一騎討ちの申し込み
つ、疲れた。ヤバイ。今のはヤバかった。
要塞のあまりの堅固さに途中から究極スキルを使用たんじゃが、それでもギリギリじゃった。なんつー堅さじゃ。お陰で自分の魔力で肉体がボロボロじゃわい。
統合している全ての回復系統のスキルを使用して、肉体の回復を急いではおるが、気を抜けば創造魔法も究極スキルも解けて倒れてしまいそうじゃ。
(あ、ああん! ハァハァ。さ、最高。今の良かった。もう一回、もう一回やろ)
(やかましい! 一人で喘いでないで、さっさと回復を手伝え)
過去最大と言っても良い力の放出に、アクエロの奴はすっかりとハイになっておる。
まったくこやつは。今のは下手すれば自滅ギリギリだったんじゃぞ? それをもう一回とか……ないわ~。
究極スキルで限りなく強い体を手に入れはしたが、それでも無限の力に耐えられるという訳ではないのじゃ。基本創造魔法で引き出す力の方が、究極スキルで作り出した器よりも強いわけじゃから、当然器が耐えられる限界以上の魔力を引き出せば、体は崩壊する。
(後、どの程度創造魔法を維持できそうだ?)
(流石にこれだけの魔力を一度に使ったのは初めてだから正確には分からない。それでも通常戦闘なら二時間から三時間は持つはず。ただし今のをもう一発撃てば一時間切るかも)
ふむ。このままなら三時間か。一対一の戦いならともかく、数万、時には数十万の敵と戦わねばならん戦場では些か不安の残る数字じゃな。
今後の課題はやはり、いかに創造魔法と究極スキルの持続時間を伸ばせるかじゃな。
創造魔法を展開しておる限り儂に魔力切れはない。そして究極スキルを使用すればそんな限りなく無限に近い魔力を存分に振るえる。つまり創造魔法と究極スキルを維持し続けている間の儂は、これと言った欠点のない、まさに最強に近い生物と言って良いじゃろう。
そんな儂がもしも一対一で不覚をとるとしたら、単純に儂と同等かそれ以上の強者。あるいはルシファの呪法具のように互いの力量差を相性で埋める特殊能力者。後は自滅じゃな。そして死亡確率としては何気に最後のが一番高い。
(とにかく今回は良いデータが取れた。今後の肉体の活動をちゃんと観測して、テータを取っておけよ)
(任せて。リバークロスの体のことなら私に知らないことはない。今回もちゃんと視ておく)
(……何か、あの狂気の部屋を思い出すんじゃが。ま、まぁ任せたぞ)
子供の頃に見つけたアクエロの部屋を思い出して、思わず身震いをする。じゃが今はより強い力を得るためにあの狂気こそ必要なもの。マイブラザーもあの時言っておったが、何だかんだで儂でも気付かん所まで細かく観察してくれるアクエロの存在は魔術の修行に大いに役に立っておる。
そんな風に儂が心の中でアクエロと話をしておるとーー
「ふん。情けない。もうへばったのか? 坊主」
エルディオンが話しかけてきた。こやつ、余裕ぶって腕を組んではおるが、その実儂と同じように立っているのもキツイ状態であることは、究極スキルを発動して居る今、一目で分かった。
儂は肩をすくめるとーー
「この程度で? まさかだろ」
と言った。ちなみに勿論嘘じゃ。体の中は未だにグチャグチャで、回復系統のスキルをこれでもかと連続使用しておるが中々治らん。え? まだまだ余裕なんですけど。などと言った表情を取り繕うのにも一苦労の有様じゃ。
やれやれ。格好をつけるのも楽ではないわい。しかしその甲斐あってか、シャールエルナールが普段鋭い瞳をキラキラとした感じに大きく見開いて儂を見る。
「さすがリバークロス様であります。それに比べて情けないことに、本官は先程の三発でかなり疲弊してしまったのであります」
シャールエルナールは儂やエルディオンとは違い特に見栄を張ろうとは思わないのか、素直に消耗を認めた。
しかし、こやつーー
「何だか余裕に見えるんだが?」
エルディオンの奴とは違いシャールエルナールには強がりではない確かな余裕があった。
しかしそれはあり得んはずじゃ。こやつも手加減抜きの渾身の第一級魔法を三発連続で放ったんじゃからな。いくら何でもそれで平然としておるのはさすがに可笑しい。
儂の疑問にシャールエルナールは何でも無いことのように答えた。
「それは簡単であります。確かに撃った直後は物凄く消耗したのでありますが、本官にはスキルがありますから。体の損傷も魔力もそれで既に回復したであります」
「え? あのスキルって魔力にも適応されるのか?」
シャールエルナールのスキル『忠誠の証』。その効果は痛みを快楽に変更し、快楽の分だけ肉体の再生能力が上がると言うものじゃ。
正直初めて聞いた時はシャールエルナールの性癖が具現化しただけの微妙な能力と思うたが、まさか魔力まで回復するとは。……何気に凄い力じゃの。
「そうであります。リバークロス様を想っての攻撃、それによって削られる我が身、我が魔力。とっても気持ちよかったのであります」
シャールエルナールは敬礼しつつも、両足をこすり合わせて何やらモジモジし始めた。
それに儂は焦る。シャールアクセリーナが後ろで「さすが姉上」みたいな顔をしておるからじゃ。妹の夢を壊さん為にも、せめて今だけはいつもの格好いいシャールエルナールでいて欲しいものじゃな。
「なるほど。だが気を抜くには早すぎるんじゃないのか?」
儂がキリッとした顔でそう言うと、シャールエルナールもキリリッとした表情を取り戻してくれた。
「そうでありますな。御褒美は後でお願いするであります」
言っていることはあんま変わらんかったが。
…………やれやれ。真面目な顔をすると凄い美人さんなんじゃがな。それこそエラノロカにだって引けをとらんくらいだと言うのに、何故中身がこうなのか。
一見従順に見えて実は悩みの種。前から思うておったがこやつ、少しアクエロに似ておるの。いや、年齢的にはアクエロがシャールエルナールに似ておるのか?
(どうなんだ? その辺)
アクエロに問いかける。アクエロとはまさに以心伝心ならぬ以心同心な関係なので、こういうフッと頭に浮かんだ質問も問題なく伝えられる。
(シャールエルナールは私にとってのお姉さん。似るのは当然)
(お前にとっての姉はエイナリンかと思っていたんだがな)
(エイナリンが長女でシャールエルナールが次女。そして私が三女で仲良し三姉妹の完成。ユニットデビュー待ったなし)
(いつまでやるんだ? それ)
アイドルなんてすぐ飽きるかと思うたんじゃが、意外と長続きするの。
というか、エイナリンとシャールエルナールは別に仲良しではなかったような。いや、エイナリンは意外とシャールエルナールを気に入っているようじゃったが、シャールエルナールがエイナリンを毛嫌いしておるんじゃよな。
(勿論飽きるまで)
プリティーデビルちゃんの影響が中々抜けないアクエロがそう言った。別にそれに続いたわけではないんじゃろうが、エルディオンが苛立ったような声を出した。
「おい、貴様等。いつまで遊んでいるつもりだ? さっさと行動に移らんと、せっかく破壊した要塞を直されるぞ」
要塞内部にも魔法が通る手応えがあったので、心配しなくともすぐにどうのこうのなるとは思わんが、確かにどこにどんな力を持った者がおるとも分からん。
さっさと終わらせるかの。
「それじゃあ、……ん?」
軍団長統括デカラウラスを筆頭に突入させようかと思った矢先、儂等が開けた穴から一人の天族が姿を現した。
「少年? いや……違うか」
赤い髪の一見ヤンチャそうな、人間年齢で言うところの十五歳前後と思わしき男の子じゃが、身に纏っている魔力がかなりの年月を生きた天族であることを教えてくれた。
赤い髪の天族は両手に持っておる剣の片方をこちらに向けて、ここにいる全ての者に聞こえたであろう大きな思念を放ってきた。
「私は天軍軍団長バンドド・バン・クラバンという。魔将に対し一騎討ちを申し込む」
「は?」
「ほう。なるほどそう来たか」
儂はどこか面白そうに髭を撫でておるエルディオンを見上げた後、シャールエルナールに問いかけた。
「え? こういうのもありなのか?」
一応一通り戦争のことについては調べたつもりじゃったが、まさかやあやあ我こそは……みたいな一騎討ち制度があったとは知らんかった。
「因縁のある天族と魔族、それも周囲が黙って一騎討ちを認める程の地位や力を持つ者同士なら、ごくたまにではありますが無いこともないであります」
「この場合は?」
「無論当てはまらん。恐らく時間稼ぎが狙いだろうよ。だから向こうも魔将とだけ言ったのだろう。運良く儂等の中の誰かが気紛れを起こすことを期待してな」
「時間稼ぎ。つまり逃がしたい奴等がいるということか」
まったく。戦うのは、まぁ仕方ないとしても。こういうのがあるから戦争は嫌なんじゃよな。
「ここって天族と人間の割合どちらが多いんだ?」
「ここは天族が人間の為に作った都市なので、同然人間の方が多いであります」
つまり十中八九、人間を逃がしておる最中という訳か。
「そうか……ならまぁ、受けてやってもーー」
そこで儂は言葉を止めた。いや、止めざるを得なかった。エルディオンから放たれた一瞬の『意』。殺気と呼ばれるそれが安易な感情を吐き出すことを許さなかったのじゃ。
「坊主。戦争は遊びではない。ぶん殴られたくなければ、もっと考えてから喋ることだな」
淡々とした口調で、しかしその身から発せられる重圧は山のように重い。その辺の上級魔族ならビビッて腰を抜かしておるところじゃろうな。じゃが素直にビビってやるほど儂も若くはなかった。
「その体で俺とやる気か?」
エルディオンの威圧に負けぬよう、儂も威圧仕返す……のじゃが、齢を言うのならむしろエルディオンの方に分があった。
「必要ならな」
むう。儂の方が魔力で勝っておるはずなのに、貫禄で負けておる気がするの。これではまるで儂が親に我儘を言う子供のようではないか。
しばらく睨み合いが続く。やがてエルディオンがおもむろに口を開いた。
「いいか、坊主。人間に対するお前の姿勢について言いたいことはあるが、今それはいい。だが魔将という立場にありながらそれを戦闘中に持ち込むなら話は別だ。今逃げている者の中に将来魔族にとって恐るべき驚異となる者がいれば、貴様はどう責任を取るつもりだ? いや、生き死に責任を取ることなど誰にもできん。だからこそ、せめて悔いを残さぬよう最善を尽くすのだ。つまらん情けで仲間を殺すな! 馬鹿者が」
「そんなことは……」
分かっている! と反論しようとした言葉を儂は慌てて飲み込んだ。いかん。いかん。考えるまでもなくこの場合正しいのはエルディオンの方じゃ。
普通に考えて仲間と対立してまで敵を逃がすなんてあり得んわい。
ここ最近、魔力と権力を手に入れて、かなり自由にやっておったから少し慎重さにかけておった気がする。こういう時こそ一度初心に戻らねばな。
「……なるほど。確かにお前の言う通りだ。一騎討ちなどわざわざ受ける必要はないな」
「ふん。分かれば良い。ではーー」
「待て! 一つ聞いておきたいんだが、要塞で手に入れたものは好きにしていいのか?」
初心に戻るのは良いとしても、なら仕方ないから人類皆殺しだぜ、やっほー! などとやる訳にはいかん。
無理なものは無理なものとして割り切るが、助けられる者くらいは助けんとな。そんな風に自分の中の良心にちゃんと耳を傾けておかなければ、後百年も経ったら平気で人間食べてそうで怖いんじゃよな。
(いいのよ? それでも。私はどんなリバークロスでも受け入れてあげる。肯定してあげる。だから好きなことをしましょう? 楽しいことをしましょう? 禁忌なんてつまらないわ)
ここぞとばかりに儂の中で悪魔が囁いておるが、何時ものことなので無視をする。
エルディオンは少し考えるそぶりを見せた後、儂の質問に答えた。
「この都市は中ノ国を落とす拠点にするが、それさえ出来るなら他のことなんぞに興味はないな」
儂は次にシャールエルナールに視線を向けた。
「本官のモノは体も物も部下も含めて全て魔王様とその血族の方達に捧げていますので、本官に確認をとる必要はないのであります」
うん。部下は言い過ぎじゃない? と正直思ったんじゃが、儂にとっては都合がよい返答だったので、ここは余計なことは言わないでおくことにする。
「ならあの要塞で手に入れたものは俺が貰うぞ」
「…………良いだろう。ただこれだけは言っておくぞ。そんなやり方はこれから先通じん。儂を……サイエニアスを失望させるなよ」
それは部下を心から心配する上司のようにも、子を心配する親のようにも見えて、少しだけやりずらさを覚えた。
そのせいで、ほんの少しじゃが自分の気持ちなど圧し殺して魔族の為に戦えば良いのではないかと考えさせられた。……無論、そんな誘惑になど儂は負けんがな。
「俺は俺のやりたいようにやるのさ」
力を、ただ力を。そしてその力で好きなように生きる。何を犠牲にしようが、誰を踏みつけようが、ただ己の道を。それが儂の魔道。
ならば誰に何を言われようとも、良心を大切にしたいと言う気持ちを曲げる気にはならん。もしもそれを曲げる時があるのなら、それは誰かに強制されたのではなく、自分でそうしたいと心から思ったからでなくてはならん。
それが強者の矜持。
世界すら越えてみせた儂の執念の一端を感じ取ったのか、試すように儂を見ておったエルディオンの表情が和らいだ。
「ふん。小僧が! 生意気な」
「いい加減、その小僧だとか坊主だとか子供扱いは止めろよな」
まぁ、実際前世の年齢を含めても儂はエルディオンの半分も生きておらんので、確かに小僧と言われれば小僧なんじゃが、何か認められておらんようで悔しいの。
「儂はサイエニアスの父だ。貴様を小僧や坊主呼ばわりして悪いか?」
「以前まではそんなこと言わなかったくせに」
初めは娘は贈り物だから好きにしろとか言っておったくせに、いつの間にかお養父さん面するようになりおってからに。
「きっとエルディオンはリバークロス様を認めているからこそ、そう言うのでありますよ」
え? マジで?
思わぬシャールエルナールの言葉に確認するようにエルディオンを見ると、そっぽを向かれてしもうた。
「ふん。好きに言ってろ。それよりも誰もいかんのなら、いい加減儂が軍を動かすぞ」
「いや、戦利品を貰うんだ。俺達がやろう」
働かずに戦利品だけ貰うなんて真似をすれば、エルディオン達はともかく、その部下から不満が出るかもしれんからの。
儂の視線に気づいた天軍軍団長が思念を上げた。
「ようやく結論が出たか? 待ちくたびれたぜ」
はい、ダウト。悪魔の儂に嘘は通じんぞ。本当はもっと時間を掛けて欲しかったくせに、強がりおってからに。
「ああ、出たぞ」
「では返答を聞こうか。もっとも俺が怖いなら三魔がかりでもいいんだぜ? 一天の天族に魔将と呼ばれる魔族が三魔がかり。後ろで見ている俺の部下もお前らの臆病さに腹を抱えることだろうよ」
挑発して一騎討ちを誘おうとしておるのか。まったくそんな見え透いた挑発に掛かる馬鹿がおるわけなかろう。
と、思っておったらーー
「貴様ぁあああー! リバークロス様への侮辱、許さんぞぉ! ぶっ殺してやるであります!!」
「止めんか!」
儂は飛び出そうとするシャールエルナールの頭を小突いた。
「御褒美、ありがとうございますであります」
力加減を間違えて殴ったせいでかなり良い音がしたんじゃが、シャールエルナールが嬉しそうなのでまぁいいじゃろう。
「今回は俺の軍が中心で動く。サイエニアス、アヤルネ、ウサミン。……殺れ」
「「「リバークロス様の仰せのままに」」」
サイエニアス達三人が天族の男目指して一直線に駆けていく。儂はそこで念話を放った。
(イリイリア、マーレリバー、マーロナライア。サイエニアス達に遠距離からの攻撃があればお前達が対処しろ)
(((リバークロス様の仰せのままに)))
「ちぃ。クソッタレが。来やがれ!」
天族の男は二本の剣を構えた。どうやら引くことはせずに正面からやるようじゃの。……それにしても援護はなしか。てっきりこちらが近づいたところで蜂の巣作戦。的なことをやるのかと思うていたんじゃが。はて? あやつの仲間は何をしておるんじゃ?
「……まぁいい。何があろうと喰い破るまでだ。デカラウラス、シャールアクセリーナ。兵を率いて突撃しろ。ただし女子供は俺がもらう。できるだけ生かして捕らえろ」
「ガハハ。任せい」
「リバークロス様の仰せのままに」
軍団長であるカクカクカクロウやケンタロウスを中心とした軍を率いるデカラウラスと、アクキューレ部隊を中心とした軍を率いたシャールアクセリーナが要塞都市目掛けて掛けていく。
まぁ掛けると言ってもドラゴンやフェンリルに乗っておるから、駆けておるのは魔物なんじゃがの。
シャールエルナールが近くにいたマイシスターの所に行くと跪いた。
「エグリナラシア様。兵を率いてリバークロス様の軍を援護して欲しいのであります」
「それは構いませんけど、貴方達だけ残しておいて大丈夫ですの?」
さすがにマイシスターは儂とエルディオンが見かけ以上に疲弊しているのを理解しておるようじゃの。とはいえもう随分肉体は修復できたが、それでも天将クラスが来るとまだヤバイの。
「何かあった時の為に儂の兵を残しておく。それに回復にそれほど長い時間も必要ない。小娘が要らん気を回してないで、さっさと動け」
「それは失礼しましたわ。では行きますわね」
ドラゴンに腰かけたままエルディオンに小さく頭を下げたマイシスターは、最後に儂に目配せしてから兵を率いて突撃していった。
それを膝をついたまま見送るシャールエルナール。シャールエルナールは立ち上がるとエルディオンを睨んだ。
「エルディオン。貴様、エグリナラシア様に対する口の聞き方、もう少し何とかならないでありますか?」
「儂の方が力もあり、地位もある。小娘に気を使う理由がないな」
むっ。言っておることは分からんでもないが、それでも儂のエンジェルさんをそんな風に言われると面白くないの。
それはシャールエルナールも同じだったようで、目尻をつり上げてエルディオンに食って掛かった。
「理由ならあるであります。エグリナラシア様は魔王様のご息女。何よりもあの姿、若き日の魔王様の生き写しではありませんか。そんなエグリナラシア様に無礼な口を利かれると、本官とても不愉快であります」
「そうか? 魔王の奴はもっとはっちゃけておっただろうが。あんな落ち着いた娘とは似ても似つかん」
「え? そうなのか?」
かなり意外……でもないか。確かにマイマザー、時おり妙なテンションな時があるからの。薄々感づいておったが、あっちが素なのじゃろうか?
「魔王様は何時いかなる時も素晴らしいの一声であります」
シャールエルナールが微妙に答えになってない答えを返す。
「貴様のそれは盲信と言うのだが。……それでも昔に比べればかなりマシか。ほら、そんなことよりももう終わるぞ」
見れば赤い髪の天族はボロボロになっており、二刀の内一刀は腕ごと地面に突き刺さっていた。
「あの三魔相手にあそこまで奮闘するとは、かなり強い軍団長だったな」
サイエニアスの雷で、アヤルネの狂椀で、そしてウサミノの槌で、ボロボロになりながらも一歩も引く様子を見せん。どうやら初めからここが死に場所と決めておったようじゃの。
「ふん。少しは腕を上げたが、まだまだだな」
エルディオンは娘であるサイエニアスの動きを見て、言葉とは裏腹にどこか満足そうじゃった。
まぁ、あやつを含めた儂の近衛には昔アヤルネにそうしたように、儂の持つ力の一部を与えておるからの。
超越者級の力の一端。並みの軍団長では最早相手にもならんじゃろうな。あの赤髪もかなりの実力者じゃが、そんな魔族が三人がかり。運が無かったと言うしかないの。
儂とエルディオンが得意気にサイエニアス達を見ておると、マーロナライアが控えめに声をかけてきた。
「リバークロス様、デカラウラス殿から念話入りました。要塞内の天族の殲滅が完了したとのことです」
「もうか? 随分早いな」
「はい。どうやら敵はリバークロス様方の魔法から三種族を守るためにその身を犠牲にして防いだようです」
「なんと!?」
天族なら逃げるだけなら出来たろうに。そこまでして人間を守るとは。うーむ。敵ながら天晴れじゃな。思わず素が出てしもうたわい。
「これから建物内の捜索に入るそうですが、許可を出してよろしいでしょうか?」
「自爆とかしないだろうな?」
儂は慎重意見を口にした。『悪魔の盾』も装備しておるし、ただの爆発で死ぬような軟弱者はおらんじゃろうが、天族を侮ると痛い目に遭いそうじゃからな。
「罠感知、危険感知、どちらのスキル持ちにも反応なしとのことです。それにまだ逃げ切れなかった人間達がいますから、天族の性格から考えてそれはないかと」
「そうか。敵ながら筋の通った連中だな」
儂なら奪われるくらいなら爆破してやれ。とかやるかも知らんというのに。うーむ。高潔な者というのは味方なら嬉しいんじゃが、敵だと精神的に辛いから嫌なんじゃよな。……はぁ、戦争するなら分かりやすい屑が良かったの。
「なんて、都合の良い戦争があるわけないよな」
つい独り言を口にしてしまう。そもそも屑というのも所詮主観的な話じゃしな。
「ん? 坊主、何か言ったか?」
「いや、思ったより早く落とせたなと思ってな」
「確かにな。さすがの儂でもここまで早く片がつくとは思わなかったな」
エルディオンが髭を撫でながら呟いた。その視線の先ではサイエニアス達に切り刻まれて息絶える赤い髪の天族の姿。
「さすがはリバークロス様。魔王様もきっと喜ばれるであります」
真っ赤に染まる大地を見て、シャールエルナールが満面の笑みを浮かべる。
こうして儂らは要塞都市を手に入れた。