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戦場の異変

「何だ? 一体何が起こった?」


 それが起こったのは天領第四等区中ノ国への攻撃を開始し、一時間経つかどうかと言った時じゃった。


 要塞都市を占拠した儂らは二つの選択、つまり増員を待ち、要塞都市を奪還されない状態をしっかりと作ってから進軍するか、あるいはこのまま電撃的なスピードで中ノ国まで進攻して一気に片をつけるかを話し合った。


 前者を選べば背後を気にすることなく進軍出来るが、天族にも相応の時間を与えることになる。既に魔将が三人も動いておることは相手にも伝わっておるじゃろうから、あまりモタモタしておると天将が大量に派遣されかねん。


 もっともそうなったら今度は以前マイシスターに聞いたようにマイブラザー達の出番なんじゃろうが、シャールエルナールの部下から三種族の動きを知った儂は後者を選択することにした。


 三種族が完全に兵を集めきる前に中ノ国を落としてしまえば、あるいは三種族も今回の出兵を取り止めるかもしれんと考えてのことじゃ。


 そんなこんなでやって来た天領第四等区中ノ国。度重なる魔王軍の攻撃で疲弊しきっていた要塞都市とは違い、こちらはほぼ万全の状態。


 それでも儂ら魔将が三人もおるんじゃし、案外簡単に落とせるのでは? そう思っていた時期が儂にもあった。


 いざ開戦してみれば、出るわ。出るわ。大量の機械兵器、宙に浮いた戦車やら無人の戦闘機やらが次々に襲いかかってきて、それにお返しとばかりに魔物の大群をぶつけてみれば、要塞都市に居たのとは比べ物にならない数の天族達が現れ、魔物退治はお手のものと言わんばかりの勢いで次々と最強レベルの魔物を屠っていきよる。


 何というか、力押しの魔族に対して技術の天族と言った感じじゃな。


 一対一では敵わないであろう強力な魔物を仲間と手を合わせて危なげなく倒していくその姿は、まるで練りに練られた演武を見せられているようでもあり、一人の魔術師としてその力の形に敬意を抱いた。


 集団戦闘において魔族は天族に劣る。以前から聞いてはおったが、それを目の前で見事に実証された感じじゃな。これは簡単には落とせない。遺憾ながら儂が長期戦、それこそ数ヶ月レベルの戦いを覚悟し始めた時じゃ。その異変が起こったのは。


 まずは唐突に、それこそ何の前触れもなく中ノ国の城塞に埋め込まれていた戦術級魔法具がその機能を停止した。


 地脈点から吸い上げた無尽蔵のエネルギーを結界へと転化する魔法具。その魔法具が作り出す結界はあまりに強力で、開戦と同時にエルディオンの奴と一緒に放った第一級魔法を容易くはねのけおった。


 無論、儂が後先を考えず全力で魔法を放てば破れんこともないじゃろうが、この尽きることのない機械兵器と天族を前にそんなことをする気にはとてもならんかった。


 だからこそ長期戦を覚悟しておったのじゃが、蓋を開けてみればこの通り、勝手に最大の障害が取り除かれるという訳のわからん事態が発生した。


 まさか? と儂が驚いている間にも異変は続く。定期的にこちらに放たれていた戦略級魔法具による砲撃が完全に止まり、更には空間移動を阻害していた大気中の乱れまで消えおった。


 それに喜ぶよりも先に警戒心の方が沸き上がる。しかし幾らなんでもこれはーー


「罠か? いや、それにしても……」


 誘い込むのが目的にしても結界の全解除はやりすぎじゃ。天軍や機械兵器がまだまだ大量におるので城壁に攻撃を届かせた魔族は出てはおらんが、それも時間の問題じゃろう。なによりも魔将の儂らなら、最初にやった通りここから城壁を狙い撃つこともできる。


 幾らスキルを使って修復が可能とはいえ、魔王軍が雪崩れ込めばそんな余裕もなくなるじゃろうし、…………駄目じゃ分からん。罠にしてはやりすぎじゃし、チャンスにしては粗か様すぎる。


 儂が目の前の状況に対して、どう判断したものかと決めかねていると、アクエロがボソリと呟いた。


(……地脈のエネルギーを利用している魔法具だけが止まってる)


 確かに停止したのは戦術級魔法具の中でも最上位に位置する莫大なエネルギーを必要とするものばかりじゃ。その他の天族や機械兵器は普通に動いておる(ただし明らかに動きの悪くなったものもあるが)。


「地脈をエネルギーに変換する魔法具に異常が起きたということか?」

(分からない。地脈を吸い上げる魔法具はその役割上かなり丈夫に作られている。魔将レベルでも単独で壊せる者は限られるはず。そう簡単に異常をきたすとは思えない)

「確かに……な」


 何せこの世界の生命力とも呼ぶべきエネルギーを汲み出す魔法具(そうち)じゃ。ちゃちな作りでは話にならんじゃろうし、万が一に備えた技術者が魔法具(そうち)の傍に控えてもおるじゃろう。


 何よりも兵士が命懸けで戦っておる最中に魔法具の故障が原因でこのような致命的な事態を引き起こすほど天族が無能とは思えない。そのような者達が相手ならとうの昔にマイマザーが滅ぼしておったじゃろうからな。


 ならばやはり目の前に起こっている異常は人為的なもの? いや、それはそれで同じくらいあり得んような気がするんじゃが。


(後、天族の動きもなんか変。妙に動揺してる)

「そうなのか? いや、こんな事態だ。普通に混乱してるだけだろう」


 パッと見た感じ、儂にはアクエロの言うような動揺を天族の中に見つけることはできんかったが、むしろ自軍にこのような状況が突然発生すれば動揺するのが普通じゃろう。その点天族は驚くほど冷静に対応しているように見えた。だからこそ罠ではないのかと疑いたくなるんじゃがの。


(ここにいるのは天族の精鋭。どんな苦境でも原因が分かっているなら最善の手段を淡々とこなして対処するはず。でも今はまるで正体の分からないものに怯えてる。そんな印象を受ける)

「つまり連中も原因が分かってないということか?」

(多分、そうだと思う)


 多分と言いつつもアクエロの口調には強い確信があった。事実こやつは心の機微を見抜くのが非常に上手い。そのアクエロが言うんじゃ。天族ですら事態を把握できていない何かが起きたと考えてよいかもしれんの。


「ならばやはりこれはチャンスか?」


 結界が消えてもまだまだ天軍や機械兵器が大量にいるが、儂とアクエロなら突破できんことはないじゃろう。


 この異常が一時的なものなのか、それともずっとこのままなのかは分からんが、この機会に城壁を突破できさえすれば、例え異常が終わっても再びあの強固な結界に悩まされることはなくなる。


(きっと、絶対、確実に今がチャンス。ここは温存なんて止めて全力を出そう。私達で全部片付けよう)


 ここ暫く大人しかった反動なのか、久しぶりに(アクエロ)が儂の中で激しく蠢きだす。全力を尽くそうと、安全な戦術なんて放り出して、私たちにしか出来ないことに挑もうと、静かでいて狂おしいまでの渇望をもって儂の精神に干渉してくる。


 別にそれに流された訳ではないが、この好機を逃すのは確かに惜しい。


「…………いくか」


 魔法で宙に浮いておる儂のもとに複数の戦車が狙いを定めて砲弾を飛ばしてくる。儂は相手にせず、ただじっと空と大地に壁のように立ちふさがる天軍の動きを観察した。


 シャールエルナールの軍が城門を目指して正面から攻め入り、儂の軍が左、エルディオンの軍が右から回りこむように、人が通るという構造上もっとも守りが薄い城門を目指しておる。それを阻む天軍の陣形にこれと言った偏りはなく、空を飛ぼうが地面を駆けようが一糸乱れぬ動きで対応してくる。


 そこで儂に向かって飛んできていた砲弾が雷によって打ち落とされ、戦車の群れは竜巻によって吹き飛ばされた。


「リバークロス様。仕掛けるおつもりでしたら是非、我々アクキューレに先陣を切らせてください」


 何だかんだでもう十年程の付き合いじゃ。儂が考えておることを察したシャールアクセリーナが頭を下げて来た。それは戦場の真っ只中においてあまりにも隙だらけの姿じゃったが、周囲を悪魔族の精鋭であるアクキューレに囲まれたシャールアクセリーナに攻撃を与えられる猛者はこの場にはおらんかった。


 ちなみに砲弾を雷で撃ち落としたサイエニアスは儂を守りつつもアヤルネと協力して機械兵器や天族を黙々と倒し続けておる。ウサミン達は遊撃隊として攻めに守りにと忙しく働いており、イリイリアとマーレリバーは儂の傍で中継者であるマーロナライアを守りながら、それぞれ魔法で仲間をサポートしておる。


 こうしてみると一見危なげなく、かなり余裕があるようにも見えるんじゃが、実はそんなこともなかったりする。


 儂は地上に視線を向けた。そこではーー


「カラカラ。カラカラ。この機械兵器、中々に強力であるな。我輩の骨がバラバラになりそうである」

「情けない。この程度で倒れるような男にどうしてエグリナラシアを守れようか」


 まだ年若い軍団長二人が結構ピンチじゃった。


「ガッハッハ。どうした天族共。こっちだ! このデカラウラスが相手だ」


 軍団長統括であるデカラウラスや王子である二人の近衛が頑張っておるのでまだ何とかなってはおるが、儂が抜け、更にアクキューレ部隊までここを離れたらあやつらだけでは危ないかもしれんの。とはいえ、まだまだ戦力に余裕がある敵軍の中に儂と一緒に突撃などさせたら、あやつ等では生き残るのは難しいじゃろうし。


 さて、どうしたものか。


 本音を言えばあの二人にはもう少し後方に下がってもらいたいんじゃが、魔族の上下関係は基本力によってもたらされる。よほど貴重な固有能力でも持っていない限り戦わない王子や軍団長に価値などない。死なれると困るから戦うなと命じるのは、つまり社会的に死ねと言っておるようなものじゃ。


 いくら自分なりの地盤ができ始めた儂でも、さすがに王子の反感を買うのは面白くない。とくにアンデット族は現在かなりの数が儂の手足として働いてくれておるし、その種族の王子に生きたまま恨まれるくらいならいっそのこと好きにやらせて戦死してくれた方が儂としては都合がいいんじゃが。……うーむ。さすがに切羽詰まってもおらんのに部下の死を前提に考えるのも良心が痛むの。


 ならばアクキューレ部隊を二つに分けるかとも考えたんじゃが、現在ココアを初めとしたアクキューレ部隊の腕利きを何人かカーサちゃんの護衛につけておるのでそんな余裕はない。だからといってまさか儂の近衛であるウサミン達に軍団長を守らせるわけにもいかんし。


 やはりまずは儂が一人で突撃し、ある程度道を作ってからそれに続かせるべきじゃな。そう判断したのじゃが。 


(リバークロス様。エルディオン様から思念が入っています)


 マーロナライアから入った思念に自然とシャールアクセリーナへの返答は保留となった。


「エルディオンが? いいぞ、繋げ」


 すると今現在繋がっておるどの意識よりも大きな存在が思念で編まれた回線(ネットワーク)に入り込んできた。


 その巨大な意識は前置きもなく聞いてくる。


「小僧。プリティーデビルの奴はどうしている?」

「は? プリティーデビルちゃん? しばらく見てないがそれがなんだ?」


 ここ最近、何やら忙しそうに動き回っておるエイナリンに付き合うようにプリティーデビルちゃんとも顔を会わせることが殆どなくなっておった。てっきり儂はエイナリンにくっついて真面目に仕事をしておるものだと思うていたんじゃが、違うんじゃろうか?


「ちぃ。あの馬鹿者が。また無茶をしたな。ほんの少し前、それで死にかけたばかりだろうに」


 エルディオンの声は苛立っておると言うよりも、非常に珍しいことに焦っているようじゃった。


「なんだ? この異常はプリティーデビルちゃんが関わっているのか?」


 話の流れからしてそれしかないんじゃが、プリティーデビルちゃんがどう関わっておるのかがさっぱり分からん。エルディオンが強いと太鼓判を押しておったし、まさか一人で特攻でも仕掛けたんじゃあるまいな?


 まぁ、それでこの事態を引き起こせたのなら、その力は魔将と同格どころか普通に越えておると思うのじゃが。いや? 待てよ。


「………まさかエイナリンか?」


 もしもこの事態を一人で引き起こせる者がいるとしたら、それはエイナリンをおいて他にはおらん。何よりもプリティーデビルちゃんはエイナリンのお目付け役。エルディオンが気にしているのは、つまりそう言うことなのじゃろうか?


「話は後だ、付いて来い小僧。万が一があっては取り返しがつかん。どのような犠牲が出ることも厭うな。一気に攻めいるぞ」


 言うや否や、エルディオン軍が遠目にも一目でそれと分かる特攻をしかけた。


「お、おい? 何をやっている?」


 機械兵器からの集中砲火に晒されようが、天族達からの凄まじい攻撃を受けようが怯むことなく、エルディオン軍はただただ前進していく。防御もそこそこに機械兵器や天族を次々と食い破っていくその姿はまるで追い詰められた獣のような獰猛さじゃ。


 無論、無茶な突撃の代償とばかりに次々とエルディオン軍の優秀な部下がその命を散らしていく。


 いくらエイナリンが戦力的な意味で失うわけにはいかん人材とはいえ、ルシファが現れていない現状、あのエイナリンが盾の王国時のようなピンチにそう簡単に陥るとは思えん。マイマザーの言葉が気にはなるが、その為にプリティーデビルちゃんがおるのじゃろうし、いくら何でも焦りすぎではないじゃろうか?


「リバークロス様、あれを」


 イリイリアの声に促され視線を向けてみれば、エルディオン軍に呼応するかのように、いやむしろ競うかのような激しさでシャールエルナール軍も特攻を開始した。


「シャールエルナールまで?」


 驚きと、そして違和感を覚えた。


 魔王軍の利益に聡いエルディオンはともかく、あのシャールエルナールがマイマザーの命令もなしにエイナリンの為にあのような行動をとるじゃろうか?


「リバークロス様、ご指示を」


 目の前で尊敬する姉の奮闘を見せつけられたシャールアクセリーナが猛った声を出す。


 正直儂としては優秀な部下を無駄に失うような行動はとりたくないんじゃが、エルディオンだけならまだしも、この軍の最上位者であるシャールエルナールまで特攻をかけておるのに儂らだけ指をくわえて見ておるわけにもいかんじゃろうて。


「俺達も打って出る。ただし先陣は俺とアクキューレだ。各軍団長はその後に続け」


(リバークロス様の仰せのままに)


 返答の思念にはそれぞれ思うところがあるようじゃったが、この状況でぐたぐた言う者はいない。


 何がそうまでさせるのかは分からんが、エルディオンとシャールエルナールは明らかに自軍の損耗を恐れていない。部下に捨て身の特攻をかけさせ、部下で出来た死体(みち)の上を歩いておる。


 儂とてエイナリンのことは人並みに心配じゃが、そもそもこの異常にエイナリンが関わっているのかも定かではない状態で、二人のような無茶をして部下を潰す気には到底なれんかった。しかしここは戦場。出来ませんなどという泣き言に耳を貸す者はおらん。


 儂はカードを切ることにした。


「アクエロ、やるぞ」

(待ってた)


 本当は天将が出てきた場合のことを考えて出来る限り温存しておきたかったのじゃが仕方ないじゃろう。


「統合せよ、極限の力達」


 本来なら一つの(にくたい)に多くても数個しか与えられることのない才能ギフト。スキルと呼ばれる肉体に秘められた可能性(さいのう)が儂の中で百の数を超えて目覚める。肉体の内ではぜる力。それは本来なら肉体を維持することも出来なくなるほどのエネルギー。しかし現代で鍛えられた魔道の技術を持ってすれば荒れ狂うそれを制御することが儂には出来る。


 そうして儂の体は変質する。上位世界からエネルギーを引き出しておきながらもその力のほんの一端しか扱えない現在の器から、この世界のどんな肉体よりも強靱で、どんな環境にも負けることのない最強の(からだ)へと。


 発動する究極アルティメットスキル『進化の終着点』


 儂から放たれた力が戦場を駆け抜け、血と殺意が支配する世界にほんの一時静寂が生まれる。命なき機械兵器ですらが儂の魔力に当てられて動きを止めた。戦場にいる全ての種族が恐れ戦くように儂を見上げる。


 儂は念話を使ってそんな彼らに慈悲と無慈悲を告げた。


「一度だけチャンスをやろう。死にたくなければ去れ。俺の道を阻めば皆殺しだ」


 これで引いてくれれば楽なのだが。そう思いつつもそうはならない確信があった。事実として儂の言葉を合図に戦闘が開始される。


 今までは儂ら魔将にほぼ均一に送られていた機械兵器が、現在進行形で特攻を仕掛けているエルディオンやシャールエルナールの所ではなく、儂一人に集中する。それだけではなく地脈を使った物に比べると威力は落ちるが、あらゆる戦略級魔法具が儂に向かって火を噴いた。


「ちょー!? これ無理なんですけど? 死んだふり。死んだふりしても良いかな、ネコミン」

「こんなときにまで馬鹿言ってんじゃないわよ。構えなさい。来るわよ」

「二魔とも私の後ろに下がれ!」


 中ノ国の総力を結集したかのような攻撃を前に地上から数多の悲鳴が上がる。


「………面白い」

「アヤルネ、あまり無茶をするなよ」


 額から角を伸ばしたアヤルネが魔力で煌々と輝く瞳をこれでもかと見開いて全身に魔力を集めていく。その横ではやはり角を伸ばしたサイエニアスが雷を纏い、シャールアクセリーナを初めとしたアクキューレ達も魔力を高めて詠唱を開始する。


 その姿は頼もしいの一言ではあったが、せっかく温存していた力を使うことにしたんじゃ。ここは一つ、超越者級に至った者がどれだけの力を持つのか、分かりやすい形で敵味方に見せつけてやるとするかの。


「下がれお前達」


 儂はそう言うと、スッとこちらに向かってくる数多の攻撃(エネルギー)に対して手を伸ばした。するとーー


「嘘!? あれを魔力のみで止めた?」

「これは……凄いな」


 目の前に広がる、まるで時間が静止したかのような光景に近衛は勿論のこと地上からも声が上がる。


 放った魔力を操って物体を操作する魔力式念動力。超越者級という一生物の枠を超えた魔力を持って全ての攻撃を無理矢理止めた。……のはいいんじゃが。


「さすがに重いな」


 究極アルティメットスキルによって限界を超えて強化された肉体に悲鳴が走る。いかに現在作り出せる究極の体とはいえ流石にこれは無茶だったかもしれん。


「謡え、アクエロ」

(覇王よ、法を敷く者よ。導きなさい。誘いなさい。例えそれが破滅への甘言だとしても、汝の言葉こそが道である。『ロード・チャーム』)


 アクエロが魔法を発動させると空間に一方通行を強いる力の流れ道が作られる。


 儂は掴まえた様々な力とついでに天族や機械兵器をその流れの中に放り込む。力は放り込まれた天族や機械兵器をミキサーで野菜を削るかのように粉々にしながら第一級空間魔法によって作られた道をただ駆け抜けた。


 『ロード・チャーム』は本来は空間内のベクトルを操作して敵の攻撃や進行を阻むのに使うものだが、魔力操作がダントツで上手い儂は別のやり方を思いついた。つまりーー


「魔力が空に集まっている?」


 空を見上げる地上の誰かが呟いた通り、儂は『ロード・チャーム』で力を一ヶ所に集め、それらを統合して攻撃の為に再利用する。幾つもの異なる他者の魔力を操るのは並大抵のことではないが、百を越える上位スキルを統合させることに比べたら、何のこともない。


 そうして空に出来上がる魔力の太陽。これこそが儂のオリジナル魔法。名付けて、


「『反転(リバー)する敵意(ホスティーリティー)』。己の放った力で終われ」


 そうして破滅の光が流星となって降り注いだ。戦術級魔法具の力も入っていたのでその威力は絶大じゃ。


 天軍からは悲鳴が、儂の軍からは歓声が上がった。


「敵が壊滅したわけではない。油断するな」


 あれだけの魔法攻撃を持ってしてもまだまだ天軍は健在じゃ。こしゃくにも『反転(リバー)する敵意(ホスティーリティー)』から逃げた者もそれなりにおるし、流石に百戦錬磨の(つわもの)と言ったところじゃな。しかし流石に混乱は避けられんかったようで、儂等は最小の犠牲で天軍の中を突っ切ることに成功した。


 儂等が城門にたどり着くのと、エルディオンとシャールエルナールの軍が辿り着いたのは、ほぼ同時じゃった。


「流石に早いな。それに先程の魔法も見事なものだ」

「まったくもってその通りであります! それでこそ魔王様のご子息。まさに天晴れであります」

「無駄口はいい。どうしてこんな無茶をした?」


 儂は城門を壊せる魔力を集めながら二魔に問いかけた。現在こちらの軍は反転し、儂ら魔将を中心に半円を描きつつ、襲い掛かってくる天族と戦っておる。天族側も流石に必死じゃ。早いとこ中に入らんとこの囲まれた状態では仲間が死にすぎる。


「なんだ、早くこの国を落としたかったのではないのか?」


 エルディオンとシャールエルナールも魔力を高めるが、戦争経験の差なのか、あまり焦っているようには見えない。


「それはそうだが、死なせる必要のない部下を死なせることはないだろ」

「ふん。小僧が言いたいことも分かるが、文句ならプリティーデビルに言うのだな」

「プリティーデビルちゃんに? エイナリンではなく?」

「『翼』の奴なら今ごろはプリティーデビルの妹と追いかけっこだろうよ。……まったく。確かに他の同格の者達と比べれば最も動かし易いのは認めるが、あの二魔を近づければこうなることくらいあやつなら予想ついたろうに。ましてや今はあの時と同じように『翼』に弟子までおるときた」


 エルディオンがやけに複雑そうな顔で儂を見てくる。


「なんだよ?」

「いや、別に。それより本当にプリティーデビルからはなにも聞いてはおらんのか?」

「聞いてたらこうしてお前に聞く必要がないだろ」

「そうだな。しかしこの動き。何処となく普段の奴らしくないな。………何を焦っている?」 


 そう言って何やら一人でブツブツと考えだしたエルディオン。ふーむ。困ったの。まったく話が見えんのじゃが。結局のところこの意味不明な状況を理解するために必要な情報はーー


「いい加減プリティーデビルちゃんが何者か教えろよ」


 これに尽きるじゃろう。


「それは無理であります」


 そこまで黙って魔力を練っていたシャールエルナールが断固とした口調で言った。


「俺の命令でもか?」

「そうであります。この件に例外はないのであります」


 普段なら儂の言うことを無条件で全肯定するシャールエルナールのその態度に、マイマザーの命令であることが容易に想像できた。


 だとしたら決してシャールエルナールは喋らんじゃろうな。こやつの日頃の献身はあくまでも儂がマイマザーの息子だからであり、マイマザーに命じられたら恐らくこやつは平気で儂でも殺す。


 良くも悪くもこやつは紛れもない狂信者じゃ。


 そんなシャールエルナールの態度に儂が情報を得るのを諦めかけた時、


「儂は別に教えてもいいと思うのだが……」


 エルディオンがそう言った。


 途端シャールエルナールから手加減抜きの殺気が飛んだ。明らかに脅しではないあまりに濃厚なその殺意に、儂に向けられたものではないにも関わらず、弾かれたようにイリイリアとサイエニアス、そしてアヤルネが儂の前に飛び出した。


 エルディオンは軽く肩をすくめて見せる。


「こういうわけだ小僧。悪いがこの件について知りたければプリティーデビルの奴に直接聞け」


 マイマザーから口止めされておるのならプリティーデビルちゃんも喋らん可能性が高いのではと思ったのじゃが、あまりしつこく問い詰めてシャールエルナールを本気で怒らせるのはマズイ。


 何よりも儂らがこうしている間も天族や機械兵器の攻撃から儂らを守って多くの魔族が死んでおる。……お喋りはここまでじゃな。


「分かった。今はひとまずここを破るぞ。合わせろ」

「分かっておる。いつでもいいぞ」

「本官もであります」


 儂らの魔力は既にこれ以上ないほど練られている。儂は城門へ向けて手を伸ばした。


「いくぞ!」


 そして今回も三魔で力を合わせることで城門を破壊することに成功する。無論、以前とは違いすぐにでも中から激しい反撃が飛んで来るじゃろうと警戒したのじゃが、


「…………攻撃がない?」 


 空いた穴の向こうは酷く静かじゃった。


 ただでさえ様々な力が飛び交っておる戦場での微細な魔力感知は難しい上に、今は儂らが放った魔法の余波がそれに拍車をかけておる。だから待ち伏せがおるかどうか非常に酷く読みにくい。……読みにくいのじゃが。


「……ひょっとして、誰もいなくないか?」


 それはないと分かっていながらもついそう言ってしまう。それほどに静かすぎた。しかし外で戦っているのは天族がメインの軍隊。中ノ国の人口は要塞都市の三倍以上と聞いておるし、全ての人間が避難したとは思えんのじゃが。


「これは、やはり……」

「ああ。さすがであります」


 渋い顔のエルディオンと頬を紅潮させ身震いするシャールエルナール。


 何やら二人だけ納得しておる様子じゃが、今一つ現状が理解できん儂としては面白くない。一刻も早く中に入る必要がある状況と相まって、儂は足早に百メートルはある城門、そこに開けた穴の中を歩く。


 半ばほど歩いたところで儂の鼻孔を(くすぐ)るかぎなれた香りがした。先程まで背後で嫌と言うほど嗅いでおった匂いじゃ。段々とこの向こうに広がる光景が想像できた。


 それでも城門を完全に抜け、その先に広がる光景を目の当たりにした時、儂は思わず目を見開いた。


「これは……どういうことだ?」 


 そこにあったものはーー

 

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