貴重な関係
「さて、ようやく馬鹿騒ぎも終わったな」
結局あの後、プリティーデビルちゃんの噂を聞き付けた魔族がこれでもかと集まり、一日中お祭り騒ぎとなった。
そのせいと言うわけでもないのじゃが、魔王城から出発するのにあれから一週間程、時間が掛かったんじゃよな。
その間にアクエロが私もアイドルやるとか言い出したあげく、意外なことにそれなりに人気を集めたり。更にそれを見たウサミン達が便乗して嫌がるイヌミンを仲間に引き込み、獣人三姉妹とか言うユニットでデビューしてみたりと、上司も匙を投げる展開に。
結局最後は出陣前にあまりにも呑気な同僚達に対して、サイエニアスが怒鳴り付けて馬鹿騒ぎはお開きとなった。
まぁ、最初は少し心配じゃったが、なんだかんだでここ最近戦争にドップリ浸かっておった儂も、久々に息抜きが出来て楽しかったわい。
やはり日常の潤いというのは馬鹿にできんの。プリティーデビルちゃんが最初なぜ人気かは分からなかったが、今なら少し理解できる気がするわい。
「リバークロス様? どうかされましたか?」
思わず苦笑した儂に、サイエニアスが聞いてくる。儂を先頭にすぐ後ろに近衛であるハーレムメンバーと軍団長達。その後ろには魔族の精鋭が綺麗に整列しておった。
儂は待機中の兵達に余計な勘違いをさせないよう、声を抑えて答えた。
「いや、中々濃い一週間だったなと思ってな」
途端にサイエニアスの顔が渋いものへと変わった。
「私としてはとても複雑です。いえ、別にアイドルが嫌いと言う訳ではないのですが」
「分かっている。正直、お前が真面目な性格で俺は助かっている。ありがとな」
確かに息抜きは必要じゃが、それにも程度と言うものがある。サイエニアスが怒ってくれなければ立場上儂が叱らなければならなかったので、ありがたいことこの上ない。
やはり大きな集団において正しく叱れる者というのは貴重じゃな。
「い、いえ。お役に立てたのなら光栄です」
背筋を伸ばすサイエニアス。その顔はーー
「あらあら。サイエニアスったら顔が真っ赤よ?」
「しゅ、主君に誉められたのだ。別にいいだろう」
「本当にそれだけかしら?」
「マーロナライア!」
顔を真っ赤に怒鳴るサイエニアスとクスクスと笑うマーロナライア。アヤルネはそんな二人を眠そうな目でぼーと見ておる。
そこでアクエロが儂の中で呟いた。
(アイドル面白かった。またやろう)
その声は未だにお祭り気分が抜けきってない、どこか浮わついたものだった。
(それはいいが、俺の中で歌うのは禁止な)
何せアクエロの奴、私もデビューするとか言い出してからの三日間、ずっと儂の中で歌の練習をしておったからの。練習熱心なのは別に良いが、ずっと頭の中に歌を響かされる儂としては、何の呪詛かな? と言った感じじゃったわい。
(えー!? …………リバークロスのケチ)
拗ねたような声は中々に可愛らしいものがあったが、こやつの場合調子に乗ると何をするのか分からんので、甘やかすことはしない。
「リバークロス様、シャールエルナール軍及びエルディオン軍から念話入りました。各軍。進軍準備完了とのことです」
中継者であるマーロナライアが普段のおっとりとした声とは違う、毅然としたもので報告してきた。
「よし。良いかよく聞け。今から天領第四等区中ノ国に向けて出陣する。ここを落とせば必ずや我ら魔族がこの異種族間戦争に勝利するための重要な布石になるだろう。ここ最近色々あったが、ここから先は気持ちを切り替えろよ。お祭り気分でヘマをする奴は許さんぞ!」
念話を使って見渡す限りの兵に伝える。
この時ばかりは普段おちゃらけておるウサミン達も真剣な表情をしておった。
ただアクエロだけはーー
(愛の果てに壊れ行く私。崩れ落ちるその時まで抱き締めて。……うん。次もやはり破壊をイメージさせる感じで行くべきね。えーと。私達は互いの尾を喰らい合う定め。一つになりましょう。奈落に落ちる最後の時まで。……いや、やっぱりここは一つになり魔将? で行くべき? ……うーん。難しい)
歌詞執筆中、待ったなしじゃった。そして最後のはギャグなのかな? 真面目な場面でちょこちょこ笑わしに来るのマジで止めて欲しいんじゃが。
ま、まぁ、従者なら今はイリイリアがおるし。戦闘の時にちゃんと役に立つなら何でも良いか。
ともすれば気が抜けてしまいそうになる心を引き締めて、儂は声を張り上げた。
「進軍開始だ!」
そうして儂は二人の魔将と共に軍を率いて魔王城を発った。マイマザーは忙しいらしく会えなかったが、マイマザーの従者であるエラノロカが言うところ作戦に変更はなく、出来るだけすみやかに天領第四等区中ノ国を落とすべし。とのことじゃ。
ちなみに進軍の順番はシャールエルナールの軍、儂の軍、殿がエルディオンの軍となる。
魔王城から最も近い転移門へと移動し、そこから盾の王国近くまで移動する。ここまでは昔と同じなのじゃが、天領第四等区の前ノ国を落としたことで現在盾の王国の防衛に少しばかりの余裕ができておる。
その為、マイマザーはマイファーザーの申請を受理し、転移門の位置を変更。盾の王国までそれほど歩かなくてよくなった。
実際歩いてみるとこの変化は大きい。端的にいって大助かりじゃ。そんな理由で儂らはその日の内に盾の王国に到着することができ、前と同じように一夜だけ滞在することになった。
そうして現在儂はマイシスターを連れてここの防衛を任されてるマイファーザーに挨拶に来ていた。
「お父様。会いたかったですわ」
元盾の王国の王城、月が見える渡り廊下を護衛も付けず一人で歩いていたマイファーザーを見つけるなり、マイシスターは物凄い勢いでその胸に飛び込んだ。
ホッホッホ。大人びてもこう言うところは相変わらずじゃな。
「……エグリナラシアか」
マイファーザーは人間なら、というかそこいらの魔物でも五体がバラバラになりそうなマイシスターの突撃を軽く受け止めると、その頭を優しく撫でた。
「えへへ」
マイシスターの顔に花のような笑みが浮かぶ。
ふむ。やはり嬉しそうなマイシスターを見ておると儂もホッコリするの。さて、では儂も久方ぶりに今世の父親に挨拶するとするかの。
儂はマイファーザーに近付くと頭を下げた。
「ご無沙汰していました。父さん」
「……ああ」
マイファーザーはいつものように全身鎧ではなく胸当てや手甲などで部分的に身を固めており、その腰には大小二本の刀。
マイファーザーの黒い瞳がこちらを真っ直ぐに見つめる。それはまるで自身の顔を写す刀剣のような、鋭くも静かな瞳じゃった。
「お父様。私達がこれから中ノ国を落としてきますわ。そうすればここの守りも今よりずっと楽になると思いますの。待っていてくださいな!」
マイファーザーの胸に何度も頬擦りしながら、誉めたがられ屋の子供のようにマイシスターが言った。
それにしてもマイファーザー胸当てつけておるんじゃが、痛くないんじゃろうか?
儂は少しだけマイシスターの綺麗な顔が心配になったが、久々にマイファーザーに会えてテンションがMAXになっておるマイシスターにそんなことは些細な問題なのか、更に頬擦りの速度は加速し、なんと火花が散りだした。
やれやれ。はしゃぎ過ぎじゃろ。まぁ、可愛いから良いんじゃがの。
「……聞いてる。………………気を付けろ」
それに比べてマイファーザーは通常運転じゃの。まぁ、マイファーザーが喋らないと言うことは喋る必要のあることがないと言うことなのじゃろうが、このまま別れたのではあまりにも味気ないので、暫し家族の会話に興じることにする。
儂は適当な話題を選んでマイファーザーに話しかけた。
「父さん。ここ最近盾の王国はどうですか?」
「……問題ない」
「お父様。ちゃんとご飯は食べてますの」
「……必要ない」
「天将が動いたときの対策は?」
「……問題ない」
「必要なくともご飯はちゃんと食べないとダメですわよ。だって
とっても美味しいんですもの」
「……必要ない」
「そういえば研究していた魔工魔力石がかなり良い感じなんですよ。今度見てもらってもいいですか?」
「……問題ない」
「私が今度腕によりをかけて美味しいものを作ってあげますわ。そしたらちゃんと食べて貰えますわよね?」
「……頂こう」
と、こんな感じでマイファーザーとの会話は続いていく。マイファザーの口数の少なさは何時ものことなので儂もマイシスターも気にはならん。
そうしてどうやら自室に戻るらしいマイファーザーに付き合う形で城の中を歩いておるとーー
「この声は?」
唐突にマイファーザーがピタリと足を止めた。
「声?」
はて、そんなもの聞こえるじゃろうか? 儂は耳を済ませてみた。
「これは……歌?」
遠くから風にのって聞こえてくる微かな歌声。それはここ一週間の間に嫌と言うほどよく聞いたものじゃった。
あ、あやつら。こんな所でも。
どうやらまた勝手にライブをやり始めたらしい。
ここはガツンと言うべきじゃろうか? 一瞬悩んだのじゃが、今は戦争前。何時死ぬかもわからんのじゃし、休む時くらい好きにさせてやるかの。
それに王や他の魔将の支配する土地でやられると困るが、ここはマイファザーの管轄じゃし、マイファーザーなら夜騒いだくらいでは怒らんじゃろう。
「歌っているのは俺の女と母さんに言われてエイナリンに付けたお目付け役なんだけど……父さん?」
途中からマイファーザーが明らかに儂の話を聞いておらん。どういうことじゃろうかと首をかしげておると、マイファーザーはいきなり歌が聞こえる方角へと駆け出した。
「えーー!?」
ま、まさかマイファーザーまでじゃと? ぷ、プリティーデビルちゃんおそるべし。
「何肩を落としてますの?」
「いや、だってさ。あれ」
儂が向けた視線の先には尊敬しておる父親がアイドルを追って駆け出す後ろ姿。確かに個人の好みは自由じゃが、それでも子供としての親に対する理想象? みたいなものがある。
あれを見てマイシスターは何とも思わないのじゃろうか?
「あら、いいじゃありませんの」
「良いって……まぁ、姉さんはそれで良いんだろうけどさ」
何せマイシスターは家族大好きっ子じゃからの。遠縁とは言え血の繋がりがあるらしいプリティーデビルちゃんのことが気に入ったらしく、しょっちゅう一緒におるくらいじゃ。
儂も別にアイドルやプリティーデビルちゃんが嫌いな訳ではないんじゃが、普段寡黙で格好いいマイファーザーがアイドル目指して駆け出す姿は、なんかこう心にグサッとくるんじゃよな。
「はぁー。もう今日は休むよ」
現実を知ってまた一つ大人になった三百数十歳の儂は、今日はもう大人しく寝ることにした。
「あら、それなら久しぶりに一緒に寝ませんこと?」
良いことを思い付いたとばかりに両手を叩くマイシスター。儂としてもマイシスターと一緒に寝るのは構わないのじゃがーー
「……変なことしないならいいけど」
子供の時のようにただ一緒に寝るだけなら歓迎じゃが、もしもマイシスターがそういうつもりならちゃんと断らねばな。
やはりこの世界の常識がどうあれマイシスターとアダルトな関係になろうとは思えんからの。
マイシスターは儂の言葉を聞いて一度髪を掻き上げると、何やら妙に色っぽい目でこちらを見てきた。
「あら、私みたいな美魔を前に失礼ですわね。『色狂い』の名が泣きますわよ」
「姐さんが綺麗なのは見れば分かるし、名前なんて勝手に泣かせておけば良いさ。何を言われようが俺にとって姐さんは姐さん。『性』の対象なんかじゃない。何があっても変わらない家族だ」
確かに容姿や能力を考えると少しだけ惜しい気もしないことはないが、肉体関係だけの女なぞ今の儂の立場なら苦労せん。というか既に十分すぎる女達がおるしの。
むしろ肉体関係などなくとも素直に愛おしいと思えるマイシスターとのこの関係の方が、儂にとってはよほど貴重で何よりも心地よかった。
そんな儂の気持ちが伝わったのかどうか。
「はいはい。仕方ないですわね」
マイシスターは少しだけ悲しそうな、それでもどこか嬉しそうな、そんな二律背反した笑みを浮かべた。
その儚くも美しい笑みを見た途端、ああ、姉さんはもう子供じゃないんだな。と、子供の成長に感傷的になる親の気分を味わったわい。
この世界に変わらないものはないのかもしれん。じゃがせっかくこうして家族として同じ親から生まれたのじゃ。出来るだけ長く、この姉と弟の関係が続きますようにと祈った所で罰は当たらんじゃろう。
「リバークロス? どうかしましたの?」
「ん? いや、この戦争。負けられないなと思ってね」
力を求める為にこの世界で自由に生きて行くことのできる環境を手に入れる。
儂の目的は変わらん。それは今までも、そしてこれからも同じじゃろう。力を、ただ力を。それが儂の根源であり、生きる目的なのじゃから。それは揺るがない。揺るがないのじゃが、別に目的が増える分には構うまい。
「当然ですわ。お母様やお父様を始め、私にリバークロス、それにお兄様やエイナリンまでいるのですもの。天族何て一捻りですわ」
今世における儂の生きる理由の一つがそう言って微笑む。この笑みを無くしたくない。年甲斐もなくそう感じてしまうの。
「兄さんとエイナリンと言えば、エイナリンの階層に勝手に侵入した時のこと覚えてる?」
「あんな強烈な出来事、忘れられるわけがありませんわ」
「姉さん、エイナリンに手も足も出なかったからね」
「そ、それはリバークロスも一緒でしょ?」
「あの時、俺三歳だよ? 勝てるわけがないだろ」
「私だって似たようなものでしたわ。それに聞きましたわよ。つい最近エイナリンを背後から襲って、返り討ちにあったんですって?」
「な、何故それを?」
「ふふ。昔とは色々違うということですわ。主に魔族関係が」
「お、おのれー。あのお喋り従者めが」
「これも良い機会ですわ。今夜は存分に語り合いましょうか」
「いいけど、羞恥心で眠れなくなっても知らないよ」
「あら、別に寝なくとも平気だというのにその心遣いは誉めて上げますわ。でもお生憎様。私、リバークロスの前では常に立派なお姉ちゃんだったので、何を言われても平気ですわ」
「よく言うよ。魔王城を抜け出そうとしてシャールエルナールと戦った時の姉さんと来たら」
「あ、あれはーー」
そうしてその夜、同じ床に就いた儂らの部屋から笑い声が途絶えることはなかった。




