エイナリンを説得してみよう
「と言うわけで、俺は四等区の中ノ国を落としに向かうことになった。イリイリア、格軍団長に通達しろ。ギンガリバー、お前は魔人国の方を頼む」
マイマザーとの謁見を終え、一旦シャールエルナールとエルディオンの二人と別れた儂はひとまず自室へ戻ることに。
するとウサミン達三人は任務完遂の打ち上げに行ったらしいのじゃが、それ以外の面子は儂を待っておった。
「畏まりました」
儂の指示にイリイリアが返事をするその横でギンガリバーが無言で頷く。いや、別に喋ってもええんじゃよ? と言うかマーレリバーの記憶を見たときお主、カエラ達とメッチャ普通に喋っておったじゃろうが。
「妾にも手伝わせてはくれんか」
それに比べてカーサちゃんは健気じゃの。将来はきっと良い奥さんになることじゃろうて。おっと、旦那は儂じゃったな。ハッハッハ。
「リバークロス殿?」
「ん? ああ。すまない。カーサは良い奥さんになるだろうなと考えてた」
「な!? か、からかうではない。……馬鹿」
真っ赤になって慌てるカーサちゃん。ギンガもこの十分の一でも良いので可愛げかあればの。まぁ、息子の件で完全に嫌われてしもうたから、それも無理な注文だと分かってはおるんじゃが。やはりマーレリバーの記憶を見た後じゃとあまりの温度差に軽く傷付くの。
儂、結構女達の為に頑張っておるのに。……ハァ。…………って、いやいや。何を甘えたことを。儂らしくもない。所詮強者は孤独なものよ。この程度、好きに生きる代償の一つと思えば安いもんじゃわい。
儂は気分を入れ換えて未だに赤い顔をしたカーサちゃんと向きあった。
「からかってはいないが、それよりもカーサ。気持ちは嬉しいがお前を連れて行くことはできない。分かるな?」
カーサちゃんは年齢のわりには強いが、それでも戦えば儂のハーレムメンバーの誰にも勝てんじゃろう。戦場に連れて行くには不安が大きい。
「無論。未熟な妾ではリバークロス殿の横には並べんじゃろう。だから魔人国の方を手伝いたいと思う」
「ふむ。魔人国の方をな」
基本的に統治は女王であるフローラルに。治安維持はヘイツリバーに一任しておるが、当然目を離しすぎるわけにもいかず、困ったことを企んでないか不定期に視察をするようにしておる。それでなくとも他の種族が余計なちょっかいをかけてこんとも限らんしの。まだまだ当分は目が離せそうもない。
しかしそうは言っても前線に出れば当然そんな余裕はなくなる。だから儂がいない間に何かあった時のためにイリイリアを残して行くつもりだったのじゃが、カーサちゃんが引き受けてくれるなら儂としても願ったり叶ったりじゃ。
問題があるとしたらーー
「それは構わないが、こちらからもカーサに護衛をつけるぞ」
「私達の力が信用できないと?」
すかさずカーサちゃんの従者であるシラキタノが文句を言ってきた。いや、文句と言うか矜持があるんじゃろうな。
何せカーサちゃんの護衛もこやつらの大事な仕事。その仕事に後から来た余所者が口を出してきたら、そりゃ怒る。しかしこればかりは儂も引くわけにはいかん。
「そうは言ってない。ただ護衛は多くても別に構わないだろ」
「必要ありません。カーサお嬢様は我々が守って見せます」
目の下に隈が出来た今にも倒れそうな顔でこちらを睨んでくるシラキタノ。
言いたいことは分かるし、確かに吸血鬼族にも強者は沢山おるじゃろう。しかし万が一にでも魔人国で吸血鬼族の王の娘であるカーサちゃんに何かあってみい。魔人国の存続が危うくなるだけではなく、女王であるフローラルやその娘であるマリアやイリアに責任が及びかねん。
もしもそうなればさすがに儂でも庇いきれん。だからこそ、どれだけ強かろうが顔も見たことのない奴に任せる気に到底なれんわい。守れませんでしたでは困るのじゃ。
「駄目だ。こちらからもカーサに護衛をつける。そちらの邪魔はしないように厳命しておくのでそれで良いだろう?」
「しかし…」
シラキタノはまったく引き下がる様子を見せない。やれやれ。仕方ないのう。
「おい」
儂は殺気混じりの魔力を叩きつけ、シラキタノの言葉を遮った。
「くっ!?」
シラキタノの不健康そうな顔から途端に大量の汗が吹き出す。ふーむ。並みの魔族なら腰を抜かすどころか失神しても可笑しくない魔力だったのじゃが、流石はカーサちゃんの従者じゃな。
感心しつつも、儂は努めて厳しい口調で言った。
「俺の女の安全が掛かってる。従者風情が口を挟むな」
「も、申し訳ありません」
さすがに本格的に儂と事を構える気は無かったのじゃろう、今度は大人しく引き下がった。それにしても魔術師として力を使うのに否はないが、魔王の血の影響なのか、それとも戦争が中心の生活のせいなのか、何だか儂、年々好戦的になっていっておる気がするの。
これは暴君にならんように気を付けんといかんの。……いや、別に暴君というのも力の塊みたいで嫌ではないんじゃが、魔術師として自己コントロールができないのは恥ずかしいことじゃからの。
「リバークロス様。カーサアンユウ様の護衛。私が担当しましょうか?」
念話を終えたイリイリアが提案してくる。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、今回はココノアに頼むつもりだ」
「なるほど。それは良い考えですわ。ココノアさんなら安心できますもの。貴方もそう思うでしょ? マーレリバー」
「はい。イリイリアさん。あの方なら心配ないかと」
ボブヘアーの可愛らしい顔立ちをした毒舌女の姿が浮かぶ。
アクキューレの一員であり、数少ない千歳越えの一人でもあるあやつなら余程のことでもない限りカーサちゃんを守りきるじゃろう。
「ココノアをリーダにアクキューレから防御や転移が上手いのを一魔ずつ選んでカーサにつけろ。カーサもそれでいいな? 不満があるなら今のうちに言っておけよ」
「リバークロス殿が妾を思ってすることにどうして不満など抱こうか。リバークロス殿の良いようにしておくれ」
カーサちゃんは可愛いのう。少し儂を立てようとしすぎる所が心配じゃが、それは時間を掛けて打ち解けて行けば良い感じに落ちつくじゃろうし、婚約者がカーサちゃんで儂はラッキーじゃな。
「では決定だ。それじゃあ俺は少し用事があるから外すぞ。ウサミン達を含めた近衛にはサイエニアスが連絡。イリイリアはシャールアクセリーナに護衛の件を伝えておけ」
「「リバークロス様の仰せのままに」」
そして頭を下げるイリイリア達を部屋に残して、儂は魔王城百二十階を目指すことに。さてはて、問題はここからじゃよな。果たしてあやつが儂の言うことを素直に聞くかどうか。
儂は憂鬱な溜め息を一つ、静かに吐き出した。
「おい、エイナリン。いるか?」
エイナリンの階層にやって来た儂は、エイナリンがアクエロを連れ込んで入り浸っているという部屋を訪れた。
「……またここか」
海を思わす大量の水と砂浜。空には作られた太陽がギラギラと輝き、室内であるのが嘘のようにさわやかな風が頬を撫でた。
リゾート地としか思えないその場所で、二人の美女がパラソルの下、全裸で寝そべっておった。
こ、こやつら。主である儂が必死に働いておる時に何をやっておるんじゃ? つーか、毎回思うんじゃがそのサングラスまったく意味ないじゃろうに。
色々とツッコミたい所はあるが、ひとまず二人の元まで歩く。儂の接近に合わせてエイナリンが寝そべった状態のまま、サングラスの位置をずらし、こちらを見た。
「レディの部屋に勝手に入るなんて行儀が悪いですねー。そんな子に育てた覚えはありませんよー」
「奇遇だな。俺もそんな風に育てられた覚えはない」
確かにエイナリンは幼年期からの付き合いであり、儂の今世の師ではあるが、日常面に関しては主にアクエロとエラノロカが面倒を見てくれておった。修行以外殆ど何もしなかった身でよく言うわい。
「リバークロス。よく来た」
グラサンを頭の上で止め、素顔を見せたアクエロ(全裸)が抱きついてきた。口調から察するに今はなんちゃって従者はお休みのようじゃな。こう言う時のアクエロはやけに甘えてくるので案外可愛くて好きなんじゃが……。
儂は頬擦りしてくるアクエロを半眼で睨んだ。
「……お前、体になにつけてる?」
アクエロの体はなんかオイルのようなものでヌルヌルしておった。裸同士なら気持ち良かったかもしれんが、服の上から変な液体を塗りたぐられても気持ち悪いんじゃが。
「知らない。エイナリンが勝手に付けた」
アクエロが儂に抱きついた状態のまま、蛇のように器用に動いて儂の背中へと移動する。そのまま両足で腰の辺りをガッシリと挟んできおった。
儂がエイナリンに視線を向けるとーー
「魔力石を液状に溶かしたものですよー。魔力への抵抗値を高めたり、お肌に良かったりと様々な効能がある優れものですー。私の自信作なんですよ~」
「お前以外とこういうの作るよな」
アクエロにつけられた魔力石オイル? を指で擦ってみる。ふーむ。確かにベースは魔力石のようじゃが他にも色々混ぜておるようじゃの。スキルを発動させている状態ならともかく、今のままでは分析できそうにないの。
「今さら何言ってるんですかー。この部屋だって私が作ったものですよ。良い女は手先が器用なものなんですー」
「良い女云々はさておき、この部屋に関してはそうだったな」
怠惰に見えて以外と色んな事をやっておるんじゃよな、こやつ。正直そういうところは素直に尊敬できるんじゃよな。
儂が感心しておると、エイナリンが小首を傾げた。
「それで何のようですか~? 遊びに来たというのなら特別にこのオイル塗ってあげましょうか?」
え? マジで? 超塗ってほしんじゃが。…ああ、しかしこの後の展開を考えるとそう言う気分でもないの。いや、軽くスキンシップを取ってから本題に入っても悪くはないような……。
儂が悩んでおるとーー
「どうしたの? 塗って欲しいなら頼めば良い」
アクエロが背後から儂の服を脱がしに掛かった。
「いや、待て。それよりもちょっとした連絡がある」
「連絡? 一体なんですか~?」
「俺は少し仕事が入ったから出掛けることになった。その間エイナリンはカーサと協力して魔人国の方を見ておいてくれ」
無理に魔王城に残そうとすれば反発を招くかもしれん。ならば仕事を与えて自然な形で居残りさせれば良いのじゃ。
流石は儂。ナイスなアイディアじゃ。と、これを考えた時は思ったのじゃが、
「え~? あの国ならもう基盤は出来ているので、そんなに気にしなくても当分の間は大丈夫ですよ~。それよりも仕事って何ですか~?」
あれ? これはアカンパターンではなかろうか。
「……四等区中ノ国を落としてくる」
嫌な予感を覚えつつも、嘘を付いても誤魔化しきれないと思った儂は正直に答えた。
任務の内容を聞いたアクエロが小さく「キャハ」と、それはそれは悪魔らしい声をあげた。
エイナリンが何事かを考えるように指で顎に触れる。
「ん~。四等区は前線だけあって天族もかなり力を入れて守ってる難所ですよ~。その中ノ国となればリバークロスだけではキツイんじゃないですかー?」
「今回はシャールエルナールとエルディオンも一緒だ。戦力的には何の問題もない」
「いえいえー。天族の戦力を舐めると痛い目見ますよー。仕方ないですね。可愛いアクエロちゃんとリバークロスの為に付いていってあげますよー」
「楽しくなりそう。沢山壊そう? 沢山暴れよう? 私、頑張るから。いっぱいいっぱい頑張るから。リバークロスも一緒に頑張ろうね」
何やら悪魔が耳元で囁いておるが、今の儂はそれどころではない。
「いや、今回はお前が出るまでもない。魔人国に行くのが嫌なら遊んでて良いから大人しくしてろ」
「リバークロスらしくないですねー。遠慮しなくていいんですよー?」
いや、遠慮じゃなくて仕事じゃから。しかし既にエイナリンは行く気満々。仕方ないのう。ここは切り口を変えてみるか。
「実は母さんがたまにはお前とゆっくり話したいと言っててな。悪いがそっちを優先してくれ」
とっさの言葉じゃったが、まぁ悪くない。マイマザーなら意志疎通せずともこの程度簡単に話を合わせてくれるじゃろう。
「ふーん。でも付いていきますよー」
「ああ。母さんとの話が終われば追ってくればいい」
まぁ、マイマザーがそれを許すかどうかは知らんがの。
「そんな水くさいこと言わなくて良いんですよー。今回は出発からずっと傍でご奉仕してあげますよー。嬉しいでしょ?」
「い、いや、俺は魔将だから。母さんの方を優先してくれないと俺が困るんだよ」
「嫌です。嫌ですー。今回は絶対最初から付いて行きますから。何があっても付いて行きますから~」
子供か! というか、何じゃ? こやつこんなに儂にベッタリじゃったか?
「……なんで今回に限ってそんなに付いて来たがるんだ?」
「何で今回に限ってそんなに私を置いて行きたがるんですかー?」
くそ。やはり儂が最初から置いて行こうとしていたのを見抜いていたか。この天邪鬼さんめが。仕方ない。ここは余計なことを言って変に意固地になられる前に正直に話しておくかの。
「実は母さんが今回の任務にエイナリンを連れて行くと良くないことが起こるかもしれないと言っていた。分かるか? お前のためなんだ。残ってくれるな?」
マイマザーのスキルのことは説明せんでも、エイナリンなら知っておるじゃろう。
これで素直に納得してくれると良いんじゃがーー
「エインアークが? なるほどー。それは何があるか楽しみですね~。そこまで聞いた以上、絶対に付いて行きますからー」
ぐわー!? まさかの逆効果?
「そう言うことならさっそく準備ですー。アクエロちゃん忙しくなりますよー」
「エイナリンと戦場に出るの久々。凄く楽しみ」
「ああ。そういえばそうですねー。盾の王国の時は一緒に戦うどころではありませんでしたし~。一緒に頑張りましょうね~」
「うん。頑張ろう」
何を和気あいあいとしておるんじゃ。ええい。こうなったら仕方ない。
(アクエロ)
(何?)
儂はアクエロに念話で話しかけた。アクエロの心臓を起点にしたこの念話はいかにエイナリンといえども盗み聞きは出来ん。…はず。
(エイナリンを襲う。手伝え)
(それは性的に?)
(違う。不意を突いてボコボコにして、しばらくの間どっかに封印するぞ)
(何て酷いことを。さすがは私のリバークロス)
こやつ、一応自分の頭のネジが外れておる自覚はあるんじゃよな。まぁ、儂も相当じゃから人のことはあまり言えんがの。
「さてはて、そうと決まればバケーションは終わりですー」
立ち上がったエイナリンが指を鳴らすと、一瞬で白いワイシャツとズボン姿に変わった。
まるで手足を動かすかのような見事な魔法。いやこれは最早魔術と言って良いじゃろう。それも超一流の。悔しいが魔術の腕ですら儂はエイナリンには及ばん。
そんな訳じゃから十年くらい前までならまるで勝てる気がしなかった。しかし今はどうじゃ? 同じ超越者級へと至った今ならば、正面から挑みさえしなければ普通に勝てるのではなかろうか?
(エイナリンを倒せたら凄い快挙。頑張ろう)
アクエロが静かに儂の中に戻ってくる。どうでも良いがこやつ、あれだけ仲の良いエイナリンを攻撃するのに躊躇とか無いんじゃろうか? 怖いわー。アクエロ怖いわー。
「さて、片付けを頼んでおきますかね。誰か-。居ませんか~?」
エイナリンが背中を見せる。ここじゃ!! 儂は右手に魔力を収束し、そしてーー
「何してるんですかー?」
両肩に手が置かれ、頬に柔らかなものが触れる。儂は飛び跳ねた。
「うお!?」
振り返るとそこにはエイナリンの姿。だが……馬鹿な!? 背後にもエイナリン?
「あれは少し前の私の残骸ですー。そんなものに目を奪われるなんて、まだまだですねー」
儂の困惑を見てとったらしいエイナリンが説明してくれた。同時に背後で残骸とやらの気配が消える。
クソ! 究極スキルを発動した状態なら見破れたじゃろうに。まさか素の状態ではここまで差があるとは。これは予想外じゃな。
エイナリンの視線が儂の右手へと向けられる。
「それで? その手は何ですかー?」
「こ、これはだな……」
「これは、何ですかー? まさか私のようなか弱い美女を後ろから襲う気だったんじゃないですよねー?」
エイナリンの目がスッと細まった。あ、これは非常にマズイやつじゃわ。
「ま、まさか。違うぞ。こ、これはだな。……そう、これはこうするためだ」
儂は咄嗟にそれを掴んだ。それは柔らかかった。服の上から見て取れるもの以上のボリューム。掌に返ってくる弾力と強い魔力。
エイナリンの胸はまさにどこに出しても恥ずかしくない、至高の一品じゃった。
「……………………」
「……………………」
モミモミ。モミモミ。
「あーなるほどー。そのためですか~」
ニッコリと笑うエイナリン。儂も負けじとニッコリと笑った。
「そうなんだよ。その通りだ。驚いたか?」
モミモミ。モミモミ。
「もー。リバークロスは相変わらずエッチですねー。アハハ」
「そうだな。俺はエロいなアハハ」
モミモミ。モミモミ。
「あはは」
「あはは……プゲラ!?」
鼻っ面にのめり込むエイナリンの拳。儂は小石のように水面を何度も跳ねたあげく、魔力でこれ以上なく強化されておるはずの壁に頭からのめり込んだ。
そして衝撃でクラクラしておる儂の元に遠くから声がかけられる。
「私も付いて行きますから。いいですねー?」
「……は、はい」
す、すまん。マイマザー。やっぱりエイナリンには勝てなかったよ。……ガクリ。