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評議員

「何だ?」


 天領第四等区中ノ国からカエラが転移したと思わしきポイントを中心に儂自身を含めた三百を越える魔族を円上に転移させた。


 その際魔将はそれぞれ四つのポイント、中ノ国に一番近い場所にアナラパルを、そこから時計回りにハラリアアリア、儂、シャールエルナールの順番にそれぞれ等間隔になるように配置した。


 中ノ国に一番近いアナラパルと向かい合う位置に転移した儂は当然最も天領第四等区後ノ国に近く。もしも天将が来た場合儂が一番最初に出くわす可能性が高いじゃろうな。


 儂が居る中ノ国と『ヴァルキリー』の仲間がいる後ノ国。転移後、カエラがどちらを目指して移動を開始したのかを考えた儂は迷うことなくこちらだろうと山を張った。


 何せ一度儂の手を振り払ったくらいじゃからな。もっとも、もしもこの考えが外れていたとしても中ノ国に一番近くに配置したのはアナラパルの奴じゃ。あやつなら私情を挟まずカエラを捕らえてくれるじゃろう。


 一先ず打てる手は全て打った。後は天族よりも先にカエラを捕らえるだけ。そう思い転移を完了した儂等を待っていたのは、思いもよらぬ事態じゃった。


 それは超越者級に至った儂でも驚異と言わざるを得ないほどの力と力の激突。そのあまりの激しさに大地が激しく揺れ、風が凶器となって木々を押し倒していく。


 この途方も無さすぎる力はーー


「エイナリン!?」

(お母さん!?)


 二つの力の内、より大きな方は儂がよく知る魔力じゃった。そしてもう一つの正体不明じゃった力もアクエロのその一言で解決した。


「お母さんだと? じゃあこれが悪魔王の力か」


 特級。それは単体で超越者級に対抗できる数少ない実力者。儂の脳裏にスペンサルドを初めとした各種族の王達の姿が浮かんだ。


「エイナリンの奴、いないと思ったらこんな所で遊んでいたのか」

「リバークロス様、如何されますか?」


 近衛を代表してサイエニアスが聞いてくるんじゃが、さすがにこんな自体は儂も想定してはおらんかった。エイナリンの奴め、ここ最近は大人しいと思っておったらこれじゃからな。


(おい、アクエロ。お前は大人しくしてろよ)


 念のためもう一人の問題児の方には予め釘を刺しておく。


(リバークロス。もっと私を信じて?)

(いや、無理)

(……悲しい)


 何やらアクエロが儂の中で不満そうな感情(かお)をしておるが、そんな顔をするよりも先に今まで自分のやって来たことを少しでも省みて欲しいものじゃな。


 そんな少々場違いなことを考えておる内に悪魔王と最強の堕天使という巨大すぎる二魔の戦いは、堕天使の圧勝で幕を閉じた。エイナリンの放った力が悪魔王の力を切り裂き、巨大な魔力に荒れ狂っていた大気がピタリと収まった。そして世界に凪いだ海のような静寂が訪れる。それに儂は非常に嫌な予感を覚えた。


「おいおい。エイナリンの奴、まさか本当に悪魔王を殺してないだろうな?」


 性格にかなり問題のある人物らしく、アクエロの親でありながらも儂はまだ会ったことはないんじゃが、それでも相手は悪魔王であり魔王であるマイマザーの妹じゃ。


 何やらエイナリンとは浅くない因縁があるとは聞いてはおるんじゃが、だからといって堕天使のエイナリンが悪魔王を殺してしまうのはかなりマズイ気がするんじゃが、その辺りどうなんじゃろうか?


(心配ない。お母さんのしぶとさは魔族一。あれくらいじゃ死なない)


 儂の不安を読んだアクエロが心の中で答える。しかしあれぐらいとアクエロは言うが、今のエイナリンの攻撃は儂でも簡単には防げん程のレベルじゃったんじゃが。


 まぁ、アクエロが大丈夫というのなら本当に大丈夫なんじゃろうな。それにしても何であやつらこんな所で争っておったんじゃ? 迷惑すぎじゃろ。いや、待てよ?


 その事に思い当たった儂はサイエニアスへと命令を飛ばす。


「二魔の衝突場所が勇者の転移予測位置と一致しているのが気になる。一旦エイナリンと合流するぞ」

「仰せのままに」


 サイエニアスが頭を下げるのを視界の隅で確認しながら、儂はエイナリン達がおる場所を目指して全力で駆けだした。いや、正確には駆けだそうとした。


「……何だ?」


 それに気がついたのは本当に偶然じゃった。カエラに何かあったのではと感知系統のスキルを全開にしたところ、エイナリンや悪魔王とは別の魔力を見つけたのじゃ。透明な視線。とでも表現すれば良いじゃろうか。それが儂の背中に張り付いている。そんな感覚。


「戦闘体制をとれ」


 恐らくサイエニアス達は気配には気付いてはおらんかったじゃろうが、それでも言われたとおり儂を中心に陣形を組み周囲を警戒する。


「あら? 気付かれるとは思わなかったわ」


 張り巡らされた緊張の糸をその一滴の言葉しずくが揺らした。大気中の水が一カ所に集まったかと思えば空中にまるで巨大な鏡のようなものを形成。そしてそこから水で出来たトンネルを通ってきたかのように姿を現したのは、チャイナ服のようなスリットの深い服に手甲と胸当てを付けた蒼い髪の美女。その耳はエルフのように尖っており腰には二本の刀を下げていた。


「……なんだ? お前」


 身構える体に自然と力が入る。


 ーー強い。それが向き合っただけで分かった。この感覚はシャールエルナールを初めて見た時に良く似ておるが、あの時と今では儂の力が大きく違う。にも関わらず儂にこうまで警戒心を抱かせるとは。こやつ何者じゃ?


 蒼い髪の女を観察しておると、ふと既視感に襲われた。こやつ、どこかで見た覚えがあるな。今世ではない。しかし当然向こうの世界でもない。ならば残る可能性は一つじゃった。


 儂はクロス・シャインとしての記憶を探るが、クロス・シャインは最後戦うことのみに特化するあまり周囲への関心がほぼ消えておった。だから何かを思い出そうにもまるで虫食いにあった絵本を見ておるかのようにあやふやで頼りない。


 それ故に儂が中々答えに辿り着けずにおると、蒼い髪の女が友好的な微笑みを浮かべながら丁寧に頭を下げて来おった。


「初めましてですね、魔王の息子。私は……」

(リバークロス!)


 アクエロが叫ぶ。それと蒼い髪の女が儂の視界から消えるのと、果たしてどちらが早かったじゃろうか?


「なっ!?」


 女が見せた友好的な態度に緊張感をほんの僅かに削がれた一瞬を突かれ、気付けは首筋に刃が触れておった。


「やあ!」


 死。それが全身の肌を粟立たせ、死神の冷たい包容が儂を包みこむその直前。儂の体から飛び出したアクエロが死神(やいば)を正面から殴り付けた。それにより僅かに削がれる剣速。儂は死に物狂いで必殺の一撃を回避した。


 それでも完全には躱しきれず首筋から血が吹き出す。剣を素手で殴ったアクエロに至っては肘まで真っ二つじゃ。しかしそれは今気にすることではなかった。


 儂は刀を振り終え、隙だらけの姿を晒す蒼い髪の女に反撃を試みる。余計な技を使う暇はない。ただ魔力を込めた手刀を持って女を真っ二つにするべく振り下ろした。


「んっ!」


 小さく呻きながらも女は腰に下げていたもう一方の刀、攻撃に使ったのに比べると随分と短いその小刀で必殺の意思を込めた儂の手刀を防ぎおった。


 その際儂の手刀から飛び出した魔力が斬撃となり女の肩を浅く切り裂いた。やれやれ、真っ二つにするつもりで放った攻撃がそれとはの。女が纏う魔力の厚さがそれだけで分かると言うものじゃ。


 まったく、何なんじゃこやつは? この魔力、天将を遥かに凌いでおるぞ。ん? 天将よりも上? その事実が儂にある存在を思い出させる。


 天界を統括する最高権力者にして実力者。評議員。そうじゃ! たしかこやつはーー


「セラン・オーア・ヴァルキュリア」


 記憶に促されるままに奴の名を呼んだ。セランはそんなこと気にもせずただ儂の首だけを見ておる。


 マズイ。奴の長刀を凌いでの反撃で決めるつもりじゃったんじゃが、小刀を使って防がれた以上、振り抜いた姿勢のまま止まっておった長刀が戻ってくる。現在の儂の魔力(ちから)は特級に届くかどうかと言ったところじゃろうから、特級上位に位置するセランの一撃を受ければ致命所を負いかねん。


 やはり分かってはおったが、これが儂の最大の弱点じゃな。超越者の力を発揮するにはアクエロの協力が不可欠であり、どうしても単独で力を発揮する者達に比べてエンジンの掛かりが遅い。それは一瞬で勝負が決まる実戦においては致命的な弱点じゃった。


 そして思うた通り、反撃を受けたセランは怯むことなくむしろここが決め時とばかりに大量の魔力を刀に注ぎ込む。長刀が再び儂の首を目掛けて襲いかかってきおった。それに対して儂は一撃必殺の攻撃を防がれた無防備な姿。


 これは防げん。躱せん。ならばーー


「マーレリバー」

「お任せを」


 直後、何もない空を斬るセランの長刀。あれだけの魔力を宿しながら周囲に無駄な被害を一切出さないその一振りは、ただただ美しかった。


「……どうやらそちらにもヒソナさんと同じ能力者がいたようですわね」


 セランがしてやられたとばかりに苦笑する。当然儂だって己の弱点くらい把握しておる。その為にいざと言う時の切り札くらい幾つも用意しておるわ。


「リバークロス様。お怪我は?」


 儂の横でその切り札が聞いてくる。黒いロープを纏った銀色の髪に褐色の肌を持つダークエルフ。儂の最初の眷属であるマーレリバーは能力を直接攻撃ではなく補助関連に全振りしておる。与えたスキルも空間転移に関するものばかりで、転移の実力だけを競うなら近衛の中で一番じゃ。


「問題ない。お前達、手を出すなよ」


 現在奇襲に失敗したセランをサイエニアス、アヤルネ、イヌミン、そしてシャールアクセリーナが取り囲んでいた。


 この面子なら全く歯が立たんということはないじゃろうが、それでも儂抜きで評議員を相手にしたら死者が確実に出るじゃろうな。ちなみにウサミンとネコミンは他にまだ敵がいないか周囲を警戒しており、イリイリアはマーロナライアとマーレリバーを守るように陣取っておる。


「そいつは俺が……」

「はあああ!!」


 儂の指示の最中にアヤルネがセランへと飛びかかった。全くこやつは。儂は呆れ、アクエロが愉しそうに儂の中で笑う。セランの蒼い瞳が僅かに細まった。


「マーレリバー」

「畏まりました」


 マーレリバーに与えたスキルが発動する。スキル『積み重ねた友好』。日常の中で友好を示す一定の儀式を繰り返すことで、魔術的な『縁』を強化し、特定の対象に対する魔法やスキルの影響をより強く与えられるようになる。


 これによって強力な魔力を纏ったアヤルネを強制的に空間転移させることができるのじゃ。儂は目の前に現れたアヤルネの首根っこを掴んだ。


「ぐっ、な、なんで!?」

「お前だけじゃ勝てん。いい加減馬鹿な特攻をするのは止めろ」


 普段は修行やベットの中以外では起きてるのか寝ているのかよく分からんくせに、どうしてこやつは戦闘となるとこうも見境無いんじゃろうか?


(私はそんなアヤルネが大好きです)


 自分と似たモノでも感じておるのか、アクエロの奴はアヤルネに好意的じゃ。唯一の救いはアヤルネがアクエロを煙たがっておるおかげで徒党を組んで暴れたりしないことじゃな。もしもこの二人が協力して暴れ出しでもしたら止めるのに一体どれだけの労力を必要とするのか、考えたくもない話じゃな。


(心外。私もアヤルネも子供じゃない)

(大人なら手が掛からんわけじゃないだろ)


 そもそも大人や子供など所詮相対的な表現に過ぎん。見てみい、儂の手の中で二百才児が暴れておるわ。


「そんなのやってみなけれ……んん!?」


 ぎゃあぎゃあと五月蠅いのでアヤルネの唇を強引に吸って黙らせる。ついでに儂はアヤルネに与えた力を解放することにした。


「んん!?」


 突然跳ね上がった自身の魔力にアヤルネが思わずと言った様子で声を上げた。次からは出来れば儂の舌を噛まないように気を付けて欲しいものじゃな。


 現在儂の近衛達は全員が半眷属化しており、その体に儂からの魔力供給を受けるための仕掛けを施してある。しかし当然これは魔力を供給する儂の力を割くことになるので普段は使用を禁じておるが、評議員が動いている以上、ここで使わん手はない。


 ーー来ないか。


 アヤルネの中を適当に愉しみながらも、儂の意識は常にセランに向けておる。これで先程のように斬りかかってきたら、今度はバッチリとカウンターを決めてやろうと思ったんじゃが、儂の狙いを読んでおるのか、それとも周囲のサイエニアス達を警戒しているのか、セランは微笑を浮かべたまま動こうとはせん。


「んっ。クチャクチャ」


 アヤルネもわざとらしく儂との接吻を楽しんでおるふりをしておるが、その意識がセランに向いておるのはこうしてくっついておれば簡単に分かった。儂同様セランが突っ込んできたらカウンターを食らわせてやるつもりなんじゃろうな。


「駄目か」


 いくら待ってもセランが攻撃を仕掛けてくる気配はなく、儂は唾液の線を引きながらアヤルネの唇から自身のモノを離す。ただしアヤルネ自身は離さない。首根っこを掴まれ宙づりになった猫のようにアヤルネは儂の隣でブランブランと両足を揺らした。


「ふふ。良い眼の保養でしたよ」


 そんな儂等を見て艶然と笑うセラン。やれやれ、相変わらず妙に色っぽい奴じゃな。


「そうか。それは良かった。それで? まさかお前だけで俺に勝てると思っていないだろうな?」


 手を出すなと言ったがセランが本当に一人ならこのまま儂が中心に戦いつつ全員でフルボッコじゃ。この異種族間戦争で魔族を勝たせるためには評議員クラスの敵を見逃すわけにはいかんからの。そう考えるともしも本当にセランの奴が一人ならこれはビックチャンスと言う奴ではなかろうか。


 しかしやはり現実はそう都合が良い訳ではないようでーー


「いいえ。そこまで自惚れてはいませんわ。そもそも戦争なんて一天でやるものではないでしょう?」


 セランのその言葉の意味は考えるまでもなく、親切にも向こうから答えを教えにやって来おった。


「ほう。コイツが噂の魔王の子供か」


 雷が大地に落ちる。焼け焦げ窪みの出来た大地に立つのは白い胴着を着た筋肉質な初老の男。


 ゲンマ・オーア・グシエンド


「ふん。なるほど。その年で信じられない実力者だ。確かに魔王やつの息子だな」


 大地から炎が吹き出す。火山の噴火を思わすその炎の中心で揺れるツインテール。


 スザノ・オーア・テンペスト。


 圧倒的な力を誇る評議員の中でもトップに位置する三人。更に遠くからはこちらに近づいて来る天族の気配もあった。

 

「ちっ。面倒な展開だな」


 まさかここで評議員を相手にすることになるとはの。まったくあの馬鹿弟子が何かすると昔から話のスケールが一回り大きくなる傾向はあったが、これは無事あやつを捕まえたら久々のお説教コースじゃな。


 チラリと首根っこを押さえたままのアヤルネを見れば、凄い期待に満ちた瞳を返された。こやつのこの狂犬さんぶりは一体何なんじゃろうか? まぁ、こうなっては仕方あるまい。


「サイエニアス。魔将の誰かが来るまでで良い。評議員の内一天をお前達でおさえろ」

「仰せのままに」

「リバークロス様」

「何だ?」


 儂の横で未だ宙ずりのまま足をブランブランと揺らしておるアヤルネと目を合わす。アヤルネは飢えた狼のような笑みを浮かべて言った。


「倒しても良い?」

「……無理はするなよ」

「任せて」


 返事だけは良いんじゃが、こやつの場合アクエロ同様まったく信用できんのじゃよな。しかし最早そんなことをあれこれ言っておる場合でもない。取り合えず今こちらに向かっておる天族に対してはマーロナライアを通して近くに転移しておる魔族に迎撃するよう指示を出しておいた。後はこれ以上要らん横槍が入る前にさっさとこやつ等を片付けてカエラを見つけるだけじゃ。


 アクエロと共に魔力を高めながら儂は全員に檄を飛ばした。


「よし、やるぞお前達」

「「「はい」」」


 そうして評議員との戦いが始まるのじゃった。


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