはーー


「えっ!? 角? それに…」


 背中を見る。そこには俺の意思に応じてバサバサと動く黒い翼。ほう、悪魔っぽいな。何て落ち着いていられたのも束の間、


「って、何じゃこれはー?」


 予想外の肉体の変異にシリアスも忘れて思わず叫んでしまう俺であった。

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