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本物の天才

「気をつけろ。ハイウルフの数が多いぞ!」


 カエラさんと別れた後、私は当初に決めた予定通りに見張りを行うべく、城壁の上に居た。そしてそこで先程あったカエラさんの姿を意図せずに思い浮かべていると、突然けたたましい警鐘の音が鳴り響いたのだ。


 見れば数にして五百程の狼型の魔物が群れをなしてやって来る所だった。こんな近くまで接近されるまで気付かないとは、こちらが張った警戒網を上手くすり抜けたのか、あるいは既に警戒網それ自体が無力化されているのか、どちらにせよ目の前の獣に行えるものではない。


 私は空間から武器(やり)を取り出すと、誰よりも早く獣の群れに飛び込みながら、やはり魔族も我々三種族の動きを警戒しているのだと確信した。今回のこの襲撃は恐らく魔物を送り込むことでこちらを牽制し、少しでもララパルナ王国への出兵を送らせることが狙いなのだろう。


「っく、やはり強いな」


 襲いかかってくるローウルフ達を槍の一振りで蹴散らせば、その隙をついて襲いかかってくるのは五メートル近い巨体の、尾が三つあることを除けば、やはり狼によく似た魔物。ローウルフと呼ばれる下級の魔物がその辺の野犬に毛が生えた程度の知能しか持たないのに対して、このハイウルフは成長していけば人語を理解するほどに賢くなり、ギルドに討伐を依頼すればその難易度は最低でもAランクとなる。


 そんな相手が群れをなして襲いかかってきているのだ、いかに私といえども気を脱げば直ぐにお陀仏だろう。


 私はハイウルフに渾身の一撃を浴びせながら、戦場を見回した。


「く、くそ。やめろ! は、はなれ、がぁあ!?」

「隊列を乱すな。止せ! その程度の魔法ではハイウルフは傷もつかん」


 私と一緒に迎撃に出た者達は、皆浮き足立っていた。無理もない。基本的に三種族が相手にするのは下級魔族や魔物が主で、ごく一部の実力者が中級の下位。それ以上となると私のような勇者か、あるいは超がつく一流の実力者でなければ単独での勝利はまず不可能だ。ローウルフはともかくとしてハイウフルはここの兵達が敵う相手ではない。


「ボスノ。私がハイウルフ共を狩る。お前は皆を守ってやれ」


 右手に長剣を、左手に短剣を持ったエルメス様が何処からともなくその姿をお見せになると、周囲に群がる魔物を一掃しながらそう仰られた。


 それに私は慌てて言葉を返した。


「お待ちくださいエルメス様。どうかここは我々にお任せを」


 愚者の発言とも取られかねない私の言葉にエルメス様は怪訝そうな顔で振り向かれた。私とて本来なら最も犠牲が出ない方法を最優先で選んだだろう。そしてエルメス様に攻撃を任せ、私達はひたすら身を守ることに専念するのが、この場における最も犠牲者の少ない戦い方と言うのも分かっている。


 しかし、しかしだ。それではダメなのだ。今回私達は天族様方に守られに行くのではない。自分達の同種なかまを、そして自分達の土地(くに)を守りに行くのだ。


 確かにハイウルフの群れは強力だ。しかしその実力は精々が中級の下位。見たところ圧倒的な進化を果たした個体はおらず、これに勝てないようであればどのみち私達に先はない。


 私は声を張り上げると共に、思念を響かせた。


「対上位者部隊。準備はまだか!?」

「ボスノ様。対上位者、銃隊準備完了です」


 待ちに待ったその思念ことば。私はすぐに命じた。


 「よし、撃て」


 城壁の上で成人男性の胴体程もある銃口が火を吹いた。その巨大な銃を支える台座の少し後ろには十人ほどの兵士達が魔法陣の上で魔力を放出し、小型戦術級魔法具である銃へと魔力を供給していた。


 そうして放たれた弾丸は豪雨となって降り注ぎ、ローウルフを原型も留めぬほど粉々に吹き飛ばすのみならず、ハイウルフの毛皮に守られた強靭な体を容易く貫いてみせた。無論銃は一丁ではない。現在城壁の上に出ている小型戦術級魔法具の数は二十。それだけの数の魔法具(ガトリング)が毎秒四百発の勢いで火を吹くのだ。


 さすがのハイウルフもこれには成す術なく、最後の抵抗とばかりにひとしきり暴れたら、やがて力尽きて倒れた。


 それは完璧だった。中級クラスの魔物の討伐において一般の兵士がこれ以上は望めないほどの完璧な勝利。


「うおおお!」


 それを見た兵士達が戦闘の最中であるにも関わらず喝采を上げる。私も思わず拳を握りしめた。いける。いけるぞ。やはり例え一人一人の力は弱くとも、その力を束ねることで私達三種族は魔族に勝つことが出来るのだ。


 何よりも人類最強の軍事国家アルバトライア帝国はこの日のためにありとあらゆる天才達を招き、どうすれば三種族が魔族に打ち勝てるかを考え続けてきたのだ。


 無論考えると言っても魔族のような強靭な生物を相手に都合のいい攻略法などあろうはずもなく、結局は非力な私達が勝つために必要なのは『武器』であるという結論に至り、その開発に三種族は注力し続けてきた。


 中級以上の魔族を確実に屠れる武器の開発。口で言うのは簡単だが、そのあまりにも困難な命題に多くの天才達が破れて去っていった。問題は出力だ。中級クラスの魔族になると大した魔力エネルギーが籠もっていない攻撃では、例えダメージを与えても簡単に自己修復してしまう。しかし巨大なエネルギーを発生させるSクラスに分類される魔法具はどれも使い手を選ぶ。どんなに使い手や作り手が頑張ろうとも、ごく少数の選ばれた者のみに扱える武器では三種族が魔族に勝つための決定打にはなり得ないのだ。


 必要なのは誰でも扱えて、かつ中級以上の魔族を倒せるだけの魔力(いりょく)を持った兵器。


 その無理難題を解決するべく、注目されたのが戦術級魔法具だった。


 戦術級魔法具は必要な魔力さえ込めれば誰にでも扱え、かつ中級クラスにも通じる。問題があるとすれば使用に百人規模の人数を必要とする上にその巨大さから運用が酷く困難な点だろう。だが逆を言えばこの二つをクリアすることさえ出来たのなら、三種族は魔族に対抗するための『牙』を手にいれたことになる。


 つまり求められるのは戦術級魔法具の小型化だ。


 ある程度自由に持ち運びが出来て、かつ数十人、あるいは数人で使用することの出来る戦術級魔法具。これさえあれば三種族も魔族に対抗できる。この結論に三種族がいたって五十年以上。軍事国家アルバトライアを始め、あらゆる国家が湯水のように戦術級魔法具の小型化に資金をつぎ込み、更には小型戦術級魔法具開発のために錬金系統のスキルを持つ者を国を上げて支援するなどの政策も行われた。多くの国家が一丸となって戦術級魔法具の小型化に挑戦したのだ。


 しかし、届かない。後一歩の所まで来て、どうしてもそこから先へ進めない。


 無論それだけの資金や人材を投入しのだから成果と言って良いものも多く出るには出た。


 例えば小型化には成功したものの、その威力は戦術級とまでは言えない、極めて強力なSクラスの魔法具とか。あるいは逆に出力は今までの戦術級魔法具を遥かに凌ぐが、同時に大きさまでも従来の物を大きく凌いでしまった、強力だがごく普通の戦術級魔法具などだ。


 小型化と威力。どちらか一つならクリアできる問題が、二つ揃うと困難を極め、決して交わらない水と油のように反発し合うそれらを共同させることは誰にもできなかった。


 戦術級魔法具の小型化はしょせん夢でしかないのか。誰もがそう諦めかけたときだった。一人の本物の『天才』が現れたのは。


 天才。そう、戦術級魔法具の小型化に駆り出されたのは皆天才だったはずだ。その分野において比肩するものなし。そう讃えられた誰も彼も彼女ーーカエラさんと会って気付かされる。天才とは彼女の為にある言葉で、自分達は精々良いところ秀才どまりでしかなかったのだと。


 カエラさんは教会を通して戦術級魔法具の小型化を依頼され、それを引き受けた。そして信じられないことに数多くの秀才(てんさい)達が五十年以上かけてできなかったことをたった三年で成し遂げてみせたのだ。


 これには世界中が驚いた。カエラさんの話では元々あと一歩のところまで研究が進んでいたからこその成果だとはいうが、そのたった一歩こそ、凡人とそうでない者を分けるのではないかと私は考える。


 そうして戦術級魔法具の小型化は成功し、今私の目の前でその威力を思う存分発揮している。


 その成果は完璧というしかないだろう。なにせたった十人の平気的な実力の兵士達の力でああも見事にハイウルフを倒してのけたのだ。この意味は大きい。なにせ今までは優れた一部の冒険者か軍隊にでも頼むしかなかったハイウルフの討伐が、この魔法具さえあれば一般の兵士が十人いれば事足りるようになるのだから。


 長年の苦労が報われ、新たな可能性(みち)が私達の眼前にどこまでも広がっているのを実感した。私は襲いかかってきたローウルフを槍で串刺しにしながら清々しい気持ちで空を見上げる。


 直後、まるでそんな気分に水を指すかのように慌ただしい思念(こえ)が響き渡った。


「増援。敵の増援だ」


 上を見れば巨大な鷲の魔物。その魔物は足で何かを掴んでいた。いや、何かではない。あれはーー


「あれは……ハイコブリンか」


 通常は子供と同じ程度の背丈しかないゴブリンだが、ハイコブリンへと進化を果たすと、途端に三メートル近い巨体と狡猾な知性を獲得する。身に纏う鎧も魔法具でこそなさそうだが、もしも同じ物を購入しようと思えばその辺の冒険者ではとても手が出せそうにない一品だ。


 だが、それがどうしたという話だ。


「撃て!」


 例え装備で身を固めようとも、ハイウルフの肉体ですら貫いた弾丸の前に一体どれ程の効果があるというのか。私の命令で逃げる隙間など何処にもない高密度の弾幕が上空のハイゴブリン達へと襲いかかった。


 襲い来る弾幕に対してハイゴブリン達は鷲の魔物の足を握ると、なんとそのまま振り下ろすようにして鷹の魔物を銃弾に対する盾としてみせた。


 降り注ぐ雨を傘でしのぐかの如く、弾丸はハイゴブリンには届かない。いや、正確にはいくつかの弾丸が貫通してはいるのだが、鷲の魔物の体が頑丈なのだろう。かなり威力を減衰された弾丸はハイゴブリンの鎧や体を貫くには至らない。


 無論、ハイゴブリンは鷲の魔物の力で飛んでいたわけだからあんなことをすれば当然のように落ちてくる。だが元々ハイゴブリン達の狙いはここだ。今更足を失ったところで構うものかとばかりに次から次に同じ方法で銃撃を凌いだハイゴブリン達が空から降って来た。


 ハイウルフとハイゴブリン。一体ずつの能力はハイウルフの方がやや高めだが、積極的に武器を使用してくる分、集団戦闘ではハイゴブリン達の方がずっと恐ろしい。


「銃隊はそのまま空の魔物を打ち続けろ。対上位者部隊、槍隊前へ」

「おう!」


 私の声に応えるのは、八メートルを超える巨体な槍を四人がかりで構える槍の集団。小型戦術級魔法具『巨人殺し』。柄の部分に魔力を注ぎ込むことで破格の切れ味を発揮するその魔法具が計十本、ハリネズミの針のように密集している。三十人を一部隊とし、ここに五つの部隊が槍を構えながら城門から姿を現した。


 その異様な集団を前にハイゴブリン達はどう襲いかかったものかと考えあぐねているようで、せっかく地面に降り立ったものの中々動けずに居る。


「魔力放射開始」


 それぞれの隊を率いる隊長達が声を上げると、槍を持つ者達がそれぞれ握る槍の柄に魔力を流す。途端、『巨人殺し』が淡く発光し、傍目にもその危険性が一目で分かる力を纏い始めた。


 それにこの場にいる魔物達の動きが一瞬鈍る。その隙を隊長を任された人物達は見逃さなかった。


「突撃!」

「うおおおお!」


 十本の巨大な槍の塊がローウルフの群れを切り裂きながら、地面に降り立ったばかりのハイゴブリン達へと襲いかかった。ハイゴブリン達の何体かはその身体能力を活かして攻撃を回避したものの、多くの個体が為す術なく巨大な槍の餌食となる。


「見事だ。賞賛に値する」


 近付いてきたハイウルフを一刀の元に斬り捨てながら、エルメス様が思わずと言った様子で口にされた言葉がこれ以上ないほどに誇らしい。


 ともすれば浮かれそうになる気持ちを何とか抑えながら、せっかくなので他の部隊の力も試しておくかと指示を出す。


「よし。次、魔法部隊前…ん?」


 その時、空を見上げたのは本当に偶々だった。今もなお空を飛ぶ魔物に対して行われる激しい銃撃。そんな中新たに近付いてくる三つの影がやけに気になったのだ。翼を広げてこちらに近付いてくるその姿は他の魔物に比べて少しばかりーー


「おい、あれ。でかくないか?」


 近くでローウルフを狩っていた兵士がポツリと呟いた。


 その言葉の通り、こうしている間もドンドンこちらに近づいてくる鳥型の魔物は上空にいる鷲の魔物と比べて一回り……どころではなく、とにかく大きい。天領ではまず見ないサイズの魔物だ。


 鳥型で巨大。なによりもあの異常な速度。思わず血の気が引いた。


「まさか……ドラゴン?」


 それは言わずと知れた最強の魔物。それが三体。私たちがその正体に気付いた時には既に遅く、ドラゴンの翼が巻き起こす激しい風が容赦なく私達を襲った。


「ガァアアア!」


 地に降り立ったドラゴンは、風に翻弄される矮小な生物の反応などお構いなしに一斉にブレスを吐いた。一目見ただけで分かる、そこに込められた途方もない火力いりょく。それに私は思わず一瞬で焼き払われる兵士達の姿を幻視した。


「支配者の慈悲。それは何人にも侵すこと叶わず『ブロック・スペース』」


 エルメス様が魔法を放つと、直進していた炎が見えない壁に阻まれたかのように途中で止まり、火柱となって空へと伸びていった。


 後ろで一括りにされた銀色の髪を激しく揺らしながら、そのお力でドラゴンのブレスから私達を守ってくださったエルメス様は防御魔法を展開したまま仰った。


「ボスノ。兵を下げろ。この数ではドラゴンに対抗できん」

「わ、わかりました」


 流石に今度は頷くしかない。万全な状態ならともかく奇襲に対してとっさに守りに出たこの少人数で上級に分類されるドラゴンの相手をするのは無謀すぎる。『巨人殺し』ならあるいはとも思うのだが、足止めや壁役がいない状態で突進させればブレスで焼き払われるか、あるいはあの巨大な爪で引き裂かれるか、どちらにせよ良い的だろう。


 エルメス様がドラゴンの一体に魔法を放ち、もう一体に対して切りかかった。ドラゴンは三体いるので当然残りの一体を放っておけば少なくない数の犠牲者が出ることになる。だがいかにエルメス様といえども二体のドラゴンを瞬殺するのは容易なことではないだろう。


 使うか? 


 私は思わず懐にある魔力増強剤に手を伸ばす。これもカエラさんが作ったもので、自身の力を一時的に何倍にも高めてくれる優れた薬なのだが、当然その反動は凄まじく、一度投与すれば二回目を使うまで最低でも三ヶ月は期間を設けないと命の保証は出来ないという劇薬だ。


 ララパルナ王国を守るための戦いでこの命を使いきる覚悟はある。だがまだ王国に辿り着いてもいないここで使ってしまうのは、後々のことを考えるとどうしても躊躇してしまう。しかしこれを使わずにドラゴンに対抗できるだろうか?


 私が躊躇している間にドラゴンは城壁の上の銃隊に向けてブレスを放つ。銃隊は勿論ドラゴンに対して銃撃を行っていたが、さすがに上級ともなるとハイウルフのようにはいかないのか、その体に小さな穴を作りながらも、まるでこたえた様子を見せない。


 銃隊に放たれたブレスは再びエルメス様がそのお力で防いでくださったのだが、エルメス様が銃隊を助けるために見せた隙をつくようにドラゴンがエルメスに体当たりを仕掛けた。


「エルメス様!」


 私は慌てて駆け出そうとしたのだが、、


「ぐ、あああ」


 その悲鳴にドラゴンから視線を外すと、ハイウルフの群がドラゴンの出現で陣形が乱れた槍隊に襲いかかっていた。


 一度懐に入られてしまえばあの巨大な槍だ。ハイウルフに対抗出来るはずがない。


「ちっ。私が相手だ!」


 彼らを救おうと私は駆け出した。だが私がハイウルフの元へ辿り着くよりも先に一筋の光が世界を切り裂いた。


 それは目もくらまんばかりの銀の閃光。助けられた兵士も、そして恐らくは両断されたハイウルフ達も、何が起こったか理解できなかっただろう。


 それ程の速度。まるで制止した世界を彼女だけが動いていたかのような、そんな錯覚すら覚えてしまった。


 風になびく黒髪の中で流れ星のように輝く銀髪。その手に握る同じ色の刃が陽の光を浴びて鈍く輝いた。


 彼女は人形のように整った顔を美しくも残酷に歪めると、足元に重なるハイウルフの死体を一顧だにすることなく火を吐く最強の魔物に対して呟いた。


「ドラゴンか。試し切りをするには丁度いいわね」


 酷く小さなはずのその声は、しかし不思議と良く通りこの場に居る皆の鼓膜を揺らして見せた。


 兵士の一人が堪らないとばかりに叫んだ。


「ヴァ、ヴァルキリーだ! ヴァルキリーが来てくれたぞおぁー!」

「うぉおおお!」


 崩れかけた士気が当初の意気すら越えて一気によみがえる。いや士気だけではない。実際に戦況も瞬く間に変わっていった。そう、彼女達の参戦によって。


「スッゲーな今の動き。さすがカエだぜ」


 そう言って二本の刀に炎と雷を纏いハイウルフを紙のように切り裂くのは、中性的な美貌を子供のような笑みに変えた一人の戦士。


「こら、マレア。余所見しない」


 ハイウルフ達がまるで見えない巨人の手にでも押さえつけられたかのように勝手に潰れていく。そんな哀れなハイウルフ達を見下ろすのは金色の髪のエルフ。


「流石ですねカエラ。筋肉(うで)がなります。私も負けてはいられませんね」


 そう言って近くのハイウルフを持っていた杖で殴り付けるのは法衣を着た黒髪の女性。女性はそのまま襲いかかってくるハイウルフ達を杖で、時には拳で殴り飛ばしていく。


『ヴァルキリー』副団長マレア・オルドレイとビアン・ネルサス。そして聖女順列第二位キリカ・キンラシカ。三人が才気に溢れた逸材であるのは知っていた。知っていたのだが……これはどういうことだろうか。


「何だ? あの力は?」


 三人の魔力は明らかに勇者である私を越えていた。私も剣聖も肉体の強化に重きを置くタイプなので魔力量で必ずしも私を抜く人間がいないとは言えない。だがそれを抜きにしても今あの三人が纏っている魔力は異常だ。端的にいって人間の限界を超越しているとしか思えない。


「驚かれるのも無理はありません。あの三人はサンエル様の使徒となったのですから」


 私はとっさにその場から飛び退いた。馬鹿な!? いくら気を取られていたとはいえ、戦闘中の私に気取られることなく、ここまで接近するとは?


 私は戦慄しながら目の前の女性を素早く観察する。服装は白いシャツの上に黒いベストと言う民間人が戦闘に巻き込まれたといっても納得出来そうなものだった。金髪をサンエル様のように後ろで一括りにしており右目に傷がある。それは見覚えのある顔だった。


「貴方はたしか…」

「ニルといいます。普段はギルド『ヴァルキリー』の受け付けなどを担当しています」


 言いながらニルさんが腕を振るう。あまりにも日常的すぎる格好のニルさんが唯一身につけている非日常(そうび)。右腕のみにつけられた黒い手甲の指の部分から何かが伸びていた。あれはーー


「糸?」

すくいの糸は誰にも平等に下りてくる。裂かれなさい」


 ニルさんが呟いた途端、戦場で話し込んでいる二人を見て狙い目だとでも思ったのか、こちらに向かって駆けて来ていたハイゴブリンの集団があっという間にバラバラになった。


「なっ!?」


 見えなかった。勇者であるこの私が。いや、強力な魔力を巧妙に隠した糸がハイゴブリン達を切り裂くところは何とか目で追えたが、ではその糸が一体いつの間に張り巡らされていたのかと聞かれれば、まるで分からなかったとしか答えようがない。


「団長に作って頂いた特別製の魔法具いとです。私だけの力ではありません」


 驚愕に目を見開く私に何処か言い訳するようにニルさんは言った。私は表面だけでも平静を取り繕いながら、気になったことを質問してみる。


「さ、三人と言いましたが、カエラさんは使徒ではないのですか?」

「団長は違います。残念ながらサンエル様の力に適合しなかったようですね」


 天族様方は基本的に使徒をお作りになられない。その理由としては安易に強力な力を与えるべきではないという天族様方の考えもあるのだが、それ以上に天族様方の使徒となれる者が非常に少ないことにも起因する。天族様方の使徒となるにはただ強いだけでは足りず、相性のようなものが必要となるのだが、この相性が合う相手というのが非常に少ないのだ。


 それが同じギルドに三人も居るというのはまさに奇跡のような確率だろう。なのでカエラさんが使徒になれなかったと言うよりは、なれた三人の運が凄まじかったと言うべきだろう。


「では加勢します」


 何はともあれ、使徒でないのであれば黙って見ているわけにもいかない。


 いかにカエラさんといえども人の身である以上、一人でドラゴンの相手をするのはきついはずだ。ここは同じ勇者として力にならねば。そう思ったのだがーー


「必要ありません」


 肝心のカエラさんの仲間にそう言い切られてしまった。


「いや、しかしですね…」

「団長のことは放っておいて貰って結構です」


 取り付く島もないニルさんの言葉に思わず私はその顔を凝視した。正気を疑うような勇者わたしの視線にもニルさんは表情を変えることなく、自信に満ちた態度で応じた。


「団長ができると言いました。ならきっとできるのでしょう。ボスノさんは団長の判断を信用できませんか?」


 その言い方はずるいと思った。しかしそれで万が一にでもカエラさんの身に何かあれば、私はきっと自分の判断を悔やんでも悔やみきれないだろう。


「た、確かにカエラさんの才能は凄い。それは認めます。しかしドラゴンはそんな簡単は相手では…」


『全機能解放』


 そんな言葉の直後、まるでこの世界を塗り潰したのではないのかと思うほどの魔力がカエラさんを中心に放たれた。


「な!? こ、これはまさか、上級下位……いや、上位に匹敵する?」


 それは例え勇者であろうと信じられないような魔力量の放出だった。使徒の三人ですら及ばない圧倒的な力を纏った彼女は銀色の割合が明らかに増した髪を自身の魔力でなびかせながら悠然と微笑む。その笑みがあまりにも美しすぎたせいだろうか、私はその背に銀色に輝く十二枚の翼を視た気がした。


「さあ、実験の始まりよ」


 そうしてドラゴンを相手に一方的な蹂躙が始まるのだった。



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