合流
「あれは……ギルド『ヴァルキリー』?」
日課の鍛練を終え、空いた時間に何か手伝えることはないかと聞いて回ったものの、逆に皆に気を遣われた私はせめて見張りだけでも手伝おうと思って城門へと足を向けた。
すると丁度三種族によってごった返しになっている城門を新たに訪れた魔道車が通過して、係員に導かれて専用スペースへと駐車するところだった。
あのスペースは一定以上の地位や実力を持った者達を速やかに城内に入れるために作られた空間で、あそこにすんなり通される者で私が知らない者はまず居ない。
知己ならば挨拶を、そうでなくてもこの緊急時に駆けつけてくれた同士だ。今回の連合軍の副将を任された身として一言感謝を告げておきたい。そう思い足を向けてみればタイミングよく魔道車からギルドメンバーと思わしき者達が出てきた。全員女性。それも遠目にも分かる凄腕ばかりだ。その中の何人かの顔に見覚えがあり、彼女達の所属が判明したのだった。
ギルド『ヴァルキリー』。女性のみで構成されたギルドというのはそれほど珍しくはないが、彼女達ほどその名を轟かせている女性ギルドとなると、少なくともここ百年の間には存在しないだろう。
「ビアンさん」
係り員から今後についての簡単な説明が終わるのを見計らって声をかける。視線の先には金色の髪と尖った耳。それは典型的なエルフ族の特徴。首に巻いた灰色のストールと腰にスカートのように巻き付けた上着が少し意外だ。以前見たときはワンピース姿だったせいだろうか、ずいぶんと印象が変わって見える。腕や指につけられた装飾品はまず間違いなく魔法具、それも彼女達の団長が作った超のつく一級品だろう。
私の呼び掛けにエルフの輝かんばかりの美貌がこちらを振り向いた。
「これはボスノさん。お久しぶりです。この度は大変でしたね」
「お久しぶりです。いえ、私など犠牲になった方々に比べれば何のことはありません」
「そうですね。沢山の方が犠牲になられたと聞いています。……スミマセン。少しばかり軽装な発言でしたね」
頭を下げるビアンさんに私は慌てた。女性だけのギルドでは侮られないよう意図して男勝りを演じる者が多いのだが、ギルド『ヴァルキリー』には驚くほどそういう人達が少ない。
勿論だからと言って侮られるのを良しとするわけではない。実際彼女達にちょっかいをかけた何人かの男達が男性を卒業するはめになったという話には事欠かないのだ。しかしそれはそれで彼女達の魅力として受け入れられている。行き交う者達が足を止め、遠巻きに彼女たちを見ているその視線こそがその証明だろう。
「い、いえ。別に軽率というほどのことでは。それよりもやはりあなた方も参戦してくださるのですね」
何としてもララパルナ王国を救うべく様々な手段を用いて出来うる限りの国々に呼び掛け、多くの者達がそれに応えてくれているのだが、やはり天族様方が我々の介入に乗り気でないことは大きく、ギルドなどに加入してない実力者達からは結構な割合で断られている。何よりも三種族に強い影響力を持つ『教会』が動かないのが痛かった。数は揃えども思ったよりも質が高くない。そんな中、近年最強ギルドの一つに数えられ始めた『ヴァルキリー』の参戦。嬉しくないばずがなかった。
「人類の、引いては世界の危機とあっては何もしない訳にはいきませんから。微力ながらお手伝いさせて頂きます」
「微力などと、とんでもない。貴女方の噂は耳にしてますよ。ドラゴン退治に上級魔族の討伐。その功績に並ぶギルドはそうはないでしょう」
「私達の力など、全てはカエラさん……団長とサンエル様の力あってこそです」
カエラさんという名前に私の心臓が小さく跳ねた。
「あの、それで、そのカエラさんは?」
私の質問にビアンさんは何故か少しだけ眉根を寄せる。一体それはどういった感情の現れなのだろうか? カエラさんのことを訪ねたのはあくまでも副将として挨拶をしておく必要があるからであって、それ以外の意図は断じてない。
……ま、まさか私がカエラさんに付きまとっているとか、そんな風に思われているのだろうか?
全身の血が一気に引いていく中、ビアンさんは眉間に作っていたシワを消し去ると、元の穏やかな微笑を取り戻した。
「団長でしたら片付けなければならない雑事が色々とありまして、まだ魔道車の中で奮闘中ですが、もう少しで降りて来ると思いますよ」
なるほど。それで係員からの説明をカエラさんではなくビアンさんが受けていたのか。何にせよ、私が想像したこととは違うようで思わず胸を撫で下ろす。
「そうですか。やはり団長ともなるとお忙しいのでしょうね」
「そ、そうですね。ウチの団長はとても優秀な方ですから」
「何せ『天才』と呼ばれる程のお方ですからね。きっと何でも一人でこなしてしまわれるのでしょうね」
「そ、そうですね。仕事の負担が減ってほんと~に助かってます」
どうしたのだろうか? 先程からビアンさんの頬が何か物凄く引きつっているのだが。…………ハッ!? ひょっとしたらカエラさんばかりに仕事をさせることを申し訳無く思っているのだろうか?
だとしたらまったく私は何て失礼なことを。エルメス様にも私は思い込みが激しいところがあるから気を付けろと言われているにも関わらず、何故ビアンさんが己の能力不足を恥じ入っていると言うことに思い当たらなかったのか。
天才の近くの秀才。年に数回剣聖と模擬戦を行う私にはその気持ちが嫌と言うほどに分かると言うのに。
私が己の至らなさを悔いているとーー
「今の私と互角とは中々やりますね」
「互角? ふふ。笑わせないでよね。私はまだ二回ほど変身を残しているのよ」
「パネェ。やっぱカエはパネェよ」
「へ、変身? 団長そんなことまで出来るんですか?」
「馬鹿だねオカリナ。嘘に決まっているだろ。団長の言うことをいちいち真に受けてちゃダメだよ」
「……解せぬ」
一際騒がしい集団が下りてきた。その輪の中心にいる人物に私の胸は自然と高まる。
「あっ、カエ。ビアンあそこにいるぞ」
集団の中の一人、ビアンさんと同じ『ヴァルキリー』の副団長であるマレアさんがこちらを指差した。
私が見ている中で彼女が、いや彼女達がゆっくりとこちらに近付いてくる。
「ビアン。準備できたわよ。部屋があてがわれるんでしょ? 早く行きましょう」
これだけ近くにいるのにその瞳が私の方に向けられることはない。無視をしているとかではなく、自然と意識からはずしているのがその気配で分かった。
落胆、と言う程ではないが、やはりどうしても気持ちが沈んでしまうのは止められない。
「団長。ボスノさんがご挨拶に来てくれてますよ」
そんな私に気を使ったのか、ビアンさんがそう言ってくれたお陰でようやく黒と銀の瞳が私を捉えた。左右で異なる輝きの瞳。決してオッドアイが珍しいと言うわけではないのだが、相反する輝きはカエラさんが身に纏うどこか捉え所のない雰囲気と相まって、彼女を只人とは一線を画した神秘的な存在へと昇華させていた。
「お久しぶりですボスノさん。大変な目に遭われたそうですが、ご無事で何よりです」
「い、いえ。勇者としての使命も果たせぬまま、情けない限りです」
思わず俯いてしまったのは力足らずを恥じてからか、それともその黒銀の瞳が眩しすぎるからなのか、自分でも良く分からなかった。
「そんなことを仰らないでください。生きてこそ救える命もあります。失った命に泣くだけ泣いたら、次は救えた命と助かった幸運に笑いましょう」
そういって微笑むその顔は、まるで神々が作り出した精巧な人形であるかのように完璧なまでの美貌を保っていた。
「あ、ありがとうございます。カエラさんは、その、探し人の方は?」
瞬間、会ってそうそう一体何を訪ねているのだと、私は自分をぶん殴りたくなった。以前彼女を食事に誘ったとき、生き別れた想い人を探しているからとやんわり断られたのだが、自分が思っている以上にそのことを気にしていたのだろうか?
私の言葉にカエラさんは目を瞬いた後、満面の笑みを浮かべた。
「ええ。お陰さまで見つかりそうです」
その笑みは今まで見たことないほど魅力的で、私は言葉を返すのも忘れてただただ魅入った。
「おーい。カエ。さっさと行こうぜ」
「分かってるわ。すみません。仲間を待たせているので、これで」
「あ、は、はい。そ、それではまた後で」
カエラさんとビアンさんはそれぞれ私に頭を下げると、そのまま仲間の元へと行ってしまった。
私はカエラさんが見えなくなるまでその背から目が離せず、ただその場に立ち尽くした。
「何だボスノ。またフラれたのか?」
呆然としていたところに突然声をかけられ、私は思わず飛び跳ねる。見ればいつの間にか、私の守護をしてくださっているエルメス様がすぐ近くまでいらしていた。まさかずっと見られていたのだろうか? そんな疑問を抱きつつも私は慌てて首を横に振った。
「エ、エルメス様? ふ、フラれたって、そ、そんなのではありません」
「照れる必要はない。あの娘が好きなのだろう?」
「た、確かに惹かれてはおりますが、彼女とは二十近く年が離れている上に、彼女には心に決めた相手がいるのです。私は一人の男として、また勇者としても、好きになった女性の幸せこそを願いたい」
エルメス様相手に大変失礼ではあるが、しかし早口で捲し立ててしまったその言葉に嘘はない。私達が生きている世界はあまりに悲劇が多すぎる。そんな世の中だからこそ、せめて好きになった相手には幸せでいて欲しいと心から願っている。
「お前の考えは立派だが、お前にだって自分の幸せを求める権利はある。振り向かせる努力をしてみても罰はあたらんだろうに。それに二十や五十など誤差の範囲だろう。私達の間では百歳違いの恋など珍しくもなんともないぞ」
天族様方や魔族などと言った長命な種族なら確かにそうだろうし、三百年近く生きられる勇者にとっても二十という年齢差は大きすぎる障害というわけではない。だがーー
「いえ、以前話した時に分かったんです。彼女は心の底から生き別れた相手のことを想っています。そこに私の入り込める余地はどこにもありません」
「それは何と言って良いものか。まぁ、私としてはお前が納得しているのなら何でもいいのだがな」
そう言ってエルメス様は私の頭を撫でてくださった。とても光栄ではあるのだが、私はもう幼い子供ではないのだから、こういう時どういった反応をすれば良いのか少しだけ困ってしまう。だからこそ私は極力撫でられていることは意識せず、エルメス様のお言葉に頷いた。
「はい。心から納得しています。それにきっと相手の男性は私などでは及びもつかないほど素晴らしい人物だと思うんですよ。なにせあのカエラさんがあれほど好きになる人物ですからね」
きっと強くて性格が良くて、それこそ物語に出てくる騎士のような洗練潔白な人物に違いない。そしてそんな彼もまた一途にカエラさんを想い続け、互いに他の異性になど目もくれないのだろう。……っふ、そんな人物が相手では初めから勝負になどなるはずもないな。
戦場を前にして何とも情けないことだが、私は浴びるほどお酒を飲みたい誘惑を感じながらその場を後にするのだった。
「そういえばカエラさん、私ちょっと気になっているんですけど」
勇者順列第二位であるボスノさんと軽く言葉を交わした後、最初に係員から渡された案内図を確認しながら指定された移住区へとギルドの皆を案内している道すがら、私は以前から気になっていたことを聞いてみることにした。
振り向いた私にカエラは眠そうなトロンとした瞳を向けてくる。その顔には先程までボスノさんを相手にしていた時のどこか神秘的とすらいえる雰囲気は皆無で、まるで老成した猫のような気だるげな気配だけが漂っていた。
「なによ。腕相撲なら引き分けたわよ。後、周りに人はもう居ないわよ」
「良い勝負だったよなー。カエが魔術回路を起動して、それに対抗するためにキリカが使徒としての力を解放、皆が止めに入らなかったら今頃魔道車ぶっ壊れてたぜ」
マレアが可笑しそうにカエラの肩をバンバンと叩き、カエラはそんなマレアに「そうね」とだけ答える。私は思わず頭痛がし始めた頭を押さえた。
「貴方達ね。人に面倒な手続き押し付けて、遊びすぎでしょ」
余所行きの態度を止めた私は二人を叱りつけながらも、しかし内心では使徒の力を解放したキリカさんに対してカエラが互角の力を発揮したことに酷く驚いていた。
恐れ多くもサンエル様に使徒として選んでいただいた私は自分の能力の飛躍具合がどれ程のものか理解している。以前のカエラなら絶対に現在のキリカさんとは勝負にならなかったはずだ。それこそ勇者としての力を全て肉体強化のスキルのみにつぎ込みでもしない限りは。
それがこの短期間でいかにサンエル様の協力が得られたとは言え、使徒と同等の身体能力を獲得するとは。正直信じられない。信じられないが、これがカエラなんだと思わなくもない。
「天才、か」
私の呟きは届かなかったのか、カエラは一つ前の私の言葉に対して大きさよりも形が大切なのよ(本人談)な胸を張ってみせる。
「人には人の役割があるのよ」
「あるんだぜ」
カエラの横ではマレアがカエラを真似て胸を張る。まったくマレアは年々カエラの悪影響を受けていっているような気がする。
「はぁー。……少なくとも団長であるカエラの役割は遊ぶことでないでしょうに」
そうは言ってみるが、ではカエラが全く仕事をしないかと言えば実はそんなこともないのだった。皆の装備に信じられないような強力な強化を施したり、団員が受けた仕事がそれぞれの手にちゃんと負えるものかどうかの確認をしたりと、必要な所ではその天才ぶりを遺憾なく発揮している。
『ヴァルキリー』が結成してもう十年近く経つが、その間に死んだ団員の数を数えようと思えば片手の指でこと足りる。これは受けてきた仕事の難易度を考えると、恐らく今後どのギルドにも破られることのない記録だろうと言われているし、実際私もそう思う。
他にも教会から通達される重要な書類には必ず目を通しているし、必要なら勇者としての立場で意見もしている。その代わり形式的な書類など、勇者の立場があればどうとでもなるようなものに対してはかなりずさんになるのだが、それも恐らく私やニルさんが居るからこそだろう。もしも誰もやる者がいなければカエラは面倒な書類仕事などさっさと一人で片付けてしまう。そんなイメージがあるし、実際ギルドが出来て最初の頃はそうしていた。
時々カエラを見ていると自分の努力が空回りしているんじゃないかと不安になる時がある。私がどんなに必死になって追いかけても、カエラはどんどん先に進んで行ってそのうち見えなくなってしまうんじゃないかという、そんな焦燥感が胸を焦がすのだ。
私はーー
「で? 気になることってなによ?」
「え? ……あっ! そ、そうね」
いつの間にか思考の海に沈んでいた私を、カエラのその言葉が現実へと引っ張り出した。
物思いに耽っていたせいで一瞬自分が何を聞こうとしていたのか分からなくなっていたが、ボスノさんの顔が浮かんだことで何とか思い出す。
「いつも男性からの誘いを断るとき好きな人がいるみたいな話をしてるけど、あれってひょっとして本当のことなの?」
てっきり角を立てずに断るための方便だと思っていたのだが、カエラの言動を見ているとどうも違うようだ。しかし幼いときから十年以上もカエラと一緒にいるが、カエラに男の影があったことは一度もない。……ん? 男? まさかとは思うけど相手は団員の誰かじゃないでしょうね?
ふと思い付いた私の不安をよそに、カエラは眩しそうに太陽を見上げた。
「人にはね、ビアン。それぞれ運命の相手がいるものなのよ」
「う、運命の相手って貴方ね」
何だか酷くカエラらしくないような、逆に一周回ってカエラらしいような、そんな台詞だ。
「俺の運命の相手はカエラだな」
意味が分かって言っているのだろうか? あっけからんとそんなことを言い出すマレアにカエラが笑う。それは女の私から見ても思わず見とれてしまう、それでいて何処かゾッとするような、そんな微笑みだった。
「相変わらず可愛いわねマレアは。どう? 今夜私と寝てみる?」
「別に良いぜ」
「止めなさい」
「あいた」
「あうち」
二人の頭を順番にしばく。冗談と思いたいところだが、相手はカエラだ。放っておくと実際に事に及びかねない。というか以前一度及びかけた所をキリカさんと力を合わせて阻止したのだ。
「カエラ、人の性癖にあまり口を出したくないけど、友達とそう言う関係になるのってちょっと問題だと思わない」
「分かったわよ。じゃあビアンも一緒においで、ね?」
「ね。じゃないわよ! ちっとも分かってないでしょ!?」
まったく。黙っていればまるで精巧な人形であるかのような美貌を持っているくせに、どうして中身はこうも生々しいのだろうか。これではまるで発情したおっさんだ。外面が美女でなければ捕まっていても可笑しくない気がしてくる。
天は二物を与えずとは言うが、カエラのあまりの残念さに私が思わず頭を抱えていると、当の本人は何やらマレアに耳打ちし始めた。
「ねぇ、マレア。最近ビアンの奴キレやすくないかしら?」
「小魚食わすか?」
「持ってんの?」
「あるぞ」
そう言ってマレアが指輪に魔力を注ぐ。それはカエラから渡された空間収納型の魔法具で小さな倉庫並みに物を入れられるという信じられない程高性能な魔法具だ。恐らくこれ一つ売るだけで四人一家が三十年くらいは普通に暮らせるのではないだろうか。
そんな稀少な魔法具の上の空間が波打ち、そこから小魚が出てくる。って、何裸のまま入れてるのよ。せめて袋か何かに包んどきなさいよね。
そう思ったのはどうやら私だけではないらしくーー
「あんた、せっかく私が作ってあげた魔法具になんつーもんを直接入れてんのよ」
カエラがジトッとした目でマレアを睨んだ。マレアは空間から小魚を取り出すと、それをカエラの眼前にまで持っていった。
「食べないのか?」
「食べるわよ」
マレアから奪うようにして小魚を受けとると、カエラは頭からそれにかぶりつく。その姿に私は、ああもう何でもいいか。と思い直して仕事の話に戻ることにした。
「さっき聞いたんだけど、ここの指揮系統、総大将は剣聖、副将がボスノさんで間違いないようなんだけど、実質的に一番権限があるのはボスノさんのお父さんみたいよ」
「ああ。確かボスノさん、良いところのお坊っちゃんなんだっけ?」
「そう、父親が軍治国家アルバトライアの将軍の一人ね。と言うか、勇者は何だかんだで優秀なご両親から生まれてくる場合が多いから、大抵はお坊ちゃまお嬢様的な家柄の人が多いわよ」
別にお坊っちゃん呼ばわりに深い意味はないのだろうが、どう見てもカエラに気があるとしか思えないボスノさんが少し気の毒で、つい要らないフォローを入れてしまった。
カエラの横で小魚を食べていたマレアが小首を傾げる。
「カエの所は違ったんだっけ?」
その思いつき以外の何物でもない質問に珍しくカエラが言葉を詰まらせた。
「私の家は……」
カンカン。カンカン。けたたましい警鐘がカエラの言葉を遮る。直後に響き渡る焦燥感に満ちた思念。
「魔族だ! 魔族が攻めてきたぞ」
「やれやれ。ついて早々仕事ね」
カエラは溜息を一つつくと、持っていた小魚を一口で食べ終えた。
皆の状態を確認しようと私が振り向けば後ろを付いて来ていた団員達の表情が一変していた。まるで学生のような和気靄々としたものから血の匂いが漂って来そうな戦士の顔へ。カエラもそうだが、こういう切り替えの早さこそ私が学ぶべきものなのかもしれない。
「団長!」
「分かってるわ」
団員の呼びかけに応えたカエラは私達の顔を一人一人見回す。体調の悪い者、集中力を欠いている者がいないかを確認しているのだ。もしも居たらカエラは容赦なくその者を弾くだろう。足手まといを連れていっても誰のためにもならない。それが分かっているからこそ団員達もカエラの視線から決して目を逸らさず、カエラもまたそんな団員達をしっかりと見定める。
最早そこに老成した猫など居なかった。居るのは天から輝かんばかりの才能を与えられた光の塊。人類の希望そのもの。そして私達の団長。
団長は言った。
「行くわよ。あんた達」
「おお!!」
長の呼びかけに団員はそれぞれ叫ぶように声を上げると、先に駆け出したカエラを追って走り出す。私も叫んだ。襲撃をかけてきた魔族への恐れなどまるでなかった。カエラが導いてくれるなら私達はどこまでも行ける。その確信を胸に、私はカエラの後を追って走り出す。絶対に見失わない。そう誓って。