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守護天使エルメスと要塞都市の奮闘

「逃げる気は本当にないのか?」


 私の質問に、私が守護している人間であり勇者順列第二位にして『統率者』と呼ばれる男の子、ボスノ・クルノノは頷いた。


「申し訳ありませんエルメス様。私は勇者として逃げるわけにはいかないのです」


 まだ四十に届くかどうかと言う幼さでなんて立派な物言いをするのだろうか。いや、四十年も生きていれば人間の中では立派な生体なのだろうが、人間は幾つになっても天族(わたしたち)から見たら子供のようなものなので、ついつい子供扱いしてしまう。


 その度にこの子は複雑そうな顔をするので私も気をつけているのだが、やはり内面に強く抱いているイメージというのは変更が難しい。


「お前が勇者としてその力を弱き者の為に振るおうとするのは私も嬉しい。だが今回ばかりは相手が悪い。引くのも勇気だ。お前の力はこれから混迷していく時代の中で、人の世に無くてはならないものだ。もう一度考え直せ」


 勇者は天族が手の回らない三種族の社会に仇なす魔族を打つ貴重な戦力。決して無為に散らして良い命ではない。


 いや、それを言うならば、そもそも私は三種族が前線に出ること事態が反対なのだ。出来ることなら魔族との戦いは全て天族(わたしたち)が引き受けて、三種族(かれら)には後方支援だけやってもらいたい。


「お言葉ですがエルメス様。だからこそ勇者である私が逃げるわけにはいかないのです」


 人間は弱く心身ともに未成熟な者が多い。魔力に優れたエルフ。錬金能力(スキル)に特化したドーワーフ。それに比べて人間種は中庸的な性質を授けられたせいか、これといった分かりやすい力を持たない。


 偉大なる三十三天の唯一の生き残りにして、評議会のトップ、サリエ様は可能性こそが人間種に与えられた特性だとお仰られた。


 目の前の男の子を見る。天族(わたしたち)に比べればまるで子供と変わらない年齢で、それでもその身と心に鮮烈なる力を育んでいる。それは燃え付きる前の蝋燭を思わす、小さくとも美しい輝きだった。


 私は守護天使になると決めた時、この幼き子等の可能性(かがやき)こそを守りたいと思ったのだ。


 ならばこそ、例え力ずくになろうともボスノをこの場から逃がすべきだろう。


「ボスノ、やはりお前はに…」


 カンカン。カンカン。けたたましい鐘の音が鳴り響く。それはこの数年の間にすっかりと聞き慣れてしまった、争いの前兆。


 都市の中心部にある長細い建物。外壁に取り付けられた魔法具からの情報を統括する監視室から叫ぶような思念が放たれた。


「来たぞ! 魔王軍だ」


 都市の全員に響き渡る思念。途端に騒がしくなっていく周囲に飲まれることなく、ボスノは念話を監視室へと飛ばした。


「敵の数は?」

「恐らく三万から多くても五万と言うところだ」

「五万。そうか」 


 それを聞き皆が安堵の表情を浮かべる。無理もない。今まで十万を越える魔物の群れですら、この要塞都市は退けてみせたのだ。その半分にも満たない数なら何とかなるだろう。そう安易に考えたがる気持ちは理解できるし、悲観的すぎるよりはよほど良い。


 だが私はーー


「エルメス様?」


 私の表情に気付いたボスノが怪訝な顔で聞いてくる。だが私にはそれに答えるだけの余裕がなかった。


「何だ? これは?」


 背筋に冷たいものが走る。それだけではない。ピリピリと訴えかけて来るような悪寒が止まらない。まるで百万の軍勢を前にしたかのような、そんな感覚。


 私は堪らず監視室へと思念を飛ばした。


「敵は本当に五万か?」

「え? エ、エルメス様!? は、はい。距離があるので正確にはまだ計れておりませんが、五万を越えることはないと思われます」


 今までミスをすることのなかった監視室のその人間の言葉に周囲はますます安堵し、逆に私の嫌な予感は膨れ上がっていった。


 私は羽根を広げると飛び上がった。


 この要塞の天井は透明な壁で塞がれているが、天族である私が通る時には一天分の隙間が開くように出来ている。これにより空中戦をしていた敵をこちらに誘導し、透明の壁に激突させるなどの様々な戦術が可能となるが、今はそんなことはどうでも良い。


 今は一刻も早く天に届かんばかりのこの壁を昇りきることに力を注いだ。


 そして私は視る。遥かな上空から迫り来る者達の姿を。魔物が大群となって押し寄せて来た時のような荒々しさはそこにはなく、多くの者が一目で優れたと分かる装備に身を固め、一糸乱れぬ行軍を行っていた。


 その様子はまるで一匹の巨大な生物のようで、これに比べれば十万の軍勢のなんと可愛いことか。


「……ついに来たか」


 私は身を翻すと大地を目指して落下した。その間に作業所で武器の修復作業をしている天族(なかま)に念話を繋げ、事情の説明と人間に命令する許可をもらった。


「エ、エルメス様?」


 地面数十メートル手前で止まった私が起こした風に髪を乱されながら、ボスノが不安そうな面持ちで私を見上げてくる。


 周囲の者達の視線が私に集うのを確認し、私は都市にいる全ての者へと思念を放った。


「聞け、我が愛しき子等よ。この私、エルメスの名の下にカウントワンを発動する」


 カウントワン。それは防衛に必要な最低限の人員を残し、全ての三種族を避難させる、事実上勝利を諦めた拠点の放棄に他ならない。


「ど、どうしたんですかい? エルメス様。相手の数は今までで一番少ないくらいです。あんなの何時ものように一捻りじゃないですか」


 そう言ったのはボスノの仲間の一人で、気の良い子なのだが、どうにも楽観的すぎるきらいがある子だった。時には長所にもなるその性格が今は悪い方に出ているようだ。


「魔族などに住み慣れた都市を奪われたくない気持ちはよく分かる」

「だったら…」

「聞くんだ。今こちらに向かっている魔軍のほぼすべてが中級、あるいは上級魔族で構成されている。今までの魔物を中心に下級魔族で構成された部隊とは訳が違う。魔族の中でも精鋭中の精鋭部隊だ」

「そ、そんな!? あの数の上級魔族?」


 ここにいるのは四等区という前線に住み、常に魔族の侵略と言う現実と正面から向き合ってきた者達だ。だからこそ、上級魔族という存在の恐ろしさが分からない者はいない。


 頭を抱える者、青ざめる者、先ほどまであった希望(あんど)が粉々に砕け散る音が聞こえた気がした。


「……天族(わたしたち)が同数いても勝てるか分からない。そんな相手だ。この都市の戦力では勝てない」

「で、ですがここの要塞なら…」

「確かにいかに上級魔族の群れといえども、ここの要塞を破壊するまでには最低でも五日は掛かるだろう」


 私達天族が人間達の為に天族の技術の粋を集めて作り上げた要塞都市。その防衛能力は非常に高く、ただの上級魔族が相手であったなら、ここまで焦る必要はなかった。


「な、なら避難の時間は十分にありますね。いえ、それよりも天族様方の援軍は望めないのでしょうか」


 監視室の子がすがるような思念(こえ)を出した。


「聞け。五日というのは相手が普通の上級魔族ならの話だ」

「どう言うことでしょうか?」

「下級魔族の群れならともかく、あれほどの精鋭部隊が動くとき、奴等は必ずそれを恐るべき力をもった将に預ける」

「そ、それはまさか……」

「ああ、魔将だ」

「ま、魔将」


 各種族から選りすぐられた魔王直属の最強の魔族達。その恐ろしさは時に人伝に、時にその肌で、時に絵本の中で、三種族の間でも嫌というほどに伝わっている。


「誰が来ているかは分からないが、魔将が攻撃に加われば五日どころか一日持つかどうかも分からなくなるだろう。仲間を、そして家族を無駄死にさせたくないのなら、今の内に避難を始めるんだ」


 私の言葉に普段なら間を置かずに返ってくる肯定の言葉が、今回は無いのではないのかと思うほどに遅かった。


 やはり生まれ育った都市を捨てるのは辛いのだろう。せめてもう少し戦力があれば……。前ノ国の戦いで四等区担当の天族が死にすぎたのが痛い。


 私は己の無力さに、ただただ拳を握りしめた。


「わ、分かりました」


 しばらく続いた沈黙を打ち破り、一人の男の子が頷いてくれた。それを皮切りに皆が了承する。


「ありがとう。さぁ直ぐに準備に入るんだ」


 申し訳なさで皆の顔がろくに見れなかった。だから監視室から再び念話が入った時は正直助かったと思ったくらいだ。


「エルメス様。遠視の範囲に敵が入りました」

「よし。投影を始めろ」


 中と外を隔てる巨大な壁の表面に様々な視点から捉えた魔族の姿が浮かぶ。


「……映像が乱れているな」


 普段なら遠視の力を組み込まれた監視システムが迫り来る敵の姿を細部にいたって映し出すのだが、今回は顔どころか装備すらろくに見えないほどに映像が乱れていた。


「強力な魔力によるジャミングです。遠視では捉えられません」

「映像を望遠に変更しろ」


 すると今度はハッキリと映った。ただし外壁に埋め込んだレンズからの映像なので先程のように様々な視点からと言うわけにはいかなかった。


「先制攻撃を行いますか?」

「いや、上級魔族にこの距離からの攻撃は無意味だろう。撃つにしてももっと引きつけてからだ。それよりも放出結界を展開しろ」

「もうですか? 残りの魔力残量が乏しいので、出来るだけ節約しないと三日と持ちませんよ?」

「どのみち二十四時間以内にこの都市は放棄する。それまで持てば良い。非常用回路も全て使い潰して構わない。何としても時間を稼ぐんだ」

「エ、エルメス様。魔族に動きあり。三魔を残して後退して行きます」

「何? その三魔をアップしろ」


 三魔の魔族に焦点を合わせるべく、壁に映し出されてた映像が動く。まず始めに映ったのは体格の良い筋肉質な老人だった。


 私の頬を汗が伝った。


「クソ! 轟く者だ」

「あの伝説の?」


 伝説。そう、まさに伝説と言って良いほどに長い時を生きている魔族の一魔だ。


 奴が来ているとなると、やはりこの都市は放棄する以外に道はないな。


「続いて二魔目、出ます」


 次に映ったのは軍事国家で採用されている軍帽と軍服によく似た格好の黒髪の女。鋭利な美貌とお尻から生えた悪魔の尻尾が特徴的だった。


「……最悪だ。よりにもよってこいつが」


 いや、前ノ国を落としたのがこいつである以上、その可能性があることは分かっていた。だが考えたくはなかったのだ。この要塞の戦力であの恐るべき悪魔と矛を交えねばならないなんて。


「な、何者ですか彼女は?」

「『殲滅』だ」

「え?」


 私の言葉を聞いたボスノが、いや全ての者が動きを止めた。最初に動けるようになったのは私との付き合いが一番長いボスノだった。


「え、エルメス様。そ、それはまさか魔王の左腕のことでしょうか?」

「そうだ。『虐殺者』『慈悲を持たぬ者』『おぞましき背徳者』。奴は魔王の左腕『殲滅』のシャールエルナールだ」


 カラン。と誰かが手に持っていた武器を落とした音が響き渡る。続いてまるで気力を根こそぎ奪われたかのように膝をつく者が続出した。


 無理もない。『殲滅』のシャールエルナール。恐らくは人間に最も恐れられている魔族の一魔だろう。


 意外なことかもしれないが魔族は長く生きて力を持った者ほど残虐性を失っていくとされている。


 これは別に長く生きて情に脆くなったとかではなく、ただ単に不必要に拷問したり、あるいは快楽の為に愉しんで殺すことを無駄に感じてくるのだ。


 なんせ上級魔族ともなれば少し力を入れただけで殆どの者は死んでしまう。故に拷問などの際には力加減に常に気をつけねばらならないが、そんな面倒なことをしても、その行為によって得られる快楽など所詮たかが知れている。


 力を持てば持つほど、良くも悪くも小さなことに拘らなくなっていくのだ。故に情報の獲得などの目的でもなければ、上級魔族がその残虐性を剥き出しにすることはほとんどない。


 その為、極一部の者には上級魔族は物語の登場人物のように気高い存在と思われてもいる。


 だがあの『殲滅』は違う。あの悪魔はどれだけ強くなろうが、どれ程齢を重ねようが、己の中の残虐性に飽きることがなかったのだ。


 かつて百にも満たない魔族を引き連れ一国を落とし、そこに居た天族を含めた全ての種族を好きなだけ嬲り、犯し、虐殺の限りを尽くしたあげく、それを誇示して見せた悪魔。

 

 魔王という規格外の存在に叩き伏せられ、その存在に心酔するまでは、時に同じ魔族さえもその欲望の餌食にしていたという。


 そのあまりの凶悪さに当時の悪魔王にして魔族最強と謳われていた『死蝶花』エラノロカでさえ、制御は出来ても支配は出来なかったという話だ。


 まさに奴は人間がイメージする悪魔という存在を体現したような悪魔だった。


 かつて天族(われわれ)がエイン様という規格外の存在を有していながら、それでも魔族を殲滅しきれなかったのは、魔族の中に『殲滅』のような力も、そして行動も常軌を逸した存在が何魔か混じっていたからだ。


 群れることなくあくまでも個として好き勝手やる。だからこそ定石通りの対応では追い付かず、何度と無く辛酸を舐めさせられた。


 魔族の弱点である団結力の低さが逆に魔族をギリギリの所で救ってもいたのだ。


 無論、それは『殲滅』のような飛び抜けた力の持ち主が居たからこそ可能だったのだが。それさえなければあの魔王(ばけもの)が出てくる前に、あるいはこの戦争は終わっていたかもしれない。


 いや、今は昔のことよりもーー


「落ち着けお前達。どんなに恐ろしい魔族が現れようが私達は決してお前達を見捨てない。魔族の力は恐ろしく、確かに強大だ。それは認めよう。だが奴らにはいつも足りないモノがある。それは何か分かるか?」

 

 私は周囲に問いかける。すると、怯え、下を向いていた者達の視線が次第に私へと向けられ始めた。


「仲間を思う心です」


 答えたのはボスノだった。


「そうだ。その通りだ。結束だ。奴らにはそれが決定的に足りない。何故なら奴らは同じ魔族でありながら結局は自分達の種族のことしか考えていないからだ。だが私達は違う。人間もエルフもドーワーフも関係ない。他者を思いやり、皆が力を合わせられる。そんな私達が独り善がりな愚か者共に負ける? ありえない。例え一時的に恐るべき力に押されることはあっても、最後に勝つのは私達だ! そうだろ? お前達」


 そして私は視界に入っている一人一人と視線を合わせる。皆も私の目を真っ直ぐに見てくれる。


 今度の静寂は長くは続かなかった。


「……そうだ」

「そうだ。俺たちが負けるか」

「そうよ。魔族なんかに負けてなるもんですか」


 小波のように小さな声は、やがて大きな波となって皆の心に伝播する。


 それを見計らって私は指示を出した。


「よし。ならすぐに転移を始めろ。勝つために。今は引くんだ」


「「偉大なる創造者様のお心のままに」」


 そういって頭を下げた後、皆はすぐに行動に移ってくれた。


「偉大なる創造者様……か」


 三種族を創り、有史以来常に天族優勢の基盤を作り上げた偉大なる三十三天。彼等の子孫でありながら今のこの天族(わたしたち)の体たらく。果たして三種族(かれら)に偉大と呼ばれるだけの価値がこの私にあるのだろうか?


 私は己の無力さを恥じずにはいられない。穴があれば入りたいとはまさにこの事だろう。


「あの、エルメス様」

「どうした?」


 監視室からの念話にハッとする。


「いえ、最後の一魔が映りましたのでご報告を」

「そうかご苦労。だが『殲滅』が来ている以上、一番の驚異は奴できまーー」


 壁に投影された男の顔を見たとき、全身の血が一気に引いた。


「エルメス様?」

「い、色狂い」

「え?」

「直ちに残りの結界、空間と形成結界を起動させろ!」

「それでは結界の出力に魔力炉が耐えられなくなります」

「構わない。現時点を持ってカウント零を発動させる。繰り返す。カウント零だ。後は天族(わたしたち)に任せてお前達は逃げろ」


 ボスノが目を見開いた。


「か、カウント零。あらゆる職務を放棄しての即時待避の許可。え、エルメス様。この悪魔は一体?」

「奴はーー」

「エルメス様! 魔族の一体が魔力を放出。凄まじい勢いで上昇していきます。魔力数値十万突破、三十、五十…な、なおも上昇中」


 せっかく避難の為に動き出していた皆の足がピタリと止まる。私は怒鳴った。


「何をぼけっとしている! ボスノ。勇者ならお前が誘導しろ」

「も、申し訳ありません。さぁ、皆さん急いで所定の位置に着いてください。中ノ国までの転移を開始します」


 ボスノとその仲間達の働きで避難は再開される。再開されるが…………間に合うか?


「え、エルメス様」

「何だ? お前も何時までそこにいるつもりだ。早く逃げろ」

「推定魔力、ひゃ、百万突破。計測器が振り切れました」

「分かっている。そいつは『色狂い』。魔王の後継者と呼ばれる魔族だ。単純な力なら『殲滅』を超えるぞ。お前も早く転移しろ」

「は、はい」


 監視室から人の気配が消える。要塞の機能を扱うには監視室に誰かいる必要があるのだが、他の天族(なかま)が行くのを待つよりも私が行くべきか?


 とりあえず動くかと思ったその矢先、この要塞の天族を纏めるバンドド殿が部下を引き連れてやって来た。


「エルメス。お前は守護天使だろうが。勇者と一緒にいなくてどうすんだよ」


 ボロボロだったバンドド殿達の装備が新品のように変わっているのを見て、私は思わず安堵した。


「しかしハンドド殿。この敵はーー」

「うるせえ! 小娘に心配されても嬉しくねーよ。おい、監視室についたか?」


 バンドド殿は部下へ念話を繋いだ。どうやら返事は直ぐに返ってきたようだ。


「所定の位置に付きました。 ツッ!? 三魔全てが魔力を収束に入りました。魔法攻撃、来ます」


 映像に目を向ける。すると聞こえるはずのない恐るべき魔族達の声が聞こえた気がした。


(ウロ)(ボロ)()らう者』


壮大(グランド)なる反乱(リベリオン)


『絶死風撃・阿鼻叫喚』


 目も眩む魔性の輝きをもって、三つの極限の魔法が解き放たれた。第一級魔法、それも定められた法則まほうの設定値を大きく超えた威力だ。


 バンドド殿が監視室にいる部下に思念を放つ。


「放出型結界最大出力。魔力炉が焼き切れようが決して緩めるなよ」

「放出型結界最大出力。……駄目です。貫通しました。そのまま第四層隔壁を突破されました」


 早い!? 何て威力だ。千の魔族が行う戦術級魔法でもこうはいかないぞ。 


 ハンドド殿が叫ぶ


「第二層隔壁の形成結界に全魔力を集めろ。守護部隊、第一層隔壁の前に結界を展開しろ」


 バンドド殿の命令を受けて、多くの仲間が壁の前に集合する。


「第三層隔壁突破……第二層隔壁に衝突します」


 形成結界によって強化された隔壁。ここが破られれば後は最終隔壁である第一隔壁を残すのみ。


 誰もが固唾を呑んで監視室からの報告を待つ。そしてーー


「敵エネルギー攻撃消失。呪術魔法及び遅延攻撃確認されず。防御成功です」


「「「うおおおお!!」」」


 歓声が上がる。私も上げていた。大丈夫だ。最大の山場は乗りきった。後は軍による連続攻撃だろうが、まだこちらには迎撃システムもある。


 これなら二十四時間……は無理でも、全員が逃げるだけの時間は稼げそうだ。


「喜ぶのは、はえーだろうが! 錬金班、機械人形をありったけ出せ。さっさと外壁を直すんだ。お次は軍による攻撃が……何だと?」


 バンドド殿が凄まじい目付きで壁に目を向けた。理由は聞かなくとも分かる。分かるが分かりたくなかった。


「え? 嘘……だ」


 そんな弱々しい声を出したのは誰だったか。ひょっとすれば私かもしれない。


「ま、魔力反応増大。第二撃、来ます」

「馬鹿な!?」


 あの威力の魔法を立て続けに二発? それも三魔全てが?


「ば、化物だ」

「馬鹿野郎! 呆けている場合か!!」


 皆が震える中、バンドド殿の一喝が響き渡る。


「全砲門開け! 後のことは考えるな! あの三魔に向けて撃って撃って撃ちまくれ!」

「は、はい」


 バンドド殿の命令を受け、すみやかに要塞都市がその身に秘めた機能を解放する。


 魔力の籠った巨大な砲弾が、エネルギーの塊である光線が、たった三魔目指して雨あられと降り注ぐ。


 先日十万を越える魔物の大群を一掃した質量兵器と光学兵器が、これが最後の働きとばかりに唸りをあげる。


 だがーー


「か、風で止められました。質量攻撃および、エネルギー攻撃、全て届きません」

「おのれ『殲滅』~!!」


 バンドド殿が地面を踏み砕いた。だがどれだけ我々が敵の力の理不尽さに歯噛みしようとも、敵は待ってはくれない。


「『轟く者』と『色狂い』。第二撃、来ます」


 外壁が大きく揺れるのが分かった。既に衝撃を吸収しきれなくなっている証拠だ。


「どうだ?」

「形成結界の魔力が物凄い勢いで削られていきます。仮想骨格、駄目です。もちません」

「空間結界最大出力。少しでも良い、威力を分散しやがれ」

「りょ、了解」


 私は固唾を呑んでバンドド殿と監視室のやり取りを見ている。出来ることと言えば祈ることくらいだ。


「第二層隔壁突破されました。最終隔壁に到着。…………だ、大丈夫です。防ぎました」


 あの凄まじい攻撃を二発連続で防いだ。まさに快挙だ。しかし今度は歓声はどこにもなく、ただ静寂だけが私達を包んでいた。


 皆恐れているのだ。歓声を上げることでまた同じ展開を招くのではないのかと。


 しかしどれだけ声を潜めようと現実となる。だからこそ絶望(それ)はこう呼ばれるのだーーー悪夢と。


「はう!?」


 誰かが腰を抜かした。いや、気を失ったのだ。感知能力に長けているがゆえに、普通ならあまりにも巨大すぎて見えなくなるそれを視てしまったのだろう。


 ひょっとすると精神をやられたかもしれない。心配だが今は診て上げられない。何故なら私もまた気を抜けば倒れてしまいそうだからだ。


「い、色狂いの魔力がきゅ、急上昇しています」


 言われなくても分かる。二魔の魔将すら置き去りにどこまでも、それこそこの要塞がまるで小さな箱庭に感じるほどに、際限なく高まっていく魔力。


「う、嘘だろ? これが生物が持てる力なのか?」


 超越者。そんな言葉が脳裏をよぎった。かつてその言葉は私達の誇りであり希望だった。


 だが今はーー


 バンドド殿が大きく舌打ちをして、次に深々と息を吐き出した。


「三種族の避難は?」

「未だ三十パーセント程度です」


 答えたのは彼の副官だ。バンドド殿の全身に魔力が満ちる。


「仕方ねえ。……戦るか」

「勝ち目はありません」


 私は咄嗟に叫んでいた。


「分かってんだよ、そんなことは。だが三種族は俺達にとってガキのようなもんだ。親がガキを見捨てて逃げるわけにはいかねぇだろうが」

「バンドド殿」


 その己の命運を悟った静かな瞳を見て、ならば、と私も腹を決めた。


「私もーー」

「おっと、お前はダメだ。俺はココの責任者、お前は守護天使。互いに本分を全うしようじゃねーか」


 ズルイ。何てズルイ言い方をするのだろうか。しかしここでごねるような恥ずかしい真似はできない。


 これが彼と会う最後となるのなら、情けないところは見せたくないから。


「…………ご武運を」


 私はボスノの国の習慣を真似て、敬礼と呼ばれるものをしてみせた。守護天使としてこれが一番相応しい別れの儀式と思ったからだ。


 そんな私にバンドド殿は少年のような顔で苦笑した。


「ああ、お前さんもな。さっきのは良い演説だったぜ。最後に勝つのは俺達……か。ああ、ああ。俺も信じてるぜ。だからいつかあそこのクソッタレな化物共に目にもの見せてやってくれよな」

「必ず」


 私達は言葉もなく見つめ合った。そしてーー


「第三撃、来ます」

「行け! 行っちまえ」

「はい。行きます」


 そうして私は駆け出した。振り向くことはせず、ただ私が守ると決めた者達を守るため、そして何よりもーー


「勝つために」


 直後、背後で凄まじい爆発が発生した。ついに要塞が完全に破られたのだ。


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