秘密を暴け 浸入エイナリンの階層編
「見張りがいるね」
「というか、バッチリ目が合っていますわ」
エレベーターもとい魔送箱を出ると、いきなり三人のチビッ子達と遭遇した。チビッ子とは言うが身長は儂と同じくらいじゃな。とは言うても儂、アクエロちゃんの心臓で急成長しとるとは言え三歳児じゃし、そういう意味ではやはりチビッ子じゃろ。大きいのもおるがせいぜい一般男性の胸に届くかどうかくらいじゃな。ちなみに全員女の子じゃ。
「何だお前達は、新入りか?」
「ここはエイナリンお姉様の階層だよ。部外者は出てけ、出でけー」
「あれ? この三魔、ひょっとして」
三人の女の子達はそれぞれ自分の身長より長い槍を持っており、二人がそれをこちらに向けてきよる。しかしそれよりも気になるのは三人の頭の上でピクピクと動いておる獣耳じゃな。ふーむ。遠目に見たことはあったのじゃが、この距離で獣人を見るのは初めてじゃな。あの耳、触っても良いじゃろうか?
「お兄様。ここは私が」
儂が獣耳に目を奪われておると、マイシスターがそう言って前に出ようとする。……マイシスター、たまに常識外れの行動をとるし、任せて大丈夫じゃろか?
「いや、僕に任せて」
儂と同じ懸念を抱いたのかは分からぬが、マイシスターを下がらせて前へと出るマイブラザー。マイブラザーは親しげな笑みを浮かべて三人の獣人に近づいていく。
「やぁ君達、エイナリンはいるかい?」
不用意に距離をつめるマイブラザーに獣人の二人から殺気が漏れ始める。
「止まれ! エイナリンお姉様の許可なくこの階層に足を踏み入れることは許さない」
「そうだ。そうだ。止まれ。止まれ」
ウ~という感じに威嚇してくる獣人に、キャンキャンと少々喧しい獣人。うーむ。予想はできておったが、やはり部下とかちゃんといるんじゃな。しかも何か結構慕われておるようじゃの。まぁ、多少慕われ方のベクトルが妙な気もするが、そこは置いておくとしよう。
獣人達の威嚇にも動じず、マイブラザーは肩をすくめて見せた。
「ふ、良いのかい? そんなことを言って。僕達、と言うか彼が誰か分かっているのかな?」
そう言ってマイブラザーは儂を指差すのじゃった。儂としてはなるほどの、と思う手ではあったのじゃが、獣人達は儂を見ても眉をしかめるだけ。……く、そこはかとない敗北感じゃて。
「そんなチビ知らないな」
「そうだ。そうだ。知らないぞ、そんなチビ」
チビって、まぁ儂三歳児じゃから別に良いんじゃけど、流石にお主らに言われると違和感が半端ないの。儂が呆れたような半眼を向けると、三人の中の一人、一番身長の高い獣人が焦ったように言った。
「ま、待って。ひょっとしてその魔族、リバークロス……様かもしれない」
おお、どうやら儂のことを知っておる者がいたようじゃな。その発言に他の二人も驚きよる。
「ええー!? リバークロス様って、お姉様のご主人様?」
「そうだよ。私、そいつが大きくなってお姉様が汚される前に何とかしようと顔を見に行ったことがあるの。間違いないよ」
「しかしいかに悪魔とはいえ、三歳にしては大きすぎないか?」
獣人達が儂をじ~と見てきおる。ふむ。会話を聞く限りどうやらリーダーは真ん中におる身長も真ん中の獣人のようじゃな。黒髪でキリッとした感じじゃし、こやつを便宜上クールリーダーと呼ぶとしよう。そしてその左側におるちっこくて子供っぽいのがチビちゃんで、クールリーダーの右側、儂を知っておった一番身長が高いあやつをデカちゃんと名付けよう。
クールリーダーがいまだに険の取れない表情で言った。
「貴方がリバークロス様だとして、ここに何のようだ……ですか?」
さて、何のようじゃと言われても。儂もマイブラザー達に連れて来られただけじゃし。まぁ、あえて言うのなら従者の家庭訪問…かの? いや、それも何か違和感があるの。う~む。…はて、何しに来たんじゃ? 儂は。
「ふん。そんなの知れたことですわ」
儂が自分の行動の意味について思索しておると、マイシスターが両腕を組んでズイッと前へ出る。
「貴方は?」
「エグリナラシア。この名を知らぬとは言わせませんわよ」
これでクールリーダーが素でマイシスターの名前を知らなかったら、怒り狂うマイシスターを宥めるという骨の折れる仕事が発生したのじゃが、どうやらその心配は無用だったようじゃ。
「な!? そ、それではそちらは?」
目を見開いてマイブラザーを見るクールリーダー。マイブラザーは自身の胸に手を置くと艶然と微笑んだ。
「レオリオン。僕の名前はレオリオンだ。宜しくね、可愛い獣人さん達」
おお? 何と言う色気じゃ。同姓の儂でも少しクラリと来たぞ。前々から思うておったが、こやつ魅了か何かを使っとるんじゃないじゃろうな?
しかし儂でさえ思わず息を飲んだマイブラザーの笑みを前にしても、クールリーダーの顔は赤くなるどころかむしろ青くなりおった。そして震える唇でボソリと呟く。
「ま、魔王の子供達」
デカちゃんが一歩下がって、チビちゃんがそんなデカちゃんの服の裾をつかむ。
「ヤ、ヤバイよー。ねぇ、ねぇ、ヤバイよー」
半泣きのチビちゃんとクールリーダー以上に真っ青なデカちゃん。そんな二人をクールリーダーが叱咤する。
「お、落ち着けお前達。みっともないぞ」
「で、でもリーダー。私、魔王様の子供に槍を向けちゃったよ~」
「あ、安心しろ。槍を向けたのは私も同じだ。何かあった時の責任は私がとる」
「リ、リーダー一人にそんなことはさせられないよ。わ、私だって責任くらいとれるもん」
「そ、それなら私だって。私がもっと早く気づいてちゃんと二人を止めていられたら。だから、だから、私も一緒だよ?」
「お、お前達」
クールリーダーの瞳にじわりと涙が浮かぶ。それは他の二人も同じじゃった。
「「リーダ~」」
「お前達~」
そうしてがっしりと抱き合う三人の獣人達。うう、感動的じゃて。年を取ると涙もろくなっていかんの。ハンカチ。ハンカチは何処じゃったかの。ん? どうしたんじゃマイシスター。そんなに魔力を大気中に放出して。
「いつまでやってますの? その茶番」
そう言ってマイシスターが指をパチンと鳴らすと、抱き合う獣人達の周囲が燃え上がった。
「ア、チャッ、チャッ~!?」
転げ回る獣人達。おお何とむごいことを。と、思ったのじゃが炎は見た目こそ派手ではあったが、獣人達を焼くこともなくあっさりと消えた。
「び、びっくりしたよ~」
「む、無詠唱だと?」
「魔王様の子供怖い。魔王様の子供怖い」
地面に座り込んだままの姿勢で互いに抱き合いながら儂らを見上げてくるクールリーダー達。その姿が可愛らしいだけに何じゃか罪悪感が半端ないのう。
「さて、私達エイナリンに用がありますの。当然通していただけますわね?」
そう言って、とっても良い笑顔でクールリーダー達を見下ろすマイシスター。
女王様も斯くやあらんと言うその態度に、最早三人には黙って頷く他、道は残されてはいなかったのじゃった。
そうして儂等は三人の獣人に案内されエイナリンの階層を歩く。途中ですれ違ったのは別の獣人の女の子に妖魔族の女の子、そして闇妖精のやはり小さな女の子じゃった。……うーむ。気のせいかこの階層、住んでおる者にエイナリンの趣味が思いっきり反映されとる気がするのう。
「お姉様はこの先だ。少し待っていて……ください」
とある部屋の前で立ち止まったクールリーダーが、そう言ってその部屋のドアノブを掴む。ふむ。一時はどうなることかと思うたが、蓋を開けてみれば何のことはない。普通に知り合いの家を訪ねに来たような形になったの。
そんな風に油断した、儂が悪いのじゃろうか?
「ああ、その必要はないよ。君達はここまでで良い」
「「「「え?」」」」
ドアノブを掴んだクールリーダーの手をそっと掴むマイブラザー、その言葉に四人分のえ? が重なる。ちなみに四人とはクールリーダー達三人と儂の分じゃな。
「女王よその慈愛で安らぎを『スリープ・フォール』」
マイブラザーが相手を強制的に眠りに落とす魔法を発動させ、抵抗もできずにクールリーダー達は意識を失った。
「……あの~。兄さん? 何故案内役である彼女等を? 彼女等にエイナリンへの取り次ぎをして貰うのではないのですか?」
儂の至極真っ当なはずの質問にマイブラザーのみならずマイシスターまで、何を言っているんだこいつは? 的な顔になった。
あれ? 何じゃろこの反応。可笑しいのって儂の方なんじゃろうか? そんなはずは……。
「リバークロス、ここに来た目的を忘れてはいけないよ。今日はエイナリンさんが日頃僕達に見せない秘密を暴きに来たんだよ? このままエイナリンさんの所に行ったら何の意味もないじゃないか」
「その通りですわ。今日はあの生意気な堕天使の鼻を明かせるような、そんな秘密を暴いてやるのですわ」
「ええ~!?」
いや、そう言う目的だとは分かってはおったよ? おったのじゃが、実際に魔法まで使って家捜ししようとするところを見ると、儂の常識的にそろそろ止めた方がいいかな~、何て思うてしまうんじゃが。……うーむ。しかし子供のやることじゃしな。人じゃなくて魔族じゃし。種が違うと今一つやって良いことと悪いことのボーダーが分かりづらいの。
そんな儂の葛藤には構わず、マイシスターは目の前のエイナリンがいるらしい扉を興味深そうに見つめて、そして言った。
「さて、どうやらエイナリンはこの向こうらしいのですけど、一体ここは何の部屋なのでしょうか? 気になりますわ」
人差し指を立てるマイシスター。何の真似じゃろうかと見ておると、立てた指の爪がナイフのように鋭く伸びおった。おお、何じゃそれ? 儂もやってみたいぞ。あっ、できた。
儂が悪魔ボディの新たなる使い道に興奮しておる間に、マイシスターが伸ばした爪でドアに穴を開け始めた。
「そーとね。そーとだよ、エグリナラシア」
「分かっていますわ、お兄様」
気のせいか手慣れてはおらんかの? ブラザー達よ。儂が若干瞼の下がった瞳で見つめておると、ドアに小さな穴を開けることに成功したマイシスターがその穴から中を覗き込んだ。
「……沢山の棚の中に籠がありますわ。あっ、いくつかの籠に衣服が入れられてますわ。どうやら更衣室のような部屋みたいですわね」
「エイナリンさんは?」
「見つかりませんわ。ただメイドがいますので恐らくもう一つ先の部屋に行っているものだと思われますわ」
ふーむ。案内の三人を眠らせてしまった以上、気軽には入れんし、ここは退却じゃな。
「よし、突撃だ」
「ラジャー。ですわ」
「え?」
何の迷いもなくドアを開けて中に突撃をかける二人。儂はポカンとそれを見送った。
「ちょ? え、まっ」
そこでようやく現実に儂の脳が追いつきよる。それにしても何と言う思いきりのよさじゃ。止める間もないとはまさにこの事じゃろう。儂が慌てて二人の後を追って中に入るとーー
「「『スリープ・フォール』」」
二人の魔法が炸裂し、中にいるやはり女の子達がバタバタと倒れていった。
「制圧完了ですわ」
得意気に腕を組むマイシスター。
「あまりゆっくりはしてられないよ」
そう言って先ほどのマイシスターのように壁に穴を開けるマイブラザー。
「了解ですわ、お兄様」
そう言ってやはり穴を開け始めるマイシスター。何じゃろ、これ。いつから儂らは白蟻ブラザーズになったんじゃろ? いい加減帰りたくなってきたのう。
「中は……な、なんですのここは?」
穴を開けることに成功したマイシスターが驚いたような声をあげる。
「どうしたの?」
「どうやら私はまだまだエイナリンの奴を見くびっていたようですわ。ここまでの魔改造を施すとは。……く、その力だけは認めなければいけないようですわね」
そこまで言われると気になるのが人情と言うもんじゃろうて。儂も爪を伸ばしてドアに小さな穴を開けた。そこから見える光景はーー
「……浜辺?」
どう見ても海にしか見えない大量の水に砂浜。室内だというのにギラギラと輝く太陽が空に浮かんでおる。そしてーー
「何をやっとるんじゃ、あやつは」
浜辺にエイナリンの姿を見つける儂。エイナリンはビーチパラソルの下、グラサンをかけて寝そべっておった。意味があるのかどうかも分からぬグラサン以外一糸纏わぬ姿で、周囲に群がる多種多様な種族の女の子達にオイルのようなものを塗らしておる。そして女の子の殆どは服を着ておらず、オイルを塗るのに自分の体を使うという訓練の行き届いた姿。
正直ドン引きじゃて。悪魔の視力を用いれば全裸のエイナリンの体の隅々まで見れそうじゃが、とてもそんな気分にはなれん。
何と言うのかの~。仕事ではすごく素朴なイメージのちょっと気になるあの子が、プラベートでたまたま見かけたら実はとんでもないヤンキーじゃった。そんな気分じゃて。ショックのあまり思わず素の言葉で突っ込んでしもうたわ。ほんとロリコン滅べばいいのに。
「ふん。思った通り、下品なことに耽っているようですわね。子供も産めそうにないあんな小さな子供達を侍らすとは、愚かとしか言いようがありませんわ」
ん? 何か若干論点がおかしかったような気がするのう。女同士。小さな女の子。このワードに突っ込むべきではないじゃろうか? いや、真面目に考えたら負けじゃて。あれはきっとああ言うマッサージなんじゃ。儂の心がエロいから、ただのマッサージがエロく見えるだけなんじゃ。うん。きっとそうなんじゃ。
「いや、あそこにいるのは元々体格が小さな種族ばかりだよ。全員かどうかは分からないけど、普通に繁殖できる年頃だと思うよ」
「そうですの? なら、普通ですわね」
考えたら負けじゃ。考えたら負けじゃ。とりあえず思うたよりは年齢が行っているようで安心したが、それでも考えたら負けじゃ。
「ねぇ、ここには何もないようだし、他の所を調べない?」
ここに居ると性とは何か? よりよいエロを満喫するためには外見と精神、そのどちらを重要視して、どちらが幼く見えた時、ストップ・ザ・ジェントルマンを執行するべきなのか? そんなことを考えてしまいそうじゃ。そうすると儂、中々現実に戻ってこれんのじゃよな。さすがにここでそれは不味いので、さっさと場所を変えることにする。
「そうだね。あの調子ならしばらくは大丈夫そうだし。そうしようか」
「そうですわね。何だか変な液体を塗らすだけで、子作りしないようですし、何の参考にもなりませんわ」
最後まで開けた穴をじっと覗き込んでいたマイシスターが離れたので、儂らはさっさと場所を変えることにした。まったくエイナリンのやつめ。エロとはダンディーな男と成熟した女がネッチョリと楽しむものじゃぞ。その事をいつかその体に分からせ、歪んだ欲望を矯正してやろう。そんな風に若いパッションを久々に覚えた儂であった。
そしてーー
「『スリープ・フォール』」
「『スリープ・フォール』」
「『スリープ・フォール』」
「『スリープ・フォール』」
出会う者を片っ端から眠りにつかせながら、儂等は好き勝手エイナリンの階層を探索した。まぁ。色々と興味深い部屋を見つけもしたが、やはりと言うべきか広すぎるせいで全然探索が終わる気がせん。早くせんとエイナリンが出てきてしまうし、そろそろ引き上げ時かの。
そう思い最後のつもりで開けた部屋。そこでは様々な人物の姿が額縁に納まり壁に飾られていた。
「これは…」
危うくまた写真と言い出しそうになったのじゃが、今度はちゃんと我慢する儂。ふふ、前回の反省をちゃんといかしたの。伊達に三百年も生きてはおらんのじゃよ。
「それは映像機で取った画像ですわ。見たところアクエロの画が多いようですわね」
マイシスターの言葉を聞きながら飾ってある写真、もとい画像を見る。なるほど、確かにアクエロちゃんの画像、それも子供時代のものが多いのう。ふむ。それにしても気になるのは…
「何だかアクエロちゃん。子供の頃は今よりも活発だったんだね」
「そうですわね。今より表情が生き生きしていますわ」
画像の中のアクエロちゃんはどこか勝ち気そうで、マイシスターの言うように今の無表情が嘘のように生き生きと笑っておる。
「ん? これは」
そんな今とは違う世界を写した沢山の画の中、壁に飾られたそれらとは少し離れた机の上、そこに儂は写真立てのような入れ物を見つけた。中には一枚の画。
「何ですの、それ?」
画像入れ? を手に取った儂の手元をマイシスターが覗き込む。
「エイナリンと人間の子供?」
ふむ。この画像、他のとは違い背景が真っ黒に塗り潰されていて、人物以外何も分からないようにされておる。黒に塗り潰された画の中でエイナリンが人間……と思わしき子供と手を握っていた。驚くことにその顔に浮かぶ笑みはとても落ち着いた淑女然としたもので、よく見れば別人のような気もしてくる。はて、双子の姉か妹じゃろうか?
「これ、ひょっとすると堕天前のものかもしれませんわね」
「え?」
「ほら、背景を塗り潰したのは羽根を隠したかったからではないのかしら」
と言われても、エイナリンの羽根なんぞ一度も見たことないんじゃが。それにしてもやはり羽根あるんじゃな。まぁ、天使と言ったら確かに羽根のイメージじゃし。あれ? なら悪魔にもあって良いのではなかろうか?
儂がその疑問をマイシスターにぶつけようとした時じゃ。それが聞こえてきたのは。
ギ、ギ、ギギ~。古びたドアが上げる悲鳴のように、あるいはこれから起こる惨劇を知らせるラッパのように、決して大きくないその音は儂と、そして恐らくはマイシスターの耳にも響き渡った。
「そんなところで、何してるんですか~?」
振り返れば開いたドアの隙間から半身だけを覗かせたエイナリンが、こちらをじっと見つめておった。