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完全同率個体

 黒と黒。同じ色でありながらも一方は生命を包括した宇宙のようなどこか暖かな輝きを内包し、もう一方は何処までいっても闇しかない、命の存在を許さない深淵が広がっているかのようだった。


 宇宙と深淵。巨大なそれ等は激しくぶつかり合い、勝ったのは宇宙だった。


 そう、堕天使の放った黒き斬撃が悪魔王の深淵のごとき闇を絶ち斬り、その勢いのままに悪魔王を飲み込んだのだ。


「そ、そんな馬鹿な。この我がぁああ!?」


 何か如何にもっぽい台詞が聞こえてきたが、悪魔王の生死は不明。何せ二人の力の激突はあまりにも凄まじく、周囲にあった緑は完全に壊滅。豊かな髪の持ち主に出来た十円ハゲのごとく、ここら一体は草木の生えない土地となり果てていた。


 身を守るのに精一杯だった私は堕天使の斬撃に飲み込まれた悪魔王がどうなったかを確認することはできなかった。自分で言うのも何だが、こんな無茶苦茶な爆心地にいながらよく生き残れたものね。


「……逃がしたか。相変わらずの生き汚なさね」

「あれで仕留められなかったの?」


 堕天使とはそこそこ距離があったのだが、大声を出す必要も無く堕天使の呟きは私に届き、また堕天使も私の質問を拾ってみせる。


「ええ。ルシフェリナアスも馬鹿じゃないわ。力勝負しても私に勝てないのは分かっていたはず。なのに絡め手も入れてこなかったのは、初めから戦う気なんて無かったということでしょうね」

「なるほど。あの実力で逃げに徹されると倒すのは容易じゃないわね」

「ええ。やはりルシフェリナアスを殺すにはまずは逃げ場を奪う所から始める必要があるわね」

「あの手のタイプは挑発や策略で戦わせるように仕向けるのは難しいでしょうから、結界など物理的な手段を使うしかないわね。でもあのクラスの実力者を閉じ込めておける結界なんて簡単には作れないわよ?」

「別に完全に閉じ込めておく必要は無いわ。壊すのにある程度の時間が掛かる強度さえあれば良い」

「なら結界よりも戦術級魔法具を使った方が良さそうね」

「そうね。手持ちの魔法具じゃルシフェリナアスが相手では心ともないし。……仕方ない。作るか」

「魔法具の制作が出来るの?」

「私を誰だと思っているの? その程度のこと……」


 そこで言葉を切った堕天使が私の方を向く。


「ん?」

「え?」


 堕天使はキョトンとした顔をしていた。恐らく私も似たような顔をしているだろう。しまった!? 何親しげに話してんのよ? 私は。


 堕天使がなんで悪魔王と戦っていたのかは知らないけど、よく考えれば考えるまでもなく、堕天使って普通に魔族側じゃない。


 さっさと逃げれば良かったわ。いや、今からでも遅くはないはず。


「あ、その、じゃあ私はここいらで失礼するわ。悪魔王の抹殺。頑張ってね」


 丁寧に頭を下げ、さあ帰るわよと堕天使に背中を向ければ、何故か正面に堕天使の姿があった。


「ですよねー」


 どうやら逃がす気はないらしい。もう一度振り返ればそこに堕天使の姿はなかったから、残骸とやらではなく純粋に速さで回り込まれたんでしょうけど、ヤバいわね。全く見えなかったわ。


 堕天使が私の顔、と言うか全身を値踏みするかのように観察してくる。


 その視線に私が蛇に睨まれた蛙のように硬直していると、やがて堕天使は一つ頷いた。そしてーー


「それにしても~。まさか私の完全同率個体とは。少しビックリです~」


 などと一人ごちた。


 と言うか何か急に間延びした感じの喋り方になったわね。いや、悪魔王ともそんな感じに話してたっけ? 堕天使の変化が少しだけ気になったが、今はそれ以上に堕天使が呟いた言葉に興味を引かれた。


「完全同率個体って確か魔力の性質がまったく同じ個体同士のことよね」


 魔力は魂から生産されるエネルギーで、その波長は指紋のように一人一人僅かに違う。自分と魔力の波長が完全に一致した者を完全同率個体と呼ぶのだが、魔力の性質が全く同じ個体が居る可能性は奇跡と言って良い程低く、実際この世界で完全同率個体が確認されたのは、有史以来五人もいないとされている。


「その通りですー。数少ない完全同率個体の調査結果では完全同率個体同士はスキルや魔法の特性などが面白いほどに一致するらしいですよ~」

「それはまぁ同じ性質の魔力なら当然そうなるでしょうね」


 魂から放たれる魔力(エネルギー)は肉体に強い影響を与えているが、それは本人の嗜好や体質などにも及ぶ。もしも完全に魔力の性質が同じ者が居れば、発現するスキルや得意とする魔法が一致するのはむしろ当然なのだ。そんなことは少し真面目に魔法を勉強した者なら誰でも知っている。


「無理もないですけど、やっぱり分かってなさそうですね~」

「何がよ?」


 だと言うのに、何故か堕天使は話が通じてないと言わんばかりにため息を吐いた。 


「良いですか~? スキルや魔法などの特性が完全に一致すると言うことは、つまり貴方は私と同じ創造魔法を発動できる可能性があるということなんですよ~」

「……そりゃ、そうでしょう」


 創造魔法はこの世界の魔法(システム)に直接ルールを書き込み己の望む現象を引き起こす魔法だが、必ずしも思い描いたモノを作れるとは限らない。近接戦闘が得意だからと言っても拳だったりナイフだったりとそのスタイルは様々であるように、何かを作れば必ずどこかにその作者の傾向が現れる。誰かの真似をして魔法を作っても結局はよく似た別の魔法が出来るだけなのだ。


 だが完全同率個体同士ならまったく同じ創造魔法を発現してもおかしくはない。いや、むしろその確率の方が高いとさえ言えるだろう。


 でもそれが一体何だと言うのかしら? どんなに優れた魔法でもそれ一つで戦争の行方を左右するほど便利ではない。実際先ほどの悪魔王の創造魔法も確かに凄まじかったが、あれ一つで戦争が終わるようならとっくの昔に異種族間戦争は終わっていただろう。だが、現実として今なお戦争は続いているのだ。

 

 堕天使は一瞬だけ更に言葉を重ねようとしたが、開きかけた口を閉じると軽く肩をすくめて見せた。それはまるでダイヤと石ころの違いが分からない愚者にその価値を説明しようとしかけ、ふとそんなことを自分がする必要があるのだろうかと思い直したかのようだった。


「そもそも私にはどうでも良いことでしたね。それよりも貴方、お名前はなんですかー?」 


 自分にも関わりのある希少な事例を前に、しかし堕天使はもう興味がないとばかりに話題を変えてきた。


 私としては完全同率個体のことをもっと知りたいのだが、変に粘って機嫌を損ねても拙いだろう。


 それにしてもまた名前を聞かれたわね。名前は自分という存在を認識するためのもっとも身近な媒体物。魔術においても重要なものだし、儀式スキルという力もある以上、見ず知らずの魔族に名乗る気はない……のだけども。


「あっ、別に儀式スキルを仕掛けようとかしてる訳じゃないですよ? 別に貴方をどうこうするのにそんなもの必要ないですから~」


 そう。さっきの戦いを見せられた後ではこの堕天使を相手に真面目に警戒するのも馬鹿馬鹿しい。こうして一対一で向き合ってしまった時点で既に詰んでいる。なら精々怒らせないように努めましょうかね。


「カエラ。カエラ・イースターよ」


 私の名前を聞いた堕天使が驚いたように目を瞬いた。


「ん? ひょっとして勇者順列第三位の?」


 え? 何で貴方まで知ってるのよ。まさかここでもブロマイド効果が? あの出版社やり手すぎでしょ。報酬の額を二桁ほど間違えたわ。


 私の脳裏に「売れます。売れます」が口癖の女社長の顔が思い浮かんだので、とりあえず想像の中で一発ぶん殴っておいた。


 見たところ私が勇者だからと言って堕天使は態度を変える気はなさそうだ。これで私勇者は絶対殺す派ですから~。とか言い出されてたら終わってたわね。


 私は戦々恐々しながらもとりあえず堕天使の問いに頷いた。


「そうだけど」

「へーこれはすごい偶然ですね。リバークロスへの良いお土産ができました~」

「えっ!? マイ……『色狂い』と知り合いなの?」

「何を隠そう私は『色狂い』の師匠なのです」

「ええっ!?」


 ちょっと!? マイスターの師匠ともなれば私にとっては大先生のようなものじゃない。やだわ、私ったら。何か失礼なことを言わなかったかしら?


「リバークロスはやけに貴方を気に入っていたのできっと連れて帰ると喜ぶでしょう。まぁもっとも……」


 そこで大先生が私の頬を撫でて来た。


「貴方は気に入ったので私のモノにすることにします~。リバークロスには時たま貸すくらいの感じでいいでしょう。あっ、勿論カエラが男に何か抱かれたくないというなら、このお姉さまが助けてあげますよー」

「お、お姉様?」


 何かしらその甘美な響きは? ハッ!? まさかこれが……恋?


「ふふ。照れちゃって可愛いですね~。流石は私の完全同率個体です~」


 そういってエイナリンお姉様が私の頬を撫でる。ヤバイわ。エイナリンお姉様メッチャ美人だわ。流石は私の完全同率個体なだけはあるわね。でも連れてかれるのはちょっとマズイかも。


 脳裏に『ヴァルキリー』の皆の顔が浮かんだ。


「あの、お姉様。ちなみに私に拒否権は?」

「別に拒否してもいいですけど~。持ち運ぶのが面倒なので、できれば自分の足で歩いて欲しいものです~」


 そういって手に持った剣で軽く私の腕やら足やらに触れてくるエイナリンお姉様。やだ、お姉様怖すぎ。そんなナチュラルに人の腕や足を斬ろうとするとか、どういう神経してるのかしら? これはもう仕方ないわ。私は必死に頑張ったけど、マイスタークラスのエイナリンお姉様に脅されたのなら、それはもう仕方ない。うん。仕方ないわね。


 と言うわけでマイスター、今会いに行くわよ!!


「まぁ一応要望があれば出来るだけ聞いてあげますよ~」

「え!?」


 な、何故にそんな余計な選択肢を準備するし。 


「そ、そう? な、なら私ギルドの団長をやっているんだけども……」

「ああ。確か『ヴァルキリー』でしたっけ?」


 ちょっ!? 最高位に位置するであろう魔族が勇者とは言えただの人間のことに詳しすぎでしょ。ひょっとして天族って情報戦でかなり負けてるんじゃ?


 私は戦慄しつつも、一先ず頷いた。


「そ、そうよ。突然の転移で仲間とはぐれてしまったから彼女達が無事か確認しに行きたいんだけど」

「ああ。さっきの地脈を使った大規模転移ですね~」

「見てたの?」

「そりゃあ、あんな巨大な力の塊が足元を通れば嫌でも気づきますよ~。私はルシフェリナアスを追っているところだったんですけど、あの愉快犯ならきっと何が起こったのか見学に行くと思ってましたからね~」


 どうもこの辺に悪魔王がいたのはお姉様のせいらしい。もうやだわエイナリンお姉様ったら。私より強いことを神に感謝するべきね。うふふ。


 私はこめかみに青筋が浮かばないように注意しながら、ついでとばかりにエイナリンお姉様に質問する。


「エイナリンお姉様は、どうして悪魔王を殺そうと?」

「色々因縁があってですね~。今までは目に入ったら殺しておくかな程度だったんですけど、こちらの所有物に懲りずにちょっかいかけて来たんで、いい加減本気で始末しようと思った訳ですよ~」


 何それ怖い。さっきの戦いを見れば分かるけど、エイナリンお姉様の力は異常だ。そんなエイナリンお姉様の所有物にちょっかいかけるとか、悪魔王マジ半端ないわね。


「でも何で悪魔王は単独だったの?」


 王と言われるくらいなのだから護衛が居ても良さそうなものだが。


「私が不意を突いて強襲した上に他との通信を遮断していたからですよー。まあ、それがなくともあのルシフェリナアスは歴代王達の中で最も求心力が無い、言わばお飾りの王なんですけどね~」

「えーと、アレ悪魔王なのよね?」


 確か魔族にとって王とは絶対的な権威の象徴であると共に最強の武力でもあったはずなんだけど、それがお飾りって、何があったのかしら?


「そうですよー。アレは悪魔王です。ちなみにエインアーク……つまりは魔王の妹ですね」


 何その最強コンボ? と言うかむしろーー


「それで求心力がないの?」


 『最初で最後の魔王』と謡われる存在の妹で自身も悪魔王。それで最も人望が無いとか、一体どれだけ嫌われてるのかしら?


 そういえば私を押し倒した時に自分を取り合うようにさせるとか言ってたけど、まさか悪魔王の正体は極度のかまってちゃん?


「もともと王は魔族の中でも絶対的な存在だったんですが、その忠誠心を魔王という一つの存在に向けるための実験の一環として、魔王が嫌われ者の自分の妹を王にしたんですよ。だから悪魔族に限って言えば王の存在は現在、精々が部隊長とかそんな感じになってますよ~」


 絶対的な象徴だったものが部隊長って。いや、それよりもーー


「あの、お姉様? それ、私が聞いても大丈夫な情報なのよね?」

「え!? ……大丈夫ですよ~」


 ちょっと!? なによ今の間は。いけない。この話をこれ以上続けてはいけないわ。


「それじゃあ。その、これからどうする? お姉様」

「どうするって、その『ヴァルキリー』とやらの所に行くんじゃないんですかー?」

「え!? あっ、じゃあ、その、行ってきます?」


 まさかあっさり解放されるとは? 思わずお姉様の顔色を窺うと、お姉様は何言ってんだ? コイツ。とばかりに半眼を向けて来た。


「行ってきますじゃないでしょ~。当然私もついて行きますよ~」

「は? いや、お姉様は魔族よね? 私が行くの天領第四等区後ノ国なんだけど」

「それがなんですか~? 魔族差別ですか~? 泣いちゃいますよー」

「えー?」


 何? これってつまりどういうこと? 私これから三種族や天族が沢山いる場所に向かうんだけど、なんでそんなついてくる気満々なの? 途中どっかで待っていてくれるのかしら? ……いや、それはないわね。そ、それならまさかーー


「……一応聞いておくけど、まさか『ヨンヨーク』に居る者を皆殺しにする気ではないわよね?」


 戦闘準備が整っている軍隊の所に連れていくのに、普通ならまずしない心配が頭をよぎった。


「私をなんだと思っているんですか~? 気に入ればお持ち帰りしますけど、そうでないなら理由もなく殺してまわったりしませんよー」

「そうよね。なら……」


 なら、なんだろうか? えーと、この状況で最善の手は何かしら? 最善の手、最善の手、最善の手。最善の…………。


「なら行きましょうか、お姉様」


 私は『ヨンヨーク』の方を指差してお姉様にニッコリと笑いかけた。もう、あれだわ。考えるの面倒くさいわ。なるようになるでしょ。


 最悪エイナリンお姉様にラチられても皆で仲良くマイスターの女になれば良いだけだし。うん。もうそれで良いんじゃないかな。


 私の笑みにお姉様も素敵なスマイルで応える。


「行きましょう。行きましょう。……おやー?」

「な、何よ?」


 お姉様と話した今までの感じでは取り合えずいきなり殺されることはなさそうだが、それでもついお姉様の一挙手一投足にビビってしまうわね。


「いえ、いえー。随分と懐かしい気配だなーと思って」

「はっ?」


 何それ、どういうことかしら?


 お姉様の視線を辿った先は荒野と緑の分かれ目。最早激変してしまった環境を別つその境界線に立っていたのはーー


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