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要請届く

「駄目ね。ここはもっと性能を伸ばせるはず」


 窓から入る陽の光がとっくに渇れ尽きた一室。本来なら言葉一つで明かりを灯す、天井に設けられた球型の魔法具の使用すら酷く面倒に感じて、私は唯一の光源である目の前のディスプレイだけを食い入るように見つめていた。


 もうどれくらいこうしているだろうか?


 ここは勇者として教会や各国から受けた様々な支援とギルドで稼いだお金の全てを注ぎ込んで作った私の魔術研究所、その一室。


 私の手元には自作した(と言っても似たような魔法具は沢山あるので、特に珍しいものではない)パソコンが一台。私は忙しなく動かし続けていたキーボードを叩く指をふと止めた。


「うん。やっぱりそうだわ。うふふ。もう、やだわ。私ったら」


 思わず笑ってしまう。きっと今鏡を覗いたら、自分でも見たことのない満面の笑みがそこに浮かんでいることだろう。


 だから私はパソコンを持ち上げるとーー


「こんなんじゃあ~! ダメなのよぉおおおおー!!」


 机に叩きつけた。何度も、何度も、叩きつけた。それだけでは飽きたらず、砕け散り空中に浮かぶ破片が地面に落ちる前に片っ端から殴りつけた。勿論考えなしの行動では無い。中身のデータはクラウドにちゃんと保存してあるから何の問題もないのだ。…………問題ない? 問題ない!? 問題ない??? そんなはずが無かった。


 私は髪をこれでもかと掻きむしる。


「どうして!? どうして!? どうして!? まだよ!! まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだやれるはずでしょう? 私の力はこんなもんじゃない。こんなもんじゃないんだから!!」


 机を殴り飛ばす。機材を蹴り飛ばす。棚に並べておいた栄養ドリンクを飲み干す。


「かぁ~! 美味い!! さすが私のお手製だ、こんちくしょー!!」


 そうして空き瓶を壁に投げつけた。瓶はバラバラになって床に落ちる。私は「う~、う~」と唸りながら膝を抱えて、前転する。


 ゴロゴローードカン。壁にぶつかったので後転する。ゴロゴローーガシャン。


 何か潰してしまったが……まぁいいか。私はボーと天井を見上げた。するとーー


「おいーす。カエラ生きてるか? コノヤロウ」


 五月蝿いのがやって来た。


 今は人と会うのが煩わらしくてちゃんと部屋の鍵は閉めておいたはずなのだが、さすがに天族相手では人間のセキリティなど何の意味も無いようだ。


 サンエルは床に大の字で寝てる私と部屋の惨状を見比べると、これみよがしの溜め息を付いた。


「まーた暴れてたのかい? まったくしょうがないな。いい加減片付ける僕の身にもなってよね」


 サンエルはぶつぶつと文句を言いながらも、手に持っていた袋、恐らくは食糧と思われるそれを部屋の隅に置くと、何処からともなく箒を取り出して、宙に浮いたまま器用に掃除を始めた。


 私はそんなサンエルを天井の代わりに暫くボーと見つめた。見つめていると閃いた。


「そうだ! 丁度良いところに来たわね。さあ、あんたの血をもっと寄越しなさい」


 この研究所に籠って大体一ヶ月。その間に私は何度も自身に強化手術を施したが、一番効果があったのが、天族であるサンエルの血や細胞を私自身に移植することだ。


 お陰で力の限界点を幾つか越えられ、私の力は飛躍的に伸びた。


「え? それはいーんだけどさ。大丈夫? もう一ヶ月近くろくに寝てないでしょう。いくら僕の細胞を取り込もうが、カエラはあくまでも人間なんだからもっと休んだほうがいいよ」 

「私が人間なのはアンタが私を使徒に出来ないって言うからでしょ。あの三人はしておいて」

「ご、ごめん。でもこればかりは相性の問題で、むしろ僕の使徒になれる人間が三人も同じクランにいたほうがすごい確率なんだよ?」


 天族の使徒化は成功確率が少なく、また使途化した者に悪魔がするような強い強制力を与えられないので、天族は中々使途を造ろうとはしない。


 だが前の仕事で危うく全滅しかけたのをきっかけに、サンエルは私達のギルドの中から使途に出来そうな者を選び、その力を与えた。


 それがビアン、マレア、そしてキリカだ。私も使途になれるならなりたかったのだが、サンエルいわく試すまでもなくダメらしい。


 移植したサンエルの細胞は上手く体に馴染むのに、使徒にはなれないなんて、始め聞いた時は怒りや失望よりも魔術師としての興味が勝ったくらいだ。


「別に攻めてないわよ。そういうこともあるんでしょうよ」


 魔術において敵性というのはとても大切だ。使徒の力は正直惜しいが、自分に合わないものに固執しても仕方ない。現実を受け入れて別の方法を模索するしかないだろう。あるいは他の天族に頼んでみるのも手かもしれない。


「そう言ってくれると助かるよ。……後、目の下の隈が凄いよ。 あの日からろくに寝てないままなんだろ? いい加減休もうよ。僕、君の体が心配だよ」

「あの日、ね」


 サンエルがしまったとばかりに口を押さえるが、もう遅い。何度目になるかも分からない、煮えたぐるような怒りが込み上げてきた。


 あの日、ようやくマイスターに会えるかもしれない可能性を放り出して、私は友情という砂糖にかぶり付いてしまった。


 我ながらどうしてこうも甘いものに目がないのだろうか? 摂取し過ぎればやがて後悔すると分かっているくせに、それでも止められない。これだから糖分ってのは怖いのよね。


 しかし、ならば別の選択肢があったかと言われればそうは思わない。確かに我が事ながら呆れずにはいられない行動だったが、それでもあそこでギルドの仲間と共に戦わなければ、きっと私は糖分がもたらす危険性なんかよりも、もっとずっと酷い後悔いたみに苛まれていただろうから。


 だからそれは良い。それは良いのだ。私が怒りを覚えているのは自身の選択に対してではなく。あの時、私のプライドを完膚なきまでに破壊してくれた。あの、あの、あの……。


「あのウサミミがぁあああー! 今思い出しただけでも腹立つわー」


 立ち上がり、地団駄を踏む。何度も何度も。私は床をこれでもかと踏み砕いた。


 思い出すのは白い髪に赤い瞳。無邪気なマスコットを装ったその可愛らしい顔の下に隠された狡猾な野獣の本性。


 あのウサギ耳は危険だ。マーレ先生との会話から察するに恐らくマイスターは完全にあのウサギ耳を制御できていない。


 いや、マイスターの場合自分の邪魔にならず、かつ必要な時に楽しめる相手であれば他の細かいことはあまり気にしないので、危険性に気付いていて放置している可能性はある。


 向こうでならそんなマイスターに擦り寄り甘い蜜を吸うだけの害虫の排除は私の役目だった。なのに今回は立場がそれを許さない。


 私は人間の勇者。マイスターは魔王の息子。私は近付くだけでも一苦労だというのに、ポッと出のウサギ耳なんぞがマイスターの傍に我が物顔で侍っているのかと思うと気が狂いそうになる。


「…………いや、違う。違う。違う。そんなんじゃない」


 そう、本当は分かっているのだ。マイスターが女を抱くのはいつものこと。思うところがないわけではないが、マイスターが楽しんでいるのなら、それはそれで別に良い。いっそあのウサギ耳が腹上死するくらい激しくやって欲しいくらいだ。


 だから悔しいのはそんなことではない。悔しいのはーー


 ウサパンチ。


 目を閉じれば五体を粉砕するかのような衝撃がありありと甦ってくる。


 私が密かにマイスターを驚かせてやろうと思って自身に施していた強化手術。私の魔術の集大成と呼んでも良かった幾つもの仕掛けを、あのウサギ耳は赤子の手を捻るかのように容易く破って見せた。


 いや、あのウサギ耳にとっては、まさに私は赤子と何ら変わらぬ存在だったのだろう。


 転生し、前の世界には無かった様々な知識(ちから)を手に入れることで私は格段に強くなった。上級魔族という恐るべき生物にも上手く立ち回りさえすれば対抗出来ないことはないと、心の何処かで高を括っていた。


 大間違いだった。ハッキリ言って自惚れていた。『機械仕掛けの体』? あんな駄作を得意気にマイスターに見せようと思っていただなんて、今考えると羞恥で死にたくなる。


 そう、私が手に入れた力なんて些細なものだったのだ。掴んだと思っていた真理は表層的なものに過ぎず、魔術の深淵はただただどこまでも果てしなかった。


 私は海面から手を伸ばして深海に触れた気になっていた愚か者に過ぎなかったのだ。


 それが悔しい。それが楽しい。


 まるでマイスターと共に魔術に邁進(まいしん)していた日々を取り戻したかの如く、私の心は魔術への情熱に猛っていた。こうして目を閉じれば彼が隣で語りかけてくるかのようだ。


 力を。もっと知識(ちから)を。


 だから私はあの日からギルドをビアンに任せ、研究室に籠ると、魔術の深淵目指してひたすら潜り続けた。


 成果は上々。だがまだだ。まだ足りない。次に会った時、あのウサギ耳を確実に始末する為には、まだまだ力が必要だ。


「やはり自己強化だけでは駄目ね。もっと強力な武器がいるわ。何かないの?」

「何かって、僕が持っている天族の武器、カエラがほとんど取ったじゃないか」


 部屋をせっせと掃除しながら、サンエルが非難がましい視線を向けてくる。


 普段なら少しぐらい申し訳ないと思ったかもしれないが、生憎と今の私にそんな思考回路は存在しなかった。


 力を、もっと知識(ちから)を寄越せ!


 私は足元のゴミを蹴散らしながらサンエルに近づくと、その肩を掴んでこれでもかと揺さぶった。


「何かないの?」


 続いてサンエルの額に自分の額をグリグリと押し付けながら、何かないの? 何かないの? 何かないの? を繰り返す。


「え、ええー!? そ、そんな漠然と言われても困るよ」

「ならウサギ耳の獣人を瞬殺できるような魔法具」

「今度はすごいピンポイントだね。…………獣人か。やっぱり一番は『獣人殺し』なんじゃないかな?」

「なによそれ?」


 名前だけ聞くと凄そうね。


「拷問され強い怨みを残した獣人達の血と骨で作られた最低最効果の呪法具さ」

「……使えそうね」


 私が食い付くのを見たサンエルが、物凄く嫌そうに顔をしかめた。


「止めておいた方がいいよ」

「何でよ? 確かに製造方法は最低のようだけど、すでにある物を使う分にはなんの問題もないでしょ?」


 そこまで潔癖になるのなら、そもそも戦争に向いてないと言わざるを得ない。


 サンエルは首を横に振った。


「この呪法具は短剣の形をしていて、それを相手に刺すことで発動するんだけど、使用者は今まで獣人が受けた拷問や凌辱を追体験することになるんだよ。効果は確かに高いけど一度使えば確実に使用者を殺す諸刃の刃さ。正直、僕は現存する物を全て叩き壊してやりたいくらいだよ」


 拷問や凌辱の追体験? なによそれ。しかも話を聞く限り一人分のじゃない感じよね? さすがにそれはーー


「それは……確かに嫌ね」


 相討ち狙いなんて冗談じゃない。あのウサギ耳はあくまでも私の道に立ち塞がった邪魔者でしかないのだ。ウサギ耳打倒を今世の終着点にする気のない私には、『獣人殺し』は何の価値も無さそうだった。


「だろう?」

「他には? 他には何かないの?」

「ええー!? う~ん。探せば何かあるかもしれないけど、そんな直ぐには出てこないよ」


 焦った様子のサンエルを見る限り嘘は言ってないようだ。やっぱりそんな都合の良いモノがあるわけないか。


「それなら何か思いついたら教えてちょうだい。後、さっきも言ったけど血を貰うわよ」

「それは別にいいんだけどさ。何かカエラ最近いつも目が血走ってて怖いんだけど?」

「いいから。ほら、早くしなさいよ」

「はいはい」


 サンエルが指を鳴らすと着ていた服が空間に溶け込むようにして消え、一瞬で生まれたままの姿となった。


「…………何故脱ぐし」


 血を少し貰うだけだから裸になる必要はまったく無いんだけど。……え? 何? 急に裸族に目覚めたとか、そんな感じなのかしら?


 私が大丈夫かしら、こいつ? みたいな顔で見ていると、サンエルが不思議そうに首を傾げた。


「へ? カエラが血を抜く時は裸になれって言ったんじゃないか」

「ん? え? 私? あー」


 そういえは何かそんなことをつい最近言ったような、……ないような? いや、どちらでもいいわね、そんなこと。


 それよりもなんて綺麗な体なのかしら。私はサンエルに近づくとその体に触れてみた。信じられないほど滑らかで、それでいて何処までも広がる青い海のような力強い生命力を感じる。


 巨大な力を持つ者の肉体は一つの異世界だ。その肉体の内にどれ程の法則(まりょく)を秘めているのか。その方法は? 知りたい。知りたいわ。


「ちょ、カエラ!? 何処触ってるんだよ」


 サンエルが微かに身じろぎするが、私は構わずに指を動かした。その時だ。不躾なノックの音が響いたのは。


「カエラ、居るのですか? 居るのなら返事をしなさい。……カエラ!?」


 ドンドン。ドンドン。けたたましいノックの音が部屋の空気を乱暴に揺らす。……まったく五月蠅いわね。居留守よ、居留守。聖女ならそれくらい天啓か何かで察しなさいよね。


 とか考えていると、天の使いが動いてしまった。


「キリカだ。開けてくるよ」

「いいわよ。ほっときなさい。それより続きを…」


 私が慌ててサンエルの腕を掴んだ時だった。ドアが物凄い勢いで吹き飛んだのは。


「カエラ! 居留守を使うとは良い度胸です。その性根、叩きなお……って、さ、サンエル様? その格好……。も、申し訳ありませんでしたー!!」


 サンエルの格好を見たキリカが何を勘違いしたのか、お得意のジャンピング土下座を披露した。つーか、部屋を壊された私に謝りなさいよね。


「キリカ、君はもう僕の使徒なんだからそんな他人行儀でなくていいんだよ?」

「い、いえ。そんなわけにはいきません。サンエル様に働いたこのご無礼、同じように裸体を晒すことで償ってみせます」


 そして手慣れた様子で素早く服を脱ぐと、何時ものように一糸纏わぬ姿となったキリカは何時ものようにモデルと言うよりはボディービルダーに近いポージングを取り始めた。


「どうですかー? この筋肉。これぞ鍛錬の成果。これこそが肉体美。カエラも部屋に籠もってないで筋肉を鍛えなさい。筋肉を」


 キリカの腹筋がめきめきと割れ、力こぶが盛り上がる。普段なら何言ってんだかと呆れるところだが、一ヶ月ほぼ不眠不休のせいなのか、キリカのポージングを見ていた私の体に電流が走った。


 そして天啓が舞い降りたのだ。負けてはならぬと。


「ふっ、しゃらくさい。ただの筋肉如きが私の魔改造を施したこの肉体に勝てるはずがないわ」


 私は負けじと裸になると、せいぜい色っぽく見えるように髪を掻き上げ、キリカとは別路線のポージングを取った。そして体に埋め込んだ魔力石を起動する。体内に埋め込んだ魔力回路が発光して、肉体の表面を魔力の輝きで鮮やかに彩った。


 ふふ。どう? 美しいでしょ? 筋肉なんか目じゃない。これが美よ。


「ええー。なにこの状況? ふ、二人とも……あっ、キリカはいつも通りだね。カエラ、頭は大丈夫かい?」


 サンエルが自分もスッポンポンのくせに、病人を見るかのような目でこちらを見てくる。

 

「うるさいわよサンエル。黙って見てなさい。そしてどうよキリカ。ただの筋肉女である貴方に、この魔術によって強化された肉体を超えることができるかしら?」

「やりますね。確かに芸術的な美しさです。しかしカエラ、貴方は分かっていない。鍛えられた筋肉の前にそんな軟弱な輝きなど何の意味もないと言うことを」

「なん……ですって?」

「見なさい、これが私のフルパワーだ!!」


 うおお!! と雄叫びを上げるキリカ。そんなキリカの筋肉が次のページでやられていそうな雑魚キャラの如く膨張し始めた。


「ま、まさかここまでとは」


 完全に女を捨ててるわね。元は美人なのにもったいない。キリカは私の表情を見て何を勘違いしたのか、


「ふふ。どうやら筋肉の偉大さが分かったようですね。しかしだからといって手は抜きませんよ」


 などと言って、さらに筋肉を膨張させ始めた。


「うわー。それはさすがの僕でも女の子としてちょっとどうなの? 何て考えちゃうよ」


 普段はあまり性別を気にしないサンエルでさえ思わずそんなことを言っている。


 その時、私の耳に慌ただしい足音が聞こえてきた。


「ちょっとカエラ大変よ! たい…………へん?」


 ドアを無くした部屋の入り口から飛び込んできたビアンが、裸族しかいない部屋の惨状に目を丸くする。


「キリカはともかくとして、なんでカエラとサンエル様まで裸なんだ?」


 ビアンに続いて部屋に入ってきたのはマレアだ。集中を切らしたのか、キリカの筋肉が元に戻り、それを見たサンエルが胸を撫でおろす。


「鍛えられた筋肉は淑女の正装です。生まれたままの姿を晒すことに何の問題がありますか。マレア、可笑しな質問をするものではありませんよ」

「そうよ! そうよ! アンタ達も脱ぎなさいよ」


 裸が三人。服を着てるのは二人。つまりこの部屋では服を脱ぐのが常識だと何故一目見て分からないのかしら。


 ああ、嘆かわしい。嘆かわしい。私は棚から栄養ドリンクを取り出すと一気飲みした。


「ああ!? カエラ、いい加減それ飲むの止めなよ。いくら何でも飲み過ぎだよ」


 何かサンエルが言ってるけど無視よ、無視。私は更にもう一本栄養ドリンクの蓋を開けた。


 かぁ~、美味い!!


「うわ、カエラまだラリってんのかよ?」

「そうなんだよ。君達からも何か言ってあげて」


 こいつら、本人を前に何て失礼な物言いだろうか。大体私は別にラリッてなどいない。ただ薬や魔法で無理矢理意識を覚醒している反動でたまに理性が飛ぶくらいだ。


「そんなことよりも何の用よ? ギルドは任せるから暫く一人にしてと言ったわよね」

「そんなこと言ってる場合じゃないのよ」


 そんなことって失礼ね。ビアンの奴、魔術研究をなんだと思っているのかしら。


 私はムッとした気分になったが、ビアンはそんな私に気付いていないのか、そのまま捲し立てるように叫んだ。


「要塞都市ラムウが落とされたわ」

「……ふーん?」


 要塞都市? はて、どこかで聞いたような、聞かなかったような? ああ、頭が働かない。


 私は戸棚の中からお手製の栄養ドリングの中でも特に強烈なのを三本取り出すと、それらを一気に飲みほした。


 かぁ~! 効くわー。栄養ドリンク効くわー!!


「え? ちょっと、ちょっと。あそこ僕の友達がいたんだけど。エルメスっていう守護天使なんだけど、何か知らないかい?」

「ご安心くださいサンエル様。エルメス様なら守護していた勇者と共に脱出しています」

「そ、そっか~。良かった~」


 ホッ、と胸を撫で下ろすサンエル。何か知らないけど良かったわね。


 私はサンエルの肩をポンポンと叩いた。


「で? アンタ達はわざわざそれを教えに来てくれたわけ?」


 今回は休憩中だったから別にいいけど、急ぎの用と言うわけでないのなら、研究(しゅぎょう)の邪魔をしないでほしい。


 要塞都市ラムウ。……確か第四等区前ノ国ララパルナの手前に位置するララパルナ所属の都市……だったと思う。


 戦略上価値の高い都市だとは思うが、別にそれで今すぐ私達に影響があるわけじゃないんだから、後で教えてくれればいいのに。


 言葉に出さない私の不満をマレアが察知したらしく、手を左右に振って、そうじゃないんだ。と主張してきた。


「それがな、カエラ。話はこれで終わりじゃないんだ。エルメス様に助けられた勇者順列第二位であるボスノの奴が絶対にララパルナを奪われる訳にはいかないとか言って、三種族による連合軍をララパルナに送るべきだと呼び掛けてるんだ」

「天族の許可もなしに?」


 三種族は今までも最前線で戦ってはいるが、それはあくまでも自国を守るためで、それ以外の理由では天族のサポートが中心の裏方がメインだ。


 今回のように三種族が自発的に各国から軍を募って、上級魔族がひしめくであろう最前線へと兵を送る動きを見せるのは、私の知る限りでは一度もなかったはずだ。


 天族がそんな行動を許可するだろうか? ……いや、待てよ?


「あー、そうか天族って……」

「ええ。天族様方は基本的に私たちの自由意思を尊重するわ。だから反対意見を口にされることはあっても、強制はしてこない。この出兵計画も何名かの天族様はお止めになったらしいのだけど、それでも出兵計画が消えることはなかったらしいわ」

「つまり、天族が駄目と言ってもやるくらいマジなのね。でも天族が乗り気じゃない作戦にどれ程の人が集まるかしら?」


 今は魔人国のせいでやや綻びが見えるようになったが、それでも三種族が天族に向ける忠誠心は凄まじい。


「それがボスノの訴えに『剣聖』の奴が応じやがったんだ。あいつ軍事国家アルバトライアの第二皇女と結婚してるだろ? だから当然アルバトライア帝国は『剣聖』を全面的に支援するらしいんだ。既に『剣聖』クロード・エイノンを総大将に、そして勇者順列第二位『統率者』ボスノ・クルノノを副将にした軍の編成を終えているらしい。今は呼び掛けた各国の返答待ちだとさ」


 人類最強の軍事国家が動いたか。かなりの大事になってきてるわね。まぁ私たちには関係な……ん? ちょっと待ってよ。


「まさか、その話を今持ってきたと言うことは……」


 なんとなーく、嫌な予感がして団長代理のビアンに顔を向ける。ビアンは頷いた。


「その通りよ。アルバトライアとその賛同国から私達のギルドに参戦要請が来ているの。それも断れないよう教会も通さずにかなりの圧力をかけてきているわ」

「これ、断ったらゼッテー根に持つパターンだよな。アッハハ!」


 マレアが笑うのを私は瞼が落ち始めた半眼でジッと見つめた後、取り合えず棚からもう一本栄養ドリンクを取り出して、一気にそれを飲み干した。


 …………かぁ~。効くわ~! もう一杯!!


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