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エイナリンへの欲情

「何か嫌な予感がしたんで来てみたんですよ-。そしたらリバークロスが何か一魔で騒いでいるからビックリです。アクエロちゃんのライヴも見ずにこんなところで何やってるんですか~?」


 突然現れたエイナリンは呆然とする儂に構わず、いつもの気安げな態度で話しかけてくる。


 そんなエイナリンを見ておると不思議と気分が落ち着いてきた。先程まで妙な不安を感じていた……気もするが、それも今は跡形もない。本当に何だったんじゃ? あの女は。なんだか狐につままれた気分じゃな。


 エイナリンとも関わりがあるようじゃし、一先ずエイナリンにもあの女のことを伝えておくかの。


「おい、今ここにーー」

「ん~?」


 何故かエイナリンはいきなり眉間に皺を寄せると、儂に顔を寄せてきおった。


「な、なんだよ」


 綺麗な女など抱き慣れておるはずなのに、エイナリンの顔が近づいてきただけで儂の全身は彫像のように固まり動けなくなった。そんな情けない体とは正反対に主張を始める心臓の鼓動。


 まさかこの感情は…………恋?


「って、んなアホな!?」

「うるさいですよ~」

「あっ、すんません」


 思わず自分に突っ込みを入れてしまった儂に、すかさずエイナリンから苦情が飛んでくる。くそ、つい謝ってしもうた。それにしても恋じゃと? お年頃の少年ではあるまいに、何をセンチなことを。


 たしかに儂はエイナリンを異性として他の者よりも強く意識しておる。それは認めよう。じゃがそれは同格の相手故に子孫を残す、あるいは互いの魔力を交流させ心身の充実と成長を目指す性魔法の相手として最も適しているからという、いわば生物としてのごく自然な反応にすぎん。


 今までもそれを理解していたからこそ、肉体が反応しようが特に心乱されることはなかった。だというのに何なんじゃ? 今日の儂は。ちょっと、いや、かなりおかしいんじゃが。


 そんな悩める儂に構わず、エイナリンは何故か鼻先を儂の胸や首に当てると(ひー。これだけで心臓が爆発しそうじゃよ)ーー


「うーん。クンクン。クンクン……えい!」


 いきなりぶん殴ってきおった。


「がはぁ!? お、おま……いきなり何しやがる?」


 エイナリンのグーパンチを顔面にくらい思わずよろめく。押さえた鼻から零れた大量の血が儂の手を汚した。


「あー。すみません。何かスッゴク頭にくる匂いがした気がして、つい」

「匂い? あー」


 まさか本当にエイナリンにも効果があるとは。あの女、いやあの姉妹何者じゃ? エルディオンやシャールエルナールが知っているようなので無理に探ろうとは思わなかったが、これは姉の方も含めてもっとよく調べておいた方が良いかもしれんの。


 まぁ今はそれよりもーー


「おい。主を殴っておいて、まさかただで済むとは思ってないよな?」

「んー? 何か今日はやけに好戦的ですねー。嫌なことでもありましたかー?」

「それ、顔面殴っておいて言う台詞か?」


 しかし確かに言われてみれば何か不思議な程好戦的な気分じゃな。


 さっきまでは少年のようにドキドキしておったくせに、今はごく自然にやり返そうと考えてしまった。何というか感情のままに行動している感じじゃ。これはいかん。少し落ち着け、落ち着くんじゃ儂。


 確かに殴られたのは腹立たしいが、魔力が込められていなかったので血はとっくに止まっておるし、他の者ならいざ知らず相手はエイナリンじゃ。いちいちマジでキレていたら身が持たん。第一仕返しがしたいなら何か面倒な仕事をそのうち押し付けてやれば良いだけじゃしな。


 …………そう考え、事実そう思っておるのに、何故か苛々とした感情が一向に収まらなかった。


 はて? 儂、こんなに短気じゃったろうか? いや、待てよ? まさかこれはーー



 究極(アルティメット)スキル『堕ち逝く愚者への(いざな)い』



 ……………………はて、まさか……何じゃったかの? 何かあったような、……無かったような? まぁド忘れするくらいなら大したことでは無かろう。


「どうしましたー? 何か本当に変ですよー」


 エイナリンが珍しく心配そうに儂を見ておる。


 金色の髪が風になびき、穢れを知らぬ白い肌が月の光を浴びて神秘的に輝いていた。いつも思うが、やはりこやつ凄い美人じゃな。


 儂は何も考えずそんなエイナリンの腕を掴むと強引に抱き寄せる。


「ちょっと、ちょっと~? 何発情してんですか~?」


 見た目だけなら華奢に見えないこともないその体を思いっきり抱き締めると、胸の中でエイナリンが冗談染みた声を出した。儂は構わずそんなエイナリンの唇を強引に塞いだ。


 ほんの少しエイナリンが目を見開くのが分かったが、反応はそれだけで攻撃はしてこない。それに気を良くしたのか、それとも初めからそんなことを気にする精神状態ではないのか、儂は構わずエイナリンの中に自身の(もの)を伸ばした。


 そして何度も何度もエイナリンの中を貪る。音を立て、乱暴に、エイナリンという女を堪能した。


 そして互いの体液で繋がった唇を離すと、そこには半眼で儂をジッと睨むエイナリンの顔があった。


「えーと。もう一発ご希望ですか~?」


 儂の唾液でまみれた口元を拭いながら、エイナリンがとても良い笑顔で聞いてきた。普段ならその表情にヤバイと思ったかもしれんが、今に限って言えば興奮は収まるどころかむしろ増すばかりじゃ。


「エイナリン、今からお前を抱く」

「はー? リバークロス、貴方本当におかし……って、貴方ひょっとして?」


 途端、エイナリンの気配が変わった。別に殺気や魔力が放たれたわけではない。先程と同じように遠くのものを見るかのように眉間にシワを寄せ、真剣な表情を作っただけじゃ。


 しかしたったそれだけの変化に儂の本能は考えるよりも先に上位者(エイナリン)からできうる限りの距離を取るよう体に命じた。


「ちょっと。ちょっと~。そんなに怯えなくてもいいじゃないですかー。少し気になることがあるので見てあげるだけですよ。ほら、私が欲しいんでしょ? 怖くないですよー。おいで、おいでー」


 その子供をあやすような口調が不思議なほどに腹立たしい。儂の中で制御できない何かが完全に弾けた。


 俺が雄でお前が雌だ!


 コントロール出来ない欲情が敵意へと変換される。その衝動のままに動こうとしたまさにその時、気付けばついさっき開けたはずの距離がエイナリンによってあっさりと埋められていた。


「遅いですよ」


 エイナリンの拳が顔面目掛けて飛んでくるが、そう何度も食らってたまるか。


「おっ? ビックリです~」


 頬の肉をごっそりと抉られながらも何とか回避に成功する。エイナリンが驚いたような表情を浮かべた。


「なめんな!」


 エイナリンは確かにあらゆる面で俺の上をいく存在だ。だが可能性世界の経験を取り込んだ今の俺ならアクエロ抜きだとしても簡単に負けはしない。


 そんな自信と共に繰り出す俺の拳打を、エイナリンは感心したような面持ちで、しかし明らかな余裕を持って軽く捌いていく。


「ちぃ」


 俺は構わずに魔力を込めた拳を放ち続ける。様々な創意工夫を施したそれは、しかし天に拳を突き上げるかの如くまるで届かない。何て遠い。何て強い。それが悔しい。それが嬉しい。


 歓喜。憎悪。快楽。嫉妬。怒り。欲情。様々な感情に促され俺の体は更に加速していく。だがーー


「ふむふむ。弟子の成長をこうして実感できるのは師としては嬉しい限りですね~。……あ、隙ありです。えい」

「ぐっ!?」


 繰り出したすべての攻撃を完璧に捌かれた後、お返しとばかりにカウンターが飛んできた。顔を狙ったそのハイキックを腕で防ぎはしたものの、踏ん張ることができずにそのまま蹴り飛ばされる。


 だが大したダメージはない。着地も問題ない。腕は痺れるが、すぐに治るだろう。何よりも……防御できたぞ。恐らくは入れるつもりで放ったエイナリンの一撃を俺は完全に防ぐことができた。


 やれる。やれるぞ。俺は負けてない。積み上げた力を実感する瞬間。この瞬間が何ものにも代え難い至福の時であることは疑いようがないが、どういうわけか今日はいつも以上にその喜びが激しかった。


 甘い匂いを嗅いだ気がした。脳裏に勝手な映像(ビジョン)が浮かぶ。


 目の前の女を力付くで組伏せて蹂躙したい。一切の容赦なく欲望のままに嬲ってやりたい。


 そんな俺の欲望に濁った視線に気付いていないはずがないだろうに、エイナリンの表情に嫌悪や敵意が浮かぶことはなかった。どこまでも淡々と、時折こいつが昔のアクエロ以上に人形じみて見える時がある。


 そんな人形(おんな)が言う。


「やっぱり随分成長してますね~。ではこれなんてどうですかー?」


 エイナリンは空間から一本の剣を取り出すとそれを空に向かって投げた。するとその剣は空中でまるでピンぼけを起こした映像のようにブレ、やがて実在する数十本の剣となる。


 そしてーー


「形態変化。モード『(ブラック)き・騎士団(ナイツ)』」


 剣の形状がグニャグニャと変わり、地面に落ちる頃には西洋風の鎧と槍や剣、斧などを持った騎士の形になった。


「さて、この子達の攻撃をどう凌ぎますかー?」


 直後、十三体の黒き騎士達が襲いかかってきた。


「そんな虚仮威こけおどしで」


 今更式神魔法なんかでこの俺をどうにかできると思っているのだろうか? 俺は一番初めに斬りかかってきた剣を持った黒い騎士を殴り飛ばした。直後、拳に走る衝撃。これだけの魔力を纏っていながらこの手応え?


「……堅すぎだろ」


 いや、それだけではない。完全に躱したつもりだった黒き騎士の剣が俺の衣服を僅かに切り裂いていた。何か一つ間違っていれば手傷を負っていたかもしれない。


 想像以上の手強さに俺は思わず舌打ちをする。剣を持った騎士に少し遅れ、他の黒き騎士達が一斉に襲いかかってきた。


 俺はそれら全てを殴り飛ばし、あるいは蹴り飛ばすが、………強い。黒い騎士達は一体一体が中位の上級魔族に匹敵する恐るべき力を持っていた。


 ちっ、駄目だ。素手では捌ききれない。 


「なるほどー。ここまでとはビックリです。アクエロちゃんなしでも中々やるもんですねー」

「なっ!?」


 俺が武器を取り出そうと意識を裂いた、まさに刹那としか言いようがないその時間を使って、エイナリンが俺の横に移動していた。


「でも、雑念が入りすぎです。欲に濁った視界では色々なものを見落としますよー」


 直後、エイナリンの拳が俺の腹にのめり込む。というか体を思いっきり貫通する。


「がはっ!?」


 血を吐き出しながら俺は自分の体を貫いたエイナリンの腕にしがみついた。エイナリンの腕はあっという間に俺の血で真っ赤に染まり、その頬にも赤い滴が飛び散るが、それでも人形(エイナリン)仮面(ひょうじょう)は変わらない。ただ状況に合わせて別の仮面(ひょうじょう)を用意するだけだ。


 エイナリンが満面の笑みを浮かべる。


「ちょっと痛いですけど、まぁ乙女の唇を奪った罰だと思うんですねー」


 そうしてエイナリンの体から放たれるのは目も眩む白き輝き。


「があああ!?」


 熱い。熱い。熱い。神聖でどうしようもなく暴力的な光が俺の中の何かを焼いていく。腕の中でのたうち回る俺をエイナリンは淡々と魔力で押さえ込んだ。


 やがてーー


「はい。除去終了です~」


 エイナリンが腕を振るうと、儂は地面に叩きつけられそのまま何度も地面を転がった。転がりながら、何故このような状況になっているのかが理解出来なかった。


 波が引くように暴力的な感情が消えていく。しかしだからといってエイナリンが許してくれるかは別問題じゃ。追撃にビビった儂は反射的に心臓で繋がった、最早儂の一部である悪魔を空間を越えて掴んだ。そして有無を言わさず無理矢理引き寄せる。


「来い! アクエロ」


 そして姿を表したアクエロはーー


「プリティーデビルちゃん。今日こそは貴方に勝って私はトップアイドルの座を手に入れる。勝負よ!」


 そう言ってビシッと儂を指差してきた。すまんが儂に勝ってもトップアイドルにはなれんよ? そんな儂の思いが通じたのか、アクエロは周囲をキョロキョロと見回した後、笑顔で手を振るエイナリンと、全身がこんがりと焼けておる儂を見比べて、何とも哀愁漂う表情を浮かべた。そしてーー


「愛の果てに壊れ行く私達。崩れ落ちるその時まで抱き締めて。分かってるでしょ? 私達は互いの尾を喰らい合う定め。決して離れることなどない。さあ一つになりましょう。奈落に落ちる最後のその時まで」


 構わずに歌いだしおった。


「アクエロちゃん。素敵ですよー」


 それにエイナリンが手拍子を入れる。既にその姿はいつもの調子を取り戻している。いや、それは儂の方か?


「何だったんだ?」


 気づけば儂を支配していた異常な興奮は収まっていた。


 百歳やそこらの小僧ではあるまいに性欲などにああも完全に支配されるとは? これも魔王の血の影響じゃろうか? それともまさか今日の一件でそこまで精神が疲弊していたとでも言うのじゃろうか? それで自棄っぱちに?


「いやいや、それこそまさかだろ」


 確かに気分が良いものとはいえんが、戦争なら向こうでも嫌というほど味わった。世の中では個人ではどうしようもない流れと言うものが存在する。その中でできるだけ好きに生きるには力が要るし、なければないなりに『術』を行使していくしかない。


 一時の感情に流されて大局を見失う。そこまで若いつもりはなかったんじゃが…………駄目じゃ。本当に訳がわからん。


 そもそも女を抱きたいだけなら近衛の誰かを呼び出せば良かっただけだというのに。いや、それ以前に今日はそんな気分でもなかったはずじゃ。なのに何故儂はあのようなことを?


 ……いや、待てよ?


「そういえば、誰かいたような?」


 エイナリンが来るまでの間、誰かと肌を重ね合っていた。一瞬何故かそんな妄想が儂を襲った。じゃがどれだけ思い返してみてもやはりエイナリンが現れるまで儂は一人だった。


 都合の良い記憶の改竄までしだすとは、これは重症じゃな。


「リバークロス。いつまでそんなところで突っ立っているつもりですか~。しけた顔してないでこっちに来て、一緒にアクエロちゃんの可愛らしさを称えると良いですよ~」


 多大な迷惑をかけてしまったエイナリンにそう言われては、今の儂に反論の術はなく。儂はため息を付くと二人の元へと足を向けた。その時ーー


「なんだ、この匂い?」


 夜風にのってやけに甘い香りが鼻孔をくすぐった気がしたが、直ぐにそれは幻のように消え去った。


「何してるんですか~? 早くこっち来い、こっち来いです~」

「分かってる。……って、それなんだよ?」


 いつの間にかエイナリンの回りには幾つもの酒瓶らしき物が置かれていた。


「私お手製のドリンクですよ~。とっても美味しいですけど、いりますか?」

「貰えるなら」

「どうぞ、どうぞです~」


 手渡されたグラスにエイナリンが酒を注いでくる。透明な液体がガラス細工の器に満ちるまでの間、儂はエイナリンと顔を合わせられなかった。


 しかし、何時までもこのままと言うわけにはいかんじゃろうて。


「その、エイナリン、さっきは……」

「別に気にしてないですよ~。私が綺麗過ぎる罪な女なのは昔からですからね~。むしろ目の前でうじうじされる方が鬱陶しいです~」


 そう言われると返す言葉もなく、儂はエイナリンに注いで貰ったお酒? を飲み干した。


「……上手い」

「そうでしょ? それ、とってもハイになれるってアクエロちゃんやうちの子達にも好評なんですよ~。あっ、だからって襲ってきたりしたらダメですからねー」

「分かってる。さっきは本当に悪かった」

「そう思うなら、ほらじゃんじゃん飲むと良いですよ~。私も明日から少しやることが出来たので、今日はとことん飲むことにしますから」

「やること?」


 何じゃろうか? 気にはなったんじゃが、エイナリンは答える気がないようで、どれだけ聞いても適当にはぐらかすだけ。


 …………まぁ、いいか。


 そうして儂はエイナリンと二人、ライヴを邪魔された腹いせのように歌い続けるアクエロの歌を夜通し聞き続けるのじゃった。


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