要塞都市
次の日。結局ベットの中でマイシスターと語らっておるだけで夜が明けてしもうたが、元々睡眠は大怪我や著しい魔力の損耗に襲われでもしない限り大して取る必要の無いものなので、今日の行軍には何の問題もない。
むしろマイシスターとの語らいで精神は充実しており、今ならルシファにも負けん自信があった。
アクエロ達も夜通し騒いでおったようじゃが、合流した時に疲れを残しておる困った奴はおらんかったので、説教くさい真似はやめておいた。
ただサイエニアスが真っ赤な顔でウサミン達を中心とした皆にからかわれていたのが気になったので、何があったのかとアクエロに聞いてみれば、どうやら皆に乗せられたサイエニアスが舞台で一曲披露したようじゃ。
マーロナライアいわく、とても上手かったとのことなのじゃが、サイエニアスは思い出したくないのか、からかわれる度に奇声を上げておった。
ふーむ。どんな感じだったのか気になるので後でアクエロに記憶を見せて貰おう。などと考えながら、儂はマイシスターと共にマイファザーに出発前の挨拶をすることに。
「それでは父さん。行ってきます」
「…………うむ」
「お父様、ちゃんとご飯を食べて必要なら睡眠を取るのですわよ」
「…………うむ」
「バイバーイ。マイダーリン。また会うその日まで、元気にプリティっててね」
「…………うむ」
マイファザーは何時も通りの反応なんじゃが……おい、最後の。その発言は何かな? マイファーザーも何故小さく手を振り返すのかな?
儂の視線に気づいたプリティーデビルちゃんが、申し訳なさそうに目を伏せた。
「ごめんなさい。全て私がプリティーなのがいけないことなの。でも大丈夫。ちゃんと責任は取るわ。さあ、リバークロス。この胸に飛び込んで来なさい。ママと呼んでも良いのよ?」
「やかましいわ!」
えっ!? ってかこれ、マジなの? マジでそんな関係なの? そしてそれをマイマザーは知っておるのじゃろうか?
弱った儂は二人の家族に視線を向ける。マイシスターは楽しそうにプリティーデビルちゃんを見ておるし、マイファーザーも何でもないことのように平然としておる。
…………考えてみれば儂だってハーレム持っておるし、吸血鬼族を除けば魔族に一夫一妻のルールがあるわけでもないんじゃよな。ないんじゃがーー
「アホなこと言ってないで出発するぞ」
親のそう言う事情を知りたくないお年頃な三百数十歳の儂は、これ以上余計なことを知る前にさっさと出発することにした。
するとーー
「フフ。照れちゃて可愛い。食べちゃいたい」
プリティーデビルちゃんが猛禽類を思わす瞳でこちらを見て来る。それに先程の発言。これはアカン奴ではなかろうか?
儂が思わず身震いすると、マイシスターが「プリティーデビルちゃん!」と顔を真っ赤に怒鳴ってくれた。
「あら、エグリナラシアちゃん。嫉妬? 可愛いわね。勿論私は貴方のことも大好きよ。ほら、プリティーな私の胸に飛び込んできなさい」
両手を広げるプリティーデビルちゃん。マイシスターはそんなプリティーデビルちゃんの腕を掴んだ。
「そ、それは後でお願いしますわ。リバークロスは忙しいのですから邪魔してはいけませんわよ。ほら、私と一緒にエイナリンの所に行きましょう、プリティーデビルちゃん」
そのままプリティーデビルちゃんを強引に引っ張っていくマイシスター。プリティーデビルちゃんは最後に儂に投げキスをしていったが、……やれやれ。エイナリン並みに掴み所のない女じゃの。
儂は溜息をつくと、待機させていた全軍に念話を放った。
「休憩は終わりだ。出発するぞ」
そうして行軍を開始。不眠不休で動き続けた結果二日程で元天領第四等区前ノ国へと到着した。兵を休めるついでにココを任されている司令官に前線の様子を確認する。
するとどうやら既に殆どの狭間ノ国は落としたようじゃが、その中の一つ、要塞都市ラムウに手こずっておるようじゃ。
「この百年の間に天族が作った難攻不落の要塞か」
司令官に通された部屋で儂は今、ここ最近魔族が要塞都市に対して行った作戦内容とその結果を纏めた資料に目を通しておる。まぁ、目を通すと言っても、肝心の資料はUSBメモリみたいな形をしておるので、正確には読み取ると言った方が正しいのかの。
資料の先端に付いている小さな針に指を突き刺す。すると映像を含めた、様々な情報が直接脳へと送られてきた。
むー。こういうのがあると、向こうの世界の痛覚導入型VRを思い出すの。まぁ、あれは電気信号を使ってAIが人を操作したことが原因で廃棄されたのじゃが、その前から使用後における現実世界とバァーチャル世界の混同が問題視されておったからの。
弟子がやらかさなくとも、結局は廃れておったじゃろう。当時は焦ったが今となっては懐かしい思い出じゃ。
ちなみに儂の左右でシャールエルナールとエルディオンもそれぞれ同じ資料を読んでおる。
「はい。まさに中ノ国を守る最後の砦と言ったところで、その頑強さとくれば他に類を見ないほどです。お恥ずかしながら突破の糸口さえろくに掴めていないのが現状です」
「なるほど。ご苦労だった。後は俺達がやるからお前達は軍を引いて、この前ノ国周辺により広い警戒網を構築しろ。後、この辺の事情に明るい者を何魔か連れて行く。いいな?」
「ハッ! 腕の良い情報官を選んでおきますので、扱き使ってやってください」
「扱き使うほど、相手が持てば良いがな」
そう言って儂は手元のUSBを司令官に投げ返した。
「そ、それはつまり……」
司令官が慌ててUSBをキャッチしながら、恐る恐る窺うように儂を見た。
儂は立ち上がると司令官に背を向け、チラリと横顔が見える程度に振り返った。そして魔力を若干高め、その影響で瞳を輝かせるとニヒルな感じでーー
「すぐに終わる。……ということだ」
ふっ、決まったの。儂、今メッチャ格好良いの。
見てみい。司令官のあの流石は魔王の息子、的な感じの目を。
無論、儂とて伊達や酔狂で格好をつけたわけではない(いや、半分くらいはそれもあるんじゃが)。
カリスマ性の演出も上に立つ者の重要な仕事じゃ。同じ能力を持っていても、普段から(例えそれが勘違いでも)凄いと思われている者といない者では、戦場での命令の伝達速度や遵守率に大きな違いが出る。
それは軍と言う群体生物を操る上で勝敗を分ける決定的な要因になるじゃろう。
普段適当にやっていながら、いざという時だけ皆をまとめられる。そんなことができるのはせいぜい能力を目の前で見せつけられる数人から数十人の狭い範囲だけじゃ。
死ぬかもしれない状況で普段から無能呼ばわりされている指揮官が、例えそれが本当に必要でも一見無茶にしか聞こえない命令を出す。
無論、真面目に従う者も居るじゃろう。じゃが誰もがそんな優等生な訳ではない。ましてや魔族は我の強い生き物。生きるか死ぬかの瀬戸際で普段から侮られている指揮官の命令に従うかは完全に運任せになってしまう。
だからこそ儂は隙あらば格好をつける。必要がなくとも格好をつける。何故なら儂、男の子じゃもん。
格好をつけて自分に酔う。これもまた人生を楽しむ一つの手法じゃろうて。
儂はそのままクールに部屋を出た。
「坊主はあれだな。キザだな」
司令官室から外で待機させている部下達の所へ戻る帰り道。回りに誰もいなくなった途端に少し後ろを歩いてたエルディオンがそんなことを言った。
「ふっ。よせやい」
無論意図してやっておるのだから自覚はあるが、他人に改めて指摘されるとこそばゆいの。
まぁ、流石に三百年も生きておれば若い頃のような照れはないが、こういうのは指摘されたら台無しになるから止めて欲しい。
儂はシャールエルナールをチラリと見た。
「本官は格好いいと思うのであります」
「ふっ。よせやい」
流石はシャールエルナールじゃ。それが決まりきったヨイショだとしても、美女に誉められて悪い気はせん。
「お主は本当に坊主に甘いな」
エルディオンが呆れたとばかりにシャールエルナールに半眼を向けた。
「当然であります。リバークロス様は魔王様のご子息。それだけで本官は全てを肯定できるであります」
ホッホッホ。もっと儂個人を見てくれても良いんじゃよ? まぁ、シャールエルナールらしくはあるがの。
「魔王と言えば坊主、プリティーデビルの奴はどうしている?」
「…………お前もファンなのか?」
もうここまで来たら驚きはせんが、こやつがライブで必死にプリティーデビルちゃんに声援を送っておる姿は少し見てみたいかもしれんの。
「違うわ、馬鹿者」
「本官は大・大・だーいファンなのであります」
否定するエルディオンと、聞いてもないのにファンであると主張するシャールエルナール。
儂はエルディオンの質問に答えてやった。
「プリティーデビルちゃんなら歌ってなければ基本的にはエイナリンと一緒にいるぞ」
一応あやつはエイナリンのお目付け役ということで来た訳じゃからな。行軍中、常に一緒にいる二人を見て仕事はちゃんとやるのだなと安心したのを覚えておる。
「……今回の仕事について何か口を挟んできたか?」
「? いや、何も。何でだ?」
表面上はクールに、しかし内心でほんのちょっぴりだけ儂は慌てた。
しまった。その可能性があったか。マイマザーにプリティーデビルちゃんが任務に口を挟んできた場合、聞く必要があるのか、あるとしたらどこまで聞けばいいのか、指揮系統の確認を忘れておった。
普通に考えれば儂の方が上位な気もするが、プリティーデビルちゃんは魔王であるマイマザーの近衛らしいし。これって一体どちらが偉いんじゃろうか?
この辺、魔王軍の指揮系統というのは適当なところがあるんじゃよな。
儂が悩んでおるとーー
「ふん。何もないならそれで良い。ただプリティーデビルの奴に何かあると困る。アイツのことはよく見ておけ」
おや? どうやらエルディオンはかなりプリティーデビルちゃんを買っておるようじゃな。
「かなり強いと聞いたが?」
「強い。異論の余地がないほどにな。ただ奴の真価はそんなところにはない。大丈夫とは思うが…。いいな? とにかくプリティーデビルのことは気にかけておけよ」
それだけで言うと、さっさと部下の所へ戻っていくエルディオン。
「何だ、あれ?」
確かにアイドルとしての求心力は凄まじく、その上実力もある……らしい。しかしまさか他種族であるプリティーデビルちゃんの為に有角鬼族の魔将であるエルディオンがあんなことを言うとは。
エルディオンが元々面倒見の良い性格なのか、それともマイマザーの政策が上手く言っておるのか。まぁ、どちらにしろ悪いことではないじゃろうな。
「エルディオンの奴もプリティーデビルちゃんの重要性を理解しておるようで、本官とても満足であります」
何故か得意気なシャールエルナールを見ながら、どうやら魔王軍にはまだまだ儂の知らないことが沢山ありそうじゃなと思うのであった。
そんなこんなで一日だけ休息を入れた後、前ノ国を出発した儂等は既に魔族が占領した狭間ノ国をいくつか通り、三週間ほどの時間を掛けて要塞都市ラムウへと辿り着いた。
「あれか」
遠目にもでっかい壁が聳え立っているのが分かり、近くで見るとその規模たるや。ここがまるで世界の終わりだと言わんばかりの巨大な壁がどこまでも広がっていた。
USBで見て知ってはおったが、実際に目の当たりにすると迫力が違うの。
これは中に都市があると知らなければ、この壁の向こうで人が生活しているとは中々想像せんかったじゃろうな。
今は戦時下じゃから分かるが、普段はこれ、一体どうやって出入りしておるのじゃろうか?
壁の周囲の地面に所々大きなクレーターが出来ており、儂等が来るまでの魔族の奮闘を窺わせる。にも拘らず、壁にはこれと言った大きな損傷は見られなかった。
あれではまるで要塞というよりは山。なるほど、これは手こずるわけじゃな。
「ふむ。資料通り。特に変わった様子もないな。どうする?」
筋肉で膨れ上がった腕を組んだエルディオンが試すように儂に聞いてくる。
「俺が決めていいのか?」
本人のせいで普段あまり意識しないのじゃが、この中で一番偉いのはシャールエルナールなんじゃが。
儂がシャールエルナールに視線を向けるとーー
「本官はリバークロス様の考えを全面的に肯定するであります」
ある意味予想通りの返事が返ってきた。
エルディオンが自身の白い髭を撫でた。
「定石ではまずは兵による一斉攻撃。周囲の壁や結界にヒビが入り次第、攻撃を質量兵器及び魔法陣を用いた戦術級魔法へと切り替え、トドメに魔物に先陣を切らせた特攻。といったところだが」
当然そんな攻撃は儂らが来るまでに何度もやっておるじゃろう。資料を見たがあの壁の厚さも、そして発動する結界の強度もかなりのもので、その上、空からの侵入にもキッチリ対応する。
「そんな面倒なことをする必要はないだろう」
だからこそ、ここは再び儂の力、というか魔将と呼ばれる者の力を部下に見せつけるチャンスじゃの。
「ふむ。と言うと?」
「せっかく三魔も魔将がいるんだ。有効活用しないとな。それともお前らにはキツいか?」
儂の挑発に髭を撫でるエルディオンの手がピタリと止まり。次に大きく笑いだした。
「フフ……アーハッハッ! 面白い!! 良いだろう。我等でやろうではないか。だがな坊主、そこまで大口叩いて情けない魔法を見せようものなら、覚悟せいよ」
普段はどちらかと言えば理性的な瞳を戦闘時のアヤルネのようにギラギラしたものへと変えて、エルディオンが儂を睨む。
「本官もリバークロス様がお望みであるならあの程度の壁、一切の容赦なく殲滅して見せるのであります」
二人の体から溢れる途方もない魔力。大地が鳴動し、風が荒れ狂う。その力の凄まじさときたら、まさに意思持つ大自然の驚異じゃな。
この二人とならあの要塞も問題ないじゃろう。
「アクエロ、やるぞ」
(了解)
アクエロは既にこれからの戦いを想い、歓喜に震えながら詠唱を終えておった。儂もすかさずそれに続く。
そして発動する創造魔法ーー『強者の飛躍』
儂から溢れだした魔力が自然災害のように周囲に意図せぬ破壊をもたらした。一応押さえてはおるのじゃが…、部下をあらかじめ下げておいた自分の判断を自分で誉めてやりたいわい。
「ほう」
「さすがであります」
弱者にとって致死の環境である儂の魔力を浴びながらも、それでもまるでそよ風を受けるが如く、二魔は平然としておる。
シャールエルナールは満足したように頷き、エルディオンも感心したように口角をつり上げる。
儂もつられて笑った。まったく持って頼もしい奴等じゃて。
「さて、やるか。お前達はそこで待っていろ」
「「はい。お気をつけていってらっしゃいませ」」
近衛であるハーレムメンバーに声を掛ける儂に全員を代表してサイエニアスとイリイリアが頭を下げる。
そうして儂等は背後に兵を待機させたまま、たった三人で天に届かんばかりの要塞へと足を向けるのじゃった。