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救出作戦開始

「何故このような時にたった一人の人間、それも無辜の民ではなく戦う力と意思を持つ勇者(せんし)の救出を?」


 サリエ様からの至上命令を聞いた私は、覆ることのない絶対命令と知りながらも納得できずにいた。


 『色狂い』を初めとした恐るべき魔族達による怒濤の進軍。短期間のうちに多くの国が落とされ、そこで犠牲になった者達のことを思うと胸が張り裂けそうだ。


 だからこそ、多数を助けずたった一人の人間のために天族の総力を挙げてというのは納得できる話ではなかった。こうしている今も多くの幼き子らが私達の助けを待っているのだ。


「私、サリエ様にその真意をお伺いしてきます」


 至上命令に異を唱えるのは場合によっては重罪だが、まだ作戦も開始されていない現状、私の立場なら質問くらいは許されるだろう。もしもそこで納得できなければ、その時は……。


「そんなに焦らなくとも、サリエ様達は只今出陣の準備をしてますので直ぐに会えますわよ」

「……え?」


 一瞬何を言われたか理解できなかった。サリエ様は確かにちょっとアレな方だが、それでも天族を率いる最高指導者なのだ。法を重んじる天族の性質上、失えば軍そのものが機能しなくなるであろう魔王ほど極端ではないが、それでもその重要度は計り知れず、天族に無くてはならないお方であることには間違いない。


 万が一のことがあればそれはこの戦争の行く末に大きな影を落とすことになるだろう。


「さ、サリエ様自ら動かれるのですか?」

「私が動くと可笑しいか?」


 瞬間、世界のバランスが変化する。今までは口は開かなくともこの場での絶対者は兄さんだった。


 天将の順列などと言った些細なものを抜きに、純粋に自分達より上位の生物、その存在感が常に私達の意識にのしかかっていた。


 だがその圧力が限りなく近い力を持った別の存在の登場により、まるで釣り合いの取れた天秤のように比重が変化したのだ。


 振り返れば部屋の入り口に白衣ならぬ黒衣を纏った黒シャツに黒ズボン、地面に届きそうな程に長い黒髪の凛とした面差しの女性が立っていた。万物の本質を見抜くとまで謡われる解析の魔眼を押さえるための魔法具メガネのフレームですら黒で統一されており、それは葉巻を加える唇も例外ではなかった。


「サリエ様!」

「お前はいつも声が大きいな。声帯を改造したくなるぞ」


 思わず声を上げた私に、サリエ様はうんざりしたように顔をしかめつつ、新たに咥えた葉巻に魔法で火をつけた。サリエ様が愛用するあの葉巻は吸う者の魔力を増強する効果のある薬草を幾つも混ぜて作られたものだが、魔力の増強という非常に魅力的な作用の反面、強い幻覚作用や激痛などを引き起こし、吸う者の命と理性を食い尽くす第一級禁止薬物でもあるのだ。


 その恐ろしい副作用は抵抗力の低い者だと受動喫煙でも発症してしまう場合があるので、決して人前で吸って良い物ではないし、天族の法でも固く使用を禁止している。仮にあれを吸っているのがサリエ様ではなく、その他の者、例えそれが天将であったとしても(罪は一般の者に比べると格段に軽くはなるだろうが)処罰は免れないだろう。


 そんな物を人前で堂々と吸う最高権力者。私は眉間に皺を作るのを止められなかった。


「改造したくなるって、以前一度、傷を治すついでに私の体に色々しましたよね?」


 昔『殲滅』と戦ったときに重症を負わされ死にかけたことがあるのだが、それをサリエ様が救って下さった。それだけならただただ感謝の一言なのだが、問題はその手段だ。


 怪我が完治してしばらく経った後、やけに体の調子が良いことを疑問に思い、サリエ様を問い詰めてみたら案の定、怪我を治すついでに私の肉体を勝手に改造(臓器の幾つかに魔法具を埋め込まれ、更に心臓を一つ増やされた)していたのだ。


 そのお陰で私は本来は上級の最上クラスなのだが、一時的になら特級クラスの力を引き出せるようになった。だがその事でサリエ様に感謝しているかと聞かれれば非常に複雑としか言えない。せめて術後に一言あればまた話は別だったのだろうが、聞かれるまで何も言わないとか、普通にあり得ないと今でも思っている。


「ああしなければ死んでいたんだ。仕方ないだろ?」

「確かあの時は普通に治せたが好奇心には勝てなかったとか言ってませんでしたか? いえ、言ってましたよね?」

「そう言ったか?」

「間違いなく」


 私が力強く頷くとサリエ様も真似するように頷かれた。


「そうか。私がそう言ったのなら、そうなんだろうな。すまんな。興味の無いことは覚えておくのが難しい」


 サリエ様のあんまりな仰りように私は思わずこめかみを押さえた。


「あの、ならなんで嘘をつかれるのですか?」

「いやだって、怒られるの嫌だし」


 そう言って迷惑千万な紫煙をまき散らすサリエ様。私は無言でサリエ様の元まで歩いて行くと、その唇から葉巻を奪い取った。


「怒られるのが嫌ならこの葉巻、吸うの止めてください」

「トーラ」

「な、なんですか。怖い顔しても無駄ですよ」


 いや、正直に言えば結構怖い。サリエ様はやることがいちいち突拍子も無いと言うか、極端と言うか、笑えないことを平然と実行して、失敗しても悪びれない。その上それらの行動に悪意も善意も持たないのだ。ただ淡々と己の研究のみを追い求めるその姿はある意味究極の探求者と言えるのかもしれないが、問題はその探求者が権力者としても個人としても最高レベルの実力を保有していることだろろう。


 そもそも探求者などと言えば聞こえは良いが、見方を変えれば好き勝手やる倫理観が非常に薄い研究者だ。誰にも止められないマッドサイエンティストなんてタチが悪いにも程がある。


 その狂人が言った。


「私は魔法具『ミライノメ』を改造して、大規模な事象の分岐点の予知に成功した」

「存じてます」


 葉巻を取り上げたことに何か言ってくるのかと思ったが、そうでなくてちょっぴり安心する。一方サリエ様は面倒そうに顔をしかめられた。 


「なら説明要らなくないか?」

「私がお伺いしたいのは、何故、いかに勇者といえどもたった一人の人間の為に天族の総力を挙げるのかということです。その勇者に一体何があるのですか?」

「さあ? そこまでは分からん。私が見た予知は無数にある原因、その中で最も大きな一つと、それによって起こる結果だけだからな」


 天軍の総力をつぎ込むにはあまりにも頼りない言葉。やはり『ミライノメ』は一部の者が囁くように不完全な魔法具なのではないだろうか?


「では、どのような予知を見たのかお伺いしても?」


 その内容次第ではまだこの命令にも納得出来るかもしれない。


「滅亡だ」

「え?」

「私達天族の滅亡。つまりこの異種族間戦争の敗北を見た」

「なっ!?」


 それは考えうる最悪の未来。そしてそれほどの事態だからこそ、この至上命令は発令されたのだ。しかしーー


「原因は、……敗因は一体なんなのですか?」


 それと勇者一人の救出という事態がどうしても結びつかなかった。サリエ様がメガネを外される。途端に黒色の瞳が銀色に輝き出した。


「口で言うよりは見せた方が早いだろう。一場面くらいなら念話の要領で見せられる。ほれ」


 そうして互いの目を通じてサリエ様からイメージが伝わってくる。


 そこでは何千、何万と積み重なった天族(わたしたち)の屍の上に君臨する悪魔が居た。黒と金の異なる輝きを秘めたその瞳を忘れるはずがない。『色狂い』あるいは『魔王の後継者』。この世界でたった四体しかいない、全生物の頂点。その一角。


 映像の中の『色狂い』は魔族の大軍を従えており、何十万、あるいは何百万もの強力無比な魔族たちが屍の上に君臨する『色狂い』を讃えている。


 その姿だけを見るなら最早『魔王の後継者』などではなく『魔王』そのものであるかのようだ。


 そしてそんな『色狂い』に誰よりも近くに侍る三つの巨大な力を持った魔が在った。


 一魔は『色狂い』の右腕に蛇のように自身の腕を絡ませ、天族の屍を恍惚とした表情で見下ろしている。


 一魔は『色狂い』を守るかのようにその肩にそっと手をおき、十二枚の黒き翼を広げ宙に浮いていた。


 『大罪の子』と『最強の堕天使』。


 そしてそんな魔と同格であるかのように『色狂い』の左に佇むのは黒銀の瞳の女性。資料で一度だけ目を通したことがある、現勇者順列第三位カエラ・イースター。


 彼女は『色狂い』が使っているのとよく似た黒い鎧を纏い、天族の屍になぞ目もくれず、穏やかで満ち足りた、そんな眼差しでただ『色狂い』だけを見詰めていた。


「この光景が?」

「ああ。何度か条件を変えて『ミライノメ』を起動してみたが、天族(われわれ)が滅んだ未来には必ずその四魔が出てくる。逆を言えば……」

「この四魔が揃わなければ我々は負けない?」

「可能性はある。が、残念ながらそうとは言い切れんな。未来を視るのは非常に困難だ。何故この小娘の所属で勝敗が大きく変わるのかは分からん。ただその四魔が揃えば我々が勝つのは非常に難しくなるのだけは確定のようだ」


 この中の三魔は既に出会ってしまっている。それならーー


「なるほど。分かりました。確かに放っておくには不吉すぎる予知です。しかし勇者を保護するだけなら守護天使に命ずるだけで済むのでは?」

「それが現在広範囲に渡って念話の妨害が行われてますの」


 ヒソナの言葉に私は耳を疑った。簡単に言うが私達の通信(しねん)を遮るのは生半可なことではない。念話を妨害するのに動員されている魔族の数は百や千ではきかないだろう。


「何故このタイミングで? ……まさか?」

「守護天使の最後の報告によれば、勇者は三種族の連合軍と合流するために前線に向かったそうだ」


 そう言ったのはサリエ様だ。普段は研究室に籠もっておられるが、こう言う情報はしっかりと把握されている。こう言うところだけは素直に頼もしいと思えた。


「光信号を用いて勇者の保護を命じようとしたのですが、同じように敵に信号を用いられたため、重複命令を出して現在全ての簡易命令を停止状態にしてますわ」


 重複命令とは念話などが妨害された場合、当然その代わりとなる幾つかの伝達手段が準備されているのだが、思念という偽装が極めて困難な手段を除き、その他の命令では敵に利用される可能性がある。だから命令系統に敵の偽装が紛れ込んだと判断した場合、本来なら一つしか用いないはずの伝達手段を何度も起動させることにより、この伝達手段が敵の手に落ち、使用できないことを味方に知らせるのだ。


 光信号は一定の高度に暗号化された明滅する光弾を打ち上げ、それを各地に居る遠目担当の天族達が発見、解読すると言うものだが、ヒソナの言葉から魔族も同様の手段を用いて此方を混乱、あわよくば罠にかけようとしているようだ。


「光信号は機密中の機密でしたが、こんなに簡単に偽装されるとは」

「どうやら敵に秘密を暴くのが恐ろしく好きな方がいらっしゃるようですわ」


 相手に心当たりでもあるのか、そう言ったヒソナの瞳は珍しく好戦的な色を宿していた。


「このタイミングでわざわざ大規模な通信妨害を仕掛けてきたんだ。私は魔王軍も我々と同じく勇者を狙っていると考えて良いと思っている」


 サリエ様が空間からまた葉巻(ただし今回は無害なやつ)を出しながら興味深そうに仰った。それにヒソナが頷く。


「前々から魔王自身か、あるいはその傍にかなり高レベルな予知能力者が居るであろうことは指摘され続けて来ましたし、サリエ様の仰る通りかと」


 サリエ様は煙を吐き出しながらそんなヒソナの顔をまじまじと見つめた。


「サ、サリエ様? 何でしょうか?」


 そんなサリエ様からヒソナは逃げるように身を引いくが、サリエ様は構わずヒソナの顔をじーと見つめると、やがてーー


「なぁ、何でお前片目を髪で隠してるんだ?」


 そんな突拍子も無いことを問いかけた。


「え? 何でここ何百年と聞かなかった質問を今されるんですか?」

「いや、何となくだな。で、なんで? 失恋的な? 願掛け的な? なぁなぁ教えてくれよ、脳に電極ぶっさすぞ」

「え、ええ~!? ル、ルシファ助けてください」


 兄さんの後ろに逃げるヒソナ。サリエ様も天界で唯一単純な魔力量で自分を上回っている兄さんは苦手としているようで「あ、きたなっ」と文句を言いつつも、それ以上のことはしなかった。


「……ことが重要かつ迅速な対応を求められることは理解しました」


 正直、勇者の価値についてはまだ半信半疑ではあるが、この予知を放っておけないのも事実だ。それに何よりもこれはチャンスかもしれない。勇者は前線に向かっていると言うが、ならばそこにはあの化物がいる可能性がある。いかにあの化物と言えども兄さんとサリエ様、そして私を一度に相手にすればひとたまりもないだろう。


「私だけではないぞ」

「え?」


 サリエ様の言葉に首を捻る。そういえばさっきヒソナがサリエ様『達』と言ってたような?


「なんだお嬢ちゃん。またサリエ様に噛みついているのか?」


 その声にまさかと思いつつ私は振り返った。


「ゲンマ様!? それにスザノ様、セラン様、ビャクラ様まで?」


 新たに姿を現された四天に私は目を見開く。


「サリエ様もお嬢ちゃんを泣かすのはほどほどにな。またべそ掻くぞ」


 白い髪と髭、鍛えられた逞しい肉体の持ち主ゲンマ様。


「ゲンマ。いい加減に何百年も前のことを昨日のことのように言うのは止めろ。今のトーラは天将として何の不足もない立派な戦士だ。あまりトーラをからかうようなら私がお前を焼き殺すぞ」


 ドレスのように炎を纏った鋭い雰囲気の女性スザノ様。


「そうよねぇ。ゲンマ君もトーラちゃんに相手にされなくなって悲しんでしょうけど、子供の成長はちゃんと認めてあげないとねぇ」


 腰に二振りの刀を差した蒼い髪の美女セラン様。


「仲が良いのは素敵なことですが、サリエ様の前ですよ。各天もう少し慎みを持ちなさい」


 両の目を閉じた銀髪の美丈夫ビャクラ様。


 サリエ様を入れて九天で構成されている評議会。その中でも特に武力に秀でた五天。それが今この場に集結した。


「ま、まさか、これほどの戦力を投入するとは」


 少し前の盾の王国での戦いを更に越える力が動こうとしている。当然だ。あの時は私の権限で動員できる者を動かしたのであって、今回は私より上位の者が総出で動こうとしている。


 ひょっとすれば勇者ではなく勇者を奪い合おうとする、この行動そのものが、未来を分ける切っ掛けになるのではないだろうか?


 ふと思いついたその考えは、だが決してそんな的外れなものとは思えなかった。


 こればかりは戦場での流れ次第となるだろうが、もしも、もしも仮にここにいるフルメンバーであの化物と遭遇することが出来たならーー


 無論楽観などできようはずもない。でも、もしかしたらの可能性に私の胸は自然と高まった。


 そうしてこれより一時間も経たないうちに、勇者救出作戦がスタートするのだった。



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