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守護天使として思うこと

 まったくもって信じられない。僕は半ば呆れたような気持ちになりつつも、自分が守護すべき愛しい子へと話しかけた。


「おーい。カエ。大丈夫かい?」


 巨大なドラゴンが切り刻まれ、地面に巨大な血溜まりを作っている。それを顔色一つ変えずに踏みつけて、黒銀の瞳がこちらを向いた。天族ぼくたちの目から見ても生物とは思えない美貌。昔から綺麗な子だったが、ここ最近はますますその美しさに磨きが掛かっている気がする。


「サンエル。見ての通りよ。なんの問題もないわ」


 カエラはそう言って邪気を払うかのように剣を一振りしたのち、ゆっくりとそれを鞘に納める。その刀身には元々一滴の血もついてはおらず、刃が纏っていた魔力の強さと、振るわれた速度の凄まじさを物語っていた。


「問題ないって、そうですか」


 勇者といえどもドラゴンを単独で倒せた者は、三種族が生まれてから今日こんにちまでの歴史を紐解いてみても五人といないだろう。


 そんな偉業を成し遂げておきながらもカエラの表情には特にそれを誇る気配はなく、周囲の戦況を確認すると一つ頷いた。


「他も……終わったようね」

「カエラ達のお陰だよ」


 ドラゴンを単独で倒せる勇者(にんげん)。それを目撃した戦士達の士気は凄まじく、援軍に駆けつけた兵達と共にあっという間に魔物の群れを殲滅してみせた。今は死体の処理や負傷者の治療を多くの者が率先して行っている。


「この短期間でそこまで成長するなんて、本当に時系統のスキルを取得してるんだね」


 カエラが短期間でドラゴンを討伐するほどの力を獲得する為に行ったのは、あまりにも無謀な肉体改造だった。


 当初、僕は守護天使としてその行為を止めようとした。そもそも肉体を改造する場合には必ず安定期という経過を見守る時間を取る必要があるのだが、あの獣人と遭遇してからカエラは取り憑かれたかのように己の体を弄り続けた。それこそまさに寝る間も惜しんでだ。


 このままではとてもカエラの体が持たない。そう心配し、力尽くでも止めようとする僕になんとカエラは時間を操るスキルを獲得したので平気だと言い放ったのだ。


 カエラが獲得した時系統のスキルは二つ、加速と遅延だ。カエラはその内の一つ加速を使い、己の体の時間を早めて短期間の内に幾つもの手術を可能としたのだ。


 その結果がドラゴンの討伐。ドラゴン自体は特別強くもなく弱くもない平均的な個体だったが、それでも天族(ぼくたち)でも手を焼く魔物を人間が一人で倒してのけたのだ。それを目撃したこの場の三種族こどもたちが沸き立つのも無理はない話だろう。


 皆から賞賛の瞳で見られているカエラが誇らしいような、でも無理はして欲しくないような、そんな気持ちが僕の中でせめぎ合う。そんな僕の視線をどう受け取ったのか、カエラはどこか不満そうに目を細めた。


「何よ、信じてなかったの?」

「そういう訳じゃないんだけどね」


 カエラは偶に訳の分からないことを言うが、スキルなど生存に直結するようなことで詰まらない嘘を言ったりはしない。


 ただ時間を操るスキルはそれだけで最上に位置するスキルだ。勇者としての力を全てそのスキルだけに注ぎ込んだのならまだしも、カエラは錬金系統を初めとした幾つものスキルを既に習得している。その上で最上位に位置するスキルを獲得して平然としているのだから驚かないわけがなかった。


「本当に凄いキャパシティだよね。カエラ、もう十を越えるスキルを持ってたよね? それで時系統のスキルまで獲得するなんて前代未聞だよ」

「なんか相性が良かったみたいよ。他のスキルを習得するよりすんなり出来たわ」

「そ、そうなんだ」


 相性。確かにそれは重要な要素だ。体を動かすのが好きな者はやはり肉体強化のスキルを得ている場合が多く、物作りが好きな者は錬金系統のスキルを保有している場合が非常に多い。だが、ならば時と相性の良い人間とはどういった人間だろうか? そもそも時系統のスキル保有者は天族ぼくたちや魔族の中にも殆ど居ない。それなのに短命な人間の中に何て……。本当にこの子には驚かされてばかりだ。


「天才、か」


 三種族、とりわけ人間はこの言葉が好きだ。だからカエラがそう呼ばれてても僕はあまり本気にしたことはなかった。精々が少し才能のある子だな程度の認識だったし、その程度の子はこの数百年のうちに何十人と見てきた。やがて小型戦術級魔法具などといった天族でもまだ開発していないような兵器を作るなど、その開発力にこれは確かに賢いなと思うようになり、幾つかの困難に遭遇し、その度に成長(いや、もはや進化と言っても良い気がする)していく姿を見守った今では僕もすっかりと信じるようになった。


 カエラ・イースターは紛れもない『天才』であると。


 その天才が難しい顔をして聞いてくる。


「ねえ、サンエル。私の力、あの獣人達と比べてどう?」

「え? ……正直に言って良い?」

「どうぞ、どうぞ」


 なんか妙に低姿勢で言葉を促してくる。平気で僕を呼び捨てにするくせに、たまに変に腰が低かったり。本当によく分からない子だ。


「それじゃあ言うけど、まだ及ばないと思うよ。あの獣人達は魔族の中でもかなり上位に位置する精鋭中の精鋭。カエラの力は人として破格の域にあるけど、大体その力は上級の中位を倒せるかどうかといったところだと思う。あの獣人達には及ばないだろうね」


 前回遭遇した獣人達は僕でも倒せるかどうか分からない、それほどの強者だった。気になって調べてみたらあのイヌ耳の獣人『天族斬りの狂犬』で天軍の危険者リストのそこそこ上位に登録されている名うての暗殺者だった。


 小競り合いはあったものの、事実上の休戦状態だったこの百年の間に殆どその名を聞かなくなっていたし、僕も見たことはなかったのだが、もしも暗殺が目的だったならと思うとゾッとする。


 カエラ達との遭遇は偶然だったみたいだけど、何故か向こうもカエラに用があったらしい。それを知った僕は居ても立ってもいられず、戦力アップのためにダメ元で使徒化を試みたのだが、そしたらまさか三人もの使徒が出来ちゃって自分でもビックリだ。


 僕の評価を聞いたカエラは難しい顔で何やら考え出した。


「そう、やっぱりまだ工夫が必要ね」


 本来は工夫なんて些細なものでどうにかなる問題ではないのだが、この子だと本当にどうにかしてしまいそうだなと思う。それにしてもーー


「やけにあの獣人に拘るね?」


 カエラは確かに時に妙な面倒くささを発揮するところがあるが、基本的にはかなりドライな性格をしていて、仲間とか一部の例外を除いてあっさりと物事を割りきるところがある。それが如何に今までカエラが出合った中で最強の敵だったとはいえ、妙に意識し過ぎている気がする。


「普段のカエラなら一人で勝つのは無理だからって他の方法を考えてない?」


 カエラは人間の中では最強クラス(というか多分最強だと思う)の強さを誇るのにあまり自身の強さを誇示することがない。その事を指摘すると、まるでその地位は別の誰かのモノだとばかりにカエラらしくもない謙遜をするのだ。


 そんなカエラだからこそ単独で敵わない相手がいれば無理に一人で挑もうとはせずに、別の手段を用いそうなものだし、事実今まではそうしてた。


 僕の質問にカエラはどこか遠くを見つめるかのような眼差しをする。そうして言うのだーー


「ふっ。愛ゆえに、よ。」

「………ソウナンダ」


 カエラはたまに言葉が通じない。こう言う時はそっとしておくに限る。


「あっ、じゃあ僕は友達を見つけたから挨拶してくるよ。周囲にもう魔物の気配はないから大丈夫だと思うけど、変なものには近づかない、触らない。どうしてもそうしたい場合は僕に一声かける。いいね?」

「私、子供じゃないわよ?」


 天族(ぼくたち)にとっては三種族の皆は子供のようなものなんだけどね。


 何だか背伸びをする幼子を見たかのような微笑ましい気持ちになりながら、僕はカエラに手を振った。


「それじゃあ、また後で」

「I love you」


 何かよく分からない言葉を返された。やれやれ。僕が守護する勇者は飛びっきりの天才で、そして変人だね。




 せっかく率直な愛情表現をしてあげたのに、なんか失礼なことを考えられてる気がする。


 サンエルが友達(恐らくはボスノさんのところの守護天使のことだろう)に会いに行くその後ろ姿を見送りながら、私は何がいけなかったのだろうかと一人首を捻った。


 私としてはそろそろサンエルとのフラグが立って良い頃合いと思っての言葉だったのだが、まだ時期尚早だったかしら? どうも天族は三種族を子供としてしか見てないような気がするのよね。loveにはならなず、どこまでもlikeでしかない。みたいな感じだ。


「……まあ、いいわ。成果としてはまずまずだったしね」


 私の肉体は上級天族であるサンエルの細胞と華麗な融合を果たし、その機能を使徒のように飛躍的に高めることに成功した。言葉にすれば簡単だが、これには本当に苦労させられた。


 なにせサンエルの細胞をただ埋め込めば良いというわけではなく、体に取り込んだサンエルの細胞が上手いこと私の肉体の一部になるように持っていかなければならず、その為に万にもおよぶ試行錯誤を繰り返したのだが、そのお陰で時系統のスキルが上手く操れるようになったのは嬉しい誤算だった。


 今の私なら大抵の魔族には勝てる自信がある。だがーー


「やっぱりまだ及ばないか」


 まったく流石はマイスターだわ。とんでもない女を侍らせてるわね。しかもあの女が現在のマイスターの女の中で一番強いとは決まってないんだから、本当に恐れ入る。一体どれだけ私を振り回せば満足してくれるのかしら? 本当に仕方のない人だ。


 ため息をつきながらも、私は口角が自然とつり上がるのを止められなかった。


 確かにマイスターにはいつも振り回されるけど、それがいいの。それが楽しいの。何故なら私は尽くす女だから。


 勿論ただ尽くすだけじゃないわ。魔術師としてキチンと対価を頂くつもりだ。


 弟子という立場を利用してマイスターの横でマイスターに尽くして尽くして尽くしまくっていれば、マイスターの性格からして絶対にそのうち情に流される。


 一度肉体関係を持てば娘みたいだからとか、そんな世迷い言はもう言えまい。ついでに行為の最中にマイスターの体液でも手に入れることができれば人工的に妊娠する手段などいくらでもある。既成事実と子供で雁字搦めに縛り上げて、マイスターと素敵な家庭を築いてみせるわ。


 もしかしたら最初はマイスターも死んだ魚のような目をするかも知れないが、マイスターのことだからすぐに状況を受け入れて勝手に人生を楽しみ出すはず。


 そして逢瀬を重ねるごとに二人の愛は本物へと昇華して、やがて永遠のーー


「お怪我はありませんか?」

「きゃあああ!?」


 妄想の中でマイスターに、あんなことやこんなことをされてると、まさかの声に私は思わず悲鳴を上げた。


 やだ、久しぶりにマジでビビったわ。


 振り返るとそこには想像通りの人物が居た。


「あ、えーと、その、きょ、教会の…」


 この人の穏行は本当に凄いわね。さすがは……さすがは……何て呼ぼうかしら?


「お好きにお呼びください」


 私の考えを呼んだかのように教会の暗部を務める実行部隊の一人として影に生きる彼女は言った。影の人にそんなこと言われると悪戯心を起こしてしまいそうだが、私の予想通りだった場合、影の人とどう接して良いか分からなくなりそうなので、そこは触れないことにしておく。


「それじゃあ影さんで。影さんずっと見かけなかったけど、どこに居たの?」


 ギルドからずっとついて来ていたはずだが魔道車の中でもまったく姿を見なかったし、まさか帰ったのではないだろうかと考え始めていたところだ。


 影さんは私の疑問に表情一つ変えずに(というか仮面のせいで分からない)答えた。


「秘密です」

「あら、それは残念ね。それで影さん、私に何か用事があるんでしょ?」


 私としてはそんなものなくとも何時でも会いに来てもらって良いのだが、影さんの性格からしてそんなことはしないのだろうなと、何となく思った。


「ここの総代将が呼んでますよ。後で良いので来てくれと」

「分かったわ。一通り見て回ったら行くわね」

「そうしてください。では私はこれで」

「あっ、待って」


 反射的に呼び止める。影さんは足を止めて振り返ってくれたが、やはり黒い仮面のせいで感情が酷く読みにくい。一体何を考えているのだろうか?


 ええいままよ! 私はおっかなびっくり聞いてみた。 


「そ、その、後でお茶でもどう?」

「……後で良いのなら」


 まさかの返答に思わず目を見開く。ヤバイ。自分でも驚くけど、かなり嬉しいかも。


「う、うん。じゃあ。あの、待ってるから」

「はい。ではまた後で、勇者様」


 そうして私は影さんが音もなく去るのをボーと見送った。


「どうした団長。妙に呆けた顔をして」


 何故か気配を消して近付いて来たのはギルド一の筋肉を誇るハンマナさん。


「な、何でもないわ。それよりハンマナさん。単独行動は禁止したはずだけど?」


 何でみんな突然現れようとするのかしら? 驚かされて怒るような年でもないけど、正直いい気はしない。私は驚かされるよりも驚かしたい派なのだ。


 そんなことを考える私の顔に何を見たのか、ハンマナさんが一度ペコリと頭を下げた。


「悪い。だがオカリナを探してるんだ」

「オカリナ? オカリナがどうかしたの?」

「少しはぐれてしまった」

「私があげた魔法具があるでしょ?」


 『ヴァアルキー』の団員達にはかなり高性能な通信用の魔法具を渡している。現在長距離の念話は変わらず妨害され続けているが短距離なら問題なく機能するはずだ。もしも機能してないのならそれはーー


「ああ。だから団長を目印に集合しようという話になった」

「何故に私? まあいいけどね」


 一瞬最悪のケースを想定しかけていた分、ハンマナさんの言葉に気の抜ける思いがした。確かに周囲を見回せば多くの兵士達でごった返しになっており、誰が何処にいるのか把握するのは中々に難しい。


 私を目印にしたのはたまたま両方が居場所を把握していたからなのか。何にせよ少しの間移動するわけには行かなくなったわね。


「それじゃあ、オカリナが来るのを待ちましょうか」

「ああ。そうしよう」


 そうしてオカリナを待つ間ハンマナさんとお喋りをしていると、やがて見慣れた緑頭が近付いて来るのを発見した。


「あっ、来たわよハンマナさん」

「ん? ……オカリナ。心配したぞ」

「は、ハンマナさん。すみませんでした」


 オカリナはやってくるなりハンマナさんに向けて頭を勢いよく下げた。それを見ながら私は、勝手に目印にされたせいでこの場から動けなかった私に謝罪はないのかしら? なんて思ったりする。


 ハンマナさんは頭を下げたオカリナに対して、静かに首を振った。


「いや、オカリナが無事で良かった」

「オカリナ、その肩のは?」


 オカリナの肩には鳥型の式神魔法が乗っていた。普段あまり見ない形だが、偵察や連絡にたまにオカリナが使っていたような気もする。……何で今そんな魔法を使っているのかしら?


「ああ、私の式です。他に魔物がいないか探索に出してるんですよ」


 あら、立派。確かに見張りがいるにも関わらずここまで魔物の接近を許したのだから、周囲を警戒しておくのも必要だろう。


「疲れて肝心な時に戦えないと困るから程ほどにしておきなさいよ。それからその式のデザイン、変えられない?」


 オカリナの肩に乗っている式神は先程ハイゴブリン達を運んで来た鷹の魔物に結構似ていた。そのせいかオカリナとすれ違う兵隊さん達がかなりの割合で振り返る。いや、オカリナが美人ってのもあるんでしょうけど、エルフならここにもそれなりに居るし、やっぱり肩のそれが原因よね。


 オカリナもようやくそのことに気がついたのか、慌てたように式を消した。


「す、スミマセン。後で少しデザインを変更しておきます」

「そうして頂戴。じゃあ皆を集めたら戻るわよ」

「了解です。団長」

「了解した」


 そうしてオカリナとハンマナさんを引き連れて、私はキリカを中心に負傷者の治療に当たっていた皆と合流した。


「あっ、カエラ良いところに来ました。さぁ負傷者の治療を手伝いなさい」

「げっ」


 こんな風にして私達『ヴァルキリー』における天領第四等区後ノ国『ヨンヨーク』での初日が幕を下ろしたのだった。


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