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彼女の名前は

 本当はずっと不安だった。彼を追って世界を渡り、ただ彼を探し続けた。でも何処にも彼の痕跡を見付けられなくて。


 彼は本当にこの世界に居るのだろうか? 


 そう思わない夜はなかった。魔族に彼と思わしき存在を見つけても、全ては私の妄想なのではないかと眠れぬ夜を過ごした。


 だが、遥かな遠方より伸びる力に触れて、浮かび上がる魔術の形に触れて、そんな不安は粉々に吹き飛んだ。


 光の中で彼が手招きしているのが分かる。


 今、全ての労力は報われたのだ。これでーー


「カエラぁあああ!!」


 蒼穹の如き輝きが夜を切り裂き現れ、魔方陣を破壊せんと刺突を放つ。


 背中の四枚羽を大きく広げたサンエルの持つ槍が魔方陣の放つ光に激突した途端、持ち主と対象のあまりの力に槍はたわみ、直後に砕け散った。


 サンエルは無言で砕けた槍を放ると次に刀身が蒼い刀を空間から抜き放ち、そのまま斬りかかる。たがどれだけ斬りつけても魔方陣が放つ輝きは結界となってサンエルを阻んだ。


 それはまるで世界そのものが阻んでいるかのような絶対強度。空に向かって拳を振るうが如く、サンエルの攻撃はまるで意味をなさない。


 それに私は当然だな、と思う。これは現代において最強を誇った魔術師が魔族という上位種族の中でも更に指折りの肉体を得て行った大魔術。それをこの世界の一体誰に阻めようか。


 彼の力の前では天族だろうが、魔族だろうが無意味なのだ。何故なら彼は最強。彼こそが力そのものなのだから。だから……だから邪魔をしないで欲しい。


 私は魔方陣を破壊しようと奮闘するサンエルから視線を外した。胸中に沸くこの思いが苛立ちなのか、申し訳なさなのか、自分でも判断出来そうになかった。


「カエ!」

「カエラ!? それに……嘘!? ニル?」

「何をやっているのですか!? 貴方達は」


 だから今、こんな精神状態のままその声は出来れば聞きたくなかった。


 使徒としての力を全開にしてサンエルの後を追ってきたのはビアン、マレア、キリカの三人。


 ニルが納得いかなそうに首を傾げた。 


「サンエルといい、随分早いですね? 状況確認の時間も入れれば転移完了まで邪魔が入らない予定でしたが」

「オカリナの式よ。転移した直後を目撃されてるわ」

「ああ、あの野鳥。怪しいとは思ったんですがまさかオカリナのだったとは。例え式でも『ヴァルキリー』のメンバーのでなければ問題ないと判断した私のミスですね。それにしても仲間(わたし)にも教えない形の式を放っているとは、思ったよりもオカリナは強かだったようですね」 


 オカリナの式のデザインが変更されてるのは初日に私が言ったからなんだけど、今さらそんなことを説明しても何の意味もないだろう。


 三人がサンエルと共に魔法陣に攻撃を開始する。私はそんな四人をただ棒立ちになって見ている。ニルがいつでも糸を放てるように警戒しながらも、不思議そうに聞いてきた。


「貴方らしくないですね。抵抗しないのですか?」

「抵抗?」


 何故私がそんなことを。マイスターが待ってる。彼と素敵な家庭を築くのだ。……ううん、本当は家庭なんて築かなくてもいい。ただ彼の傍にいたい。彼の力になって、彼と同じ時間を生きて、彼の人生の一部になりたい。彼に必要とされたい。


 私は彼の一部(モノ)。彼の元に帰るのだ。その為だけに世界を渡って来たのだから。


 そうだ。迷う必要なんて何処にもない。私は抜き身のままだった剣を空間へと閉まった。


「別に抵抗なんてしないわよ。喜んで会いに行きましょうか、偉大な方々とやらにね」


 そう、誰よりも偉大な彼の元に。その傍に。早く私を連れて行って欲しい。


「ふふ、流石ですカエラ。やはり貴方は勇者なんて天族の都合の良い道具にしておくのは勿体ない。大丈夫。貴方を呼ぶ理由は分からないが、魔王様もリバークロス様もきっと貴方を気に入る」


 ニルが嬉しそうに私を抱き締めてくる。マイスターがまたドン引きしそうだから転移する直前には離れて欲しいが、それまでなら気晴らしにもなるし好きにさせてあげましょうか。私はニルが望むままに口付けを交わした。


 そうだ。大体何が勇者だ馬鹿馬鹿しい。必要だから演じてきたが私はカエラ・イースター何かじゃない。彼が付けてくれた私の本当の名前はーー


「カエラ・イースター!!」


 そこに込められたのは魔力ではなかった。ただただ、どこまでも真っ直ぐな激しい激情いし。私の肩が思わずビクリと跳ねた。


 ニルの腕の中から振り返ってみれば、キリカが物凄い形相でこちらを睨んでいた。や、ヤバイわね。あれはマジギレした時の顔だわ。私は思わずその場に正座しそうになった。


「こんな時に何をやっているのですか!? 貴方は私達の団長でしょうが。しゃんとしなさい」


 他の二人は分からないが、きっとサンエルもキリカも私がニルに付いて行く気なのだと気付いている。


 サンエルはその事に言及することなく、ただひたすら魔方陣に攻撃を続け、キリカは私に対して率直な怒りをぶつけてきた。


 私は何も答えずただキリカの瞳から視線を外す。どうしてだろうか? たったそれだけのことなのに、ひどく労力を必要とした気がする。


 だがこれでーー


「仕方ないね。三人とも、ここで死ぬ覚悟はある?」

「え?」


 サンエルのあまりにも突拍子の無い言葉に、せっかく苦労して外した視線が元に戻る。


「ああ、あるぜ」

「もちろんです」

「サンエル様が望まれるならこの命は何時でも偉大なる創造者様にお返し致します。後、これは貸しですからねカエラ。あの世でちゃんと返しなさい」


 即答する三人に私は泡を食った。


「ちょっ、ちょっとサンエル、一体何を?」


 サンエルはそこでようやく魔法陣を攻撃し続けていた手を止めて、真っ直ぐに私を見た。どこまでも澄みきった蒼い瞳は、まるで湖面に映った自分自身を見せられているかのようで私は思わず口をつぐむ。


 サンエルは静かに、まるで嵐を連れてくる前の静まり返った海のような面持ちで宣言した。

 

「犠牲魔法を使う」


 犠牲魔法。それは己の命と引き換えに本来の自分が行使できる何倍もの魔法を放つという、言ってしまえばただの自爆技だ。そしてこの状況下ではそれはまったく意味の無い、まさに蟷螂の斧に等しい行為だ。


 何故なら使い手次第になるが犠牲魔法での魔法の上昇率は数倍から数十倍。マイスターのこの魔法陣から溢れる力は地脈のエネルギーと合わさって私達の百倍を優に越える。


 今のマイスターの力は生物としての限界を超越しているのだ。それはたった四人が犠牲魔法を唱えれば覆せる差ではなかった。そのことはサンエル達も分かっているはずだ。


 たから冗談だと思いたい。思いたいけど、あの三人の顔。……ヤバイ。これハッタリじゃない。


「止めて! 私のことは放っておいて良いから」

「駄目だ。君を絶対に魔族の元になんかいかせない」

「三人を無駄死にさせる気? あんた守護天使でしょうが」

「僕は君の守護天使で、この子達は僕の使徒だ」


 その一言で私の頭に血が上る。


「なにさらっと外道発言してんのよ。マレア、ぶった斬っていいからサンエルの馬鹿を止めなさい」

「カエが望むなら俺は誰だって斬るぞ」

「流石よマレア。やれ! 分からず屋の天族をぶった斬っちゃえ」

「だが断る」

「マレア!? こんな時にふざけなくて良いから」


 マレアに不必要な単語を教えすぎたかもと、今初めて後悔した。


「ふざけてないぜ。何でカエが大人しく捕まってるのかは知らないが、俺はカエが大好きだ。だからカエを魔族の元に何かいかせたくない。その為に必要なら命くらいやる」

「そんなもの要らないのよ! ……ああもう、いいわ。ビアン、あんたがその馬鹿二人を止めなさい。あんたなら出来るでしょう?」


 こうなればギルド一の常識人であるビアンに頼むしかないわ。しかしビアンは私と目が合うと不機嫌そうに目をそらした。え? 何なのよその反応は。


「あの、ビアンさん? 澄ました顔も素敵だけど、今はちょっとそれどころじゃないのよ。……ねえ? ちょっと? ……コラ! 何シカトしてるのよ。そんな場合じゃないって言っているでしょうが」

「あっ!? ちょっと、カエラ?」


 私は私を抱き締めていたニルの腕から飛び出すと、魔法陣の端の方まで行き、そこに蹴りを放つ。


 勿論そんな程度のことでは魔法陣が作り出す結界はびくともしない。ビアンはそんな私をチラリと横目で確認するとまたプイッと顔を背けた。


 もう、何なのよこの子? もしかしてはぶててんの? 黙っていたら分からないんですけど。まったく普段は口煩いくせにこう言うときは言葉が足りない奴ね。


 思わず眉間に皺が寄るが、そんな私にキリカが何故か得意気な様子で近づいてくる。


「ふふん。いくら吠えても檻の中のカエラなんて怖くありませんね」


 こ、こいつはこんな時にまで。


 普段と変わらぬノリを発揮するキリカに私もいつものように言い返そうとして、しかしそこで魔法陣が放つ輝きが増した。


 距離がある上にこれだけ巨大な魔力を操っているのだ。私を殺さない配慮がそのまま魔法の発動の遅延に繋がっている。だがそれもここまでのようだ。


 転移を発動させようとする魔法陣を前に、サンエルが即決する。


「三人とも転移が始まる。やるよ」

「「はい」」

「おう」

「ちょ、ちょっと。冗談よね? ねえ!?」


 魔法陣が隔つ空間へと拳を打ち込む。だが当然結界はびくともしない。キリカがそんな私を見て微笑んだ。


「カエラ」

「な、何?」


 よし、会話だ。少しでも会話をして馬鹿な行動を引き伸ばさなければ。


「囚われのお姫様なんて貴方らしくないんですよ。欲しいものがあれば筋肉(ちから)で勝ち取りなさい」

「あんた聖女でしょうが、そんなこと言って良いの?」

「勿論カエラが馬鹿なことをした後は私が説教をするんですけどね」

「なら死のうとしてるんじゃないわよ」


 死んだら二度と説教なんて出来ないのよ。その事分かっているのかしらこの筋肉女(ばか)は。


「ふふ。何かを信じると言うことは矛盾との戦いなのです」


 年の離れた友人の、筋肉女(かのじょ)らしくなく、それでいてとても聖女(かのじょ)らしいその笑みに思わず視界が滲んだ。だからこそ、その後続いたサンエルの言葉がまるで知らない誰かの言葉のように冷たく聞こえたのだ。


「お喋りはここまでだ。やるよ」

「「はい」」

「おう」

「やめ……」


 そして四人は魔力を放出する。魔力は世界に張り巡らされた魔法(システム)と結び付き、魔法(システム)は魔力によるコマンドを待つ。


 そうして四人は入力する。破滅へと続くその言葉を。

 

「姿無き神々にこの身を捧げる」


 途端、魔力を可視化した私の視界の中で魔法(システム)が四人をガシリと捉えた。


 犠牲魔法の主言語『姿無き神々』。本当に、本当に唱えるなんて。


「なんて、馬鹿なことを」


 四人の体にあまりにも巨大な魔力が流入していくのが分かる。あんな勢いで魔力が流れ込み続けたら、絶対に体が持たない。


「例え我が命儚くとも、例えこの身砕けようとも、抱いた志に一片の迷いなし。去り行く我らに栄光を。残る貴方に祝福を。今こそーー」


 なのに詠唱が続く。その度に四人の体が崩壊に向けて加速する。

 

 死ぬ。死ぬ。死ぬ。このままではマレアがビアンがキリカがサンエルが、これ以上無いほど完璧に死んでしまう。


「だ、駄目よ」


 身近な者の死なんて慣れている。そんな考えはまったく出てこなかった。ただ死んでほしくない。その気持ちだけがあった。


「駄目ぇええええ!!」


 そして全ては光に包まれた。




「どうだ? 小僧」


 エルディオンの問いに儂は思わず顔をしかめた。


「……見ての通りだ」

「り、リバークロス様。それにエルディオン様にハラリアアリア様。アナパルナ様とシャ、シャールエルナール様まで?」


 周囲を見回したニルニアンスが左右で色の違う瞳を大きく見開く。まぁ転移で戻ってきてみれば、魔王軍の最高幹部に囲まれていれば驚きもするじゃろうて。 


「落ち着け、ニルニアンス」

「ハッ。申し訳ありませんでした」


 エルディオンの言葉にハッとしたニルニアンスが慌てて跪く。見たところ心身共に無事なようじゃな。一先ず強制転移は無事成功。じゃがそこには肝心な者の姿がなかった。


 儂は溜息をつきたい気持ちをグッと堪えて、ニルニアンスへと言葉を投げかける。


「大体のことは一応分かっているが、詳細を報告してくれ」

「ハッ。畏まりました」


 全ては順調なはずじゃった。天領第四等区中ノ国の地下にある最重要施設。その施設の床に埋め込まれた巨大な魔力石。外に出ているだけでも五十メートル近くあるその地脈点からエネルギーを吸い上げる巨大な魔法具を応用することで、ニルニアンスが地脈に向けて放ったポイント目掛けて空間転移の魔術を発動させることに成功した。


「その天族と人間達の犠牲魔法が小僧の魔法を妨害したのか? 小僧の力を見た後だとにわかには信じられんな」


 ニルニアンスの報告を聞いたエルディオンが白い髭を撫でながら呟いた。


 儂の魔法を妨害したのはその四人ではない。しかし儂はあえてその事を口にしなかった。これ以上余計な関心があやつに向かうのを止めたかったからじゃ。


「完全に防がれた訳じゃない。勇者は恐らくこの中ノ国と後ノ国との中間辺りに転移したはずだ。直ぐに向かうぞ」


 マイブラザーからの報告ではついに天将達が動いたらしい。現在様々な部隊が足止めをしておるそうじゃが、部隊を率いた天将が相手ではそんなに時間は稼げんじゃろう。だからこそ急がねばならん。天将と出くわし捕獲の余裕がなくなれば命令は抹殺に切り替わる。その前に何としてもカエラを捕らえねば。


 行動を促す儂の言葉に魔将がそれぞれ頷いた。


「了解であります」

「ふむ。簡単にはいかんか」

「私としてはとても良いものを見た。濡れたぞ。流石は『魔王の後継者』と呼ばれるだけはある。どうだイケメン。出陣の前に少し儂と楽しまんか?」


 瞬間、ハラリアアリアの首目掛けてシャールエルナールが風を纏った手刀を放った。ハラリアアリアはそれをギリギリで避けたが、回避してなければ首が飛んでいたじゃろう。それは一切の容赦がない、処刑刀のような一撃じゃった。


「危ない。危ない。何をする……というのはお主相手には愚問か」

「今は零指令の発令中。つまらないことで魔王様の命令を蔑ろにする気なら、反逆者としてここで始末するであります」

「分かっている。ちょっとした冗談ではないか」

「次はないであります。誰であろうが我が魔王に仇なす者に死を」

「怖い。怖い。昔とベクトルが変わってもやはりお主は怖い女のままだな。まぁしかし、私としてはご主人様に尻尾を振るお主よりは怖い方のお主が好きだがな」

「減らず口を。……死ぬか? 売女」


 シャールエルナールの黒色の瞳が一瞬で紫色に変わり、腰にまで届く黒髪が巨大な魔力の律動に蛇のように蠢き始める。


 ハラリアアリアが兇悪な笑みを浮かべた。


「お主にやれるか? 『殲滅』」

「二魔ともやめい!」


 エルディオンが仲裁に入るが二人は中々矛を収めようとはしない。儂はそんな魔将達を意識から外すと魔法の反動で真っ黒に焼け焦げ、煙を上げる右腕に視線を落とした。


(何? いまの。……凄い。凄い。アハ、アハハ。凄い、凄いよ。リバークロスの弟子は凄い!)


 先程からずっと、アクエロが儂の中で新しい玩具を見つけた子供のようにはしゃいでおる。無理もない。儂の魔法は完全にカエラを捕らえたはずだった。あそこまでいったら例えルシファが現れてもカエラを拐える自信があったんじゃが、それを何とカエラの奴は内側から儂が構成した術式に介入し、妨害して見せたのじゃ。


 力ではない。超越者級で更に地脈のエネルギーを応用した状態の儂に力勝負をして勝てる者は恐らくじゃがおらん。例えエイナリンが相手でも力負けしない自信があった。


 しかしカエラは儂の魔力パターンと同期することで、まるでenterキーを押すかのような労力で儂の構成した転位魔法を改ざん、その後妙な術式を発生させたのが謎じゃったんじゃが、ニルニアンスの話を聞いて納得した。


 恐らくカエラは犠牲魔法の主言語を唱えた仲間を救うために魔法(システム)にハッキングをしかけた。そして本来カエラの仲間達が唱えた魔法を自分のものとして横取りし、更にキャンセルにかかる膨大な魔力を儂の魔力から補いおった。


 まったくもって信じられん真似をする。距離があった分、確かに魔力の波長は伸びて介入され易くはなっておった。じゃが構成された魔術に割り込み、更に改ざんするというのはそんな簡単なことではない。簡単なことではないが、それが出来るからこその『天才』。そして何よりも問題なのはーー


「…………俺の手を払うか、レイチェル」


 今回の一件であやつは『色狂い』がマイスター・クラウリーであると確信したはずじゃ。あの転移魔法の構成にはわざわざ現代で多用していた術の組み方を用いたのじゃから、あやつなら絶対に儂の魔術だと理解したはず。その上でこの行動。


 つまりこれは最早自分はレイチェル・クラウリーではなくカエラ・イースターであるというあやつからの意思表示なのじゃろうか?


 ーー貴方はだあーれ?


 思い出すのは何もかもが焼け落ち、生者と死者が入り交じる戦場。そこで物言わぬ骸に抱きかかえられていた幼子が、年齢にそぐわない理知的な瞳で儂を見上げていた。


 放っておけば死んでいたであろうその子供を拾い、魔術師として育ててみたのは気まぐれだったのか、必然だったのか、それは今となっても分からん。


 ただ子供には才能があった。あらゆるモノを吸収する乾いた砂のような、あるいはどこまでも飛べそうな巨大な翼を思わす、それほどの才覚(もの)が。


 やがて子供は成長し、儂の右腕となった。その過程で選択を迫られることもあった。様々なものを秤にかけ、あやつは常に儂と居ることを望み続けた。それは自分が生まれた世界と比べても変わらなかった。


 マイスター・クラウリーの最高傑作。あやつの世界は儂で出来ておる。出来ておる……はずじゃった。


 儂は焼け焦げた手を握りしめる。いかに超越者級と呼ばれる力をもってしても地脈を手足のように操るのは用意なことではない。回復にはそれなりの時間が掛かるじゃろうな。


 シャールエルナールとハラリアアリアを宥めることに成功したエルディオンがこちらにやって来る。


「小僧。怪我の具合は?」

「問題ない。それよりもここからは時間との勝負だ。今から勇者の出現予想値点を中心にこちらの兵を円上に転移させる。だが天将との戦闘を視野にいれて無駄な魔力の消費は押さえたい。一先ず俺を入れた三百程を転移で、残りはお前が直接連れて来い」


 普通ならいくら大体の場所が分かっているからと言っても、三百人で広大な自然の中から人一人を見つけるのは容易なことではない。じゃがその三百人が上級魔族なら話は別じゃ。カエラを見つけ出すのにそれほど時間は掛からんじゃろう。……あやつが本気で隠れでもしない限りは。


「坊主が後続の方が良いのではないか? その腕と良い、先程の地脈操作。相当消耗したろ?」

「問題ない。それよりも是非とも勇者に会いたくなった」


 儂の言葉にエルディオンは思わず顔をしかめた。


「今回はいつもとは違う。相手は零指令のターゲットだ。くれぐれも馬鹿な事を考えるなよ」

「分かっている。ただ会いたくなっただけだ」


 そう、会って確かめねばなるまい。レイチェル・クラウリーではない、カエラ・イースターが望む世界(モノ)を。それ次第ではーー


「当然私はイケメンに付いて行くぞ。そもそも待っているのは性に合わん」

「自分もであります。魔王様からの零指令。必ずや果たさねば」


 ハラリアアリア、そしてシャールエルナールがそう言うであろうことは分かっておった。儂としては出来ればこの二人には動いて欲しくはないんじゃが、零指令が発動している以上、いつものノリで余計なことは言えん。


 魔将同士のやり取りに一人我関せずを貫いていたアナラパルがそこで自身を指さした。


「狩りなら任せときな。私も坊やと行くよ」


 カエラを狩られるのは困るんじゃが、確かにアナラパルはサバイバルとか狩猟とかが上手そうじゃな。余計な遊びや残虐性を発揮しそうになく、何気に今回の面子の中ではエルディオンに続いて頼りになりそうじゃ。


 何はともあれ、これで儂を入れて魔将が四人。後は上級魔族の中でも上位に位置する者達をつれて行けば、天将が出てこない限り戦力は十分じゃろう。


「リバークロス様。私もお連れください」


 儂の足元までやって来るとニルニアンスが床に額をくっ付けんばかりに頭を下げる。うーむ。ここでその頭をグイッと押すと、あの額の角は床に刺さるんじゃろうか? 


 儂は、押すなよ? 絶対に押すなよ。と繰り返す(アクエロ)の声を無視しながら、エルディオンに視線を向けた。


「エルディオン。スパイが終わった後のニルニアンスの所属はどうなる?」

「儂の所に戻ってくる予定だ」

「俺が貰っても良いか?」


 以前に話した時も思うたが、ニルニアンスはカエラに執着しておる。詳しくは聞いておらんが、どうせまたカエラの悪い癖が出たんじゃろうな。まったく、どうしてあんな女好きになったんじゃろうか?


 どこで育て方を間違えたのか。何度考えても答えの出ないその問いに思いを馳せておると、エルディオンがつまらなさそうに言った。


「……ふん。ニルニアンスが良いと言うのなら好きにせい」


 どうしてそこでサイエニアスの顔を見るんじゃお養父さん。そんなんじゃないからの? 捕まえた後で儂以外にカエラの面倒を任せられる者を確保したいだけじゃからな。


(私がいるのに)


 昔勝手に男の大事なアレをアレした女が儂の中で何か言っておるが、当然無視した。


 儂はニルニアンスに問いかける。


「来るか?」

「はい。よろしくお願いします」

「いいだろう。サイエニアス、面倒をみてやれ」

「畏まりました」


 サイエニアスが頭を下げ、ウサミン達が「ふふ。新入り来たわね」とか何とか言って喜んでおるが、まぁいいじゃろう。


「よし。全員これからの行動は理解したな? シャールエルナール達は選りすぐりの兵を集めろ。三十分以内に跳ぶぞ。エルディオンはまずこの中ノ国を完全に落とせ。ここを奪い返されたら転移が使えなくなるからな」


 現在中ノ国の兵力の八割以上を削ったとはいえ、まだ中ノ国を完全に落としたわけではない。散発的な抵抗が局所で起こっていた。


 零指令が出ている以上この国の制圧よりもカエラの捕獲を優先するが、天将が出てきた場合退路を確保しておかんと色々と拙いじゃろうからな。


 脳裏に浮かぶのは銀の槍を持った男の姿。ルシファ。出来れば会いたくないが、マイマザーの予知もある。あまり楽観しない方がいいじゃろうな。


「任せておけ。すぐにお主らの後を追う」


 本来ならシャールエルナールが命令を出すところなのじゃが、儂の指示にエルディオンを初め、他の魔将達も特に反論して来なかった。


「よし。行動を開始しろ」


 さあ、我が弟子よ。再開の時は近いぞ。


 儂は魔将を引き連れその場を後にしながらも、再会したらまず初めに何を話そうか? そんなことを考えるのじゃった。 


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