なんか景品にされた
えーと。これ、どういう状況なのかしら?
私は目まぐるしく変わっていく現状にいい加減、目が回りそうだった。
ニルが実は半人半魔で私をラチろうとしたり、突然やって来た冒険者を名乗った女が実は悪魔王だったり、その悪魔王を一蹴できるメッチャ強い堕天使に捕まったり、かと思えばその堕天使を連れてギルドの皆の所へ向かうことになったり。
いい加減考えるのも面倒になって一先ず移動することにした矢先、またも新たな問題がやって来た。
彼女は夜のようだった。真っ白な肌、黒に染まった唇。くわえた煙草から放たれる紫煙がひどく似合っていた。白衣を黒に染めたかのようなその格好はどこか死神めいていて、一目で天族であると分かったにも関わらず、堕天使であるエイナリンお姉様以上の警戒心を掻き立てられる。
死神女は現れてからずっと口元から紫煙を漂わせたまま、エイナリンお姉様を静かに見つめていた。何時までも続くと思われた沈黙はしかし、女が何の前触れも無く現れたのと同じように、突然破られた。
「久しぶりだな。我が娘」
その声はかなり小さなものであったが、決して目が離せない彼女の存在感同様、不思議なほど良く響いた。
「はいはい。お久しぶりですね~。お母さん」
「えっ!? 親子なの?」
「そうですよ~。似ていませんか~」
「いや、似てる。……かもしれないわ」
意外な事実に思わず声を出してしまったが、考えてみたら堕天使に天族の母親がいてもおかしな話ではないのよね。
悪魔王を圧倒するエイナリンお姉様よりも上とは思えないけど、母親の方もかなり強い天族ね。一目見ただけでその力がサンエルを遥かに越えていることを理解させられた。
堕ちた天族とその母親。ある意味感動の再会なんでしょうけど、この二人からはそんな感傷的なものはまるで感じない。かといって別に敵意剥き出しと言うわけでもない。どちらも他者に依ることの無い確固たる自分を持っているからだろう。驚くほどの自然体だ。
エイナリンお姉様が死神女に微笑んだ。その笑みは私に向けるものとまったく同じもので、そのせいかどこか仮面染みて見えた。
「まさか貴方とこんなところで再会するとは思いませんでしたよ~」
「それは私も同じだ。聞いてはいたが随分と印象を変えたものだな」
死神女がエイナリンお姉様を興味深そうに観察する。エイナリンお姉様は自分を見せつけるかのように両手を広げて見せた。
「似合いませんかー?」
「くだらんことを聞くな。お前は私の最高傑作であり、限りなく最強に近い存在だ。お前がどのような態度を取り、それに周囲がどのような反応を示そうがお前には己を貫く力がある。実際今もそうしているのだろう」
「まぁ、好きに生きてるのは事実ですね~」
「ならつまらんことを気にするな。私達を平然と裏切ったあの時のようにな」
「その節は大変ご迷惑をおかけしましたー。でも言い訳するなら別にお母さん達を裏切ってはいませんよ。ただ種族チェンジしたので立ち位置が変わっただけですー」
「そう思うなら戻ってこないか? 王の首の一つでも取ってくれば誰にも文句は言わせん。お前のことだ、どうせ堕天使も止めようとも思えば止められるのだろう?」
え? 堕天使ってそんな気軽に天族に復帰できるものなの? ……いや、ここはエイナリンお姉様が特別と考えるべき何でしょうね。それからもしも王の首を取る気なら是非悪魔王のでお願いします。紫の瞳に赤茶色の髪。私に目をつけたっぽい厄介者の姿が脳裏に浮かんだ。
「ありがたいお話ですが~、生憎と今はこちら側に興味のあるものが幾つかあるんですよー」
「興味……ね」
死神女が何やら面白い冗談でも聞いたかのように口角を吊り上げる。そして煙草を地面に捨てるとつまらなさそうに踏みつけた。
ジャリジャリ、と死神女の靴底で一つの炎が完全に息絶える。そうして紫煙を吐き出さなくなった煙草と呼ばれたものの残骸を一瞥した死神女は、次に何故かその視線を私に向けてきた。
「お前を動かすとは、やはり魔王もその娘を重要視しているようだな」
「は?」
今の発言はどういう意味だろうか? 確かにニルも魔王が私に用があるみたいなことを言っていたけれど、あれは多分ニルが知らないだけで息子であるマイスターが暗躍しているのだと思う。だからそちらはまだ理解できる。でも天族にまで特別扱いされるようなことをした覚えはないんだけど。あれかしら? 今まで作った発明品のどれかが予想以上の効果でも出したのかしら?
ひょっとして何も知らないのは私だけかと思ってエイナリンお姉様を見てみれば、エイナリンお姉様も分からなかったのか不思議そうに首を傾げている。
「ん~? この子がどうかしたんですかー?」
少なくとも私とエイナリンお姉様に取っては当然の疑問だったのだが、死神女にとっては私たちの疑問の方こそが意外なものだったようだ。目を見開いて逆に聞いてきた。
「…………お前、何故ここにいる?」
「ちょっと悪魔王をぶっ殺そうとしたら逃げられてしまい、仕方なく近くにいたこの子をお待ち帰り中なのですー」
改めて聞かされると私の扱い酷いわね。でもあんな力を見せつけられた後では簡単に逆らおうなんて思えないし。ってか、心の中でもいつの間にかお姉様呼ばわりが定着しちゃってるし。悪魔王の時と状況は大して違わないのに、エイナリンお姉様が相手だと何故か逃げなきゃとか思わないのよね。うーん。この状況、危険だわ。
いつの間にか調教が完了しそうな我が身を嘆いていると、死神女が突然笑いだした。
「くくく。なるほど。本質は変わらずとも表層的な態度を変化させるだけで随分と違って見えるものだな。まさかお前がそんな道化じみたことをしているとは」
「お褒めに預かり恐悦至極です~」
いまの褒めたのかしら? どうもこの二人は纏う空気が独特過ぎてどこまで本気で喋っているのか非常に分かりにくい。
「さて、出来れば私はお前と戦いたくない。だからここは創造者である私を立ててそこの娘を渡してくれないか?」
「悪いですけど、私とカエラの間にはすでに切っても切れない絆があるのですー。ねえ~? カエラー」
「ちょっ?」
いやいや、エイナリンお姉様? そう言う冗談は止めて貰わないと非力な人の身としては非常に困るんですけど。チラリと死神女の顔を盗み見てみれば案の定、エイナリンお姉様に向けていたのがまだ友好的だったと分かる、えらく冷めた目で見られてしまった。
「お前は勇者だな。まさかと思うが魔族につくつもりで………」
言葉を途中で切った死神女が何故か突然目を見開いた。
「な、なによ?」
そんな顔したって私にはマイスターとエイナリンお姉様がついているんだからね。まぁ現時点ではどちらも完全な味方でないのがアレだけど、とにかく私に手を出したら二人が黙っていないわよ。
そう考えることで圧倒的な上位者を前に心の平静を保ってみる私。
死神女が掛けていた眼鏡を外すと、黒かった瞳が銀色に輝きだした。直後、全身を走ったのは魂の底まで見透かされたかのような得も言えぬ感覚。
死神女がまるでお化けでも見たかのような顔で私を見詰めている。
「お前……まさか?」
「な、何よ?」
死神女の意味不明な反応に驚いた私は咄嗟にエイナリンお姉様の後ろに隠れた。エイナリンお姉様はそんな私の頭を愉しそうに撫でてくる。
そんな私とエイナリンお姉様を見比べ、死神女が堪らないとばかりに吹き出した。
「くっ、くっくっく……あーはっはっ! これは傑作だ。そうか。お前か。お前だったのか!」
綺麗な黒髪を振り乱して、突然狂ったように笑い出す死神女。
何あれ? 研究のために徹夜しまくってテンションマックス状態の私にみたいになってるんですけど。
「ちょっと、ちょっとー。貴女何したんですかー? あんなにバカ笑いするお母さん始めてみたんですけど」
「知らないわよ。本人に聞きなさいよね」
「それもそうですねー」
エイナリンお姉様はあっさり頷くと、私を置いて死神女へと近づいた。
「あのー、お母さん? なにそんなに笑ってるんですか~? ひょっとして私の完全同率個体を見つけられて嬉しかったんですか~?」
って、本当に普通に聞いちゃうのね。何かこの二人、敵対している割りにはえらく仲が良いわね。
「いや、長生きはするものだと思ってな。完全同率個体? 珍しい? 何を言っている? これは奇跡だ。やはり『ミライノメ』は正しかった」
死神女は感激したように一度小さく身震いすると、正気とは言いがたい危なげな瞳を私に向けてきた。そして言うのだ。
「勇者第三位カエラ・イースターに天族を統べる評議員筆頭として命ずる。私と共に来い。この命令に拒否は許さん」
「…………え? 評議員筆頭?」
「そうだ。意味は分かるな」
「それは勿論分か……ります」
咄嗟に敬語を使う私。何? 身に纏う力から結構なお偉いさんだとは思ってたけど、偉いどころか天族のトップじゃない。え? そんなのが何でこんな所にいて、しかも私をご指名なわけ?
「なに言ってんですか~? カエラは私と来るんですよ。ねえ~カエラ?」
いえ、こうなったら私は勝者に付いて行きます。なのでとりあえず私を取り合う前にさくっと殺り合ってくれないかしら?
そう正直に言えたならどれだけよかったか。はぁー。マイスターが力に固執するのも分かるわ。弱いとそれだけで選択肢がかなり狭まってしまうのよね。かといってただ嘆いていても状況は変わらないし。でもどれだけ考えてもこの状況、明らかに私の手に余るんですけど。
「人間を裏切るのか? 確か大切なギルドがあるのだろう?」
「ええと、その……」
うわ、完全に私のこと調べ上げてるわね。これはこの場を逃げ切ればどうにかなる問題じゃないわ。ここは死神女についた方が賢明かしら? そう考えていると、まるでそれを見抜いたかのようにエイナリンお姉様がーー
「大丈夫ですよカエラ。貴方のお友達は私がラチって来てあげますから。お母さんの脅しに何か屈してはいけませんよ」
何て言ってきて、じゃあやっぱりエイナリンお姉様につこうかしらと思えばーー
「安心しろ。お前が私に従う限りお前のギルドは私が守ってやろう。だから馬鹿娘の言うことになど耳を貸すな」
「え、ええ?」
死神女の言葉にまた迷ってしまう。まったく何なのよ、この嬉しくない板挟みは。純粋な戦闘力だけ見るならエイナリンお姉様につくべきだけど、ギルドの皆のことを考えたら死神女なのよね。
つく方を間違えたらそのままデッドエンド一直線といった感じだし、どちらに付くのが正解なのかしら?
私が煙が上がりそうなほど頭を悩ましていると、突然『ヨンヨーク』の方角からエイナリンお姉様に負けない巨大な力が出現した。
「これは!?」
間違いないマイスターの力だ。さらに別方向、北と南からも巨大な力が発生する。どちらもマイスターやエイナリンお姉様程ではないが、あのウサギ耳を遥かに越える程の力だ。
「始まったな。さあカエラ・イースター。私と来るんだ。さもなければ実験体の如く酷い目に遭わすぞ」
「カエラ、私の言うことを聞かないなら誰もが目をそらしちゃうような凄いお仕置きしちゃいますよ-」
な、なんて迷惑な親子なのかしら。ええい、こうなったら。
私は別々の方角から届いてくる巨大な力に怯えたように頭を抱え、いかにも恐怖で錯乱していると言わんばかりの表情を作った。そしてーー
「キャー。コワイワー。私ただの人間だから、コワイワー」
と叫んでその場から逃げ出した。題して巨大な力に当てられて混乱した人間の図。どうかしら?
「「ないわ~」」
背後で息ぴったしな親子二人の声が聞こえる。そして二人同時に私に対して何かしようとしているのが気配で分かった。何かはレベルが違いすぎてまるで分からないが、でもとにかくヤバイことだけは分かった。そしてそれが躱せないことも。てか、あんたら敵同士なのに何で戦わないのよ? ヤバ、完全に選択肢ミスったわ。
こうなればとある東方の地にて語り継がれる伝説の技、ド・ゲ・ザ! を敢行するしかない。そう思って立ち止まったまさにその時、エイナリンお姉様目掛けて銀の槍が降ってきた。
目も眩むような銀の輝きは、しかし猛毒で出来た水銀のように禍々しく感じられ、私はその槍を見たとき不覚にも腰を抜かしそうになった。
「まったく、師匠の邪魔をするなんて悪い子に育ちましたねー」
第一級魔法に相当したかもしれない極大のエネルギーを秘めた槍の奇襲をエイナリンお姉様は双剣をもって軽々と受け止めて見せる。
でもなんだろうか? エイナリンお姉様の方が明らかに強い魔力を放出しているにも関わらず、お姉様は中々銀の槍を弾き返せないでいた。
まるで力で負けてるはずの銀の槍の方がお姉様の魔力を侵食しているかのように、その勢いをなかなか緩めない。
そしてそのまま不自然に時間をかけたのち、ようやくエイナリンお姉様が銀の槍を弾き飛ばした。弾かれた槍は空中で姿を消すと、一人の男の手へと戻る。
「師よ。今日こそ貴方を手に入れる」
おお!? 凄い美形来たわね。まあ、脳の反応を弄って通常の百倍以上美化されてる私のマイスターには勝てないけど。それでも凄い美形だわ。
「これはこれはルシファ。盾の王国での戦い以来ですねー」
銀髪銀眼の天族の登場でようやくエイナリンお姉様達の関心が私から外れた。そうよ、あんた達は敵同士なんだからそれで良いのよ。私はこのすきに逃げ出すべく脱兎の如く駆けだした。同時に能力を最大限解放して背後の気配を探る。
「私に勝てると思っているんですかー?」
「私が居ることも忘れていないか?」
銀髪銀眼と向かい合うエイナリンお姉様。そこに死神女が割って入る。
「むー。できれば昔のよしみで貴方達は殺したくなかったんですけど、かかってくるなら容赦はしませんよ」
「望むところです。今日こそ私は貴方を貫き、貴方と一つになる」
おお? あの銀髪銀眼さん。凄い美形だけど、ちょっとストーカー気質がありそうね。何だか私と気が合いそうだわ。
「お前を破棄するのは余りに惜しいが、手元に戻ってこない以上は仕方あるまい。せめてその体だけでも回収して私の研究に役立ててやろう」
エイナリンお姉様の肉体を研究に利用とか、メッチャ興味引かれるんですけど。
「ごちゃごちゃ五月蠅いですよー。やるならとっとと掛かって来やがれですー」
圧倒的な力で二人の強力無比な天族を前に一歩も引かないエイナリンお姉様。うーん。格好いいわね。
出合ったばかりだが三人とも中々に好感が持てる人物だ。板挟みの状態でなければ三人全員と仲良くなってみたかったけど、こんな状況じゃあ仕方ないわね。
立つ鳥跡を濁さず。それじゃあ三人とも、出来れば相討ちになるか、私のことは綺麗サッパリ忘れてください。
半ば現実逃避気味にそんな都合の良いことを考えているとーー
「そうだな。そしてこの戦いの勝者がカエラ・イースターを手に入れる。異論は無いな」
「私は師が手に入るなら何でも構いませんよサリエ様」
「元々カエラは私のものですが、どうせこの勝負勝つのは私なんです。だからそれでいいですよー」
何か背後で勝手に景品扱いされた。流石に一言くらい文句を言ってやりたかったが、あまりにもレベルの違いすぎる三人にそんなことを言えるはずもなく、私はただただその場から全力で逃げ出すのだった。
目指すところはこうなれば一つしかないわ。マイスター、help me~!