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零指令と至上命令

 集団自殺。それはまさにそうとしか言いようがない光景じゃった。


 恐らくはどちらにとってもイレギュラーだったであろう地脈のエネルギーを使った戦術級魔法具の停止。その隙を突いて儂らは城門を破りララパルナ王国へと侵入することに成功した。しかしそこで待ち受けていたのは三種族による反撃ではなく、何処までも広がる夥しいまでの死じゃった。


「なんだ? これは」


 互いの武器で急所を一突きにしあった兵士達。自分で自分の首を引きちぎった男。大した損傷も無いのにも関わらず何故か煙を上げている機能停止状態の機械兵器。


 ある者は自らの手で、またある者は仲間の手によってその生涯に幕を下ろしていた。


「ふん。また派手にやったな」

「ああ、なんと甘美な光景なのでありましょうか。流石であります」


 儂の後に続いて入って来た二人が目の前の光景にそれぞれの反応を示す。飽きれと称賛。反応は違えど共通するのは一つ、どちらも目の前の光景を当然のものとして受け入れておることじゃ。


 恐らく先程までの話から推測するに、これをやったのはプリティーデビルちゃん……いや最早ちゃんなどと可愛らしい奴ではないなこれは。とにかくプリティーデビルの仕業なんじゃろうが、しかしこんなことが可能なのじゃろうか?


(アクエロ。俺達なら同じ事が出来ると思うか?)


 心の中で唯一無二のパートナーへと問いかける。


(城壁の結界を破壊するのではなく通るだけなら私達ならそう難しくない。目の前の光景を作り出すことも出来る。ただ天将がいたり、強力な戦術級魔法具の攻撃を受けたりしたら脱出することもできなくなって、そのまま数の力に圧殺される。成功確率はその時の状況で大きく変動。運が良ければ楽勝。悪ければ死ぬ)


 そう、その通りじゃ。目の前に広がる光景を作り出すには超越者級の儂ですら運に頼らざるを得ない部分が強い。じゃと言うのにエルディオンもシャールエルナールもプリティーデビルがこの光景を作り出せることに何の疑問も抱いておらん。まるでこの程度、やって当然と言わんばかりの態度じゃ。


 これは流石におかしい。幾らなんでもそんな目茶苦茶な存在がこの戦乱のご時世に無名(少なくとも儂が知らない程度の知名度)でいることなどあり得るじゃろうか?


 そう考えた時、ふと儂の脳裏にやたらとプリティーデビルを恐れるマーレリバーの姿と、逆に必要以上にプリティーデビルを慕うマイシスターの姿が思い浮かんだ。


 最初にマーレリバがープリティーデビルを異常に恐れたのはエルディオンやシャールエルナールが認めるプリティーデビルの力を感じ取ってのことだと思っておった。しかしそもそも超越者級である儂の眷属であり、日頃から儂にくっついて他の魔将ともちょくちょく会っておるマーレリバーが今更そんなことでビビるじゃろうか? あれはむしろ精神的なものが原因の反応だったとしたら?


 そしてマイシスター。マイマザーの血縁だからこそ、やたらとプリティーデビルに懐いておるのかと思うておったのじゃが、よくよく考えてみると、それだとアクエロに対しても似たような感情を見せても良いのではないじゃろうか?


 その他にもマイファーザーの意外すぎた行動なども考慮すると、導き出される答えはーー


「む? まだ生き残りがいるか。さすがの奴もこの短期間に落としきれなかったようだな」


 エルディオンが小さく呟いた。


 儂はエルディオンが見ている方角へと視線を向けた。……なるほど。確かにこちらに向かって複数の気配(これは恐らく天族ではなく三種族の部隊じゃな)がやって来ておるな。


 取り敢えず現状が今一つ分からんし、一応情報収集でもしておくかの。と、考えておったんじゃが……。


 突如としてシャールエルナールから巨大な魔力が暴風となって放たれた。


「ああ。ああ。最悪であります。あのお方の作り出したこの美しい光景にズカズカといらぬ雑音が。ここに来る前に全て殲滅するであります」


 そういって飛び出すシャールエルナールとその配下の者達。触らぬ神に祟りなし。ああなったシャールエルナールは放っておくに限る。


 そして今見たシャールエルナールのあの反応こそが儂の推測を確信に変える。変えるんじゃ

が、まだ確証がない。いや、確証がないと言うよりもあまり信じたくないと言った方が正解じゃろうか? なんせーー


 プリティー。プリティー。


 何てことをやっておった奴がまさか自分の……。あっ、何か急に頭痛が。しかしこの問題はこのままにしておくわけにもいかんじゃろうな。


「おい、エルディオン。ひょっとしてプリティーデビルは…」


 ズドン。と、地面が大きく揺れた。


「なんだ?」


 突然大気を駆け抜けた巨大な魔力反応、これには覚えがあった。そう、忘れもしない。これは盾の王国での戦いの火蓋を切ったあの時とまったく同じじゃ。


「大規模転移魔法。だが、これは……」


 てっきり天族の援軍か、あるいは三種族が来るのかと身構えたのじゃが……。


 エルディオンが自身の白髭を撫でる。


「ふん。確かに地脈を用いた妨害は消えておるが、こんなに早くこちらの援軍が来るとはな。これもあやつの指示か?」


 エルディオンの言う通り、やって来たのは魔王軍じゃった。それも儂らが率いておるのと同じくらいの人数で構成された、かなり大規模な部隊じゃ。これで天将を除き唯一の懸念だった数の開きもグッと縮まったことになる。向こうが地脈の力を使えない現状、最早儂らの勝ちは動かんじゃろうて。


 やがて転移を完了した魔王軍が外にいる天族とぶつかるのが分かった。気になるのはその中にかなり強い魔力反応が一つ。そこそこのがもう一つ。戦場を縫うようにこちらへと向かってくる。


「どちらも覚えがあるな」


 近づいてくる魔力は恐らく儂らに自分の存在を教えるためなんじゃろう。必要以上に魔力を放っておるので顔を見ずとも顔が分かった。


「あやつらまで来るとはな」


 エルディオンが両腕を組んで待ちの構えを見せる。イリイリアとシャールアクセリーナが視線で儂にどうするかと問うてきた。姉と共に戦いたそうなシャールアクセリーナには悪いが、この場の惨状を見る限りこの国は大混乱のまっ最中じゃろうし、暫くはシャールエルナールに任せておいて問題ないじゃろう。


 それよりも何故急にあの二人がやって来たのか、そっちの方が今は気がかりじゃ。プリティーデビルがこそこそと活動していたことと関係あるかもしれんしの。


「待機だ」


 儂が短く命じると二人は黙って頭を下げ、それぞれ部下に指示を出しながら儂らを中心に陣形を組んでいく。


 そんな中現れたのは、


「久しぶりだね坊や」


 魔将第九位 アナラパル。過去に支配者の儀で儂と戦った獣人族の歴史で唯一の魔将。


「おお。魔王の息子。やはり何度見てもイケメンだな。眼福。眼福」


 魔将第五位 ハラリアアリア。


 かつて盾の王国での戦いで儂が天将にボコられておる時にマイシスターと共に駆けつけてくれた巨人族の女性。一見少女のような外見をしておるがエルディオンと同じく千年以上の月日を生きている、魔族の中でも屈指の実力者じゃ。気分によって成人女性の姿になることもあるんじゃが、その時のボンキュボンのバディーと来たらもう。


 性格は無類のイケメン好きで、王からの命令がなければ天族であってもイケメンは殺さないと宣言しておるかなりの好色じゃ。ただし天族は見逃すのではなくお持ち帰りにする上に、連れ帰った天族が再び敵となったことはないそうなので、そのスタンスに文句を言う者はあまりおらんらしい。


 過去に仕事の上とはいえ助けられたこともあるし個人的に嫌いな相手ではないんじゃが、会う度にいちいち手を合わせてくるのはいい加減止め欲しいんじゃよな。


 ともあれ今は現状の確認じゃ。


「何故お前達がここに? 俺達は何も聞いてないぞ」


 と言いつつも、儂はエルディオンの様子を横目で窺うことに。もしも聞いてないのが儂だけとかなら微妙にショックなんじゃが……。しかしそんな心配は杞憂だったようで、エルディオンは儂の視線に首を横に振った。


「安心しなよ坊や。別にあんたを蔑ろにした訳じゃない。私達も命令を受けたのはついさっきなのさ」

「そのわりには準備万全と言った様子だが?」


 兵隊だけならともかく、あんな大規模な空間転移を昨日今日言われてすぐに実行できるはずがない。絶対に以前から準備していたはずじゃ。


 アナラパルは肩をすくめた。


「少し前から転移魔法の準備といつでも出兵出来るようにと魔王様に命令されてたのさ。もっともここ最近魔王様は何やら籠っているらしくて、準備を整えるだけ整えたら私らは優雅な一時を過ごさせて貰っていたけどね」

「それは羨ましい話だな」


 アナラパルの冗談と思わしき言葉に儂も軽口を返す。すると何故か隣までやって来たハラリアアリアが儂の手を握ってきた。何事? といった感じの視線をハラリアアリアに向ければ、彼女はニッコリと邪気のない、それこそまるで本当の少女であるかのような微笑みを浮かべた。


「安心しろイケメンよ。帰ったらこのハラリアアリアがデートしてやろう」

「……そのときは大人バージョンで頼む」

「ふふ。イケメンの頼みとあっては断れないな」


 ハラリアアリアは嬉しそうに握った儂の手をぶんぶんと大きく振った。


 まぁ何でも良いが、これで元々居た儂らを含めて魔将が五人も派遣されたことになるんじゃが、マイマザーはこの後どうするつもりなのじゃろうか? それに気になるのはーー


「これだけの兵力を前線に投入して他の所は大丈夫なのか?」


 なにもゲリラ戦は魔族の専売特許ではない。今までも盾の王国や魔人国などに天族が奇襲をかけてきたことは何度もあったし、あまり守りを疎かにしすぎるのは如何なものかと思うんじゃが。


「心配しなくとも私らが抜けた穴は魔物を大量に動員することでしっかりと埋めてるよ。S3からB3まで全てだ。更に生え抜きの魔物千体程を少し前に天族領へと個別に送り込んでもいるし、連中もあまり大きくは動けないはずさ」

「S3? 守護獣を除けば最強クラスの魔物だろう。使い潰すには勿体なさすぎると思うんだが」


 魔物は魔族によって作り出された後、管理しやすいようにその力をランクによって分けられるんじゃが、Sランクの魔物は確固とした自我を発現させた個体のことで、その力は上級魔族に匹敵する。まさに魔族が保有する最強の生物兵器なのじゃ。


「坊やに言われなくてもそんなことは分かってるよ。ただ今回はそれだけのことをする必要があったって事なんだろうさ」


 そう言いつつアナラパルは一枚の黒いカードを取り出した。それは思念を封じ込めることが出来る特殊な魔法具。思念と言う唯一無二の個人認証を用いる故に、知り合い同士と言う前提条件が必要ではあるものの、極めて偽造が困難と言う性質を採用されて重要な命令は基本これによって伝達される。


 だからアナラパルがそれを持ち出したこと事態に驚きはない。驚いたのは黒い封書の上に書かれたマイマザーの証明印、それに被せるようにして書かれた零の文字。


「まさか!?」


 思わず儂は声を荒らげた。


 いや、儂だけではない。エルディオンや周囲を警戒しつつ儂らの会話を聞いておった近衛の者達も目に見えて動揺をあらわにした。


 エルディオンが呻くように言った。


「零指令か」


 零指令。マイマザーが行使する絶対最優先命令。普段儂ら魔将にはマイマザーの命令が出ていても状況に合わせて自己の判断で行動する権利が与えられておるんじゃが、この零指令が発動した場合はそれら一切の権利が消失する。


 魔王軍第四法曰く、零指令発動後、例えいかなる状況、あるいは理由があろうとも速やかに与えられた命令を実行すべし。これを怠る者、魔族への反逆者とみなす。


 これが零指令。適応されないのはマイマザーと同格の王達のみであり、魔王軍に属する者は儂等魔将も含め、一切の拒否が許されない魔王のみに許された絶対命令権。つまりあり得んことじゃが、ここで首を切って死ねと命じられたなら死なねばならん。もしもそれを断ればその時点で儂らは反逆者となる。


「なるほど、良かろう。魔法具を起動しろ」


 さすがのエルディオンも声が少し固い。当然じゃ。マイマザーのことは信頼しておるが、ここに書かれている内容次第では儂らは明日の朝日を拝めん。何よりも零指令の怖いところは、あまりにも絶対的すぎて命令を作った時と状況が変わっていても変更を受け付けんことじゃ。


 例えば今がチャンス、攻め込めと零指令で決死の特攻を命じても、命令が届いて実際に特攻するまでのタイムラグで敵が準備を整えていたら、例え命を懸けて特効を仕掛けても大きな成果など見込めんじゃろう。


 普段なら儂ら魔将が状況に応じて柔軟に対応すれば良いだけの話なんじゃが、この零指令が下されれば質問も言い訳も許されないことになるので、例え間違っていると分かっていても特攻せねばならん。それが零指令。ハッキリ言って戦場で使うには向いてなさすぎる代物じゃ。


 マイマザーもそれが分かっているからこそ、この命令を戦場で使うことは過去に一度しかなかったという。


 なのにそれを今このタイミングで使う。エルディオンだけではない。その指令を持ってきたアナラパルも緊張している。


「坊やもいいね? 何を聞いても異を唱えるんじゃないよ」


 なんか知らんが釘を刺されてもうた。いや、まぁ魔人国を初めとして、儂がこの中で一番好き放題やっておるから言われても仕方ないんじゃがの。しかしさすがに零指令を無視すれば儂とてただではすまん。というか今世が確実に詰む。悪いとは思うがここの人間達のことは諦めた方が良さそうじゃな。儂は最悪の命令に備えて覚悟を決めた。


 そしてーーー



「どういうことですか兄さん。何故すぐにララパルナへ援軍を送らないのですか!?」


 天領第三等区を中心に大量に送り込まれた人語を解する最強クラスの魔物。三種族だけでは対応しきれない強力無比な魔物(それ)が各地で好き放題暴れ続けてくれたおかげで、私達天将はここ暫くの間そちらの対応に追われ続けていた。


 勿論前線の状況は知ってはいたが、要塞都市を初めとした指折りの防衛機能をもった国々がそう簡単に落とされるとは思えない。魔物を倒してからでも援軍には十分に間に合うと思っていたのだがーー


「このままではララパルナが落ちるのは時間の問題です」


 三種族では倒せない魔物をあらかた倒し終わり、後を三種族とその区域の担当者に任せて天界城に帰還してみれば、なんと既に要塞都市は落とされ、それどころかララパルナ王国も攻撃を受けているという。


「落ち着け、トーラ・ロンギ・エニスマン。私の可愛い妹よ」


 兄がフルネームで呼んでくる。普段ならそれで冷静さを取り戻すことができるのだが今回ばかりは無理そうだ。


「落ち着いてなんていられません。観測班の調べでは既に地脈点を奪還されたとのことですが、いくらなんでもこの速度は異常です。あいつが動いているとしか思えません」


 『色狂い』、『殲滅』、『轟く者』。どれも桁外れの力を持った恐るべき魔族だ。特に『色狂い』は先生や兄さんと同じ超越者級、その馬鹿げた力を弟子であり妹である私はいやと言うほどよく知っている。


 しかしそれでもララパルナ王国には兄さんの協力を得て作られた対超越者用の戦術級魔法具『ハバムンデス』がある。


 地脈の莫大なエネルギーを使って結界を構築する『ハバムンデス』は作るのに十年ほどの時間がかかる上に、一度起動すれば一年ほどで完全に壊れてしまうが、その結界強度はかつて無敵を誇ったアイギスに迫る程のものだ。


 あの化物ですら破るのに多大な犠牲を必要とした最強結界。それに近い力を持つ『ハバムンデス』をいかに超越者級の力を持つとはいえ、百にも満たない子供が一日もかけずに破る? あり得ない。報告には未だに上がっていないが、絶対あの化物が動いているに違いない。


「天界三大兵器を狙ったならまだしも、今の立場であの化物が前線にこうも軽々しく出てくるとは思いませんでしたが、これは逆にチャンスです。兄さん。今すぐ天界の総力を上げてあの化け物を殺しにいきましょう。そしたらこんな不毛な戦争も終わりにできます」


 実際には各種族の王を初めとした恐るべき力を持った魔族はまだまだいるのでそう簡単な話ではないのだろうが、しかしあの化物を殺すことができれば今後の流れを大きく決定付けることができるだろう。


「トーラ」


 兄さんの静かで短いその呼び掛けに、頭に上っていた血が強制的に下ろされる。


「……なんですか兄さん」

「『ミライノメ』が起動した」

「えっ!? あの未来分岐観測魔法具がですか?」


 未来分岐観測魔法具『ミライノメ』。本来は未来を知る為に作られた魔法具なのだが、未来は観測によって変わる。『ミライノメ』が観測することにより未来が変わり、変わった未来を『ミライノメ』が観測して再び変化する。これを延々繰り返すために結果として何の情報も吐き出すことなく、貴重なエネルギーだけを消費し続ける無駄飯ぐらいの魔法具。


 しかしそれでも尚この魔法具が破棄されることがないのは、この魔法具が偉大なる三十三天の作品であるという事実以上に、この魔法具にもちゃんとした使い道が存在したからだ。


 それは観測されても変わることのない事象の予知。


 確かに未来は知ることで変えることができる。しかしそれは意識によって行動が容易に変化する生物レベルの話であり、天変地異など生物の認識で軽々しく変わることがない未来なら『ミライノメ』でも観測することができるのだ。


 偉大なる三十三天の生き残りにして評議会のトップであらせられるサリエ様は、ある日この性質を利用することを思いつかれた。そして長い時間をかけて『ミライノメ』を改良し、私達の望む未来への分岐点を観測する魔法具へと作り替えたのだ。


 それが未来分岐観測魔法具『ミライノメ』。この魔法具が作動したということはつまりーー


「下手をすればこの戦争の行く末を左右しかねないほどの何かが起こると言うことですか?」


 私達が望む未来は天族や三種族が繁栄する未来であり、その為に邪魔な異種族を全て排除した世界だ。『ミライノメ』が起動したと言うことは、つまりその未来に至る為の大きな分岐点がやって来たということになる。


「その通りですわ」


 予想とは違う方向からの返答に私は振り返った。


「ヒソナ」


 そこにいたのは片目を銀髪で隠した女性、幼馴染みにして天将第五位、ヒソナ・ヒソヒソ・ヒッソリトが立っていた。


「トーラ。妹だからといってあまりルシファを困らせてはいけませんわよ」

「べ、別に困らせてなんかないから。それよりもこの情勢下で貴方がここに居るというのはどういうこと?」


 ヒソナは天将の中で最も隠密や情報収集に長けた能力を持っており、こういう時は戦闘や指揮を中心に動く私よりも遙かに忙しいはずなのだが、そのヒソナがわざわざ顔を見せに来るとは……。


 聞いておいて何だが、すぐにこれは尋常の事態ではないと私は気を引き締めた。


 そんな私を見て微笑すると、ヒソナは空間から一枚の白い封書を取り出した。


「評議会の命を受け、貴方方にこれを持って来ました」


 ヒソナが取り出したのは思念を届けることができる魔法具。魔法具それ自体はそれほど珍しくもないが、問題は魔法具に記入された印だ。私は思わず目を見開いた。


「それは……至上命令?」


 天界の最高指導者であらせられるサリエ様のみが出すことを許された、他の何においても果たすべき最優先命令。


 至上命令達成の為ならば如何なる非人道的な行動も許される、それは過去を振り返っても数度しか発動されたことがない超法規的措置。それがなぜこのタイミングで?


 …………いや、それだけララパルナ王国が重要ということなのだろう。


 ララパルナ王国を救いたいと願っていた私としては、ここでこの命令が発令されるのはむしろ望むところだ。


 流石はサリエ様。普段はちょっとアレだが、やる時はやってくださる。


「二天とも心の準備はいいかしら?」


 ヒソナの確認に私と兄さんがそれぞれ頷く。ヒソナの視線が手元の魔法具へと下りた。


「それでは起動させます」


 そしてーー



 儂らが固唾を飲んで見守る中、アナラパルの手によって発動した魔法具がマイマザーの思念を儂らに放った。


「魔王の名に置いて、ここに零指令を発動する」


 私と兄さんが見つめる中、ヒソナの手によって発動した魔法具がサリエ様の思念を私達に放った。


「評議会統括の名において、ここに至上命令を発令する」


 このタイミングでの零指令、儂は無慈悲な殺戮を覚悟した。

 このタイミングでの至上命令、私はこの身を捨ててララパルナの民を救うことを決意する。


 そうして放たれた命令はーー


「勇者順列第三位カエラ・イースターの捕獲。それが不可能な場合は、天族の手に渡る前に魔王軍の総力をあげてこれを抹殺せよ」

「勇者順列第三位カエラ・イースターの保護。仮に魔族に捕らわれていた場合、如何なる犠牲を払おうが天軍の総力をあげてこれを救出せよ」


 などと言う、良く分からないものだった。


「……は?」

「……え?」


 想像していたのとは明らかに違いすぎるその命令。そもそも何故こんな時にたった一人の人間を? 戸惑う


 儂に、

 私に、


 念を押すようにその命令の重要性が復唱される。


「繰り返す。これは零指令である」

「繰り返す。これは至上命令である」


 一度発動すれば決して覆ることのない命令。そう、既に賽は投げられたのだ。そうしてたった一人の人間を巡って


 魔王軍(わしら)は、

      動き出す。

 天軍(わたしたち)は、



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