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魔王城

「前々から思ってたけどさ、この城って、城と言うよりはまるで村か町だよね」


 エイナリンの住居へと向かうマイブラザーとマイシスターの後を気乗りのしない足取りで追いながら、儂は改めて魔王城の、そのあまりの広さに呆れ返る思いじゃった。


 それにしても本当にエイナリンの住居に忍び込むつもりとは、いやはや子供の好奇心恐るべしじゃな。


 前を歩くマイシスターが先程の儂の言葉を聞いて得意気に振り返る。


「ふふん。甘いですわねリバークロス。そこいらの町なんかより遥かに大きいですわよ。何せ0区を入れなくとも四千万にも及ぶ魔族がここで生活しているのですから」

「よ、四千万?」


 なんと言うことじゃろうか、転生してからずっと城の中で修行に明け暮れておったから、言われるまでそこまで広いとはついぞ気づかなんだ。でもそれも仕方ないんじゃ。だって儂、三歳児じゃし。一人で外出するには早すぎる年頃じゃし。


 と言うか、それ以前にーー


「それ、もう城じゃないよね。完全にただの大都市だよね」


 城に四千万もの民を押し込めるくらいなら外に出て町を作った方がよっぽど魔族の為になるじゃろうに。と言うか実際そうしておるんじゃよな? まさか強制的にどこぞに収納して、必要になったら取り出すとか、そう言う怖い話じゃないんじゃよな? 


 儂のツッコミにマイブラザーが笑いながら振り返る。


「そうだね。リバークロスはまだ行ったことがないと思うけど、魔王城には魔族が生活する居住区の他に、魔法具や武器の製造及び販売をしている商業区、兵を鍛えるための練兵区、食料を生産、飼育する生産区、魔法やスキルなど様々な分野を学ぶための学習区などがあるんだよ。城と一概に言っていいのかは疑問だよね」


 おお、全然まともじゃ。ひょっとすると儂の良心を抉るようなえげつない話が来るのではと身構えておったのじゃが、本当に良かったわい。


 ……ふむ。それにしてもいかんのう。どうも儂、マイマザーの折檻を受けて以降、魔族の常識に若干ビビり気味じゃて。しかしそれも仕方のない話じゃよな。だってあれ、人なら完全にアウトじゃったし。まさに悪魔ならではじゃったし。


「リバークロス?」


 勝手に安堵したりトラウマを思い出したりしておる儂を、マイブラザーが不思議そうに見てくる。


「あ、ごめん。ちょっとぼうっとしてたよ。…それにしても話を聞けば聞くほど町としか思えないんだけど、城と言う呼び名に何か拘りが?」

「ん? …さぁ、それは分からないね。一応僕等は母さんが居を構えるこの本丸を指して城と呼んでいるけど、母さんは壁の中を全て魔王城と呼んでいるから、やっぱり何か拘りがあるのかな? そう考えると何だろう……興味深いね。秘密の匂いがするよ」


 あ、アカン。また秘密フェチのマイブラザーが要らん関心を持ちだしよった。今からその関心のせいで気の進まぬ覗き見じみた真似をすると言うのに、これ以上の面倒事は流石にごめんじゃて。


「壁というのは?」


 マイブラザーよ、今はマイマザーの拘りよりも儂の話に集中しておくれ。


「ああ、リバークロスはまだ知らなかったんだっけ? 壁と言うのはこの魔王城を囲む最高位魔法具のことさ。大規模な魔法攻撃や質量攻撃がこの魔王城を襲った場合、その壁が守ってくれるんだよ」

「なるほど、当然と言えば当然の備えですね」


 何せここには魔族を統べる王が居るのじゃからどんな攻撃を想定しても決して大袈裟ではないじゃろうて。ひょっとするとこの無駄に広い城も、全ては魔族の王であるマイマザーを守る為にあるのかもしれんの。しかしそれにしても四千万人が入れる城…と言う名前の大都市を囲めるほどの壁って、スケールが半端ないの。


「ふん。お母様なら道具に頼らずともどんな魔法も片手でちょちょいのちょい、ですわ」


 マイマザー大好きっ子のマイシスターは、マイマザーのこととなると年相応の子供らしく純粋で可愛いのう。まぁ、確かにあのマイマザーなら本当にどんな魔法も弾き飛ばしそうではあるがの。


「そういえば、さっき姉さんが言っていた0区というのは何ですか?」


 この際じゃし、ついでに自分が今住んで居る所のことぐらい学んでおくかの。


「魔王城に住む魔族が自分の巣を作って良い土地、つまり居住区と呼ばれる場所は0区、一区、二区、三区、四区の五つに分かれているのですわ」


 おお。何じゃ? 意外と文化的な予感がするの。てっきり全ては強者が決める! とか言うのかと思っておったのじゃが、これは期待して良いんじゃろうか? それにしても前世の記憶のせいで巣と言う言い方に違和感が半端ないのう。


「それぞれの区はどういう風に分けられているの?」

「まず0区ですが、これは魔王城の地下を指していますわ」

「地下があるんだ」


 確かさっき0区を除いて十万とか言っておったよな。ならばそちらも含めると広さも人数もガチでとんでもないものじゃな、この自称城(笑)は。


「ええ、ダンジョンのようになっており、広さは全ての居住区の中で一番広いですわ。ですがこの0区には魔王軍の変わり者が多く集まっているから注意が必要ですわ。彼等は実力は別にして、あまり軍魔としては優秀な部類ではありませんの。お母様の命令ならともかく、魔将の命令なら平気で無視するような方も居るらしいですし」

「へー、そんな魔族も居るんだ」


 ふーむ。最初は魔族と言ったら魔王の下で一丸となっておるイメージじゃったんじゃが、少し前に聞いた各種族の王の話といい、魔族にも色々ありそうじゃの。


 儂がそんな風に考えておると、マイブラザーが補足するように言った。


「ま、0区は特別だよ。基本的に魔王軍は魔族の精鋭が集まる所だからね。上官(きょうしゃ)の意見を聞かない奴はそうはいないよ」


 ふむふむ。徹底的な実力主義と言うことじゃな。脳筋ばかりでないことを祈るばかりじゃ。


「それで他の区は?」

「後はこの城が一区、ここを出てすぐ、城を守るように囲んでいるエリアが二区、商業区や学習区と重なりあっているのが三区、そして壁のすぐ側に広がるのが四区ですわ。ちなみに巣の建築及び土地の所有権に関しては主に商業区の組合が取り仕切っているのですわよ」


 ふむ。話を聞けば聞くほど完全に魔王城と言う名の都市じゃな、これ。


「へー、それで肝心のエイナリンが住んでるのは何区? やっぱり一区?」


 主人である儂が城で生活しとるんじゃから、従者であるエイナリンも城なんじゃろうと軽い気持ちで質問したのじゃが、儂の質問にマイシスターは何故か俯いてしもうた。


「……ですわ」


 悪魔の耳で聞き取れない小言。マイシスター、今完全に発声していなかったじゃろう。


「ごめん。何だって?」


 仕方ないのでワンモアプリーズじゃ、マイシスターよ。


「だから、あの堕天使が住んでいるのはこの城の百階以上。特区と呼ばれる場所ですわ」


 百階以上じゃと? ふーむ。この城での生活と、今の話を聞いて思うたが、やはりこの世界には高度な魔法文明が発達しておるようじゃの。まだ分からぬが、ひょっとすれば文明レベルは前の世界を凌ぐかもしれんの。


 そして話は変わるがマイシスターよ、お主少し前の説明で居住区は五つと言っておらんかったかの? 大方、エイナリンが居るからか、あるいはマイマザーが関わっているかのどちらかの理由で特別扱いしたのじゃろうが、情報はしっかり伝えて貰わんと困るの。


 と、儂が若干不満に思うておるとーー


「どうやら驚いて声も出ないようですわね。そしてその不満そうな気持ち。分かりますわ。従者の癖に主人より高い所に居を構えるなど、本当にふざけた堕天使ですわよね」


 などと、勘違いするマイシスター。マイブラザーが少しだけ落とした声で言った。


「噂だとエイナリンさんが居を構えるのは特区の百二十階。その階全てを自分のものにしているらしいよ」


 このメッチャ広い城の一つの階を丸ごと自分のものにじゃと? マイブラザー、ちょっと何を言っているのか分かりませんの。


「えっと、それは特区がそういう仕組みとかではなくてですか?」


 百階以上に住む者には一つのフロアが丸ごと与えられると言うのならば、まだ分かる話なのじゃが。


「まさか、違いますわ。フロアを丸ごと与えられるのはお母様の階層、この城の最上階である百三十一階の下、百三十階から百二十八階までですわ。なのにあの堕天使は特区に住めるだけでもあり得ない厚待遇にも関わらず、勝手に百二十階を自分専用のフロアとしたのですわ」

「それは、その、なんと言うか、……凄いね」


 他に言葉も見つからず、儂はありきたりな言葉でお茶を濁す。と言うか、どう考えてもやり過ぎじゃろ! 何をやっとるんじゃ、あやつは? てっきり儂が子供じゃからあんな態度をとっているのかと思えば、ガチでフリーダムじゃと? それはマイシスターも目の敵にするわ。見てはおらぬが、あやつ他にも絶対敵が多いじゃろうな。それなのに誰よりも自由に振る舞って。…おのれ、エイナリンめ。不覚にも力を求める一人の魔術師として少しだけ尊敬してしもうたわ。


 儂の中でエイナリンに対する評価が急上昇中じゃて。無論、魔族から見たら外様だったくせに好き勝手やるエイナリンは腹の立つ存在じゃろう。それでも良くも悪くも実力で周囲に自分の存在を認めさせているエイナリン。それは中々できることではない、凄まじい偉業じゃと儂は思うておる。


 そしてそう思っているのはどうやら儂だけではないようじゃ。


「凄いと言うか破格だよ。普通堕天使は天から堕ちた後はただ一魔、行くあてもなくさ迷うものなんだよ? 運良く何処かの群れに入れたとしても、大抵は肩身の狭い思いをするものさ。それなのに彼女と来たらあれだからね」


 そう言うマイブラザーの声にはエイナリンに対する畏敬の念のようなものが含まれておった。


 そこで前を歩いていたマイシスターが足を止める。


「あ、着きましたわよ。リバークロスはおそらく始めてでしょうけどこれに乗って上まで行くのですわ」


 マイシスターがそう言って壁に近づき手をかざすと、壁の一部分、僅かにヘコんでいた場所が左右に開きおった。そしてその中にあったのは大人が二十人くらい乗れそうな、UFOみたいな透明な箱じゃ。と言うか、これってひょっとするとーー


「エレベーター?」

 

 思わず声に出てしもうた儂の言葉にマイシスターが怪訝な顔で首を傾げる。


「? 何勝手に変な名前つけてますの? これは魔送箱。浮揚鳥の羽から作られた魔法具で少しの魔力で浮く中々便利な道具ですわよ」


 マイシスターの説明を聞きながら儂は内心でひえーと悲鳴を上げる。しもうたわ。ついやってもうた。儂は恐る恐るマイブラザーを見た。するとーー


「エレベーター。とっても良い名前だね、リバークロス」


 ひぃ~!? 表情は何とかポーカーフェイスを保ちながら、再び内心で悲鳴を上げる儂。

 いかん。いかんぞ。マイブラザー、完全に目が笑っておらんではないか。それどころかあれは獲物を見つけた肉食動物の目じゃ。話題を、話題をそらさなくては。


「こ、これで一番上まで行けるの?」


 言いながら儂はさっさと中に乗り込む。見よ、物珍しげに魔送箱の中を見回すこの子供らしさを。


「いいえ。これで行けるのは百二十七階までですわ。流石にお母様がいらっしゃる最上階に直通するようなものはありませんわ」


 まぁ、警備のことを考えると当然じゃよな。三人が中に入るとマイシスターがほんの少しだけ魔力を放出する。途端、浮き上がる魔送箱。おお、箒に股がっていた頃を思い出すのう。


 速度も中々のもんじゃったが、目的の階につくまでにはそこそこの時間が掛かった。まったく本当に広い所じゃて。


「さて、お喋りはここまでだよ。着いたよ百二十階。ここから先は気を抜いてはいけない。もしも抜けば……」


 マイブラザーはそこで言葉を切ると儂らを見回し、そしてーー


「死ぬよ」


 などと大真面目な顔で言いおった。儂としてはそんな馬鹿なと笑い飛ばしたかったのじゃが、その前にマイシスターが、


「ええ、分かっていますわお兄様」


 と言って真剣な顔で頷きおった。そのせいで茶化せなんだわ。それにしても何というか、二人とも大袈裟じゃよな。まぁ、子供の頃と言うのはごっこ遊びとかに夢中になるもんじゃし、二人の脳裏では敵地に浸入するみたいになっておるのかもしれんの。


 やれやれ、それにしても従者のプライベートを詮索か。あまり気は進まぬが、今更この二人が止まるとも思えぬし、ちょっとどんな階か見せてもらったら、さっさと帰るとするかの。


 そうして儂は本当に軽い気持ちで魔王城本丸百二十階。エイナリンが支配するその階層へと足を踏み入れたのじゃった。



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